四
「このたびは我が姫が大変なご迷惑をっ!」
「いやいや、我らは大したことをしておりませんので、お顔を上げていただきたい」
そのまま畳に埋め込まれてしまうのではないかというくらい平伏し、謝罪の言葉を放つ女性に対して、兼定は心持ち引き気味に言った。
対岸の港町から船を借り、直接北之浜に乗り込んできたその女性は鹿野島 来夏の従者水野 小巻と名乗り、謁見が叶うと同時に土下座をかましてきた。突発的な事態には慣れている兼定も困惑するくらいの問答無用ぶりである。
「ただちに国元へ損害賠償と謝礼を請求いたしますゆえ申し訳ございませんがしばし、しばしお待ちいただきたく!」
「その、当方といたしましてはですな、来夏姫の躯体を修繕するのにかかった諸経費さえ頂ければ……」
「いーえそれでは筋が通りません! なにとぞ御礼と謝礼と謝罪を!」
苦労していたのであろうなあと、同情する兼定。あまりにも手慣れているというか慣らされてしまっているというか。ともかくこんな事ばかりしてきたのだと伺える慣れっぷりだ。ともかく落ち着いてもらわねばと、兼定は動く。
「どちらにしろ貴女に責があるわけではござらん。まずは心を落ち着け、それから改めて話をするべきかと思うのですが」
「! こ、これはとんだ失礼を! 重ね重ねのご無礼、まことに……」
「(これでは話が進まんな……)慈水、おるか?」
「は、ここに」
控えていた慈水が襖を開け、返事を返す。彼に向かって兼定は言った。
「客人を茶室に案内し、茶の一杯も振る舞って差し上げろ。一服すれば落ち着かれるであろうからな」
「は、承知いたしました。……失礼お客人、愚昧ではございますが、一つ落ち着かれるためにも一服……お客人?」
促され茶の席へ小巻を誘おうと声をかけた慈水だが、様子がおかしい事に気付いて訝しむ。
一応顔を上げている小巻だが……中途半端に身を起こした姿勢で慈水を見つめたまま固まっている。なんだか顔も赤くなっているが、まさか体調でも崩したのでは。そう思った慈水は様子を見るために近寄り再び声をかける。
「お客人、どうかなさいましたか?」
「……はっ! ひゃ、ひゃいっ!?」
我を取り戻した小巻だが、近くにあった慈水の顔と見合った途端奇声を上げて後ずさる。
も、もしかして気味悪がられたのだろうか、なれなれしすぎたのか、と、内心もの凄く落ち込む慈水。その様子を知ってか知らずか、小巻はあわあわと手を振りながら弁解する。
「いえその何というか突然で驚いただけで他意はないんですすいません申し訳ありませんごめんなさい!」
ぺこぺこ頭を下げる小巻の様子にどうしたものかと悩みながらも、慈水はおそるおそる語りかけた。
「で、では茶室の方へ……」
「は、はいっ! どこへなりともお供させていただきます!」
やたらと気合いを込めて返事をする小巻。一体全体どうしたのだと内心首をひねる見城親子。
とにもかくにもこちらへと小巻を案内する慈水。やたらと緊張している様子の小巻は顔を真っ赤にして落ち着かない様子で後をついて行った。
水野 小巻、一九歳。
青天の霹靂のごとき一目惚れであった。
四・伏龍、起動
職人と呼ばれる人種が存在する。
書いて字のごとく、様々な手管を持って人が使うあらゆる道具を生み出す、技術を持って生計を立てる、そういった人間たち。一次生産業に次いで人々の生活を支える彼らは、自らの互助組織――【匠工会】を持つことを許され存在を保護されていた。
特に銃火器や機殻鎧を製造、整備する鍛冶職人はその存在価値から貴族にも匹敵する扱いをされており、多くの特権を与えられている。それゆえに、貴族とも対等の口をきく横柄な人間が多いのも事実なのだが。
「なるほど、慧眼ですな」
「ははははははもっと褒め称えたまえおだてたまえ。さすればやつがれは調子に乗ろう」
「いや調子乗っちゃだめですって座って下さいししょー」
食堂車のど真ん中で席の上に立ち、腕組みで高笑いするような彼女ほどの人間はなかなかいない。
誠志郎は後頭部に流れる汗を感じつつ、そうぼんやりと思った。
