三十六
準決勝第一試合の終了後、試合後の検診もそこそこに満足は医務室を後にする。
己が躯体を預けている格納庫。人気のないそこにたどり着いた途端、満足は壁に体を預け、荒い息を吐く。
「やれやれ……超然とした態度をとり続けるのも、これはこれでつらい」
脂汗をかきながら、鳩尾の当たりを押さえる。先の試合で彼は相手と大技をぶつけ合い競り勝ったが、全く無事というわけではなかった。
ぶつかり合った技の衝撃。その大半は相手に叩き付けた物の、反動はしっかりと満足自身にも影響を及ぼしている。
苔の一念という奴か。舐めていたつもりはないが、一流に手がかかった程度なら上手くあしらえると思っていた。自分もまだまだと自嘲する。実力を隠し続けながらというのはやはり見通しが甘かったと言わざるを得ない。
己の身体機能を活性化させ、回復を図る。術を使うまでもない、と言うか彼にとってこの程度は術の範疇にも入らなかった。しかし普段なら意識して使うものではないはずが、思考をそれに割らなければならない。結構な影響が残っていると言うことだ。
呼吸を整える。次の試合――決勝までには完調に戻し、今行われている戦いの勝者を迎え撃たねばならない。己の不調で見せ場でへまをしたら片手落ちだ。焦る必要はないが、余裕をかましている場合でもない。
「ここまで整った舞台で間抜けを曝す、というのも面白いかも知れないがね」
くく、と一人忍び笑う。どうやらこの男、決勝での勝敗にはあまり拘っていないようだ。
一体何が目的なのか。格納庫に座する黒鉄の巨人は、ただ黙して時を待つ。
三十六・魔人、歌舞く
本来であれば、決勝の前に三位決定戦が行われるはずであった。
それに待ったをかけたのは、会場の医務室を担当する医師。
「虎西殿はいまだ完調とは言い難く、今しばらくの時間を頂きたい」
皇家にも出入りする彼の言葉を無視することは出来ない。運営陣は三位決定戦を後回しにすることにした。
「拙者の都合で試合の流れを変えるわけには」
「まだ全力が出せない状態で、勝てるおつもりか」
多少の痺れが四肢に残る状態で無理を通そうとする鉄平を、医師が止める。
あと半刻もすれば支障はなくなる。今ここで無茶をする必要性はないのだ。とは言っても予定を延ばし観客――特に皇帝を待たせるわけにはいかないと言う心境は分かる。現在名実共に天にあるかの人物を待たせるなど、流石の鉄平も恐れ多くて出来はしないと思っていた。なにしろ元々宮仕え、増長気味であるもののそういった所まで逸脱はしていない。
そこで決勝を先に回すという話になる。確かに決勝の後では盛り上がりに欠けるであろうが、ここまで勝ち上がってきたものたちの戦いは決勝と遜色あるないと、運営陣は考えたようだ。
提案という名の『命令』に、鉄平は逆らう気はなかった。そして対戦相手である来夏も了承したらしく、話は滞りなく進む。
ただ一つ、懸念は。
「四半刻の休息を挟むとは言え、本間のは連戦か。躯体はともかく乗り手の疲労が抜けきるとも思えんな」
一刻も早い回復をと柔軟を行いながら、鉄平が言う。それに答えるのは整備を指揮していた長里。
「向こうさんも修羅場は慣れているだろうさ。……問題は相手よ」
最後の当たりは小さく言う。確証のない勘だけの話、聞かせるつもりはなかった。
あの旧世代に見える躯体にまだ『奥』があるのだろうなどと。
「(どのみち、次の試合で目の当たりにすることになるやも知れんが)」
手加減されていた、などと知れば鉄平の自尊心に傷が付くであろうことは想像に難くない。知らないですめばそれに超したことはないのが、その可能性は低いのではなかろうか。
優勝する以外の何か目論見が、かの影法師の男にはある。長里はそう見ていた。それが躯体の隠された本性に関係あるのかどうか。関係あるのであればそれが日の目を見ることは間違いない。もしかしたら、御前試合どころではなくなるかもしれなかった。ここに来てどうにも面倒なことになったと、長里は内心頭を抱えている。
そう考えているのは彼だけでなく。
「申し訳ないが急ぎ整備をお願い致します。すぐに出られるように」
試合外終わって一息つく間もなく、来夏は鉋にそう頼んだ。
