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「やれやれ、大損だぜ」


証拠隠滅のために簡易動力船ゴムボートの船底を打ち抜き沈めてから、有馬は頭を振りつつ荷物をまとめ、薄汚れた猟師のような姿で川岸の小道をそそくさと移動する。

獣よけの香は焚いているがいつまでも効果が続くものではないし、大型魔獣には効きにくい。できるだけ早いところ人里に移動する必要があった。

そしてそのまま雲隠れするつもりだ。そも上手くいけば依頼人と合流し後金を受け取る算段であったが、失敗した以上それを受け取ることはできないだろう。それどころか証拠隠滅のために始末(・・)されてしまう可能性もある。いや、ほぼ間違いなくそうなるだろう。


だから逃げる。手間と金をかけて作り上げた躯体は失われ、諸経費その他諸々も無駄になるという大赤字。文字通りの素寒貧に近いが……生憎と最大の財産、己自身とその腕は失われていない。であれば再起することは可能だ。底光りする目で前を見据え、有馬は不敵な笑みを浮かべた。


「さあて……どこかに高く買ってくれるお大尽はいないかねえ」


最近の情勢を頭の中で反復しながら、有馬は闇の中へと消えていった。











六・阿須賀











大陸横断鉄道が襲われる。その事件の情報は瞬く間に広まった。


何しろ前代未聞、帝国そのものに喧嘩を売るのと同意の大事件である。鉄道管理局だけでなく当時の警視庁に当たる【中央奉行所】も動いての大々的な捜査が行われたのは当然の展開であった。


だがその捜査は、現場近隣のやくざものや破落戸、術師崩れなどが共謀し企てたものだという結論に達し終わりを告げた。不自然なまでの速度で解決したわけだが、これは首謀者含む下手人が全て死亡していると判断されたためであり他意は全くない。決して何らかの介入があったわけではない。ましてや誠志郎の「多分狙撃手は生きている」との証言がまるっきり無視されているなどということはありえない。(この件に関し来夏などは、「であろうな」と言うに留まったという)


などという後ろ暗い裏話はここまでにして、ともかく聞き取りなどの捜査協力から解放された誠志郎たちは、事件の詳細を聞くこともなく数日遅れでやっと帝都へと足を踏み入れた。


ゆるりと花がほころび始め、日差しも暖かさを増した。春の訪れを告げる気配が濃厚となった帝都の玄関口、大陸横断鉄道帝都駅の中央口から誠志郎と来夏、そして鉋と幸之助が姿を現す。


「やれやれ、やっとついたか」

「面倒ごとはあったが、それもいい試動記録データ取りになった。姫や誠志郎君には感謝しないとな」


身体を伸ばす来夏と、うんうんと頷く鉋。後者は特にしばらく興奮状態で根ほり葉ほり誠志郎に聞き出したり絡んだりとかなり迷惑であったが、やっとの事で落ち着きを取り戻したらしい。背後で力無い笑みを浮かべている幸之助の苦労が忍ばれる。

そして誠志郎は。


「(……? なんだろう)」


降り立った帝都の光景。それに何かを感じ取り微かに眉を顰める。


何がおかしいというわけではない。だが列車の中では分からなかった変化のようなものを感じている。鍛え上げた武術家、術師などは常人と違う勘働きのようなものを持つ場合があるが、未熟なれど誠志郎にもそれが備わっているらしい。彼の目に映る帝都の光景は。


「(微かだけど……空気が淀んでいるような……)」


都会の空気は悪い、などという話はこの時代からあったが、そんなものとはまた違う泥のような何か。そういったものを感じたのだ。

ふ、と気配が霧散する。気のせいだったのかと誠志郎は頭を振り、思考を切り替えた。


「それで、自分はここから路電とか使って東の下町、その外れの方へと向かう予定なんですけど、皆さんは?」


誠志郎の問いに、それぞれが答える。


「ふむ、某はまず鹿野島の帝都屋敷に顔を出し、翌日当たりに教導院で手続きの後寮か。誠志郎殿はどこぞに下宿であったな」

「我々は帝都の知り合いの元へと身を寄せる。仕事の仲介もしてくれるようなのでね、しばらくは帝都に腰を据えるとするさ」

「お願いですから職場で問題起こさないで下さいね? ……そういうわけなので、ここで一端解散と言うことになるかな」


幸之助の言葉になるほどと頷く誠志郎。名残は惜しいがいつまでもここにいるわけにもいかない。早めに移動しなければ目的地に着く頃には日が暮れてしまうであろう。

まあ今生の別れというわけでもないし、おなじ帝都の中だ、ひょっこり顔を合わすこともあるだろう。来夏に至っては同じ教導院に通うのだし。そう考えて誠志郎は鉋と幸之助に向かってぺこりと頭を下げる。


「それでは名残惜しいですけどここで。連絡は教導院の方に入れていただければ」

「ん、心得た。まあどうせそう長いことかからずに再会する事になるだろうさ。その時はまた試乗機師をやってくれると嬉しい」

「はは、そうだといいですね」


世辞でもなくそう思う。色々と人格に問題がある御仁ではあるし多少迷惑なところもあるが、接していて面白い人物であることも間違いない。そして彼女が開発した躯体、ほぼ初陣である誠志郎に応えてくれたそれに、内心強く心惹かれていた。できれば今後も関わっていきたいとは思うが、帝都のどこに腰を落ち着けるとも分からない鉋に我が儘を言うわけにもいかないだろう。自身もまた帝都と教導院に慣れなければならない身だ。お互いが落ち着きを得るまで再会は叶わないだろう。