さて目の前で高笑いしているこの女性、名を【花島 鉋】といい、聞けば女性としては珍しい機殻鎧鍛冶職人だという。西南部の機殻鎧生産地にして防人型の生産をほぼ一手に受け持っている福成領【豊畑】にて学び、独立――自らの工房を所有するための認可、【匠】の証を得るために邁進している。匠として認められるためには機殻鎧の製造技法を極めるだけでなく、自ら躯体の基礎設計までこなさなければならないのだが、彼女はすでにその域に手が届かんとしている、らしい。
「今現在はまだ改良という領域ではあるが、最早絵図面はやつがれの頭の中にある。試作の躯体も仕上がったことだし、あとは実証して結果を出せば誰もが認めざるを得まい!」
「……そういうことはまずちゃんと乗りこなせるような躯体を作ってから言いましょうよ。機師が乗り物酔いする躯体ってどうなんですか」
「だから今までの躯体と同じような感覚で乗っているから悪いと言っているではないか。慣れれば機師に対する負担は超絶に軽減されるのだぞ理論上。第一君はそれなりに乗りこなせているだろう」
「そりゃ僕は慣れましたから。慣れて本来想定された速度の半分しかいかないでしょうに。初乗りでまともに動かせた機師がいままでいましたか?」
「……そういうわけでやつがれは試乗体験者を絶賛募集中なのだがいかがかね来夏姫」
「望むところ。是非とも一度試させて頂きたい」
「やめてくださいやめてください。姫に万が一のことがあったら我々の首が飛びます物理的に」
「わがままだなあ【幸之助】君、やつがれにどうして欲しいというのかね?」
「取り敢えず鏡見て下さい、そこに諸悪の根元が映りますから」
口を挟むまもなく話がぶっ飛んでいく。まるで漫才を見ているようだった。鉋と弟子兼助手兼試乗機師である青年――幸之助と呼ばれる彼との会話は見てる分には面白いが当事者としてはたまったものではない。来夏は楽しそうであるが。
それにしてもと、会話を聞き流すことに勤めながら誠志郎は思う。円状の卓の向かいに位置する幸之助という青年、情けない様相でどこかとぼけた気配を漂わせているように見えるこの男、かなり『できる』。立ち振る舞いは一見隙だらけに見えるが、足の運びに迷いが無く、重心にぶれがない。寸鉄一つ帯びていないが、むやみに打ち込めば痛い目を見るだろう。無手技の一つや二つ身につけているようだ。
恐らくは貴族かそれに準ずる家柄の出だ。何気ない行動の端々にそれが出ている。何でそんな人間が機殻鎧鍛冶の弟子などになっているのだろう……というような疑問は心の底にしまっておく。家名を名乗らない時点で何か事情があるだろう事は察するに有り余る。藪をつつく趣味は誠志郎にはない。
「……優秀すぎるというのも困りものだ。豊畑では幸之助君以外誰も理解者を得ることができなかったよ。まったく、これだから頭の固い老人どもは」
「確かに優秀ですけれど同時に斬新すぎるでしょう。新機軸詰め込むなら一つか二つにしておけばいいものを思いついたもの全部詰め込んじゃってどーするんですか」
「やつがれは好きだぞ幕の内弁当。ともかく閉鎖的とも言える体制に飽き飽きしたやつがれらは、伝手を頼りに帝都に出て一旗揚げる腹づもりなわけなのだよ。というわけで姫、一つどうかね後ろ盾として」
「む、実に魅力的なお話で……大型魔獣の百も狩って賞金を充てれば当座の資金には……」
「「やめて下さい本当に」」
つい幸之助と重ねて口を挟んでしまう。この二人は本気だ。本気でやる。組んで工房建てるために魔獣狩人をやり始めかねないと、男衆は分かっているのだ。
まあ来夏の実家を頼るつもりがないのは幸いと言っていいのかも知れない。鉋はあくまで来夏本人を買っている様子だ。女だてらに領国ひとつ立ち上げるという野望を持つこの少女には、賭ける価値が十二分にあると鉋は考えている。勿論共倒れになる危険性もあるわけだが、困難なしの利などない。この賭け当たればでかいと見ているのが、手に取るように分かった。
来夏の方も将来性のある機殻鎧鍛冶職人と組む利点は有り余る。それこそ新たな機殻鎧産地の一つも生み出せれば、莫大な資金と名声が転がり込むことになるからだ。領国一つ与えられるには十分な功績だろう。こちらにも賭ける価値は十二分にあった。
厄介な二人が組んじゃったなあと、男二人は溜息。出会って半日ほどしか経っていないが、苦労を分かち合いつつあった。この先この二人が絡んでいくのは確定事項だろう、何とかして周囲に被害が及ぶのを食い止めないと。などと妙な使命感も目覚めつつある。
