十
鋼が、舞う。
骨格が、電動機が、油圧筒が、引き寄せられ螺旋や金具で固定されていく。
被さる装甲は蒼。相も変わらず規格の合わないばらばらな有様であるが、色が統一された分以前よりも纏まった印象がある。
組上がり、台座に座するその姿を眺め、鉋は頷き左腕に取り付けた機械からがしゃりと札を引き抜く。
【術式補助機】。簡易的な術式回路を刻んだ札を用い、使用者の術を補助するためのものである。札を交換することによって様々な術に対応することができ、使用者の負担を軽減する事が可能だ。ただ基本札は使い捨てであり、使う術の種類を変えるごとに交換しなければならないなどの欠点もあった。
部品の製造、躯体の組み立て。一流の機殻鎧鍛冶師であれば術の類を習得し、それを躯体の制作に用いる。匠級ともなれば一月ほどの速度で一から躯体を組み上げることも可能だ。天才を自称する鉋であれば当然とも言えた。もっとも彼女のように原料材質の分子構造を理解しそれに手を出せるような知識を持つ錬金学まで収めていることは希であるが。
ともかく躯体は仕上がった。後は各部を調整して実際に動かし問題を洗い出す。まあ以前より上に仕上がっている事は間違いないがと確信を持った表情で躯体を見上げる鉋の横に、幸之助が両手を布巾でぬぐいながら現れる。
「なんでこうあっさり組み上げちゃいますかこの人は。新しい機構も取り付けてるのに」
言いながら視線を移すのは躯体の両足。足首、踝にあたる部分から外側に伸びる太い円筒形の部品。各部の形状が微妙に変更されていたが、目を引くのはそこだ。
幸之助の言葉に、鉋はふふんと胸を張る。
「百凡の輩ならともかくこのやつがれだぞ? この程度出来て当然であろうが。……ま、そういうことで試乗よろしく」
「はいはい、承知しましたよ、と」
気楽に応え、幸之助は各部の確認の後、躯体をよじ登り胸郭を空けた。
十・龍起、再び
茹だるような熱さが陽炎を生み、蝉の鳴き声がじわりと響く。
帝都は夏を迎えた。
日が昇れば途端に温度が上がり、蒸し暑い空気の中学徒たちはそれでも学舎へと足を運ぶ。
現代のように確と定められた長期休暇があるわけではない。そもそもが人質としての意味もある貴族の子女だ、帰省するための休暇を取ろうと思えば一々許可を得なければならなかった。
その上近場や金銭的余裕のある所であるならばよいが、地方の、しかも小領地の出身者であればそんな余裕などない者も多い。また生真面目なところであれば、実家でなにか大事でもない限り帰ってくるなと言い含められている。
見城 誠志郎に金銭的な余裕がないわけではなかった。
だが言うまでもなく、彼は結構生真面目であった。
つまりわざわざ長期休暇を取って帰省しようと考えるはずもなく、その姿は未だ教導院にあった。
まあそれはよいのだが。
「つ……疲れた……」
一日の講義が終わった後、力無く机に突っ伏している誠志郎の姿に、橋蔵と智助は顔を見合わせ肩をすくめる。
あの茶会の後、誠志郎は様々な人間から直接的間接的に声をかけられるようになった。表向きから見れば公爵家令嬢が直接見初めたほどの人物だ、繋がりを持とうとする上級貴族、おこぼれに預かろうとする下級の者、そう言った者たちが次から次へと手を変え品を変え接触を図ろうといくらでも現れる。まるでそう言った経験のない誠志郎はそれを捌くだけで一苦労。めぼしい誘いはいくつか受けたが、それも神経をすり減らすような綱渡りで乗り切るような心持ちであった。とてもではないが全てに対応するなど不可能であり、大半は丁重に誘いを断るしかない。それもまた神経をがりがりと削っていくような有様であったわけで。
結果、誠志郎はこれ以上ないと言うくらいに疲労困憊していた。
ある意味千里の目論見は達せられたのかも知れない。嫌がらせとしてはこれ以上ないほどのものであろう。それはさておき、表向きの話もあれば裏の話もある。
有り体に言えば学徒間の派閥が表面化し始め、その動きに目端の利く者が誠志郎へと接触を図り始めたのだ。
この場合大まかに分けて接触を図ってきたのは二つ。千里を担ぎ上げようとする者たちと、それに反発する者たちである。
将来的な展望を考え千里と繋がりを持とうとする者は多い。そして一見千里に目をかけられたように見える誠志郎を仲介として利用できないかと考える者が現れるのは当然の流れであった。が、同時に彼女の動向に反感を持ち毛嫌いする者もまた多く、誠志郎に接触せんとする。対抗馬である松之丞を旗印に、と考えるのが多数であったが、ある意味『被害者』である誠志郎なら味方として引き込めるのでは、そう判断した嗅覚を持つ輩は有象無象に紛れ込んでいた。
幸い、と言っていいのか今のところは双方様子見の域を出ておらず、誠志郎は派閥の存在にすら気付いていない。が、それも時間の問題であろう。近い将来もの凄く厄介ごとに巻き込まれることが確定しているとはつゆ知らず、誠志郎はやっと訪れた短い平穏を甘受していた。
「あ~、なんだろう、勉学の時間がこれほど心安らぐとは思わなかった……」
「うん、なんていうか大分おかしくなっているなあ見城殿」
「そりゃあんだけ人に揉まれりゃ疲れるて」
口から魂でも吐き出しそうな様相の誠志郎。このままだと近いうちに体を壊すんじゃないだろうかと、一抹の不安を覚える二人。