後ろ髪引かれる思いで再び頭を下げる。鉋も幸之助も少しだけ残念そうな感じであったが無理を言わず、別れを告げた。そして。


「すまんな、某もここで一端お別れだ」

「はい、残念ですが」

「ふ、命を救われた上世話になった。この恩義、鹿野島 来夏生涯忘れん」

「願わくば教導院でまたお目にかかりたいものです」

「そうだな。時間ができれば寮のほうに顔を出してくれると嬉しい。歓迎しよう」


来夏もまた、別れを告げる。


口では長きに渡る別れのように言うが、鉋たちとは逆にこれからこのお姫様との付き合いは長くなるのだろうなと誠志郎は思う。

本来であればあり得ない邂逅であった。そもそも従者もなく単身で帝都まで赴くなど来夏の立場であっていいことではない。それを踏まえても、あんな騒動があったからこその現状だ。その縁を、鹿野島 来夏という人物は離しはしない。そう感じる。

教導院の中とて表裏にはびこる法やしきたり(ルール)、慣例もあろう。だがその全てを乗り越えるのではないか、このお姫様は。そんな漠然とした確信があった。だから誠志郎は素直に頭を下げた。


「それではまた、後日お会いしましょう」

「うむ。ではまた、な」


さくりとした別れ。それぞれがそれぞれ背を向け、己がいくべき道へと足を踏み出す。だがきっとこれは終わりではなく始まりなのだろう。

これからどうなるのか。不安はある。だがそれ以上に鼓動の高まりを押さえられない自分を誠志郎は感じていた。


その胸中に、先程感じた淀みの事は欠片も残されていない。

例えそれを覚えていたとしても、この先の運命は変えられなかったであろうが。











帝都阿須賀。


初代皇帝が拓き、三百年に渡って帝国の中心として在る。この地を中心に半径およそ百里(約400㎞)に渡って広大な結界が多重に展開され、安全圏が確保されている。それゆえに人々はこの地に集い、結果帝都周辺は帝国人口の約三割に当たる四千五百万人ほどを抱えることとなった。

皇家のお膝元である帝都そのものを中核に、帝国黎明期からの直参貴族の領地が囲む形で平野を埋める。結界内の北半分は周囲を山が囲む盆地となっており、南側は開け内海へと続く平野である。広大な土地を生かした農林水産業、そして都市部での流通と商業全てが盛んで、また文化の中心でもあるため他に類を見ない豊かさと活気にあふれている。


その帝都の東側。外郭に当たる下町のさらに外側ともなると田畑が広がり民家もまばらになる。

路面電車で半刻、さらに乗り合い貨客車バスでさらに半刻。その上で川沿いを半刻ほど歩く。帝都の中心からは離れたが、教導院にはむしろ近い。そんな地域。住所と地図を照らし合わせ、頭を捻りながら目的の場所までたどり着く。


こじんまりとした道場と、隣接した邸宅。庭には軍鶏が放し飼いにされており、川から水を引き込んでいるのか、船が留まる池がある。看板には【無鎧流春川道場】とある。間違いない。

誠志郎は息を吸い込み、失礼にならない程度の大声で呼ばわった。


「失礼します! 【春川はるかわ 五郎左ごろうざ】先生はご在宅でいらっしゃいますか!?」


ほぼ間髪を入れず、はあいという返事の声が響く。おや、と誠志郎は訝しんだ。父や兄から聞いた話では、春川 五郎左という人物は早くに妻を亡くし子供もいなかったはず。だが今の声は、確かに年若い女性のものだった。

女中さんでも雇っているのかなと思ったとき、奥から現れたのは。


「はいはいどちらさまでしょーか?」


派手な柄で裾が恐ろしく短い――下手をすれば下履きが見えてしまいそうな着物、腿までの長さがある足袋、染めた髪を頭の両側で結わえ尻尾のように垂らした髪型。いかにも今時の若い娘が好みそうな歌舞いた格好の、まだ小娘と称されるであろう年頃の女性だった。門下生、ではないよなと、疑問符を頭の上に浮かべながらも誠志郎はその女性に尋ねる。


「は、初めまして。門崎より参りました見城 誠志郎と申します。あの、春川先生はご在宅でしょうか?」

「ああ、先生の言ってた。ちょっと待って下さいね~。……せんせ~、お客さんですよ~」

「……おう、上がってもらえ」


奥の方から響く声。それに従い女性ははいはいこっちですよーと、誠志郎を招き入れた。通された座敷。その奥に座し、誠志郎を待っていた一人の男。


白髪頭を短く刈り上げた、小柄な壮年と老人の間くらいの人物。穏やかな眼光と、緩んだ口元からは敵意の欠片も感じ取れない。しかし誠志郎は不思議な感覚を覚えていた。


「(強い……のか? なんだろう、はっきりと分からないや)」


父や兄、その他の強者とはなにか違った雰囲気だ。今までに出会った剣客剣豪であればその強さはおぼろげに理解できた。しかしこの人物はなんだろう。まるで周囲の空気に溶け込んでいるような、希薄ともちがう存在感があるのやら無いのやらはっきりとしない気配。今までにないそれに内心気圧される誠志郎だが、今はそれを気にしているときではない。礼儀正しく男の前に座し、深々と頭を下げる。