実はこの時点で逃れようと思えば逃れられた誠志郎であったが、元来の人の良さからかそのことに思い当たりもしなかったようだ。
そして彼は泥沼にはまる、決定的な言葉を発する。
「まあその、そこら辺の話は取り敢えず置いておくことにして。……実際花島殿が作られた躯体というのはどのようなものなのです? 結構特徴的な外観をしてはいましたが」
その言葉に、目をぎらりと輝かせた鉋が食いつく。
「気になるかね! 気になるのだね!? よかろう心ゆくまで隅から隅までずずずいっと説明してあげようじゃないか!」
再び立ち上がり意味もなくぶわさあっと白衣を翻す鉋。客があまり入っていない時間帯だから良かったものの、至極迷惑である。
そうして彼女は懐から資料らしき紙の束を取り出そうとして……「ふむ」と頷きなぜか懐に戻した。
何の意味があるんだ今の行動はと思っていたら、鉋はにっと笑みを浮かべた。
「そうだ、どうせなら直接躯体を見てもらった方が手っ取り早いな。そういうわけで早速行こうではないか。来夏姫もいかがかね?」
「願ってもない話です。ぜひ」
女二人はにやりと笑みを交わし、目を輝かせてさっさと歩き出す。
残された男二人は溜息しか出ない。
「も、問答無用だなあ……」
「あ~、もうあれだ、諦めてください色々と」
それでも後をついて行くこの二人は、やはり根本的に人がいい。
巨大な三十両編成の列車が帝都に着くまであと二日半。その間の暇つぶしのためにいくつかの娯楽設備があるが、それらをまるっきり無視してこんな所に来る人間はほとんどいない。
簡素な骨格に、防水処理が施された厚布の覆いが被せられただけの構造。轟々と外部からの音が響き渡るその空間には、台座に据えられた巨大な鋼鉄の固まりが並ぶ。
機殻鎧専用の運搬車両。その中ほどの薄暗い灯りの下で、鉋は振り返って胸を張った。
「これがこの花島 鉋謹製試作機殻鎧、【無型零式・伏龍】! 現段階でやつがれが持つ全ての技術をつぎ込んだ、他に類を見ない画期的な躯体である!」
指し示すのは一見つぎはぎだらけにしか見えない躯体。確かに脚部や腰回りなど外観上の差はあるが……。
「(いや、よく比べれば他にも……例えば肩装甲が他と比べて一回りでかい)」
恐らくは胸郭装甲を切り取り打ち直したのだろう。元々肩関節から独立している構造の肩装甲は大きくなりがちではあるが、それでもここまで大型になることはない。それによく見ると、前面の中央付近にぽつりと穴が開いている。吊り下げ機などで運搬するための金具は別についているのでそれらを取り着けるためのものではなさそうだ。
他にも出っ張っていたり奇形だったり、微妙に形状がおかしいところが多々ある。まあ試作の機殻鎧など初めて見るものなので、こんなものなのかも知れないがと思い直す誠志郎。そんな彼の表情を見て、鉋はまたにんまりと笑う。
「ふむ、色々と気になっているようだね。ではまず順に説明しよう」
そう言って鉋は躯体に近づき、装甲をこんこんと叩く。
「まずこの躯体、もしかして気付いているかも知れないが……設計の基礎は防人型だ。これは防人型の耐久性が優れているからこそだな。そしてこの躯体には、防人型標準で使われているものより高出力の主機が搭載されている。なんとこれは新規設計だぞ」
「ほう、それは……」
来夏が興味深げな表情になる。機殻鎧の主機機関として使われているのは酒精や糖質、油分などを分解し電力に変換する発電機だ。(緩衝材および冷却材として水を用い、混合する。つまり燃料となるのは酒や味醂のようなもの)改良こそ重ねられてきたが基礎設計から見直されたことはほとんどない。そもそもの完成度が高かったというのもあるが、構造が複雑で設計を変更しにくいという事情もある。もし鉋の言った事が本当なら、それだけでもう快挙と言ってもよい。
それを分かっているからか、彼女は誇らしげに言う。
「なあに基本的に反応触媒と攪拌器を小型化し数を増やしただけさ。だがその効果は覿面、なんと出力比で三割の向上! ただしその分燃費も悪くなったし、発熱も酷くなったので長時間の全力駆動は無理だがな!」