かといって具体的な解決策があるわけではない。教導院自体はこの状況を静観しており頼りになりそうはない。元々学徒同士の交流には暗黙の了解を分かっておろうな、と口には出さない圧力をかけてくるだけだ。八年前のこともあり千里の行動に危機感を覚えてはいるようだが、姉と違い矢継ぎ早に行動を起こしているわけではないので様子を見ている、と言ったところだろう。相談くらいは受け付けてもらえるかも知れないが、下手な干渉は藪をつついて蛇を出すようなものだ。助けにはなるまい。
結局の所事態が沈静化するまで待つしかない。それまで誠志郎が保つかどうかは微妙なところであった。
基本田舎者で、誠志郎と同じく朴訥で人の良い二人は気付いていないが、実はこの二人も多少目立ちつつある。そりゃ今渦中の最中にいる男と気負わず言葉を交わしているのだ、一歩引いている周囲からすれば目立ちもしよう。
結果組の中では少々浮いた存在となりつつあるが、さほど気にしていないと言うか気付いてもいなさそうだ。
と、そんな状況の中、からりと教室の戸が開かれた。
「失礼、見城 誠志郎君はこちらにおられますか?」
現れたのは、小柄で慇懃な青年――幸之助。彼は呼ばわれのそりと顔を上げる誠志郎の姿を見つけ、笑みを浮かべた。
「ああ、いましたか」
「と、幸之助殿? 何のご用でしょうか」
慌てて廊下へと場所を移す。教室の中から好奇からくるいくつかの視線が背中に突き刺さるが、もう慣れた誠志郎は意にも返さない。
ともかく用向きを幸之助に尋ねることにする。すこし態度を柔らかくした幸之助は、砕けた様子で応えた。
「うん、実は伏龍なんだが、この間改修が終わってね」
「! もうですか、早いですね」
「ま、ししょーだから。ともかく基本的な試動は済んだんだけど、僕だけじゃ手が足りなくて……」
ここまで言われればさすがにどういう事か、誠志郎にも分かる。つまり。
「自分に試乗しろと、そういうことですか」
「そう、出来ればお願いしたいんだけど……だめかな?」
片目をつぶって苦笑いし、軽く拝む幸之助。誠志郎は皆まで言うなとばかり頷いた。
「構いません、やらせて下さい。あの躯体がどう変わったのか、興味もありますし」
「引き受けてくれるか、ありがとう。それじゃあ次の休暇日に……」
軽く打ち合わせをする。誠志郎がこの話をあっさり受けたのは伏龍に興味があったというのもあるだろうが、最近の忙しさに精神的な負荷を感じそれを晴らそうという考えもあったかも知れない。
でなければ現状でさして考えもせず安請け合いすることなどなかったろう。
「……見城殿、またなんかやるのかあ?」
「騒ぎになるかもしらんねこれは」
戸の影からそおっと様子を伺っている二人……と他多数。
誠志郎がまた何かやる。その話は瞬く間に広がった。
勿論その話は、来夏の元にも届けられた。
だが彼女は不機嫌になった。寮の客間でぐい、と湯飲みをあおり、吐き出すように問いかける。
「……何故某は試乗してはならぬのでしょうか幸之助殿?」
「ご自身の立場というものを考えて下さい。最低でも安全性が確たるものになるまで貴女は乗せられませんからね」
幸之助はどうやら試乗へ誘ったわけではなく、釘を刺しに来たらしい。見物するのは構わないがまだ乗せられない。そう伝えたのだ。
「むう、折角の新機構だというのに。誠志郎殿だけとは少々ではなく口惜しく思いますぞ」
「彼は一度伏龍を駆り、そして乗りこなしていますから。適応力は図抜けていますしね」
基本的なことしか学んでいなかった誠志郎は躯体の操作におかしな癖がない。癖があるとすれば、極端に反応の良い躯体で基礎を学んだためか操作が先走る傾向にあるというくらいか。試動機師として良い素質がある、と鉋はそう判断している。
正直僕より動かすの上手いですからね~と、少しだけ悔しげに幸之助は言う。
「まあそのうち来夏姫には、伏龍の試動から反映された機構を備えた轟雷に乗って頂くことになりますから、しばしお待ち頂けたらと」
「致し方ありますまいな。……期待させて頂いても?」
「それは無論。期待を裏切らぬ事はお約束しましょう」
にい、と笑みを交わす。知らぬ人間が見ていたら何の悪巧みだと思われただろうが、生憎この寮には来夏と小巻しかいない。そして小巻は来夏のことを理解しているというか諦めているので、影で肩を落とし溜息を吐くだけだった。
さて、そんなこんなで話を終えその帰路。
てくてくと歩む幸之助。その目が僅かに鋭さを増す。
「(やはりつけられるか……狙いは来夏姫、かな?)」
気付かぬふりを装い歩みを緩めない。来夏の元を訪れたときからその視線には気付いていたが、来夏と会話を交わしている最中には感じなかった。恐らくは直接監視をして彼女に感づかれるのを恐れたのだろうが。
「(暗殺者か? にしても回りくどいね。大分前から彼女をつけねらってるようだし、どうにも面倒くさそうだ)」
自分や鉋に直接被害がないのであれば放置しても構わないのだが、来夏も鉋もお互い関わる気満々だ。誠志郎もどんどん関わりが深くなってくるし、放っておくわけにはいかないようだ。
これだから縁というものは、などと苦々しく思うが同時に仕方がないかと諦観のような言い訳のような心持ちにもなる。結局の所、幸之助自身も来夏や誠志郎のことを快く思っているのだろう。なんだかんだと考えつつも、最終的にはこの状況を何とかしようかと思い始めているのだから。
ともかく来夏を付け狙っている相手は、出来ることなら事故や偶然を装って彼女を始末したいのではなかろうか、そう当たりをつける。以前の事件の時や話に聞いた福成での襲撃のおりも回りくどいやり方であった。来夏は多くを語らないが、相当に地位の高いものから命を狙われているのだろう。最低でも本来であれば中央奉行所やその上位組織である【政府評定所】が本腰を入れて動くはずの事件があっさりと握りつぶせる相手だ、一筋縄ではいかないどころではなかった。