その言葉に一瞬驚いた鉋だが、すぐさまその理由に思い当たり得心する。
「あの躯体か。いざとなれば乱入する……そう言う目論見だな?」
来夏は新志を駆る満足の危険性――というか異質さに、いち早く気付いていた。何かをやらかすことは確定、そう見ている。勿論会場には警備のため近衛の腕利きが控えているが、万が一と言うこともある。微力でも一太刀、いや一瞬でも注意を向けられればとそのような決意を固めていた。
鉋はくく、と笑みを浮かべる。
「確かにここで何事か起これば、姫の奮戦が無駄になる。それにやつがれとしてもあのような邪道、気にくわんしな」
「やはり気付いておられましたか」
鉋もまたあれの異質を察していたのだと、来夏は頷く。まあ分からないはずはないだろう。
「あれはどうにもまともな代物ではない。乗り手含めて、な。流石に皇帝陛下の御前で手抜かりは無かろうが、未然に防げればそれに越したことはない」
それにと、鉋は人差し指を立てる。
「大体種は割れた。実際ぶつけて試してみるのも悪くない」
悪戯げな笑みに、来夏は鉋の自信を感じ取った。かの躯体に対し、確証のようななにかがあるようだ。
「それは一泡吹かせられると、そう見ても?」
「やつがれと、姫次第でな。……ではちゃっちゃと始めよう。なに躯体の方はほとんど損傷もない。……幸之助君! 各部の確認を頼む!」
「もう始めてます! 足回りから疲弊度出しますんでよろしく!」
装甲や整備孔を開いて各部の確認と調整に入る幸之助と誠志郎の姿を確認し、鉋と来夏は操縦系の調整から開始する。
そうしながら、鉋は来夏に問うた。
「しかしあれだな、己の試合の敗北など気にしている場合ではないか?」
すると来夏はこう答える。
「……まあ他のことに集中していれば、気に病まなくてすみますので」
その横顔は、なんだか拗ねた子供ようにも見えた。
ああなるほど、やっぱり悔しかったのか。来夏の態度に微笑ましい物を見て、鉋はくすりと笑った。
「まったく、中年使いの荒いことだ」
握り飯を頬張り、それを水筒の中身で流し込んで、三郎左右衛門は息を吐く。
まだ筋肉痛などの不調は現れない。が、疲労は嵩んできているし、後日それらに悩まされることは確実だ。
しかしその程度のことは慣れている。特殊な魔獣や、あるいは人間よりよほど高度な知性体と化した妖などと対峙したときなど、数日不眠不休ということもあったのだ。このくらいで音を上げていたらやっていられない。
「さて、あの姫君も強敵ではあったが……」
軽く腹ごしらえをすませ、思いをはせる。彼もまた、新志とそれを駆る満足の異常性については感付いている。それ自体はいい、腹に何かを抱えている人間と相対することも多々あった。
問題は、勝負がつけばそれで終わりではないというところだ。
何を企んでいるか分からないが、ああいう人間はどのような行動に出るか予想がつかない。その目的が勝敗以外の所にあれば、勝ったからと言って油断できる物ではなかった。やれ色々と面倒になったと、鼻を鳴らす。
「(事故に見せかけて……と簡単にいく相手でもない)」
事故を装って始末と言うことすら一瞬考えたが、そのようなことを許す隙などあろうはずもなかった。やもすれば返り討ちだ。精々が何やらことが起こったとき、体を張るくらいのものであろう。
三郎左右衛門に皇帝への忠義心などほとんどない。が、何かが起こりそうだと分かっていてそれを見過ごしたとあれば、後でどうなるか。面倒どころですまないのは一目瞭然であるし、御免被りたい。何より目の前でことを起こされるのは――
「(眼中無い、と言われているようで面白くはないわな)」
三郎左右衛門にも誇りと矜持と言うものがある。自分を相手取ってなお悪巧みできるような余裕を見せつけられたりすれば、面白く無いどころではすまない。
一泡、吹かせてやるか。機師として引退寸前の男の目に、剣呑な光が宿る。
諸々あって、準決勝第二試合から半刻の後に決勝戦が行われることとなった。
結局三位決定戦を後回しにした意味があまり無くなったのだが、一度変更した物をまたすぐ戻すわけにはいかないというのが運営の主張であった。
しかしこれにも何やら事情がついて回ったようで。
「……陛下のご意向、ですと?」
