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食卓戦記  作者: 翠架
1日目 土佐豆腐と雨の日
3/10

兄の思考



 

 帰宅部という、本来なら放課後に暇をもてあましつつ友人と遠出をしたりアルバイトをして日常と懐を活気付けるものに所属している俺は、今日も今日とて最後の授業が終わってすぐ教室から撤退し、近所のスーパーマーケットへ向かった。そこそこ大きなそのスーパーは数年前に出来た有名チェーン店である。

 入り口から入ってすぐに掲示してあるチラシを見るのは、言わずもがな俺の日課だ。…ほう、今日は豆腐と鰹節のパックが安いのか。買わねば。




 少し話が変わるが、俺の家には両親がいない。少し前までは爺ちゃんと暮らしていたのだが、その爺ちゃんも今は認知症が悪化して老人ホームだ。そんな理由から、築五十年越えの家に妹と爺ちゃんの飼い猫との三人(実際二人と一匹)暮らし。最初のころは手間取っていた家事も、今となってはお手の物である。




 スーパーで牛乳やヨーグルト、豆腐とかを買ったあとは八百屋だ。

 スーパーより十数円安いものもあるし、新鮮なものが買える。そして何よりここのおばさんは色々とおまけしてくれるのだ。

 あ、トマトが96円だ。買おう。あとおっきいなめことねぎも。今日はなめこの味噌汁にしよう。


 会計にいたのはおばさんじゃなくて店主のおじさんだった。


「おじさんこんにちは。久しぶりですね。」

「おっ、緑華(りょっか)君じゃねぇか!相変わらずうちを贔屓にくれてるんだって?ありがてえこった…。おし、んじゃあこれもってけ!おっちゃんからのおまけだ!」

「!おじさんありがとう……。」


 八百屋のおばさんも好きだがおじさんはもっと好きだ。なんてったって毎回フルーツをおまけしてつけてくれる。今日はりんご一袋だった。ありがたい。


 ありがたいという気持ちを大事にしたかったので「緑華君が女の子だったらな…うちの息子の嫁にしたのに。」という言葉は聴かなかったことにした。

 








 熱した油の入ったフライパンに片栗粉と鰹節をまぶした、厚揚げと同じ程度の大きさに切った豆腐を入れる。

 じゅうぅぅぅ、と音を立てていく豆腐をひっくり返して反対側も揚げ焼きにすれば、それはそれはおいしそうな狐色に揚がった土佐豆腐の完成だ。


 『土佐豆腐』それは名前の通り旧土佐藩、つまり現在の高知県の郷土料理である。

 たしか土佐の揚げ豆腐とかとも呼ばれてたような気がするが、この料理を教えてくれた近所のおばさんは土佐豆腐と言あはっていたからそうに違いない。鰹節を使ったから土佐だった気がする。あれ、高知の特産品って鰹だったっけ。ヤバい、記憶が曖昧だ。


 炊飯器がピーッと音をたて、ご飯が炊けたことを知らせた。土佐豆腐をリビングの卓袱台に置いてから、ご飯茶碗を持ってご飯ジャーの所に行く。

 開閉ボタンを押せば、沢山の湯気とともに炊きたてホカホカご飯の良い匂いが漂った。

 焼きたてのカリッとした鰹節の衣と、アツアツふるふるの豆腐で構成された土佐豆腐にめんつゆをつけて食べれば口いっぱいに鰹節の香りが広がる。そこに炊きたての白米とかもう幸せとしか言いようがない。あ、想像しただけでよだれが出てきた。

 八百屋で買った、大きいなめこで作った味噌汁もお椀によそい、付け合わせのレタスとトマトとブロッコリー、そして海藻の和風サラダも用意して、さあ食べるぞ!と手を合わせた時。


 外からザーザーと雨にアスファルトが打ち付けられる音がした。


「…しまった!二階網戸のまんまだ!」



 ダッシュで襤褸い木製の階段を駆け上がる。ギシギシ言うのが不気味で俺はいつも気を付けながら上り下りをしているが今は緊急事態だから仕方ない。


 二階には手前に客室が2つと奥の右側に俺の部屋、そして左側に妹の晶嘉しょうかの部屋がある。客室は使ってないから問題ないが、晶嘉の部屋の窓はきっと開けっ放しだろうし、俺の部屋は確実に網戸だ。


 晶嘉の部屋は案の定窓全開で、閉めた頃には布団がしっとり湿っていた。

 あぁ…後でドライヤーで乾かさなきゃ…。あいつ、俺がやらないと絶対そのまま放置して黴びさせる…。

 俺の部屋も網戸とはいえ少し雨が吹き込んでいて、途中だった宿題のノートが湿っぽくなっていた。



 晶嘉の布団にバスタオルを乗せて少しでも湿を取るという作業を終え、一階のリビングに戻る。

 もうカリッとアツアツ、とは行かないだろうがほくほく程度ではあるだろう。問題ない。


 そしてリビングで、俺は驚愕のモノを見た。



「はぐはぐ…むぐっ、アツっ、はぐはぐガツガツはぐはぐはふはふ、ズズーッ…ふぅ、はぐはぐ……はぁ、ごちそうさまでした。」



 味噌汁やご飯はおろか、食卓の中央に鎮座していたはずの土佐豆腐がすべて消え去っていた。そう、あろう事かすべてが奴の腹の中へと消えていたのだ。



「アツアツのうちに食べてやらないと、料理が可哀想だ。やはり、飯は出来立てが一番だな。」


 奴は…俺の妹、晶嘉はそう言い残し、口の端についた鰹節を舐めとって風呂へと去っていった。

 それ俺のごはん、とか、豆腐三丁分あったんだけど、とか風呂まだ沸かしてない、とか、お前いつ帰ってきたの?、とかいろいろ言いたいことはあったんだけど。

 食器しか乗っていない卓袱台の上を視線が行き交った後、無意識的に声を発していた。



「また喰われた!」



 その数分後、用意し直した夕食のサラダのブロッコリーだけを爺ちゃんの猫、寧子ねいこがかっさらっていき肉球ふにふにの刑に処したのは言うまでもない。


 なんでうちのやつらはこんなに食い意地が張ってんだ!!




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