恐らく表沙汰にすればとんでもないことになる。事は慎重に運ぶ必要があるだろう。それ以前になぜ来夏が狙われているのか、そこを探るべきか。多分本人は心当たりというか目星をつけているのだろうが、問うても口を割らないような、そんな気がする。であるならば独自に調べ上げるしかない。
猿条の姫君のこともあるし、ただでさえ忙しいのにやることが山盛りだ。幸之助はく、と微かに苦笑を浮かべた。
数日後の休息日である。
この時代の休息日は十日に一度と定められていた。とは言っても四角四面なものではなく民はそれぞれ自身の都合や状況によって休んだり働いたりしていた。教導院は公的機関なので定めに従っていたが。
それはさておき、この日、教導院の機殻鎧訓練場に誠志郎たちの姿はあった。
半里四方ほどの広さを持つ訓練場は、小規模の部隊演習に使われることも想定してある。ゆえに多少騒動を起こしてもさして面倒にはならない……はずだ。
しかし休息日であるならば、このような所に顔を出す人間など普通いるはずもないのであるが。
「……何この見物人の山」
訓練場の傍らに群れる人の波。機師用の軽装甲冑など持っていないので動きやすい格好で現れた誠志郎は、その数に呆れた声を出した。
派手な模擬戦を周囲に知らしめて行うのならばともかく、海のものとも山のものともつかない躯体の試動である。よほど興味のあるものが耳にし見学に訪れるのであればわからないでもないのだが、これほどの人間が見物に訪れるなど予想外にもほどがあった。一体どこから聞きつけたのであろうか。
「まあよいではないか。これほどの衆人の眼前で我が作品のお披露目が叶うというのも乙なもの!」
「まあその、前向きに考えよう誠志郎君」
かんらと胸を張って笑う鉋。躯体の調整をしながらなにか諦めたような悟ったような言葉を投げかける幸之助。試作品なんだけど機密の漏洩とかいいのかなあと、誠志郎は若干不安になった。
「わざわざ教導院に潜り込んでまで機密を奪おうとするものなどおるまいよ。そもそもこんなところで機殻鎧の開発をしているのはやつがれだけだしな!」
「威張って言うところじゃありませんよししょー」
不安は増した。
しかし誠志郎は、こうも見物人が増えた原因が自身にあるとは気付いてもいない。
「そもそも自分が目立ってるって自覚が足りてないんじゃない見城殿は?」
「ありうる話だべ」
人波の中に紛れた橋蔵と智助が複雑な表情で言葉を交わす。
鳴り物入りで教導院に現れ、上級貴族の令嬢からふっかけられた無理難題を無難に乗り越えた。これだけで話題となるには十分なのだが、何分誠志郎は自身の評価が低い。『大したことがない自分のやったことなのだから大したことではないのだろう』、そう思っている節がある。さすがに無数の視線が向けられていることに気付いてはいるが、何でそんなに自分のことを気にするのか、そのあたりに対する自覚が薄いことおびただしい。
最近の忙しさですらも猿条のご令嬢のせいだろうと、そう思うに留まっている。鈍感というか、自己評価が低いにもほどがあるというか。
直接言ったところでまさかあとか流すに違いない。二人は妙に確信していた。
その二人を含む人の群れ。そこから少し離れたところにもぽつりぽつりと人の姿がある。
そこで一番気合いが入っているのは、ここだ。
「ふん、教官が手慰みに作り上げた躯体か。いかほどのものかと思うが、かの男が乗るとなれば刮目せねばならぬだろうよ」
「は、左様にございますな(……どこまで見城何某の評価高めてんだよ)」
こぢんまりとしながらも、まるで戦場の本陣のように場を整えその中央に座する者。勿論乾 松之丞その人である。
休暇日であるゆえと、ここぞとばかりに私服であるきらびやかな外套を肩に引っかけ、膝の間に気導剣を立ててふんぞり返っている。暑くはないのだろうか、主候補の様相を横目で見ながら平八はかくりと肩を落とした。
それにしても、と平八は考えを巡らす。実際松之丞が見城何某の評価を上げているのは、猿条の令嬢をやりこめた、それが大きいのだろう。上都直前の騒動は話半分にしても眉唾物だ、実際の技量は戦闘関係の講義に顔を出さないこともあって見ていないので判断は付かない。今日この場こそが見城何某の真の技量を伺える絶好の機会ではないかと、松之丞は期待しているのだ。
彼だけではない、恐らく見物人の多くがかの男の真実を見たいと思っているのだろう。単なる野次馬から、将来的なことを本格的に考えているものまで、その思惑は様々だ。さもありなん、確かに話で聞いているだけだととんでもない人物である。初めて乗った機殻鎧で魔獣と賊を血祭りに上げ、それでいて戦闘戦術関係の講義には見向きもせず、なおかつ上級貴族を煙に巻く茶道の心得がある。実にわけが分からない。
そんな背景は気にせず、猿条の令嬢に目をつけられたと言うだけで関わろうとする者もいる。自分たち――松之丞の取り巻きの中でも、目敏い者は早々に接触を図ろうとしていた。
現在今期学徒のなかでいくつかの派閥が生まれつつある。学徒の中で目立つ存在であるかの男を取り込めば後々のためになる、そう考える者が多いからだろう。だが。
「(実際やつが『使える』かどうかは、別問題だな)」