「ああ、どうにもそうらしい」
決勝戦を目前に控え、浜一は秋鷹皇子に急遽控え室に呼び出されそれを告げられていた。
皇子が言うには、そもそも鉄平の不調を理由に決勝戦を先に回したのは皇帝の要望であったようだ。妙に強引であったがそれもそのはず。確かに皇帝の要望とあれば、医師も運営もそれに従わなければならなかったろう。
新志――満足がどうにも怪しいと、関係者たちにはすでに知れ渡っている。当然警戒もされいざというときに動けるよう、近衛が準備を整えていた。もし満足がことを起こすのであれば、決勝戦か授賞式に行動するのではないかと予想できる。早期に決着を付けるというのであれば、決勝戦だと当たりをつけて先に回したと考えられるが。
「陛下らしからぬご要望ですな」
浜一が首を傾げる。基本皇帝光暁は、良きに計らえと臣下に全てを任せる質だ。自ら指示を出すなどと言うことはこれまで無かった。それがここに来てなぜと、浜一は疑問に思う。
皇子は少し苦みを帯びたような表情で、こう告げる。
「……どうやら父上――陛下には、なにやらお心当たりがあるようだ」
「お心当たり、でございますか?」
世事に疎いとまでは言わないが、皇帝が皇城の外に目を向けることもあまり無いし、必要以上に情報を収集することも珍しいことだ。そのような状況にありながら、あのような怪しい人物に心当たりがあるとはいかなることか。浜一の疑問は当然の物と言えよう。
「(皇家の関係者……ではない。しかし心当たりがある? どのような間柄か)」
ただただ警戒心が増していく。とはいえ浜一に出来ることは少ない。せいぜいが陰陽師たちを捕らえるために集めた匠合会の人間に声をかけ、有事に備えるくらいだ。
まったく、次から次へと面倒な。さしものの浜一も、そう思わざるを得なかった。
宗司にとって、決勝まで残るのは予想外に近かった。
あわよくば、と思っていなかったと言えば嘘になる。が、新品とはいえ出力がでかいだけの旧世代で勝ち抜けるほど甘くはあるまいと思っていた。
「機師の技術、経験が上回り、そして新世代の躯体がまだ練り上げられていなかったということだろうな」
宗司はそう結論づける。たまさか三郎左右衛門と丙の組み合わせが当たり、運が良かっただけ。これが自分たちも新世代の躯体であれば、あるいは機師が違えば、ここまで至ったかどうか怪しいところだ。
「しかし勝ち上がってきたのが、何やら曰くありげとはいえ同じ旧世代。これから機殻鎧関係は荒れるであろうなあ」
新世代に対する期待が大きかった分、この結果はこれからの躯体開発に大きな影響を与えるかも知れない。とはいえ勝ち上がってきたのは二体だけ。他の上位は全て新世代か新機構を積み込んだものばかりだ。新世代が優位にあることは関係者には分かるだろうが、どう転ぶかは予想もつかなかった。
ともかくやるべきことは全てやった。三郎左右衛門は何やら勢い込んでいるが、勝負の行く末はどうなることやら。ここまで来たら後は天命を待つだけだろう。
悟りとも開き直りともつかない心境で、宗司は会場に視線を注いでいる。
多くの観客たちは裏で流れている空気のことなど気付くそぶりもなく、ただただ決勝を待ちわびる。
今度は一体どのような戦いを魅せてくれるのか。例年にない試合が続き期待は否が応でも高まる。観客たちにとって新世代か旧世代かもあまり関係がない。ここまでの戦いを乗り越えてきた者が、ただの試合を見せるはずがないと信じ切っているのだ。
熱気が高まる中、二つの躯体が姿を現す。双方共に前の試合の影響は残っていないように見受けられる。最低でも表向きは。
事実両方の躯体に損傷はない。満足が被った影響も、三郎左右衛門の疲労も、問題ない域にまで回復している。互いに十分な力が発揮できる状態であった。
静かな対峙。ややあって、太鼓の音が試合の開幕を告げる。
共に抜刀、構えを取るところまで、まるで鏡写しのように同時に動いた。
ゆらりと丙が一歩踏みだし、そして。
轟音。
短距離の縮地。それを使い一気に打ち込んだのだ。観客には残像しか残らないほどの速度。だがそれは。
「やはり見切るかよ」