「それはだめなんじゃないでしょうか……」
誠志郎が控えめに言うが、鉋はふふんと鼻で笑う。
「だめだろうな、今のままでは。……だがね、試作――試行錯誤とはそういうものなのだよ。今より一つ前に進んだと思えば必ず何か落とし穴がある。だが一歩進んだ事は事実なのだ! あとは穴を埋める術、それを模索していく。そうして『本当の一歩』が踏み出せると言うことだ。流石のやつがれも、一足飛びに完璧なものが作れると思うほど傲慢ではないよ」
その言葉に、雷に打たれたような衝撃を受ける誠志郎。そして彼は己を恥じた。浅はかなことを言ってしまったと。試行錯誤し成長を続けるのは剣の技もまた同じ。それは自分がよく分かっているはずではないかと、自分を戒める。
この頃の誠志郎は、まだ素直で朴訥であった。
誠志郎が納得したと見たのか、鉋は頷いて話を続ける。
「ともかく通常駆動でも出力に余裕ができた、これは大きい。この余剰電力を有効利用できないかと発案したのがこの足、ここに仕込んだ【電磁動輪】だ」
指し示すのは大型の脚部とそれに仕込まれた車輪。
「この車輪、この核自体が電動機になっている。今まで基本機殻鎧は脚部を動かし歩行、あるいは走行しか移動手段が無かったわけだが、これを備える事により『車輪による走行』という新たな移動手段を使えるのだよ。これは移動速度の向上と脚部の負荷軽減という効果が期待できる」
転けるんじゃないだろうか、そう思ったが先のこともあるので口には出さない誠志郎。
鉋はお見通しだと言わんばかりににい、と唇の端を歪める。
「転ける。そう思っているのだろう? 対策はあるのさ。……まあそれは後回しにして、こっちも気になっていたろう」
下がって背後を指し示す。そこには腰部の背後に備え付けられた、銃器に似た構造を持つ機構。全員が覗き込んだところを見計らって、鉋は説明を続けた。
「機殻鎧に備えられている気の増幅機構、これは躯体を駆動する機構と電力を共用している。ゆえに増幅機能を向上させようとすれば自ずと躯体の出力も下がる。これは機殻鎧に関わる者であれば誰でも知っていることだ。そもそもこの機構が上手く使えねば機殻鎧の操縦は格段に難易度が上がるとあって機師は特に気をくばる。生じる問題を解決せんがために予備動力たる蓄電池から電力を供給するという発想もあるが、元々主機から電力を得ているという点では同じ事だし、いざというときに蓄電池が空という自体にもなりかねないから根本的な解決策とはならんな。……それでやつがれは考えた」
ごそりと白衣の下から取り出したもの。それは大砲の薬莢にとてもよく似ていた。と言うより弾頭がないだけでほとんど同じ代物だ。そして誠志郎は大きさこそ違えど、それをよく見知っていた。
「炸薬式燃料電池……まさか」
「む、誠志郎殿?」
「ほう、気付いたかね。もしや気導剣の使い手か?」
誠志郎が「未熟なものですが」と頷けば、なるほど道理と得心する鉋。
「そう、これは気導剣の機構を応用した電力増幅機構。やつがれは【烈火増強機構】と名付けた。基本は気導剣と同じ、炸薬式燃料電池から発生する大電力を躯体の増幅機構に流し込み、気の活性を強化する。これにより躯体の電力を損なわずに気導増幅機構を全力で使うことが可能となるのだよ! ……まあ回数に限りがあるし、炸薬式のものゆえ一発でせいぜい五息(約10秒)程度が限界なのだが、やつがれはこれで十分だと考えている」
その言葉になんでだと誠志郎は首をかしげるが、来夏はにやりと笑みを浮かべる。
「踏み込み、打ち込み、離脱。なるほど、五息あればおつりが来ますな」
返す鉋の表情は、得たりと言わんばかりの満面の笑み。
「そう! 正しくその通り! 気導増幅機構、これを全開で使う事など実際短時間でしかない。使用を限定してしまえば、それこそ刹那でも十分。そして通常の使用法と違って躯体も全開で使えるとなれば……」
「気殻鎧で剣技の至高すら使えうると、そういうことでしょう。……使いこなせれば強力な切り札が一つとなりましょうな」
想像してみる。たとえばただでさえ音速で城壁すら砕きかねない逸刀を打ち込んでくる次元流の使い手が、躯体出力および気力が全開の状態で突っこんでくる。