平八は『その先』を見据えている。実際に取り込んだはいい、だが噂に聞くより愚物であり足を引っ張るような存在であればそれは害にしかならない。実に不本意であるが松之丞の派閥の参謀格と目されている平八としては、爆弾を抱え込むのは御免被りたい。実際取り込みを計るかどうかは別として、彼も見城 誠志郎という人物を見極める必要性を感じていた。
そして、不穏な視線を誠志郎に向ける者もいる。
群衆から離れた木陰で密やかに佇み、ねめつけるような眼差しで誠志郎を見つめるのは、伊上 力丸。千里と接触した彼は、折を見て誠志郎に挑もうと常に機会を伺っていた。
普通に彼の元を訪れ果たし合いを挑む、のでは意味がない。衆人環視の中、目立つ形で彼を討ち取る。さすれば後ろ盾にせんとしている千里は溜飲を下げ、自身の名は上がる。そのためには最高の舞台を用意しなければならない。力丸はそう考えている。
しかしそれも誠志郎が張り子の虎では意味がない。強敵であればあるほどよいし、そうでなければならない。それは自身の腕に相応の自信があるゆえの傲慢であった。
「(武の腕前でないことが残念であるが……見せてもらおうか。無様をさらしてくれるなよ?)」
陰鬱な笑みを口元に貼り付け、力丸は状況を見据えていた。
それら数多の視線が背中に突き刺さり居心地の悪さを感じる誠志郎だが、逃げ出すわけにもいかない。神妙な顔をしている誠志郎に、やはり見学に訪れたらしい来夏が語りかけた。
「さすがに緊張するか? この状況は」
「そりゃああしますよ……って?」
困った顔で振り返った誠志郎だが、その目が丸くなる。さもありなん、来夏が今身に纏っているのは教導院の制服でも普段着ている私服の袴姿でもなく、この場には不似合いとしか言いようのない着物姿であった。流行りの丈が短かったり派手な柄であったりするものではなく、質素とも思えるおとなしめなものだが、そもそもなんでそんな姿なのか。
疑問が顔に出たのか、来夏は照れくさそうな苦笑を浮かべて言う。
「はは、似合わんか?」
「いえ、可愛らしいと思いますけど……なんでまた」
「貴公はそのような世辞を臆面もなく……まあいい、その、あれだ。いつもの動きやすい格好では辛抱溜まらず試作躯体に乗り込むだろうと小巻から説得されてな。半ば無理矢理着せられたのだ」
「それはまた……実に正しい判断だと言うしかありませんね」
「言ってくれるな。まあ自分でもそうだろうとは思うが」
来夏の背後に控える小巻が放つ無言の圧力に押され、力無く笑う二人。知っている人間からすればああなるほどと思う会話である。が、よく知らぬ人間から見れば色々と推測してしまうもので。
「ほう、もうお目当ての相手がいるか。それとも見初められたのか?」
「(……んん!? よく見りゃあれ、鹿野島のお姫様じゃないか!?)」
大半は松之丞のように気がつかなかったが、聡い者――特に来夏と同じ軍学の講義を受けている平八などは気がついた。そして面食らう。かの姫君がなぜ現れ、しかもあんな格好なのか。
平時機殻鎧関係の講義に現れないのもあって、来夏が誠志郎と共にやったとされる戦闘は眉唾物の話として広まっていた。すなわち彼女は居合わせただけでその功績は誠志郎のみのものであると、そのような話が主流だったのである。
そして実際この場に現れた彼女はあのような姿。機殻鎧の持ち込みや鳴り物の話ははったりであったかと思ってしまうのもやむを得まい。さらに穿った見方をすれば誠志郎と来夏は立場を越えた深い仲なのでは……との邪推すら成り立つ。
「(あるいはすでに仕官先を鹿野島に決め、後ろ盾としたか? なるほど、抜け目ないがこちらも公爵令嬢が後ろ盾だ。恐るるに足りん)」
少数ではあるが力丸のようにここまで発想を飛躍させるものまでいる。ともかく、見物人の中で正しい結論に至る者はいなかった。正鵠を射抜くには、彼らはまだ若い。というかこの状況で正解を引き当てるのは関係者だけだろう。
勿論そんな見物人たちの心情なんぞ分かるはずもなく、鉋は実に楽しげに声を張り上げた。
「まあ姫にもいずれ乗って頂くのだ、今回は堪えてくれよ? さて誠志郎君、早速だが色々と仕様の説明もある。まずは乗ってみてくれないかね」
「はい、では……」
跪いている躯体はすでに胸郭が開いている状態であった。それを駆け上がりするりと胸郭内に身を収める。すると。
「説明くらいは聞いても構いませんな? 教官殿」
「うむ、それぐらいはよかろうさ」
言いながら鉋と来夏が揃って胸郭内に首を突っこんでくる。着物でもわりかしお構いなしだなあと思いながらも、誠志郎は神妙な顔で鉋の説明に耳を傾ける。
さて、今更であるが機殻鎧は基本両手の操縦桿、両足の操作器によって動かす。それぞれが四肢に連動しているのだ。両腕の操作は操縦桿――だけではなく、肩口から伸びた肘掛けのような部分、ここまでの全体を用いて行う。つまり機師の腕の動きがそのまま機殻鎧の腕の動きになると言っていい。とは言っても入力そのものは最小限の動きで出来るよう調整されており、胸郭の中で両腕を振り回すような真似をするわけではなかった。
腕の操作で一番複雑なのは、実のところ指先関係だ。機殻鎧の三本の指。これを操作するには、操縦桿についている輪っかになった引き金状の操作器に人差し指、中指、親指を差し込んで行う。この三本の指の動きが、指先の動きを司るわけである。人体の動きをほぼ再現する。これは機殻鎧の汎用性を高める最大の利点であるが……同時に欠点でもあった。