く、と軽く苦笑する三郎左右衛門。先の試合での、来夏が行った強襲を焼き直ししたかのような不意打ちの一撃は、やはりというかあっさり受け止められた。拍子をずらし、見切りにくくしたにもかかわらずだ。
この程度では様子見にもならない。小細工は効かないと思って良いだろう。
鍔迫り合いもそこそこに、弾け飛ぶような勢いで後退。構え直す。
足は止めない。ゆらりと躯体を揺らしながら少しずつ位置を変え、間合いを計り――
「ふっ!」
短い呼気と共に、目にも止まらぬ速度で太刀を振るう。空飛剣の連発。さらに加えて合間に空弾拳を放つ。速度と性質の違う不可視の技を二種類織り交ぜた攻めはしかし。
「はっ!」
これまた呼気を放って、新志が駆け出し模擬刀を振るう。
それは的確に、不可視の攻撃を次々と斬り落とした。そして。
激突音。新志の斬り込みを、丙が真っ向から受けた形だ。
再びの鍔迫り合い。軋みを上げる躯体の中で、三郎左右衛門は頷いた。
「……やはり、な」
今の激突で弾き飛ばすつもりであったが、重量級とはいえ主機の出力で劣るはずの新志が力負けしない。技量に因るものではない。見たところ機師としての腕は三郎左右衛門と大した差があるわけではないし、今のところ『隠し球』を使っている様子もなかった。技量が互角であれば、躯体の差が現れるはず。全くの互角というのは明らかにおかしい事態だ。
既に何かの細工が働いている。三郎左右衛門はそう予想し確信を得た。
「躯体か機師か、あるいはその両方。どうやって劣る所を穴埋めしているのかは知らないが……」
くん、と左の親指が出力器を開く。
「踏み込んで暴くさ!」
虎の穴に飛び込む気迫で相対する。この相手の隠している部分を白日の下に曝し、化けの皮を剥ぐ。さすれば例え勝てなくとも、後に控えた者たちが始末を付けてくれよう。そういったある種の信用の元、三郎左右衛門は死力を尽くさんとする。
どん、と太鼓を打ち鳴らすような音が響いた。
膝から躯体を沈め、技と重心を崩し肩口からの体当たりを下よりすくい上げるような形で喰らわせる。その際空歩――風盾を乗せることを忘れない。
新志は吹き飛んだ。いや、直撃を喰らう前に自ら後方へ跳んだ。この程度は予想していたのだろう。だが構わない。ただ己の全てをぶつける、それだけだ。
上段から大振りの一閃にて斬空剣。放たれるやいなや、模擬刀を振り下ろした低い姿勢のまま駆け出す。斬空剣が斬り落とされるとほぼ同時に逆袈裟の斬り上げる一撃。それを軽く後退しただけであっさりと回避する新志だが、その時すでに丙は横っ飛びに位置を変えている。
同時に連弾拳。新志はそれを横滑りするように回避して――
そこに丙が飛び込み突きを入れてくる。新志は模擬刀を縦にしそれを受け流した。
一撃離脱の繰り返し。来夏戦のような激しさはないが、常に相手の行動の隙間に差し込み封じてくる攻勢だ。なまなかな相手なら数合もあれば圧倒できるが……。
早々上手くいくはずもなく、暫くそう言った流れが続く中、三郎左右衛門は戦況を分析していた。
「(冷静に対処している……というより反撃の機会を伺っている様子がない、のか?)」
先程からどうにも違和感を感じていたが、丙が体当たりを喰らわせようとしたあたりから新志――満足は防戦一方であった。確かに反撃を封じるように攻めてはいるが、それを黙って受け続ける珠ではなかろう。
何か狙いがあるのか。そう思いついた瞬間、飛び跳ねるように躯体を後退させた。そうしながら愚痴るように呟く。
「いかんな、行動の単調化は油断と焦りを招く。それが狙いと単純には思えんが、このままだと術中に填りかねん」
何らかの狙いがあるのなら、同じ行動を続けるのは愚策。もっともそう読んでこちらの攻め方を変更させる策なのかも知れなかったが、どちらにしろこのままでは埒があきそうにもないのも事実。
こじ開けるには、もう一段階上にいくしかあるまい。
「筋肉痛どころか、暫く動けるかどうかも怪しいものだっ!」
後の苦痛を嘆きながら、吠える。来夏戦で見せた荒々しい戦い方、さらにそれを上回る対大型魔獣戦闘を想定した領域まで持っていく。
ど、と大気がはぜ割れた。それと同時に丙の姿が数体に分裂する。
分身。機殻鎧でそれを行うことは至難の業だ。可能であるというのならば、それはまぎれもなく一流の証であろう。