「お初にお目にかかります。門崎領旗下北之浜領主見城 兼定が次男、見城 誠志郎と申します。諸事情により遅れて参上しましたこと、まずはお詫びいたします」


堅苦しい挨拶に、男はく、と苦笑を浮かべ応えた。


「話は聞いておるよ、災難であったな。……俺が春川 五郎左だ。一応ここの道場主と、このあたりを仕切る【剣客匠合会】支部の相談役のようなものをやっている。まあ道場は閑古鳥が鳴いているし、相談役というのも名ばかりだがな」


剣の技を振るう剣客たち。彼らもまた一種の職人と見なされ、職人の匠工会にあたる匠合会というものにて管理されている。言ってみれば剣客や傭兵、魔獣猟師や賞金稼ぎなど武を生業とする者たちに対する援助を行ったり仕事を斡旋したりする窓口であるが、剣呑な人間をまとめて管理するという意味合いもある。そして同時に奉行所など公的機関から犯罪捜査や治安維持などの下請け業務も請け負っていた。

剣客もまた職人と同様に、それなりの腕利きともなれば権力者などから重宝され召し上げられ、その後貴族として成り上がるなどという事もある。また匠――【剣匠ソードマスター】として認められれば正式に己の流派を名乗る事を許され、開祖として名を残すこともできる。無論門下の道場を広め権威と権力を得て様々なところに影響力を与えることもできるだろう。腕に覚えのある者であれば、そうでなくとも立身出世の手段として匠合会は認識されている。


その匠合会の相談役というのならば、やはりそれなりの腕があると見て間違いないだろう。最低でも父以上である。誠志郎はそう判断した。


「まあそう堅くならずに楽にせい。旅で疲れもあろう」

「は、お気遣いありがとうございます。それで早速ですが、父からの文を」


苦笑する五郎左に懐から取り出した手紙を差し出す。受け取った五郎左はふむと呟いてそれを広げた。

目を通す。内容は前もって電報で知らされていた内容とほぼ同じ、息子を預かって欲しい、扱いは好きにしてくれて構わないという話だ。金子は最低限送るがそれ以外は己で稼がせて欲しいともある。余裕がない、と言うわけではないだろう。恐らくは教育の一環だ。学業がおろそかになる恐れもあるが、そうなったらなったでその程度などと言うに違いない。

まあこの生真面目な気質なら、少しは世間の荒波に揉まれてこいと思うのは致し方ないと思う。親である兼定は言うに及ばず、兄である慈水(真一郎)ですらもう少し緩いところがあった。確かに寮に放り込んでは四角四面な人間に仕上がってしまうだろう。

ま、適度に揉んでやるかと五郎左は手紙を畳む。そうしてから誠志郎に語りかけた。


「話は分かった。その身柄、うちで預かろう。……宿代と食費くらいはお前の家から出るが、それ以外は自分で稼げと言うことだ。教導院の学徒であれば臨時職アルバイトの口なんぞいくらでもある。なんだったら匠合会に口をきいても良い」

「は、ありがとうございます。ご迷惑をお掛けすることになると思いますが……」

「だから堅苦しいのはいいと言うに。別に公式の場に出てきているわけでもあるまい。過分な礼儀は嫌味になることもある、覚えておけ」

「は、はあ」


そんなに過分であっただろうか。これから世話になる人間なのだからそういうことはきっちりとしておくべきだと思うのだが。誠志郎にはまだその辺の機微というものが理解し切れていない。

と、そこに障子を開けて先程の娘が茶を運んでくる。


「あんまり若い子をいじめちゃだめですようせんせ。そんなすぐに肩の力が抜けるわけないじゃないですか」

「こういうことは最初が肝心よ。人を見てそれに合わせる、剣も同じさね」


娘の指摘にも、訳知り顔で応える。そうは見えないのだがこの娘、やはり門下生なのだろうか。それにしては毛ほども剣の気配がしない。しかし習いたてであるならばそういうものなのかも知れないし。そんな疑問が顔に出たのか、五郎左は誠志郎に言う。


「ああ、これは【なずな】。うちの――」

「先生の所有物モノですよ」


しゃらりととんでもない発言がでた。沈黙が座を支配する。誠志郎はぽかんと間の抜けた表情となり、娘――なずなはにこにこと満面の笑みを浮かべ、五郎左は苦虫を噛み潰したような顔になった。


「……居候だ。それ以外の何者でもない」

「う~、せんせのいけず~」


有無を言わさぬ口調で断言する五郎左。わざとらしくしなを作って残念そうな顔になるなずな。(目は笑っている)一体どういう関係なんだろうこの二人と誠志郎は思ったが、深く突っこむとややこしい事になりそうなので疑問を押し殺す。