要するに指先まで制御するような操縦機構が、躯体を動かす事以外を困難にするのである。かろうじて出力調整と網膜投射視覚状態の切り替えは操縦桿についた操作器や釦などを親指で操作することで可能だが、それ以外は操縦桿から手を離さなければならない。手を離せば腕はその場で固定される。それは刹那を争う戦場では十二分に隙となる可能性があった。
鉋もそのあたりは苦労したらしく、以前追加された機能の制御は操縦桿近辺に集中していた。それが今回の改修でどうなっったのかというと。
「なんか随分とすっきり……と、これは」
操縦桿周りに追加されていた操作機器は随分と減っていた。代わりに操縦桿を囲むように備えられた金属輪、そこに入力器や釦が追加されていた。
この金属輪、胸郭内部で操縦桿や手を内壁などにぶつけないようにするための防具である。その人差し指や中指が届く範囲に操作機器が備えられたと言うことは、操縦桿を離さずにこれらを扱えと言うことなのだろう。さらによく見れば右の操縦桿、視覚状態の切り替え釦があったところには、なにやら覆いのついた釦が鎮座している。
鉋はふふんと鼻を鳴らして説明を始める。
「見てのとおり、追加した機能の制御を操縦桿周りに集中させた。今までとの大きな違いは、追加機能の制御と通常の機能――指の操作を切り替え式にしたことだな」
「切り替え式?」
「うむ、左側の金属輪を見たまえ。入力器が三つあるが、それぞれ色分けしてあるだろう?」
見れば確かに上から赤、黄、緑と色分けがしてある。それを指し示して、鉋は説明を続ける。
「一番下の緑、これは親指の制御と連動していて、切り替えれば電磁動輪の制御となる。親指を前後させれば良いだけだから、操作は随分と簡単になっているはずだ。あとこれは全部同じだが、切り替えた後躯体の指は固定される。手持ちの得物を扱うときには注意してくれ。次の黄色が肩の連射筒、中指と連動している。他の銃器との併用も考慮に入れてみた。そして」
指し示すのは、一番上の赤い入力器。
「これが新たに追加された機構、君たちの飛翔術を参考にした瞬発推進器……取り敢えずは【飛駆器】と呼称している。基本は烈火増強機構と同じ、炸薬式燃料電池で術式回路を起動する様式だ。違うのは起動させる術式が増幅および汎用ではなく、空歩と縮地に限定されている、というところか」
「これが……」
躯体の踝部分に備えられていた円筒形の部品、それが新しい機構であると鉋は言う。
「現段階では烈火増強機構と同じく回数に制限がある。左右それぞれ八回、だな。状況にもよるが、一発で軽く四半里は飛べるとやつがれ、幸之助君共に判断した。躯体の増幅機構、そして機師の腕があればそれこそ来夏姫並の距離がでるだろう。姫ならば……言わずと知れよう?」
「それは……楽しみが増えました」
舌なめずりをせんばかりの来夏。このまま辛抱溜まらず乗り込んでこられては叶わないと、誠志郎は話題を変えることにする。
「ず、随分と小型に纏まってますね。術式だけで結構な量だと思うのですけど……」
「ぬ、そこに気付くとは聡いな。なに種を明かせば大したことではない、回路自体の短縮、簡略化は無論だが、円筒形の基盤に回路を『螺旋状』に刻む事によって機構の小型化に成功したのだよ。少し発想を変えればこの程度誰でも思いつくだろうさ」
そう言いながらも鉋はふふんと自慢げだ。確かに言ってしまえば単純なことではあるが、普通はなかなかそこに至らない。それが分かっているからこその態度だろう。
まあそれはそれにしてと、誠志郎は疑問に思った部分をさらにぶつけてみる。
「なるほど、さすがですねえ。……ところで左側の入力器は分かりましたけど、右側のは?」
「ああ、そちらの一番上はお望みの自動姿勢制御入切だ。今は切った状態にしてあるが、電磁動輪を使うときには自動的に接続するようなっている。他のは経路は作ったが、まだ何の機能もない。いずれ新たな機能を追加したときのため用意したものだ。今は回線が繋がっていないし、右側は指とは連動していないからうっかり触っても指が動かなくなる、と言うことはないので安心したまえ」
「では入力器の下についてる釦は?」
「それは視覚状態の切り替えだ。操縦桿のほうから移植したのだよ。そして操縦桿のほうについているのは、烈火増強機構のものだ。この配置のほうが扱いやすいと幸之助君が言うものだからね。そのあたりの意見も聞かせて欲しい。ま、胸郭内で変更されたのはこんなものかな」
「なるほど……後は実際動かして見ないと何とも」
「うむ、早速だが頼むよ。まずはこちらの指示に従って躯体を動かしてくれ」
「はい」
緊張した面持ちで差し出された鉢金を受け取る。それを被り配線を接続。鉋と来夏が安全域まで下がったのを確認して胸郭を閉じる。
各部を調整して主機に火を入れる。発動機が奏でる甲高い唸り声を背に、伏龍は目を覚ました。
ゆっくりと立ち上がる躯体。それに向かって鉋は取り付け式通信機ごしに語りかけた。
「まずは軽く動かしてみて調子を確かめてみてくれ。違和感、おかしいところがあればすぐに伝えるように」
「分かりました」
そこから伏龍はゆっくりと一つ一つの動作を確かめるように動く。両腕を緩急つけて動かす。足踏みや片足立ちを繰り返し行うなどだ。
「……反応は、前とあまり変わっていませんね」
「君に合わせると、反応が良すぎて他の人間が動かせなくなるからね。他に問題はあるかね?」
「いえ、特には」
「それではひとつ剣舞でもやってもらおうか。適当に流してくれたまえ」
「はい」
腰を落とし、太刀に手を添える。その動きは機工とは思えぬほどに滑らかだ。これは誠志郎の技量よりも鉋と幸之助の調整によるところが大きい。
