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鈴音の想い

彗月が出て行ってから、鈴音はふぅーっ…と、長く、重い溜め息をついた。

狭い部屋でひとりになると、妙に寂しく感じてしまう。彗月は一月ほど前からここに引っ越していると聞いたが、毎日こんな孤独と戦っていたのだろうか。寂しがりやでホラー嫌いの鈴音なら、1日過ごしただけで気が滅入ってしまう。


「あーあ…彗月、早く帰って来ないかな…」


ボソッと独り言を呟いてから、鈴音はよいしょっと立ち上がった。いつまでもスーツは窮屈だ。

丁寧な字で「鈴音」と書かれたプレートの掛かった部屋の前で、鈴音はしばらく立ち止まった。

彗月が掛けてくれたのだろう。几帳面で見慣れた彗月の文字を、鈴音はしばらくの間無言で見入ってしまった。

ここに来るはずではなかった。少なくとも、高校3年生の時には、それを望んでいなかった。どのみち1人暮らしにはなるだろうが、日本有数の一流国立大学を目指して勉強に明け暮れていた鈴音にとって、こんな田舎の大学に行くなど、論外でしかなかったのだ。だから第一志望に受けた国立大学を落第した時も、涙することなく「来年こそは行くから」と両親に予備校行きを宣言した。

予備校も、そんなに苦痛ではなかった。たしかに勉強ばかりで嫌になることもあったが、周りにも同じ苦痛と努力をしている仲間がいる。そう思うことで乗り切っていた。もともと適応力の高かった鈴音は、ほんの数週間で予備校にも馴染んでいった。彗月が事故で入院した、と聞いたのは、そんな時だった。

彗月の大学から遠くない病院に、鈴音も彗月の両親とともに新幹線で4時間かけて急行した。幼馴染の窮地にも関わらず、何故か鈴音は、彗月もついこの間この道を通ったんだな…などと考えていた。きっと目の前にあったのは、自分とは違う未来への期待。彗月の目の前の未来、そして鈴音のいない未来。彗月は一体、どんな期待をしていたんだろう。

彗月が聞いていた以上の重症だったと知ったのは、病院に着いてからだった。手術こそ成功したものの、未だに意識は戻らない、そしていつ戻るのかも予測できないと言う。話を聞いてから彗月の眠る病室の前で沈痛な表情で項垂れていた知らない青年を見た途端、鈴音は耐え切れずに病院を飛び出してしまった。

彗月が隣からいなくなる、そう考えただけで頭が真っ白になり、逆に目の前は真っ暗になってしまう。もし彗月がいなくなったら、自分は生きていけるのだろうか。そんな心配までしてしまった。幼稚園からずっと一緒だった鈴音にとって、彗月は自分の人生の一部になっていたのだ。

その後彗月は、両親の希望で故郷の病院に搬送された。鈴音は予備校からの帰り道に毎日通い、彗月を見舞った。

驚いたことに、大学付近の病室で見た沈痛表情の青年は何度も彗月のもとを訪れていた。片道4時間もかけ、交通費も馬鹿にならないだろうに、青年は現れた日には1日中彗月の隣に座っていた。だが鈴音は、その青年とは1度も会話をしなかった。

事故から2ヶ月、彗月の意識が戻った。最初の頃は口もきけず、会話もままならなかったが、やがて徐々にもとの彗月へと戻って行った。

鈴音のセンター試験申込日が近付いたある日、彗月は決心の告白をした。大学を辞めると言う。馬鹿にの両親は、全く止めるつもりはないようだった。致し方ない、と思ったのだろう。

それに鈴音だけが猛反対した。何かしらの希望を抱いて入学した大学を辞めるなんてとんでもないと、自分のことのように主張した。

散歩がやっと許された彗月と病院敷地内を散歩していた鈴音は、もう大学への希望も失った、と言う彗月に、考えるよりも先に怒鳴っていた。


「じゃあ彗月が私の希望になってよ! 私…彗月と同じ大学に行く!」


そして鈴音は、センター試験申込を取り止めた。私立大学だったその大学を受けるのにセンター試験は必要なかった。

感情に身を任せた言動は控えるべきだということは、勿論分かっている。しかし頭では分かっていても、鈴音はそうしてしまった。そうさせた感情が何なのかは、まるで分からなかった。

予備校の講師の反対も押し切っての受験。もともと一流大学を受けるつもりだった鈴音にとって、その大学は十分安全圏内だった。何の問題もなく合格、入学が決定した。

当然、彗月も反対した。だがその彗月の反対も無視して合格した時には、彗月の諦めもついたらしく、大学継続に承諾した。

何故そんな行動を取ったのかは、鈴音は今でも分かっていない。だが彗月が隣からいなくなるかもしれないという可能性は恐怖以外のなんでもなかったし、自分の行動が間違いではないという確信もあった。予備校に入ってからも模試の成績は平行状態だったのだから、どのみち第一志望は叶わなかっただろう。再び落第して落ち込むよりは、彗月の隣にいたかった。

部屋の前に積み上げられた段ボールを抱え、鈴音は新しい自室へと入った。鈴音が来る前に誰かが掃除をしてくれていたのか、塵一つ落ちていなかった。

勉強机とベッドだけの簡素かつ殺風景な部屋に段ボールを下ろしてから、鈴音はベッドへと身を投げつけた。ぐったりしてから、2度目の長い、重い溜め息をつく。

自分でもよく分からないもどかしさが鬱陶しかった。

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