とにもかくにも、これからここで暮らしていくことになる。このあと色々細かいところを詰めたが、ほぼ問題なく話はまとまった。ただ。


「もう俺も歳なんでなあ。勝手に剣を振るってくれる分には良いが、教えるのは面倒になってきた」


気が向いたら相手をしてやるがと、全く剣を教えるつもりが無いというのは誠志郎にとって非常に残念なところであった。


もっともこれには理由がある。兼定からの手紙によれば、誠志郎はすでに無鎧流の基礎の型を修め、気攻剣技も習得しつつあるという。となれば五郎左からすれば誠志郎に教えることなど最早無いと言っていい。ここからは教わるのではなく『学んでいく』領域であり己の流儀スタイルを『組み上げていく』時期だ。つまり自分で自分を成長させる必要があり、余分な手出しは無用のものと五郎左は考えたのだ。

それにただ人から教わるのでは四角四面な面白味のない剣になってしまうだろう。特に素直で朴訥、生真面目な誠志郎はそう言う方向に陥りやすい。手綱を緩めたり刺激的な経験を重ねる方がよほどためになる。それが五郎左の判断であった。鍛えるのは自分で勝手にやっているようだし、後は適当な状況に放り込めばそれなりになっていくだろう。


微かに不満を抱える誠志郎。さてどうしてやろうかなと内心半ば面白がっている五郎左。


帝都、いや帝国でも有数の剣術使い、【剣聖セイバー】が一人春川 五郎左。

誠志郎――見城 鋼刃の人生に後々まで影響を与えるこの男との出会いは、まあこんなものであった。











「ひィ~めェ~さァ~まァ~!」


水野 小巻が鹿野島帝都屋敷に現れたのは、来夏に遅れること三日。来夏が手続きを済ませ教導院の寮に移ろうとする矢先のことであった。


業者預かりであった轟雷を乗せた運搬車キャリア。それに荷物を積み込んでさて出発だと勢い込んでいた来夏は、む、と小巻の方を見てこう言った。


「なんだ小巻、来たのか」

「来るに決まってるじゃないですか!」


柳眉を逆立てて怒る。きょとんとした顔の来夏はそんな怒りなど柳に風とばかりの様子で応える。


「お前は本来母上の侍従だろう。帝都に来てまで某の世話を焼く必要はなかろうに」

「その母上様――【鮮夏】様から直々に頼まれています! そも私は最初から姫様の侍従のつもりですしそれを譲る気もありません!」

「……物好きだなお前も」


やれやれと肩をすくめ、そのまま「ならばついてこい、手続きをせねばならん」と言い放って運搬車に乗り込む。

それに続きながら、根は深いなと小巻は内心溜息を零す。


快活で分け隔て無く他人に接するように見える来夏であるが、家臣や家内の従者たちに対しては一歩線を引いたというか、どこか壁を作っているような態度で接する。

原因は、ある。そのことが来夏の心の隅に濃い影を残しているのは明白だ。だから来夏は変わろうとした。ただの姫から誰よりも先に行きあがこうとする存在へと。


彼女に責はない。だが『あの日』から来夏はずっと己を責め続けているのだろう。忘れてしまえ、などとは言わないが、いつまでも気に病んでいても仕方のないことなのにとも思う。それも無理なことだろうと理解はできるのだが。

せめて教導院で学ぶうちになにか光明が見えればいいのだが。小巻は妹を見守る姉のような心境で運搬車に乗り込んだ。


帝都東部。中心地から離れた郊外の広大な土地に、国立教導院は存在する。

各地から高名な学士を招き入れ、市井の学問所とは比べものにならない高度な教育を受けることができる。その門扉は貴族の子女に対してしか開かれておらず、立ち入りは厳重に規制されていた。

その門をくぐることができるのは当然ながら貴族の子女とその関係者、そして教導院に勤める者たちのみ。その比喩的には狭いが物理的には広い門の前で、今ひとつのちょっとした騒動が持ち上がっていた。


正門の真ん前で鼻をつき合わせる二台の運搬車。双方共に豪奢な装飾を施した特注のもののようだ。まるで正面からぶつかり合うかのように門の前に停車しているその二台は明らかに通行の邪魔をしている。後に続いて教導院の門をくぐろうとしている者たちは邪魔をされ列を作っていた。こうまであからさまに妨害されれば誰かが文句を言い出しそうなものだが、集った者たちは困惑し腰が引けているようであった。

さもありなん。二台の運搬車に大きく記されている家紋、一方は狗を、もう一方は申を意匠化したものだ。十二支の獣を家紋に使っているのは直参貴族【十二公爵家】のみ。嫡子のみの上順位は低いが、皇位継承権も持つ名門中の名門だ。


狗の家紋。代々軍務大臣(軍部総司令)を勤める【いぬい】家。

申の家紋。今期の御前議会(現代の国会に当たる)議長を務める政治の頂点【猿条えんじょう】家。


正に犬猿の仲。不倶戴天の怨敵といってもいい二家の輸送車が前に立ち睨み合うのは二人の少年少女。


乾家が今代の嫡子、【いぬい 松之丞まつのじょう】。

猿条家が三女、【猿条えんじょう 千里ちさと】。


それぞれが侍従や取り巻きを控えさせ、真正面から睨み合っていた。


双方共に教導院の制服ではなく私服。入学前なので当たり前であるが、それにしてもかなり派手なものである。松之丞は白地に金糸の装飾が入った羽織袴。その上から派手な装飾の施された長衣ガウンを肩に引っかけ、腰に大太刀――回転弾倉式の気導剣を提げている。年齢にしては大柄な体格をしているので似合ってないこともないが……周囲からは大分浮いている。千里は赤地に派手な柄の振り袖。最近流行りの裾を短くしたものではないが、それでも場違いと言わざるを得ない。結い上げた髪には玉や細工をちりばめた櫛や簪。もう少し大人じみていればよく似合っていたのであろうが……薄く化粧をした彼女はどちらかと言えば小柄でまだ幼くも見える容姿だ。全体的にやや背伸びをした格好としか言いようがなかった。