鯉口が切られ、抜刀。轟、と風が唸った。そのまま緩やかに構えを変え、太刀を振るい続ける。
「ふむ、それなりではあるが……」
「…………」
剣風を巻き起こし、舞い踊り続ける躯体を見て顎に手を当てる松之丞。黙りを決め込んだまま、真剣な目で同じ光景を見据える平八。
「強い、が……それだけか?」
その挙動から大体の技量を割り出した力丸が失望のような声を上げる。あの程度なら自分でも……否、自分には及ばない。
剣を振るう技自体が未熟というわけではない。それそのものは自分に迫るであろう。だが根拠は、ある。聞けば見城 誠志郎が学んでいるのは無鎧流だという。『鎧を無きものとする』という大仰なお題目をかかげる流派であるが、その技は基本的な方向に偏ったもの。三次元機動を多用するという特徴はあれど、『無鎧流に奥義なし』といわれ、圧倒的な破壊力を持つ技がほとんど存在しないとのことだ。
緩いと、力丸は思う。戦いを制するのは速度、そして破壊力だ。飛び回って誤魔化す程度の芸では到底自分には叶うまいと鼻を鳴らす。
力丸は知らなかった。無鎧流、いや見城 誠志郎という人間に対して、その認識は全く見当違いであるということに。
様々な思惑が籠もった視線が浴びせられる中、一通り動き終えた伏龍は太刀を収める。その動きに満足したのか、鉋は頷き問うた。
「どうかね、実際動かしてみた感想は」
「思った以上に滑らかに動きますね、妙な軋みもない。知らない人間が乗ったら均整取るのに多少苦労しそうですけど、多分誤差ですぐ慣れるんじゃないでしょうか」
「うぬぬ、そこは自動姿勢制御を使って欲しいのだがなあ。……まあいい、では次だ。向こうに標的を用意してある。肩の連射筒の試射をやってくれ」
鉋が指し示す方を見れば、一町ほど離れた先に案山子のような適当に組んだ標的がいくつか並んでいる。機殻鎧の火器を使う距離にしては短いなと考えて問うてみれば。
「構造上銃身が短いからね、命中率はあまり期待しない方が良い。大体のところに集弾してくれれば御の字さ」
あくまで牽制用と考えている鉋は、命中率に関してほとんど期待していない。そのあたりは設計した自分が一番よく分かっている。鉋の言葉にそんなものかと思いつつ、ともかく使ってみるかと誠志郎は躯体を向き直らせた。
かちりかちりと金属輪の釦を押し、視覚状態を切り替え射撃用の照星を表示させる。躯体の姿勢を調整し、大体こんなものかなという位置で入力器を射撃に切り替え、引き金となった中指の操作器を軽く絞る。
ばららん、と数発の模擬弾が標的に向かって飛び、薬莢が涼やかな音を立てて装甲の隙間から落ちた。それを見た見物人から、どよめきの声が少なからず挙がる。
「え、あれ鉄砲仕込んでんの?」
「地味にすごくないかい?」
前例のないことで戸惑うものがほとんどであったが、その優位性に気付いたものは息を飲んだ。機殻鎧の銃器と言えば手持ちで構えて撃つ、というのが今までの常識であった。手持ちでない仕込み銃、そういうものがあるならば他の武器を手に持ち戦術の幅が広がる。それが分かるものはおののきを隠せない。
「ふむ、やはり集弾はよろしくないか」
標的の様子を見て、鉋は鼻を鳴らす。ある程度弾は纏まって飛ぶが、まともに命中したものはない。四分径であれば掠っただけで生身の人間に損傷を与えられるし、機殻鎧であれば的が大きいのでこれでも十分と言えば十分ではあるのだが。
「……う~ん?」
誠志郎がなにやら考え込むような声を上げる。ややあって、彼は鉋に言葉をかけた。
「花島教官、もう一回撃っていいですか?」
「うん? 構わんよ、存分にやってくれたまえ」
「そうですか、では……」
そう言って誠志郎は脚の操作器を微かに動かし、躯体を微妙に揺らめかせながら弾丸を放った。
ばが、と音を立てながら粗雑な作りの標的が砕ける。一穴連中とまでは行かなかったが、弾丸は確かに標的の真ん中あたりに集弾し、打ち砕いたのだ。
「あ、なんとか当たるものですね」
「「「いや待ていや待て、ちょっと待て」」」
鉋だけでなく、幸之助に来夏まで揃って突っこみを入れてくる。癖のある銃を調整なしで当てるような器用な人間はいるが、扱い慣れていないどころではない機殻鎧の仕込み銃なんぞを容易く狙って当ててくるとはどういうことだ。分かる人間にしか分からない、とんでもない技量である。
が、当の本人はきょとんとした様子で答えを返した。
「いやこんなの、海上に浮かんでる二町先の浮きを短筒で狙うより楽でしょ?」
「「「さらに待て」」」
どんな鍛錬だ。というか一体何を学ばされているかこの少年は。わりと常識人である幸之助はおろか、変わり者という点では図抜けている鉋と来夏をして額に手を当てざるを得ない無茶苦茶ぶりである。
「半里先の狙撃を察知した時点で何かおかしいとは思っていたが……」
「さすがは西界道の鎌鼬と言うべきなのかね? これは?」
「(……見城 兼定殿って、銃の名手だったっけ?)」
呆れたともなんとつかない三人の様子に、不安を覚えたか誠志郎は恐る恐る尋ねてきた。
「あの~、自分なにかおかしな事を言ったでしょうか?」
「うむ、一度自分の鍛錬がどのようなものか、周りの人間に聞いてみると良い。……ま、ともかくこれ以上はなにか精神的に悪そうだから射撃関係は後回しにしよう。次は電磁動輪の試動を頼むよ」
「は、はあ」
無理矢理に話題を変えるような――実際にそのつもりだろう鉋の言葉に納得いかないまでも気持ちを切り替え、再び躯体を、今度は訓練場の真ん中のほうへと向ける。