もはやそれは技ではない、広域破壊兵器だ。そうでなくとも一流の機師が使いこなせれば、来夏が言ったようにここぞという時の一手となる。
鉋が生み出したものがどれほどとんでもないものか、それを理解した誠志郎はぶるりと身震いした。それは怖気か、それとも武者震いなのかは分からなかったが。
もちろんそんな誠志郎のことを知らずか知って調子に乗ったか、鉋はますます気勢を上げ語りに熱を込める。
「だがしかし、そう思ったね? 予備動力たる蓄電池が無いのではいざというときが、と。心配は無用! この躯体、蓄電池を小型化し骨格の各部に分散して備えている。これは一度に蓄電池を破壊される危険性を廃すると同時に、各部ごとに電源を備えることにより電力供給が安定するという効果があるのだよ! まあ配線が複雑になったり骨格自体の重量が増したりするがな」
「(そ、そうなのか……試作品って、なんか一つやるごとに一つ問題が出てくるものなんだな)」
そこはかとなく不安を覚えながらも、自分を納得させる誠志郎。もちろんこんな尖った開発の仕方をするのは今のところ鉋だけだということには、まだ気付かない。
「そして! この躯体、なんと両肩装甲内部に四分径(約五十口径)の連発筒(機関銃)を内装している! 弾丸が少ない上機殻鎧相手なら牽制か不意打ちにしか使えないが、両手が塞がっている状態でもさらに火力が追加できる。使いようによっては大きな効果が期待できるだろう!」
「(あのでかい装甲と孔ってそういうことかあ! で、でもそれ打ち込み肩装甲に入れられたら壊れるんじゃあ?)」
不安は増した。
「とまあ様々な機能を持つこの躯体だが……最大の欠点として色々仕込んだせいで全体の均等が無茶苦茶になってしまっているという事態になっていたりするわけだ。こりゃまいったねはっはっは」
「(えェ~~~~~!?)」
本当に大丈夫なのか。不安は膨らむ一方である。が、それすらもどうと言うことはないと、鉋は確信していた。
「ふっ、そこで、そこでだ! 最後に機能にしてこの花島 鉋が一押しの機構が全てを解決に導く! その名も【自動姿勢制御機構】!」
後の機殻鎧という兵器を知っているものからすれば、何を当たり前のものをと呆れるだろう。だがこの時代だと機殻鎧の姿勢制御は機師の感覚に頼った完全手動であり、操縦を困難なものとする要因の一つとなっていた。その効果は後の歴史で証明されているが、この時点では海のものとも山のものともつかぬ代物。それは一体どういう事なのかと、誠志郎などは頭の回りに疑問符を浮かべている。
「先も言ったとおりこの躯体は均等が崩れており普通の操縦ではただひたすら扱いづらい。電磁動輪を備える関係上脚部が大型化し大分ましにはなったが、それでも試動段階で何度も転倒という無様をさらしてしまった。ゆえにやつがれはこう思った。躯体そのものが自力で均等を保てば転けにくくなると! 仕組みはそう複雑ではない、躯体の重心近く、丁度機師の尻の下あたりだな、そこに均整感覚器を仕込みそれと連動させて下半身が均等と重心を安定させるよう自動で動くという仕掛けだ! 単純ではあるが画期的だろう! さあ称えてくれるといい!」
よほど自信があるのか高笑いで大いばりの鉋。しかし来夏と誠志郎の反応はいまいちであった。
「(す、凄い、のか? 先の烈火増強機構のほうがよほどのものだと思うが……)」
「(複雑ではないって……下半身の油圧と各間接の電動機を自動制御するってことでしょ? ものすごい手の込んだ仕掛けだと思うんだけど……それになんか効果がどうにも実感できないし……)」
姿勢制御など勘で大体分かるだろうという感覚の来夏と、さほど操縦の経験がない誠志郎にはいまいち分かりづらい。まあ躯体の均等が崩れてしまったのならば修正すればいいものを、一足飛びに地味だが複雑で画期的な機能を思いついて、作り上げ実装してしまう鉋のほうがおかしいのだが。
と、先程からずっと無言を貫いていた幸之助がぼそっと言う。
「でもどういうわけだか機師が酔っちゃうんですよねー。多分自身の感覚と躯体の挙動に齟齬が出て混乱するからだと思いますけれど」
「だあかあら、そこは慣れろと言っているではないか。慣れれば間違いなく負担は減る!」
「(無理難題押しつけてる!?)」