もちろんこの二人がこの場にいるのは他でもない、教導院に入学し寮に一時の居を定めるためであった。しかしたまたま同じ日、同じ時刻に教導院に赴いたのが運の尽き。どちらが先に院内に入るかで一歩も譲らず、睨み合いを続けているのだ。


大人げないと言うしかない。天下に名だたる大貴族の子女がなにをくだらない片意地張っているのか。だが周囲にそのことを指摘できる人間などいるはずもなかった。当然と言えば当然、何しろ帝国貴族の頂点に近い家柄の者だ、並の神経の人間で在れば口を挟めるはずもない。


「……一体全体なにをやっているやら」


行列の後方、通行の邪魔にならないよう運搬車を道の端に寄せさせ、その屋根の上から状況を見取った来夏が呆れたような声を上げた。いや、実際呆れているのだろう。さてどうしたものかなどと言いながら考え込む様子を見せる。

流石の彼女もこの状況にいきなり割って入るつもりはないようだ。後について屋根へとよじ登った小巻は胸をなで下ろす。が、逆に言えば状況がおかしな方向に動きそうならば介入を試みる可能性もあるので油断はできない。主と共に事の推移を見守る小巻だった。


そして当事者たちであるが、騒々しく騒ぎ立てているわけではない。だがしかし、見ていて胃がきりきりと痛みそうなやりとりが続いている。

互いに相手を小馬鹿にしたような目線と態度。背丈の分松之丞が見下ろす形になっているが、態度の大きさと覇気では千里も決して引けを取ってはいない。どちらも相手を屈服させんと目に見えぬ刃で鎬を削る。


「どうしても引かぬ、と? なるほど噂に違わぬじゃじゃ馬ぶりよな。いや、家柄から言えば山猿か」


あざ笑うような、からかうような、小馬鹿にした調子で言う松之丞。対する千里はその言葉を柳に風とばかりに受け流し、やはり同様の調子で返す。


「ふ、噛み付き吠えるだけが脳の駄犬はおつむに回る血の巡りが悪いようで。学舎に『余計な荷物』を持ち込もうとするからこのようになったと理解できませぬか?」


ちらりと視線を流す。その先には派手な装飾の運搬車。機殻鎧を輸送するためのそれに積まれている荷物と言えば一つしかあり得ない。

以前にも語ったが教導院において機殻鎧を持ち込むという行為は白眼視される傾向にある。が、武門の子女の中にはそれがどうしたとばかりに堂々と持ち込みを行う者もいる。そのほとんどが自己顕示欲を満たすためだけにそれを行っているわけだが。


松之丞はその事実を知ってか知らずか、堂々と胸を張る。


「武門の心得としていついかなる時でも己の武を磨き上げる努力を忘れてはいかんからな。ましてや機殻鎧とは戦場の花形、武門の頭領となるのであればその扱いにも精通していなければならぬ。しかし教導院で用意しているであろう訓練用の躯体などでは我が鍛錬の糧になりえんだろう。幸いにして躯体を維持する十分な金子はあるのでな、ならば己の手足とも成る躯体を持ち込むのは道理であろうが」


そんなわけはない。だが別に否定する要素でもないことは確かである。教導院にて機殻鎧の扱いを教える部門はあるし、持ち込みそのものを禁じているわけでもないからだ。自身の使い慣れたものを持ち込む、その考え自体はおかしいことではない。実際やるかどうかは別として。


「それに人のことは言えまいよ。そちらの運搬車は機殻鎧のものではあるまい、大層に何を持ち込みに来たのやら」


確かに、武門の家柄でもない猿条の人間が機殻鎧を持ち込むなどありえない。そもそも猿条家は以前から軍部の縮小化、予算削減を訴え続けている。それが自己顕示欲のために、いやそうでなくともわざわざ機殻鎧を手に入れ持ち込もうとするだろうか。

しかしであるならば、この大仰な運搬車は何なのか。その答えを、千里はふふんとむしろ誇らしげに言い放つ。


「私物ですの。家財道具一式に衣類その他装飾品。教導院据え置きの家具など使いにくいことこの上ありませんもの。武門が己の腕を磨くのが本位であり義務であるというので在れば、女が己自身を磨き上げるのもまた本位であり義務。そのために手抜きも手加減もするつもりはございませんの」


つまり機殻鎧なみの量の私物を持ち込むというのかこの女は。確かに上流貴族ともなれば私物の家財道具を持ち込むのは当たり前と言っても良いが、さすがにこれはやりすぎの感がある。遠巻きに見ているものたちは少し引いた。