出力を上げる。動力の唸りがさらに高まる。それなりに緊張を覚えながら中指で黄色と緑の入力器を切り替え、慎重に親指を動かす。
ぎゃり、と電磁動輪が土を掻いた。一瞬の溜めの後、伏龍は弾かれたような勢いで滑走を開始する。
「!? な、なんだあれは!?」
「はああ!?」
ざわめきが驚愕の声に変わる。仕込み銃で目を剥いていた松之丞は驚きの声を漏らし、平八ですらも素っ頓狂な声を上げてしまう。
銃なら分かる。見たことがあるものも多いだろうし。だがあれは一体何だ、何が起こっている。ほぼ全ての見物人が初見であるために、理解が全く追いついていない。しかしこれだけは分かる。あれはなにかとんでもない仕掛けだ、と。
そのような野次馬の様子など目にも入らず、誠志郎は躯体の操作に集中していた。
「これは……」
電磁動輪を操作している間は出力の調整ができない。だが親指で入力器を微妙に調整すると、速度の調整は出来るようだ。
「お……?」
扱いやすい。誠志郎が最初に抱いた印象はそれだ。確かに操縦桿を一々離さなくていいというのは、凄まじく便利が良かった。そのうえ親指だけで軽く躯体を動かせると言うのも非情に楽である。通常であれば脚の操作器を懸命に動かさなければならない(慣れれば自転車のような感覚で動かせる)ところが一気にこれだ。なるほど幸之助殿が強く進めただけはあると、誠志郎は得心する。
「おお?」
左右に微妙な速度差を与えることによって、躯体の進路を曲げることも出来た。これは慣れれば躯体を自由自在に移動させることが出来そうだ。
もしかして。ひらめきのまま、左側の動輪だけ止めてみる。
左の動輪に自動的に制動がかかり、伏龍はその場で旋回。見物人からはおおお、と驚愕とも歓声ともつかない声が挙がった。
再び全速前進。今度は左指を引き動輪を逆転。先程よりも鋭く旋回する。自動姿勢制御が働いているおかげで転倒はしにくくなっている。そのまま右に左にと、舞い踊るように躯体を操った。
「すごい、これ……面白い!」
誠志郎は年相応の無邪気な笑みを浮かべた。完全に高揚している彼は、興奮した様子で回線を開く。
「花島教官! これすごく面白いです!」
「いやうんその、喜んでもらえたのは嬉しいが具体的な操作感とかは……」
「あー分かります分かります。確かにあれ今までが嘘みたいに自在に躯体が動かせますからねえ」
「む……(いいなあ、面白そうだぞあれは)」
「(……とか考えてるんでしょうね姫は)」
予想外の反応に戸惑う鉋だが、幸之助は納得しているようだった。来夏はさらに興味をそそられうずうずとし、その背後にいた小巻はこっそり溜息。
「教官、ちょっと抜刀してみて構いませんか!?」
「構わないが、構わないけどね? (完全に舞い上がってるなあれは)」
鉋をして腰が引けてしまうほどの舞い上がりようだが本人は気付かないまま、誠志郎は許可もそこそこに次の行動へ移る。
滑走、そして瞬時に電磁動輪と親指の操作を切り替える。つんのめって倒れ込もうとするのを脚を横滑りにしながら堪え鯉口を切り太刀を引き抜く。同時に再び入力を切り替え旋回。結果躯体はきれいに回転しながら抜刀した。
そのままくるくると回りながら刃を振るう。もう完全に本来の目的を忘れているようだった。
「……見事に乗りこなしているようではあるが、なあ」
「本当に適応性の高い子だ。……しかしあれは完全に忘れてますね」
「? 何をですか幸之助殿」
来夏が幸之助に問うたその時、太刀を振り抜いた姿勢で伏龍がぴたりと動きを止めた。
何事か。幸之助以外の全員が首をかしげる中、通信機の向こうから誠志郎の呻くような言葉が漏れ出てきた。
「………………きもちわるい」
がくりと鉋たちはつんのめる。幸之助はさもありなんと頷いていた。
「大分ましになったとはいえ、自動姿勢制御による駆動感覚の齟齬は残ってますからねえ。興奮状態で感じていなかったんでしょうが、ちゃんと慣れる前にあんだけ太刀を振り回せばさすがに来るでしょうよ」
「子供かっ!?」
「むしろ安心しました。彼にも年相応な所があったんですねえ」
「普段は某なんぞ及ばぬほど大人びておりますからなあ。それを忘れさせるほどとは……(辛抱できるであろうか、自分でも自信がなくなってきたぞ)」
「(ちょ、ちょっと可愛いかも……って何を考えてるんですか私は!?)」
それぞれが納得したり呆れたり懊悩したりしてるうちに時は過ぎて。
「そろそろ持ち直したかね?」
「……すみません、ご迷惑をお掛けしました」
一端躯体を降りて幸之助に背中をさすられていた誠志郎は、ぺこぺこと鉋に向かって頭を下げていた。
鉋は呆れた様子ではあるが怒ってはいない。むしろ稼働の記録が取れて内心ほくほくとしているくらいだった。子供返りするとは意外な展開ではあったが。
「(まあこれまでが大人びていただけだったということか)」
逆に考えれば、それだけ取り繕っていたものを引き剥がすほどに己の躯体は魅力的であったと、そう考えることも出来る。実際見物人たちの反応は覿面であった。誰もが目を見張り、多くは興奮して言葉を交わしている。さすがにこちらに直接訪れる度胸があるものはまだ現れないが、それも時間の問題ではなかろうか。最低でも宣伝にはなったであろう。
「(帝国の未来を担う貴族様の卵だ、特に武門や軍事関係の者にはさぞかし魅力に映っただろうさ。……ついでだ、少しおまけしておくか)」
にやりとした笑みを浮かべ、鉋は誠志郎に語りかける。
「それでどうかね、もう少しいけそうかね?」
「は、はい。気分は収まりましたし、自動姿勢制御で調子に乗らなければ、多分」