その上で。
「おおっ!」
斬空剣、連弾拳、斬り込み、刺突など、それぞれが違う技をほぼ同時に放つ。一体にて複数の躯体が連携を取るのと同等の攻めを行う。これこそが幾体もの魔獣を沈めてきた三郎左右衛門の全力が一端だ。
殺到する『面』での、飽和とも言える攻撃。それを眼前にした満足は。
にぃ、と笑った。
遠距離の攻撃と突撃技がほぼ同時に到達する直前、新志が何の予備動作もなく飛んだ。
空中で蜻蛉をうち、軽やかに全てをかわし飛び越える。重量級とは思えぬ軽業、しかも飛翔術を使わないでだ。一部の人間がこれには目を剥いた。
「なん……!? あれは、一体!?」
関係者席で試合を観戦していた誠志郎が、驚愕の声を上げる。
今の動きは、生身でも不可能だ。確かに予備動作無く足首から先の動きだけで今のを行えるような人間はいるだろう。だが機殻鎧の足首から先には動力はない。最低でも膝を沈めるという動作がなければ飛び上がるなどという行動はできない。生身の人間とて、足の指一つ動かさずに跳躍することなど無理であろう。
武を囓っていれば驚嘆に値する現象。しかしさらに一部の人間にとっては、それは予想の範疇であった。
「ふん、そろそろ化けの皮が剥がれてくるか。あのくらいの格が相手だと、いつまでも機殻鎧のふりはできまいよ」
手早く作業を終え格納庫の出入り口から観戦していた鉋が、鼻を鳴らす。その隣に位置していた幸之助は、難しい表情だ。
「盲点でしたね。確かに機殻鎧の姿に誤魔化されていたようだ」
「やつがれと似たようなことを考え、先んじられたのは業腹であるが……まあいい、存分に見せてもらおうじゃないか」
彼女らが視線を受ける先で、一連の技を回避された丙が、揺るぐ様子もなく太刀を新志に向けて突きつける。
「重力と慣性の制御か。随分と高度な術を使う。……そろそろ本性を現したらどうだ?」
重力に反するのではなく緩和して宙に浮き、慣性の制御で躯体の僅かな身じろぎを最大限の駆動とする。一流をも超える動きを成したのは、そういった高度な術をほんの一瞬だけ、しかも最大効率で働かせたからこそ。三郎左右衛門はそれを見て取ったのだ。
そのような術を使いこなせる者が、ただの影法師であろうはずがない。
果たして。
「くく……いや流石流石」
心底楽しげに、かつ不穏な空気を漂わせた言葉が会場全体に響く。
突如響き渡った声に、観客たちは戸惑いざわめく。遠話という術を知っていればそれなりに察することも出来ようが、生憎一般人に浸透しているような技術ではない。かてて加えて拡声器のごとく広範囲に声を響かせるなど、相当な技量を持つ術師でも困難……というより労力のいる仕業だ。理解が及ばないのもやむかたない。
ともかく、満足は刃を交わす中理解していた。剣では三郎左右衛門に勝てないと。
己も一流の域にあると自負しているが、本物には一歩劣る。影法師を装った程度では圧倒されるだろう。
防戦一方と見せかけこちらの手に乗せようとしたがそれも見切られ、本気を出さねば回避できないような攻勢を見せられた。このまま続けるのも悪くはないが、そろそろ『潮時』だ。
ぶわり、と大気がざわめく。空気が塗り替えられたかのような濃厚な気配。
殺気や闘志ではない。だが正体の知れぬそれは会場を圧迫し、気圧された観客たちは静まりかえる。
恐れを抱きながらも目をそらせない。そんな視線が集中する中、気配を発している張本人――満足は、満面に凄絶な笑みを浮かべ宣う。
Let's Dance
「では、歌舞いて魅せようか!」
轟、と嵐が舞い降りたかのように気が荒れ狂う。
びき、ぱき、と音が響き、新志の装甲に罅が入っていく。その割れ目や装甲の隙間から光が漏れ出し始めた。そして装甲が剥離していき――
ついには全て弾け飛ぶ。
現れたのは、のっぺりとした装甲を持つ黒い中量級の機殻鎧。その装甲の表面には、幾何学的な文様が光を放ち駆けめぐり、踊る。
それを目にした鉋がやはりなと頷いた。
「装甲そのものを一種の外部骨格とし、術式を刻む。通常の主機を搭載している躯体なら、出力が足りず意味が無かろうが――」
眼鏡の下で、眦が鋭くなる。
「機師が魔人級であれば、話は別だ」