対峙している松之丞はといえば、いささかも動じず小馬鹿にしたような笑みを浮かべたままで


「ふん、さほど大仰にせねば磨けぬ女とは、随分と元が貧相であることよな」


それに返す千里もまた嘲るような表情で。


「あら、修練に刃を選ぶような贅沢ものが戦場で役立ちますの?」


くくくと凄絶に笑む二人。どちらも一歩たりとも譲る気はないと改めて分かる。このままでは日が暮れても教導院に立ち入れないかも知れない。行列を作る者たちは漠然と不安を抱いていた。


「ふむ……」


来夏は考える。流石に自分のいるところまで声は聞こえないが、双方の口元の動きで何を言い合っているか大体は分かった。はっきり言えばどっちもどっち。自身も機殻鎧なんぞを持ち込んでいるので言えた義理ではないが、それでも人通りが落ち着くまで待つ算段であったし、あのような状況になれば素直に引くつもりだ。大人げないなと思うが、よく考えればまだ十をいくつか過ぎたばかりの子供。やむかたなしかと自分のことは棚に上げて来夏は得心。


しかしそうするとここはどうすべきか。考えなしに割って入ったところであの二人、まともに話を聞くものやら。なにしろ公爵家の子女である上にあの有様だ、辺境伯『程度』の、しかも後妻の娘である自分の言葉など耳に入れるかどうか。たとえ聞き届けるつもりがあったとしても、来夏は自身の口車に全く自信がなかった。あの二人を丸め込んで事を修めるなどできそうにもない。

速攻で殴り倒して意識を奪うのが最も手っ取り早いのだが、さすがにそれはやってはいけないという常識くらいはある。それにあの乾家の少年、自分や誠志郎ほどではなかろうがそれなりに出来ると見た。ここから縮地を駆使して間合いを詰め、一撃で意識を刈り取るなどという芸当は難しいであろう。


「(むう、某にできることがないではないか)」


これは困ったと考え込む来夏。おろおろはらはらしながらそれを見守る小巻。

そして状況は、彼女らの介入を許さず動く。


「若、お気持ちは分かりますがそろそろ時間がおしております。ここはひとつ一歩引くべきかと」


静かな声。松之丞の傍ら、いつの間にか取り巻きの中から抜け出て影のように控えていた人物がある。

松之丞と似たような袴に長衣。しかしてその趣は随分と地味な印象を与える。細面に眼鏡を鼻の頭に引っかけた、松之丞と同い年くらいの少年。であれば乾家に連なる家のもので、同様に教導院へと入学するのか。あるいは選ばれた従者か。

その人物の言葉に、松之丞は眉を顰めた。


「何を言うか。もやしの文官系列に武門が引いたとあれば、やはり腕っ節だけの空頭、口車にたぶらかされるかと笑われるであろうが」

「笑いたいものには笑わせておけばよろしいのです。それに……」


眼鏡の少年は、そう言いながら、扇子で隠した口元を松之丞の耳元に寄せ囁く。


「(周囲の目が在り申す。ここで意地を張り我を通す者と鷹揚に道を譲る者、どちらが好ましく映りますかな?)」


少年の言葉に松之丞はむむ、と唸る。しばしの間考え込み、そして唐突にばさりと長衣を翻した。


「よかろう、お前の言葉に免じてここは引くとする。……そういうことだ、勝手に先に行くが良い」


吐き捨てるように千里へと言い放ち、あっけなく取り巻きと運搬車を下がらせた松之丞の姿をぽかんと見やる千里だったが、徐々に現状を理解したのかにんまりと笑みを浮かべ始め、そしてついには高笑いを始めた。


「ほほほほほ、最初からそうしておけばよろしいものを! 取り巻きに言われなければ己の愚かさを気づけぬとは。まあこれから教導院でせいぜい苦労なされば? それではお先に」


嫌みたらしく頭を下げ、上機嫌で取り巻きと運搬車を引き連れてこれ見よがしにゆっくりと門をくぐっていく。その姿を松之丞は苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。


「ふん、口惜しくも思うが……なるほど、端から見れば格好悪いものだな」

「英断にございましょう。小生ごときの言葉を聞き入れてくださりありがたく」

「叔父上の推挙で仕えているお前の言葉を無下にはできんさ。あれを見れば正しい言葉だとも思う。これからも頼りにさせてもらうぞ」

「……御意」


恭しく頭を下げる眼鏡の少年。その心の内で――


「(このだぼ(・・)が! 一々面倒起こすんじゃねーよ!)」


――などと口汚く松之丞を罵っているなどとは誰も思わない。


一連の様子を見ていた来夏はふむと安堵の息を漏らす。

なるほど、良い従者を従えているようだ。何を言ったか分からないがあれほど意固地になっていた主をすんなり引かせるとは。最初からやらなかったのは、恐らくは機を伺ってのこと。周りがよく見えているのだろう。


「(あのような人材が、欲しいものだ)」


そのための教導院でもあると、改めて気を引き締める。名をあげ、そして人を寄せ付け、己の野望のために邁進する。来夏の頭の中、大半がそれを占めている。その道上であのような者たちと関わることもあろう。うまくやり過ごせるような手管を学ぶか、あるいは補うような人材か、そのようなものも必要となる。