「ししょー、あまり無茶を言うのは」
「なに、後一つだけやってもらいたいことがある。それで今日は終わりさ。……無理にとは言わないが」
「いえ、やらせて下さい。お見苦しいところを見せたお詫びというわけじゃないですけど」
途中で止めるのはやはり気が悪いと誠志郎は告げる。律儀なことだとその反応を嬉しく思いながら、鉋は再び胸郭に収まった誠志郎に告げた。
「最後の試しは飛駆器だ。自身の増強なしで使ってくれれば、躯体の背丈程度の高度で収まるだろう。……二発、それでいい。訓練場を飛び出さない程度で抑えてくれ。できるな?」
ごくりと誠志郎の喉が鳴る。多分それを頼まれるのではなかろうかと思っていたが、やはりそうだった。
新たに追加された機能。その元となった術はそれなりに使いこなせる自信はできてきたが、果たして同様に使えるものか。機殻鎧の背丈程度であればよほどのへまをしない限りは大事になることはないとは思う。しかし油断は禁物だ。
増幅機能の力を借りて周囲の気を把握、だが術として成り立つ手前でとどめる。いざというとき自身の術で窮地を脱するために。
慎重に赤い入力器を切り替える。そして躯体の身を屈ませ一呼吸。覚悟を決めて、左人差し指を引いた。
その光景を見た見物人たちは、一瞬躯体が爆発したのかと錯覚する。そして爆煙の中から勢いよく飛び立つ伏龍の姿に度肝を抜かれた。
跳躍するだけなら機殻鎧の背丈程度など、悠々と飛び越えられる者はいる。早く駆けるだけなら鹿野島の次元流使いとか音速超過だ。だが。
助走も加速もなしで宙を駆けるなど、実際に目にするまでは眉唾物だと思っていた。
「「……ほ……」」
松之丞が支えていた太刀が倒れ、平八の眼鏡がずれる。
「「……ほ……」」
橋蔵と智助の顎が、揃ってかくんと落ちた。
そして見物人は、一斉に声を上げる。
「「「「「本当に飛んだあああああああ!!??」」」」」
その声を背景に、伏龍は訓練場の半分弱を一気に駆ける。
誠志郎は舌を巻いた。自身が術を用いて飛ばしたときより安定していたからだ。
出力を押さえているというのもあるが、体調、精神状態などにより効果が不安定になる生の術と、機械的に作用する回路による術との差だろう。融通は利かないが、限定された条件下であればむしろ人が生で使う術よりよほど安定する。
「(けどほぼ初見だった術をこうも再現できるなんて、やはり教官はすごいな)」
原理は単純なれど、飛翔術の制御は難しい。その再現には恐らく四苦八苦の試行錯誤があったのだろう。鉋と幸之助、ともに目の下に隈ができていたのを誠志郎は見逃していなかった。
失敗するわけにはいかないなと、気持ちを引き締める。そして二発目、右の引き金と同時に踏み込んだ。
炸薬が熱量を生み、どん、と勢いを落としていた躯体が再び加速する。度肝を抜かれたまま、見物人たちはその軌跡を目で追うしかなかった。
わずか五息にも満たない、半里に届かない距離。だがしかし、伏龍は確かに飛翔した。
勢いが落ち、着地。足首の対衝筒が軋み、膝関節を柔らかく使って衝撃を堪える。咄嗟の判断で電磁動輪を作動、殺しきれない勢いを旋回の力に変えて逃す。
土煙を上げて躯体が停止する。しばしの沈黙が続き、そして。
ど、と見物人が湧いた。歓声と驚愕。自分が見たものがとんでもないものだと理解している者もそうでない者も、興奮を隠せない。
「見たか見たか見たか平八!? 凄いぞあれは! 噂は本当であったのだなこれは是非ともあの男に直接会わねばなるまいよ! いやそれもそうだがあの躯体! あれを産み出した教官恐れ入った! あれほどのものとは思いもよらなんだわ!」
「は、ははっ! (こいつはとんでもないぞおい! 従来の戦術がひっくり返されるってのもそうだが、軍の一部が進めてる『あの計画』と組み合わさればその戦略的価値は十倍にも百倍にもなる! あれは術として完成してるのか、それとも躯体の機能なのか、一刻も早く知る必要がある! そしてしかるべき所に知らしめねば!)」
様々な思惑はあれど、そのほとんどは高揚しざわめいていた。
しかし、ただ一人例外がある。
伊上 力丸。彼は身じろぎ一つせずに、走行し元の場所へと戻る躯体を見つめていた。
動揺しなかったのではない。
魅入られたのだ。
「(あの力……欲しい!)」
腰に差した刀の柄に添えられた手に力が入る。
軋む音が、微かに響いた。
次回予告
ついに松之丞が腰を上げる。平八を伴い鉋の講義にその姿を現した。
同時に力丸も動く。彼が取ったその行動とは。
そして来夏の元には、予想外の人物が訪れる。
絡み合う縁。それはどのような影響を与えるのか。
次回『注がれ、混ざる』
切磋琢磨の砲火を散らす。
いやっほうストーリーモードクリアだぜって思ったらハードコアモードってなんじゃあ!
フロムめもうこれ以上ワシを泣かせてくれるな色々な意味で緋松です。
伏龍バトらねえ動くだけ。しかも話進んでない。一体本格的な戦闘シーンはいつになるやら。
……決して戦闘シーン書くのが面倒くさいから引き延ばしてるわけじゃありませんよーホントダヨー。
伏線ばかりが積み重なってるような気がしますがちゃんと回収できるんでしょうか。つーか最初に仕込んだ伏線も忘れ始めてる気が。(こら)
まあその、尻切れトンボにならないように努力したい今日この頃です。
あ、あと伏龍の外観は、ACVのはんぐどまんが鎧武者的になって太刀ぶら下げてる感じでイメージしてください。
でわ今回はこんなところで。
また次回。