そう、無制限とも言えるほどの気を扱える超人――魔人や仙人と呼ばれる者たち、彼らがあの躯体を操れば、その能力を十全に発揮することが出来るだろう。それは機殻鎧としてではない。機殻鎧の姿をした、増幅器としてだ。
後に登場する【二重骨格】の原型と称される躯体、新志改め【荒司】。それが歴史に現れた瞬間であった。
「まずは……先程の返礼を」
満足の声が響き、気の流れが大きく渦巻いた。
「(来るか、恐らく……)」
次の行動を予測し、躯体に構えを取らせる三郎左右衛門。
ぶお、と虫の羽音を何倍にもしたかのような音が響き、荒司の姿が複数に分裂する。剣士として機師として三郎左右衛門に劣る満足であるが、術師としての技を上乗せすればこういった真似事も出来るのだろう。
分身した荒司は、それぞれが構えを取ったり術のようなものを用意したりして攻撃態勢に入る。そして丙に向かって一気に襲いかかった。
しかしそれは三郎左右衛門の予想範疇。
「拙者に分身が効くと思ったか! 丸見えぞ!」
連続した高速機動の繰り返しである分身は、剣匠級以上ともなればむしろ見切りやすい。例に漏れず三郎左右衛門の目には、荒司の取る軌跡が手に取るように見通せる。
迎撃のために剣を振るう。こちらも分身こそしないが、目にも止まらぬ連息技で相手の攻勢を打ち落としにかかる――
「むっ!?」
初撃を切り払ったと見るやいなや、三郎左右衛門の眉が寄った。
手応えが軽すぎる。いや、無い。それがいかなることか理解した三郎左右衛門は、瞬時に躯体を飛び退かせた。
「ぬかったわ!」
後退すると同時に荒司の姿が次々と消える。分身の効果が切れた……のではない。それは実体を持たないかのようにかき消える。いや、実体など最初から無かったのだ。
「【幻術】! しかも分身の機動まで再現するか!」
真似事どころではない、完全にはったりだ。しかも最初から見切られることを想定した手の込みよう。僅かな時間とは言え接触するまで気がつかなかった。爆発的に放出された気は、これを誤魔化すためでもあったのか。まんまと手玉に取られてしまったようだ。
ならば次は予想もつかぬ位置や方向からの奇襲か。警戒し索敵するが。
「いない……上か!」
会場内にその姿は確認できず、であれば跳躍して上方からの奇襲を目論んだかと見上げれば。
「なに!?」
荒司は想像以上の高みにあった。
具体的には、観戦のため滞空している皇鳳の真ん前に堂々と滞空している。重力緩和と大気を、風を操る術式を併用しているのだろう。渦巻く旋風を足場とし、腕を組んだ不動の姿勢で佇んでいる。
近衛の反応は覿面であった。
どおんと、音を響かせ、近衛左翼が用いる躯体【龍征】が観客席外縁に姿を現し、儀礼用だが実弾の込められた砲槍を滞空する荒司に向ける。同時に皇鳳が艦橋を兼ねた皇帝観戦席の周囲に、皇帝の身を護らんと警護装備の近衛兵が立ち塞がろうとして――
「控えよ」
静かな、しかし有無を言わせぬ一言にて動きを止める。
その言葉を発したのは、他ならぬ皇帝光暁本人であった。
硝子ごしに不遜なる不埒者の姿を真正面から捉え、椅子に肘掛け顎を支えた姿勢のまま、皇帝はくく、と忍び笑う。
「やれ退屈しのぎと思っていたが……最後まで面白いものを見せてくれる」
中途半端に守護の体勢のまま動きが取れず戸惑う近衛たちを余所に、皇帝は余裕の姿勢を崩さない。
実の所、光暁が眼前の魔人の存在を思い出したのは準決勝が始まってからの話だった。
皇家のみというわけではないが、その存在はほぼ密されていたのだ。帝国に対する敵対者というわけではない。ただ縁起が悪い。
帝国の苦難や訪れる災厄の前触れのように現れ、それを予言し去っていくはた迷惑とも言える存在。凶兆を告げるもの。混乱を目前にして歌舞く道化師。
災禍を問いかける帝国の観察者。
「魔人【渦問】。大結界争乱以降、約百年ぶりか」
くつくつと、皇帝は笑う。
それは自嘲なのかも知れなかった。
「なるほど、一夜にして千里を飛ぶ【飛び渦問】などと謳われていたが、実際に飛ぶとは思わなんだ。……朕の治世、その終演でも予言しにきたか?」
魔人を前に警戒しながらも、皇帝の言葉にぎょっと身をすくませる近衛や艦の要員たち。渦問の存在を知らぬものも多いが、皇帝本人の口から不吉な言葉が飛び出たことに驚きを隠せない。