至極真っ当な幸之助の言葉に対して無茶苦茶な要求を叩き付ける鉋。そりゃあ今まで全く概念すらなかった機能が自分の感覚を余所に勝手に機体を制御するのだ、動かす方とすれば混乱では済まない。感覚が鋭い者ほど齟齬は大きいだろう。本当に役立つのかその機能と、心の中に広がる疑念を打ち消せない誠志郎であった。
それを余所に鉋はますます気勢を上げ訴え続けようとする。
「いいかね! この機能こそが機殻鎧の運用に革命すらおこす――」
だがその言葉が、最後まで発せられる事はなかった。
時は僅かに戻り場所を移す。
三十両編成の列車、その先頭。石炭燃料の蒸気機関を動力とする機関車。先端にある運転席で、二人の運転手が会話を交わしている。
「今日も今日とて順風満帆、と。……次の駅まで距離長いから暇なんだよなこのあたり」
「だからって油断すんなよ? ここに来て事故なんぞ洒落にならん」
「あいよ。まあ魔獣でも出てこない限りは、問題ないんだがね。このあたり地盤がしっかりしているから山崩れの危険も少ないと――」
そこまで言ったその時、彼方からどおんと微かに音が響く。瞬時に二人の顔が引き締まり仕事師のものとなった。
列車の異常ではない。その手応えはないし異常を示す警告灯も点いていない。そして響いてくる地響きのような音と軌道が微かにぶれる手応え。
「言ってる傍から山崩れ!? 緊急停止する! 車内放送だ!」
「おうっ!」
耳障りな金切り音、火花を散らしながら巨大な列車は見る間に速度を落とす。
その前方で、多量の土砂が線路めがけて降り注いだ。
急制動による衝撃が車内を襲う。
それなりに鍛えてある誠志郎と来夏は踏みとどまった。が、そういった事に関して全くの素人である鉋はそうはいかない。
「きゃあああ!?」
以外にも可愛らしい悲鳴を上げながら虚空に投げ出される。咄嗟に助けようと手を伸ばす誠志郎だが。
「(間に合わ――なに!?)」
誠志郎よりも遙かに早く飛び出す影。それは虚空で鉋の身体を抱き留め、そのまま彼女を庇う形で強かに幌の鉄骨へと叩き付けられる。
「幸之助殿! 大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄り無事を確かめる。ずるりと崩れ落ち、鉄骨に寄りかかりながらも幸之助は何とか笑みを浮かべて見せた。
「うっと、なんてことは……づうっ!?」
「こ、幸之助君!?」
胸元に抱かれた体勢から、はたと顔を上げ泡を食った声を上げる鉋。見れば幸之助の右腕、肘から先がぐにゃりと歪な形に曲がっている。
「あっちゃあ、折れちゃいましたか」
「お、折れちゃいましたかじゃない! なんで! 君は、もう!」
暢気を装って言う幸之助に、半泣きになりながら食って掛かる鉋。先程までの剛胆さはどこに行ったのか、まるで普通の女性のような狼狽えぶりであった。
ともかく手当をと、誠志郎は状況を見る。腕が折れているなら添え木で固定しなければならないが適度なものが周囲にはない。どうするかと考えて、誠志郎は迷わず腰に差した脇差を鞘ごと引き抜く。そして懐から手ぬぐいを取り出した。
「ちょっと痛みますよ。我慢して下さい」
「あ、誠志郎君?」
「つっ……それは」
目を丸くする二人を余所に、手早く脇差しを幸之助の右腕に括り付けるよう固定する。迷い無い行動に、むしろ周囲が戸惑った。おそるおそる来夏が問うてくる。
「良いのか誠志郎殿、その脇差は……」
「使ってこその道具でしょ? それに他に適当なものがありませんし」
さくりと応える誠志郎。だが使い込んだ様子はあるが見るからに手の込んだ装飾、なにより見城家の家紋が入ったそれは身分証明にもなるものだ。それを添え木代わりに使おうなどと普通は考えない。
そうこうしている間に、やっとの事で車内放送が状況を知らせる。
「ただいま当便の前方にて土砂崩れが発生いたしました! お客様各位に多大変なご迷惑をお掛けしております! 只今乗務員が急行しておりますので事故怪我などございましたら早急に……」
「おいそこの客人! 大丈夫か!?」
どたどたと警備兵たちが輸送車両になだれ込んでくる。恐らくは機殻鎧で土砂を除けようとしてのことだろう。医務室は……多分人で一杯だろうけどなあと思いながらも、誠志郎は彼らに所在を確認しようとする。