まずはそこから。足元を固め一歩づつ進もう。気のはやりを押さえ込み、来夏は運搬車の屋根から飛び降りた。


さて彼女が遭遇したこの騒動、これで終わりかと思いきや。

結構後々まで尾を引くこととなる。


それに誠志郎も巻き込まれていくのは最早言うまでもない。











暗がりの中、平伏した男が告げる。


「かの者が教導院の寮に入りましてございます」

「ふむ……いい加減今度こそ、などという言葉は使いたくはないが?」


御簾の向こうで座する何者かが傲慢に言葉を吐く。それに対して平伏したままの男は淡々と応えた。


「心得て。しかしながらかの者、恐ろしいまでの運気を持っておりますれば。その宿星墜とすはなまなかにはまいりません」

「……やる前から言い訳、か?」


いささかの失望と苛立ちが籠もった言葉が御簾の向こうから飛ぶ。だが平伏した男はそのまま不敵な気配を放つ。


「なに、直接墜とすのが困難であれば……周りから削っていけばよろしいのです。細工は隆々、あとはじわりと仕上げていくだけ」

「ふん、であればよいがな。……なんにせよ、かの者は確実に消せ」


ぎし、と扇子がきしむ。御簾の向こうから漏れるのは怨嗟の気配。


「兄上を殺し、我から玉座を遠ざける要因となったあの女、生き地獄を味わせてやらねばな」


闇の中でうごめく者がある。

その牙は虎視眈々と研ぎ澄まされていた。











時は過ぎ、桜花咲き乱れ花吹雪が舞う。

その日、帝国国立教導院は入学式を迎えた。


帝国内領国八十二カ所から訪れた貴族子女と、政を司る領地のない貴族、いわゆる法衣貴族の子女たち数百人が居並ぶ講堂。男女ともに羽織袴の制服だが、男子が細身の二本袴ズボンなのに対し女子は少し裾の短い一本袴スカートとなっている。男女比率は女子の方がやや多い。大陸全土で言えば男女の出生率はほぼ五分だが、これが貴族になるとなぜか女性の比率が増えてくる傾向にある。それはさておき居並ぶ新入生の中、誠志郎は妙な居心地の悪さを覚えていた。


「(な、なんか……妙に視線を集めてるような、気が……)」


むずがゆさを覚えるが、気のせいかも知れないし下手に反応するのは自意識過剰ではないだろうかと思い堪えている。


が、それは気のせいなどではなかった。

彼の姿を視界に収め、意味ありげな視線を送っているものが複数存在している。


「(あれが件の野盗殺しか。大して強そうにも見えんが)」


大陸横断鉄道の騒動を耳に入れていた松之丞は、興味深げな視線を誠志郎に向けていた。


彼はその立場上、軍事関係の情報を耳に入れる機会が多々ある。もちろん機密などに関しては触れることなど無いのだが、当たり障りのない情報ならいくらでも手に入れることが出来る。誠志郎と来夏の大立ち回りは前代未聞と言っていい出来事でもあったし、あちこちでそれなりの噂になっていた。


ほぼ初陣、しかも初めて乗る機殻鎧を使いこなし、大陸横断鉄道を止めるなどという暴挙をやらかした野盗とそれが引き連れていた魔獣の群れをたった二体で壊滅させた。また別口では機殻鎧で空を飛んだとかいう眉唾物の話すら流れている。どう考えても話を盛っているとしか思えないが、話半分としても大した戦果だ。武門であれば興味を引かれるであろう事は間違いない。


もっとも話の全てがほぼ真実であろうとは、流石に思っていない松之丞であった。


ともかく前例にない経験を得た人物だ。関わり気に入ったのであれば自身の閥の末席に加えてやっても良い。松之丞はく、と口元を歪め、店に並ぶ商品を見つめる目で誠志郎を伺っていた。


そんな主君候補の様子と誠志郎の姿を交互にみやってから、【荒岩あらいわ 平八へいはち】はこっそりと溜息を吐く。


軍部の最大派閥である乾家の旗下に属する荒岩家。その八男という何とも分かりやすい名前のこの眼鏡少年。幼い頃からその才覚を現し、それに目をつけた乾家の重鎮から直々に引き抜かれて松之丞の傍付きとなった。それ以降悪人ではないが考えの足らない松之丞に苦労させられる日々が続いている。

幸いと言っていいものか、松之丞は自分に一目置いている節があり、割合素直に言葉を聞く。だがそれ以前に考え無しに行動する部分が多いため、手遅れになる場合も多々ある。今回のように機殻鎧を教導院へ持ち込む、とか。


その経験上から分かる。松之丞は慣例やしきたりやらあれこれを無視してかの少年と接触しようとするだろう。そうなればまた面倒なことになるのは分かっている。


「(あのだぼ、どうやって止めるか……)」


平八に武の才覚はない。彼にあるのは蓄えた知識とよく回る頭脳そしてこれまたよく回る口だけだ。それを駆使してどこまで食い止められるか……。

入学早々、平八は憂鬱であった。


そして彼の憂鬱を加速させる人間がもう一人。


「(見城……誠志郎……)」


意外なことに千里である。いわば政治の頂点に立つ猿条家であるが、大陸横断鉄道の事件のあらましを耳にすれどもそれに関わることはほぼないはずだ。だというのに、なぜか家のことにほとんど関わりがない千里が誠志郎のことを知っているのは、おかしな話である。