ただ流されるままに御輿として担がれていただけの皇帝。今の彼は妙に生き生きとして見えた。その姿を確認しているのか、満足――いや、渦問もまた笑みの気配を漏らす。
「意外に剛毅、濁り水に浸っていたとしても帝は帝、ですな」
遠話にて語りかけられたことに、皇帝は動じない。
「世辞はよい。己の命を狙うでもない輩に怯えるものかよ」
渦問は凶兆を告げるために現れるが、その手段が派手だったり奇抜だったりするだけで事態には直接関わらない。皇帝に弓引くことも無かろうと、光暁はそう読んでいた。
果たして渦問は。
「くく、我が存在をただの昔話と一笑に付さぬだけでも慧眼でありましょう。惜しむらくは、その才覚を持ってしても帝国の闇を開くことは叶わぬというところ」
意味深げな言葉。それを発するだけの相手に皇帝は鼻を鳴らす。
「朕が行く先、見通しは暗いか」
「帝国の闇は晴れませぬ。そして……二つに割れ、粉々に砕けましょう。陛下が希望の光を生きて観ることは叶いますまい」
それは皇帝に対する死の予言。不吉に過ぎる言葉に、やはり皇帝は欠片も動じない。
「やはり、かよ。……となればいっそ、ここで慣例を崩すのもあり、かも知れぬなあ」
「ほう?」
皇帝の言葉に、渦問は興味深げに眉を動かす。これまで何か直接手を下すことはなかったが、今の言葉はつまり。
「なるほど、我が手による終演を望まれるか。……それも面白いやも知れませぬが」
言って渦問は一瞬だけ殺気を放つ。そうしてから、ちらりと眼下に視線を向けた。
「そう簡単に、終わらせてはくれぬようですぞ?」
視線の先、会場から――
「「「おおおおおおおおおっ!!」」」
咆吼が上がる。その数三つ。
会場中央から、そして格納庫の出入り口から。爆煙を残して飛び立つのは三体の機殻鎧。対戦していた三郎左右衛門の丙と、有事に備えていた来夏の轟雷。そして意外なことに鉄平の刃狼もだ。
皇帝の指示もあり様子を伺っていた彼らだが、渦問が放つ殺気に反応したのであった。それは近衛の躯体が砲槍を構え直すよりも速い。
それぞれが飛翔術を用いて稲妻のように宙を駆ける。最初に荒司へと襲いかかったのは、位置的に最も近かった丙。
「拙者を放っておいて、浮気とは関心できぬなあ!」
危険性を感じたという理由は勿論ある。しかしそれ以上に対戦していた自分など眼中にないという態度が気にくわなかった。
それは鉄平も似たようなもので。
「先程の借り、返させてもらおうか!」
彼は皇帝に対する忠義もあるが、やはり敗北を喫した相手に一泡吹かせたいという欲求が強い。様子を伺っていたのは興味からで、これ幸いという気持ちが多くを占めている。
丙は荒司を飛び越え上から、刃狼は下から斬りかかった。
十分な勢いをもって打ち込まれたそれらは――
「む!?」
「なに!?」
躯体に当たる直前で、見えない壁に阻まれる。
風盾……ではない。押し込もうとした太刀の先で大気が波紋のように揺らぐのを見て、三郎左右衛門はその正体を看破した。
「結界だと!?」
空間の性質を変え物理的影響力を持つ『壁』を発生させる結界の術は、本来ある程度の設備が必要となる。機殻鎧単体で発生させられるものでは決してない。
それをさも当然のように、しかも足場が不安定とはいえ機殻鎧の打ち込みを止めるほどの強度があるものを展開するなど、この乗り手はどれだけ化け物なのか。戦慄が二人の機師の背中に奔る。
そこにに一歩遅れて――
「ちぃえりゃああああああ!!」
気合いの咆吼を放ちながら、轟雷が飛び込んでくる。得意の担ぎ太刀ではなく、腰だめに模擬刀を構えた突きの体勢だ。
確かに斬りかかるよりは貫通力が高いが、荒司が張っている強度の結界を打ち破れるかと言えば、難しいと言わざるを得ないだろう。
だが来夏も、いや轟雷を手がけた鉋が無策のはずがない。
太刀を保持した轟雷の右手。そこには腕の装甲の隙間から包帯のようなものが伸ばされ巻き付いている。それは太刀の鍔元まで纏めて巻き付けられており、刀身に接続されていた。
薄い金属板に簡易な術式回路を刻み込んで骨格からの経路を刀身に繋ぎ気導剣の機能を付加する細工。急場しのぎではあるが対防御術式を想定し仕上げられたそれは、一発二発大技を放つには十分。