そして事態はさらに悪化していく。
見事なまでに崩れ去った山肌。そして土砂に埋まる線路の直前で停止している巨大な列車の姿。
その光景を近場の林の中から見やるいくつもの視線があった。
「は、はは。本当に止めやがったぜおい……」
「こんなに上手くいくたあな……」
薄汚れた武装、下品な笑み。粗野というのもおこがましい夜盗の類としか思えない男たち。
実際彼らは近隣から集められた破落戸の集団であった。
その中の、頭目格らしい男が口を開く。
「へへっ、あんたの言ったとおりになったな。都合良く列車が止まりやがった!」
「……嘘は言わんさ。あとは手はず通りにさっさと片づけるのだな」
語りかけるのは頭からすっぽりと外套を被った人物。その人物に対して頭目格は確認するように問うた。
「この仕事片づけたら、本当に帝都の親分衆に繋ぎ取ってくれるんだな?」
「首尾良く生きて帰れたらな。それほどの大仕事だと理解はしているだろう。伯付けとしては釣りがくる」
「……へっ、確かに。こんなごっつい『援軍』もあるんだ、へま打ったら恥さらしもいいところだぜ」
背後を振り返れば、そこにはぐるると唸る小山のような影。
狐と狼を合わせたような姿をしたそれは【牙獣】と呼ばれる魔獣。大型化した犬科の生き物であり獰猛な性質を持つ。普通であれば人が近くにいれば即座に襲いかかるものだが、この場に存在する十体は剣呑な気配を放ちながらも大人しく伏せている。
それがどれほど異常なことか、この場の破落戸どもは理解していない。大体にして、結界の外でこうやって集い機を伺う余裕があること自体がおかしいのだ。それに思い当たらないのは彼らがただ愚かしいだけが理由ではない。
「(酒に混ぜた薬は効いているようだな)……分かっているのならいい、やってのけろ。さすればいい思いもできよう」
「言われるまでもないやね。……おら野郎ども気合い入れろや! 帝都の親分衆が抱えて下さるんなら怖いもんなんざねえぞ!」
明らかにおかしい様相で血走った目。自身の異常さに気付かぬまま破落戸どもは気勢を上げ鉄騎に火を入れ吹かす。
外套の男は顔を伏せにやりと嗤う。適当なことを言って誤魔化し薬を盛って破落戸を唆しその気にさせたが嘘は言っていない。この仕事をやり遂げれば帝都の貧民街を牛耳る極道どもに引き合わせてもいいと思っている。
ただし生き延びることができればの話だ。
「(適度に暴れて死んでくれよ。後は『本命』の仕事だ)」
最初から彼らは捨て駒だ、『目標』を引きずり出せればそれで御の字。あとは悠々と片を付ける手はずは整っている。まったくもって下らない、本来の自分には似つかわしくない仕事だ。こんな下らない仕事など早々に片づけてくれる。
暗い嗤いを浮かべる外套の男。後の世からの視点で見れば、ここでこの策略が上手くいっていたら歴史は大きく変わっていた。そう言う意味では歴史の転換点だったのかも知れない。
騒ぎの質が変わる。
怒号。射撃と着弾の音。そして鉄騎と獣の咆吼。幌が畳まれ外部の光が差し込んでいく輸送車両の中、医務室へと移動しようとしていた誠志郎たちは何事かと顔を見合わせる。すると遅れて警告の鐘ががんがんと響き渡った。
「なんだって!? 賊!? 冗談だろう結界なんざないぞこのあたり! はあ!? 魔獣が一緒にいる!?」
「お客様は客車から動かないで下さい! 個室の方は部屋の戸を閉めて施錠を!」
「急げ! 対魔獣装備で構わん! 何とか押さえ込むぞ!」
怒号が飛び交い、機殻鎧が次々と起動していく。状況はよく分からないが、どうにも厄介ごとらしい。
それにいち早く反応したのは無論この少女。きり、とまなじりを上げ、己の躯体に向かって駆け出す。
「来夏様!?」
「放っておくわけにもいくまい! 手は一つでも多い方がいい! ……警備の方々、そこの躯体の所有者です! 微力ながら手を貸しまする!」
「な、ってことは鹿野島の……」
「だが手が欲しいのは確かだ。己が身は己で護っていただきますぞ?」
「承知!」
警備兵と言葉を交わし躯体の胸郭を開け乗り込む来夏。その背後で制止しようとする誠志郎の言葉など完全に意識の外だ。
「鹿野島 来夏、参る!」
「ああもうあの姫様はあ!」