実際、千里は誠志郎たちが遭遇した(・・・・・・・・・・)事件のことなど(・・・・・・・)何一つ知らなかった(・・・・・・・・・)。彼女が誠志郎のことを知っているのは別の事情があるからだ。


千里の脳裏に浮かぶ光景。暗い座敷。窓の外をぼんやりと眺める、魂の抜けたような様相の女性の姿。


きり、という微かな音。千里が密かに奥歯をかみしめた音だ。

その目に宿るのは、憎々しげな、怨敵を見る視線。


さらに、また別の視線が誠志郎を捉えている。


その少年は一見、何の特徴もない凡庸に見える容姿をしていた。だがなぜだろう、どこか近寄りがたいような、なにやら妙な気配を漂わせていた。その目にはどこか暗い光が宿っている。


「(話半分としても名声は十分……勝てれば株も上がる、か……)」


自身にその事実を吹き込んだ者の台詞を思い返し、少年は暗く笑う。


かつて少年の家は裕福であった。己の小領地を盛り上げ子爵にまで至り、後少しで伯爵――領国持ちの大貴族にまで至ろうかと言うところまで来ていたのだ。

だがその全ては脆くも崩れ去った。たかだか領民を馬車馬のごとく(・・・・・・・・・・)働かせ使い潰しに(・・・・・・・・)した程度(・・・・)で政府から査察が入り、取り潰しこそ無かったものの辺境の開拓地に飛ばされ、一からやり直さなければならなくなった。しかも押しつけられたのは臑に傷持つ咎人や荒くれ者ばかり。開拓は遅々として進まないどころか、むしろ荒んでいく一方。没落などと言う生ぬるい状態ではない。


本来であれば少年自身も教導院に赴く金銭的な余裕などあるはずもなかった。だが教導院にに子女を送らないと言うことは叛意があるととられかねない。借金してでも子を送らなければならないのだが……入学直前となって、支援を申し込むものが現れる。

胡散臭いことはこの上ない。だが支援がなければ旅費を出すこともままならない。それに最早失うものもないのだ。半ば自棄になったような状態で、少年の家はそれを受け入れるしかなかった。


恐らくだが……支援者は少年の腕を買ったのだろう。幼き頃から仕込まれた剣の技は、同年代とは比べものにならないものだと自負もあった。案の定入学前に名を上げた見城なんたらとかいう田舎貴族の子の話を囁かれている。それを討てと、そういうことなのだろう。折を見て仕合でも申し込めばいい。なに仕合中の事故などよくある話なのだ、大したことではない。


荒んだ、浅く短絡的な思考を巡らせる少年。勿論彼は後援者がなぜ誠志郎に目をつけているのか知るよしもなければ興味もなかった。彼の目に誠志郎はただの得物、あるいはのし上がるための踏み台としか見えていない。


少年の名は【伊上いがみ 力丸りきまる】。彼は存外長く、誠志郎と関わっていくこととなる。


壇上では院長の話が長々と続いていた。ありがちな、貴族として恥ずかしくない模範的な言動を取るようにといった言葉がつらつらと続く。それをちゃんと聞いているものがどれだけいることやらはなはだ疑問だが、ともかく滞りなく話は終わり、式は新任の学士教官の紹介へと移る。


当たり障りのない自己紹介が続き、そして。

やつが現れた。


「此度より錬金学の講義と教室を担当することとなった、花島 鉋である。新任故至らぬ所も多いであろうが、それを差し引いて有り余る教鞭を執ることを約束しよう。興味のあるものはぜひとも錬金学の講義に顔を出すと良い。歓迎しよう」


威風堂々胸を張り、ばさりと白衣を翻す単眼鏡の美人。その姿を目の当たりにした来夏は密かにほう、と得心の息を漏らしにやりと口元を歪める。誠志郎はぽかんと間の抜けた表情となった。


壇上の彼女の表情は、してやったりと言いたげな笑みにも見える。これから面白くなりそうだと少女は笑い、少年は心の中で頭を抱える。


帝国歴二九三年、春。新たなる風が帝都に吹き渡っていく。














次回予告



教導院の新生活は始まった。それぞれ己が道を邁進する誠志郎と来夏。

だがしかし、周囲の思惑を余所に二人は独自の道を歩んでいく。

武門の本位を半ば無視するような二人の行動、その理由とは。


次回『あけぼの、揚々なりて?』


切磋琢磨の砲火ひばなを交わす。












はいここで勝手にエンディングイメージ角田 信郎『戦ノ道』をどーんと流すとノリがいいです。筆者の。

ゴールデンウイークは暇だと思ったか? それは幻想だ。かたづかないよういくらやってもかたづかないようえぐえぐ緋松です。


さ、やっとのことで序章が終わりました。何でか難産でしたが余計な情報をぶちこんでは削るという作業を繰り返したせいですね自業自得だ。これから先はどうなるか、構想はあれどもそれを物語として成り立たせられるのかどうなのか特にバトル場面! ルビ以外の片仮名無し縛りってきついんですねこれも自業自得だっつーの。


ともかくしばらくは学園モノ……のはずです。なんかどす黒いエアーが漂っているような気がしますが学園モノなのです。きっと。


……の前にこれまでの人物紹介を入れるつもりですが、次の話までの間を持たせるためという事実には気付かなかったふりをしていただきたいですはい。


そういうことで、人物紹介の後また次回~。



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