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再会

長かった学長の話もようやく終わり、束縛から解放された面々が、体育館から三々五々に出てくるのを、伏見 彗月(ふしみ はづき)は他人事のように眺めていた。ある者は背伸びしながら、またある者は眠そうな目をこすりながら。学年一の不心得者になるであろう者にいたっては、10分以上話し続けていたとしか思えない勢いで友達と口を動かしている。去年同じように入学式が終わった後の彗月たちも同じような顔をしていたのだろう。

大学に入ってすぐ、彗月は交通事故に遭って入院した。入学式の直後に知り合った友達に高校でいう生徒会なのだろう学生会主催の花見に付き合った帰りに、泥酔運転をしていた乗用車に突っ込まれたのだ。2ヶ月間もの昏睡期間の後目覚めた彗月には、幸いにも後遺症の類いは見当たらず、数ヶ月にも及ぶリハビリ期間を経て、留年の確定した大学へと舞い戻った。

留年確定ともなれば、大抵の人間は退学していくだろう。彗月だって退学しようと何度も思った。しかし、それを両親よりも必死に引き止めた、と言うより食い止めた誰かさんの為に、彗月は再度大学へと戻ったのだった。

その当人より仰せつかった待機命令に従い、今や同級生である入学生がわらわらと出てくるのを眺めているわけなのだが…。


「来ない…」


いつまで待っても当人たる誰かさんは現れない。まだ体育館の中で誰かと話しているのか、それとも単に見過ごしてしまっただけか。どちらにせよ誰かさんの気勢をよく理解している彗月としては、ここを離れるわけにはいかないのだが…。

しかし他に他人と待ち合わせをしている以上、いつまでもここにいるわけにもいかない。それは誰かさんにも重々言い聞かせていたはずだが、その誰かさんがそれをしっかり聞いていたかどうか、そして覚えていたかどうかは定かではない。

あと10分待って現れなければ先に行こう、その結果誰かさんが困ろうが、俺の知ったことかと勝手にリミットを設けた、その矢先。


「あれ、彗月? 何やってんのこんなとこで?」


「ぅあっ!?」


警戒区域の完全に外、彗月の背後から、聞き慣れた声がかけられた。思わず奇声、なのかどうかも分からない声を発してしまってから、彗月は恐る恐る振り向いたをその先にいたのは、待ち人来る、だった。


「す、鈴音か…驚かせるなよ」


「なにさ、彗月が勝手に驚いただけでしょ?」


幼稚園から中学校までを共に過ごした新宮 鈴音(しんぐう すずね)だった。ついこの間までは真っ黒だった髪を栗色に染め、ご丁寧に同色のカラーコンタクトまで入れた鈴音は、まるで別人のようだ。変わったとはいえ、変貌後の姿を思い起こして捜していたのは言うまでもない。見逃すわけはない、と根拠なき自信を持っていたのだが…。


「後ろから声かけるなんて、悪意あるとしか思えないんだよ。それに朝言っただろ? 体育館の前で待ってる、って」


「あれ、そうだっけ? でも何で?」


「何でって…じゃあ鈴音はどこに帰るつもりだったんだよ?」


「どこって…ど、どこって…」


1年留年してから彗月と同じ大学に進学した鈴音は、彗月が大学を辞めると発言した時には、猛反対した。理由は一切言わずに、ただ駄々をこねるだけだった鈴音を、彗月は当初、まるで相手にしなかった。すると鈴音はあろうことか、家出をしてしまったのだ。3日間姿をくらませた末に神社の境内で寒さに震えている鈴音を見つけた時には、もう呆れるしかできなかった。

結局鈴音のワガママに頷く形で大学通学継続を決めた彗月だった。そこまではまだ良かった。

2人の実家から大学まで、新幹線を使っても4時間かかる。当然1人暮らしということになる。はじめは1人用でアパートの部屋を取っていたのだが、彗月の昏睡期間中に両親は部屋を片付けてしまっていた。ならばこれ幸いに、とばかりに両親が用意したのは。


「えっと、家…って、どこだっけ?」


…両親が用意したのは、前回よりも若干大きい一軒家だったのだ。つまり新宮夫妻の協力のもとの、鈴音とのシェアハウス。

無論寝室は分かれていたし、鍵もきっちりついている。が、それでも普通実行するだろうか。新宮夫妻も新宮夫妻で、一体何故その案に了承したのか、理解できない。

などなどの文句と理屈は、両親×2の「もう決めちゃったし」の一言で片付けられ、彗月は一足先に大学から歩いて20分ほどの家に引っ越したわけだ。

そして今日、入学式の後、鈴音は初めて家路を辿ることになる。迷子になってはいけないから体育館の前で待っている、と朝電話したはずなのだが、どうやら鈴音は覚えていないらしい。


「ほら見ろ、だから待ってるって言ったんだ」


「ごめんごめん、もしかしたらほら、朝早かったし…半分寝てただけだよ。仕方ない、仕方ない!」


「そんな時間に起きて電話するこっちの身にもなれ!」


などと言っても無駄なことぐらいは分かっている。これ以上の論争は無駄と判断し、彗月はさっさと回れ右をした。


「ほら、さっさと行くぞ。俺、この後用事あるんだから」


「えー、でもお昼ご飯は?」


「その辺のコンビニで十分だろ?」


「じゃー彗月のオゴリで」


「何でそうなるんだよ!」


ブーブー言い始めた鈴音の襟首を引っ掴み、彗月はスタスタと歩き始めた。

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