普通なら躯体の電力も機師の気力も足りないだろうが、元々来夏の気力は超人じみており、そして躯体には電力を補う機能がある。
かてて加えて。
「超音速での突撃なら、鹿野島剣士が十八番よ!」
烈火増強機構を連発。飛翔術を最速で。模擬刀の刀身に、急場で刻まれた術式回路の光が宿る。
見よう見まねの超音速刺突。それは本家本元に劣らぬ十分な威力を持って放たれた。
果たして粘土の壁に差し込まれるがごとく、結界は貫かれる。が、必殺の勢いをもった切っ先は、火花を散らしながら荒司の右手に捉えられた。
「ほう」
「くっ!」
拮抗。激しい放電現象が起こり、そして。
ばがん、と激しい衝撃が奔り、三体の機殻鎧は弾き飛ばされた。
空中で体勢を整え危なげなく着地。丙と刃狼には損傷がなかったが。
「……ちっ」
来夏はちらりと横目で確認し舌を打つ。轟雷に右手に巻き付けられた金属板は焼けこげ、模擬刀の刀身は中程から折れていた。受け止められた際、互いの術式が干渉し暴発したのだろう。先程のような結界を打ち抜ける一撃を放てるかどうかは怪しいが、戦えないわけではない。来夏の闘志は衰えていなかった。
三体の前に、荒司がふわりと舞い降りて滞空する。その右手は焼けこげ、駆動油が滴っていた。
再び構えを取る三体。それに対峙する荒司から漏れ出たのは――
「くく……くはははは」
笑い声。
心底楽しそうに、歴史の陰に隠れてきた魔人は笑う。
「いやいやお見事、この私に刃を届かせるところまで来るとは。時代と共に人も技術も進化してきたと実感できた」
感慨深げなその言葉は会場に響くが、それを理解できたものはほとんどいない。大概が唖然とことの成り行きを見守っていた。しかし僅かだがその言葉を聞き、鋭い目線を己に向けるものたちがいる。それを確認して過問は満足げに頷いた。
「我が役目は果たした。後は見させてもらおう。……災禍という世界の問い、それに対するあなた方の、答えを」
そう宣言した途端、荒司の全身からまばゆい光が放たれる。
会場内全ての視界が一瞬奪われ悲鳴や怒号が上がる中、閃光は唐突に消えた。
後には何も残っていない。ただ魔人が笑い声の残響が微かに残り、それも消え去った。
観客席のざわめきが大きくなり、混乱は収まりそうにない。喧噪を背に、轟雷は大きく蒸気を吐き、中の来夏もまた呼応するかのように息を吐いた。
「なんなのだ、あれは……」
それは多くの人間が抱いた疑問であろう。ただ予言をするためだけにこのような騒ぎを起こした魔人の心境など、予想できるはずもない。来夏は多くの観客と同じように、ただただ天を見上げた。
ともかく大きな混乱を招き、それでも御前試合は終演に向かう。
それは終わりであると同時に、新たなる時代の前触れであった。
次回予告
御前試合は終わった。
様々な思惑が交わる中、来夏は報償として開拓地を望む。
野望の第一歩、それは叶えられたのだが……。
忍び寄る不吉な気配。それは全てを飲み込むのか。
嵐は、近い。
次回『希望は砂上の楼閣に似て』
刃鋼の光は行く先照らすか。
職場がぎすぎすしてまーす。
どうすんだよマジ胃がいてえよ緋松です。
まあ個人的な事情はさておいて、あやしい兄ちゃん一応正体表すの巻ー。この兄ちゃんゲームで言う本編とは関係ないおまけイベントとかでやたら強いボスキャラ張ってるような、そう言うタイプだと思います。多分勝ったらええアイテムとか凄い経験値とか手にはいるような、そんな感じで。
そしていよいよ第二章もやっと終わりが見えてきました。
いや長かった、本当に長かった。途中で力尽きないで本当に良かった。
……で、また人物紹介とか書かなきゃならないわけですが、どうしよう調子に乗ってキャラ増やし過ぎちゃったよorz 地獄が決定しましたが自業自得で泣くに泣けねえ。
それにそろそろ自分でも混乱しそうなので設定とかちゃんと纏めておくべきかなーと思ったり思わなかったり。時間がないくせにどーすんだ緋松。そこはなんとかしろ緋松。
まあそんなこんなで、今回はこのあたりで失礼します。
今回戦闘BGM、スーパーロボット大戦シリーズより『The Gun of Dis』