脇目もふらずに飛び出していく轟雷。誠志郎は唸るが生身ではできることに限りがある。自身の寝台に戻って気導剣を取ってくるしかないかと思ったが、機殻鎧と魔獣が入り交じってる戦場に生身で飛び出すなど自殺行為だ。列車に取り付いた賊を相手にするくらいしか手伝えることはなさそうだが。
悔しげに舌を鳴らす誠志郎。その様子を見て、幸之助は懐に差し込んだ己の右腕に目を落とす。
「(……西界道の鎌鼬が息子。……賭けてみるか)」
幸之助は帯のもの入れをまさぐり――
「誠志郎君!」
取り出したものを誠志郎に向かって放る。咄嗟に振り返って飛来したそれを受け取る。手の中のものを確認した誠志郎の目が驚きに見開かれた。
「機殻鎧の、起動鍵!?」
「貸します。伏龍、使って下さい。……師匠、よろしいですね?」
問われ、幸之助を支えていた鉋が応える。
「! ああ、構わないが……いいのかね?」
「どのみちこの腕ではしばらくは乗れませんよ。それに若い子の方が、上手くいくかも知れません」
「……お借りします!」
今は使えるのであれば猫の手でもありがたい。誠志郎は頭を下げ、躯体に取り付き駆け上った。
胸郭を開ける。中身は通常の躯体とほぼ同じだ。鞍と背もたれが一体になったような座席。その両側には肘掛けのようなものの先に金属製の輪、その中にごてごてと釦と引き金のついた操縦桿。下には鐙のような操作機。左右の内壁には操作機器類が所狭しと並び、座席の上には鉢金が放りっぱなしであった。
鉢金を被り座席に座る。固定帯で身体を固定し、配線の端子を鉢金に繋ぐ。
「誠志郎君! 両方の操縦桿の前に引き金が増設してあるだろう! 両方の黄色いのが連射筒、左にだけついている赤いのが烈火増強機構のものだ! 留め金を外せばいつでも使える!」
「はい!」
鉋の言葉を確認し、誠志郎は頷いた。そうしてから胸郭装甲を閉じる。暗がりの中躯体の首元と胸郭左右斜め下にある覗き窓を調整。視界が正しいのを確認してから起動鍵を差し込み、捻る。
くお、と主機機関内部の攪拌器が回る音。それを皮切りに様々な駆動音が重なり唸りを上げ、奏で始める。各部の認識灯が点灯し、計器の針が勢いよく跳ね上がった。
深く呼吸。そして意識を集中し感覚を伸ばしていく。
後世の機殻鎧であれば各部に感覚器を備え、躯体の姿勢、均等は自動制御される。だがこの時代は増幅された気を探査のように使い、そこから得られる感覚を持って機師が自力で躯体を制御していた。そもそも気の運用ができなければ使えない技術であり、先にも言ったとおり機殻鎧の操縦を困難にしている要因であった。それをそつなく誠志郎はこなしている。
鉢金の額当て部分を目元まで下ろす。その内部は網膜投射式の映像器。躯体頭部の撮影機からの映像を実際の視界以上に映し出す。
鎧武者じみた躯体の頭部、その眼窩に当たる部分。その左右両目の位置には複数の撮影機が備えられている。
電源が入ると同時に冷却器と送風機が作動する虫の羽音じみた音が響き、作動を示す各種認識灯が瞼を開くように光を発した。
未知数の力を秘めた鋼鉄の鬼神が、今目覚める。
次回予告
襲いくる賊と魔獣。混乱の中に誠志郎は飛び込む。
予想外の躯体性能に四苦八苦しながらも善戦、襲撃者たちを討ち果たす事に成功するが、それで全ては終わらなかった。
彼方よりの魔弾。神業を持つ狩猟者に対し、誠志郎が取った行動は。
次回『刃鋼、天駆ける』
乱世に刃鋼の疾風奔る。
予想外に筆が進んだのに戦闘シーンまでいってないよアレェ!? ってかなんで俺伏龍のスペック全部バラしてんの!?
ここの予告はジャンプのそれと同じくらいの信用度緋松です毎度。
いやすべては今回登場した鉋さんが原因。この人勝手に喋る喋る。瞬時にキャラ立ちましたけど弊害として思っても見なかったところまで書き出してしまうと言う事態に。ここまで説明シーン引っ張るつもりなかったんだけどなあ……。
というわけで戦闘シーンは次回まで持ち越しとなりました。一話丸々使えるはずですから、きっと迫力のあるものになる……ような気がしないでもない今日この頃。自信なんぞかけらもござんせん。
あとたまに勝手な単位とか単語とか出てきますが気にすると困ります。筆者が。
そんなわけで若干の不安を残しつつまた次回ー。