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第3話 運命はまるで時計仕掛け

 彼と初めて出会ったあの日から、五年の月日が過ぎた。カルは一応、我がガーウィン家の住み込みの使用人として仕える事になったけれど、今では私が勤める文書省で、私の秘書をしてくれている。主な仕事は各種書類の管理という、極めて地味だけれど重要な仕事。

 戦争はもちろん休戦状態となり、ラシケントは五年後には戦争が再開されるだろうと見込んでおり、国力の増強の為、隣国のマーシャ共和国との関係を強化し、貿易に力を入れている。

「エンドさん、この書類はどこに置いておけばいいですか?」

「えーっと、塩類取り扱いに関しては右の棚の一番上、酒類取り扱いに関しては左の棚の下から二番目の引き出し。全部日付順に入れておいてね」

「ここだね。これはこっち、と」

「うんうん、君は一回言えば覚えてくれる。とっても優秀だから、私も鼻が高いよ」

「エンドさんの教え方がいいんですよ」

「ふふふ、褒めても何も出ないよっ!」

 彼はよく働く。私の家の使用人だった時から、その真面目な仕事ぶりは今や誰もが認める。父だけではなく、王宮付きの者達の誰もが、最初は奴隷出身で混血というだけで、彼の事を色眼鏡で見ていたが、なんてことはない、そんなものは単なる偏見だ。

 彼の働きぶりはすぐに知れ渡り、むしろ父のヨシュアが、他の使用人達に説教をするほどに、彼は誠実に、よく働いた。

「これが終わったら少しお茶にしましょう」

「おっ、何かお菓子作ったの?」

「ええ。出入りのベラさんから、いい砂糖が手に入ったというので、焼き菓子を作りました」

「おお、さすがカル君。素晴らしいね! じゃあ、残りの仕事も早く片付けちゃおう!」

 カルのもう一つの特技、それはお菓子作りだ。料理とか全く出来ない私とは逆に、食べる事に人一倍の好奇心を持つ彼は、世界各地の色んな料理、特にお菓子作りについて、趣味で勉強をするようになった。

 もちろん私はそのご相伴にあずかれるので、万々歳。女として、これほど幸せな事も無い。いい友達を持ったな、私。

「友達、か―」

 ちらりとカルの方を見る。彼はまた、てきぱきと商務省から上がってきた書類を整理し、分類通りに分ける仕事に没頭している。あれから五年が過ぎて、私とカルも仕事をするようになった。と、同時に、私には父から縁談の話が持ち上がるようになった。

 私みたいな色気が無い女に何を持って来るんだ! そもそも今戦争中でしょ? 平和になってから考えるわ!

と、半ば強引に突っぱねている。まあ、恋愛などにはとんと興味が無い。そもそも、あと五年したらまた戦争が始まるかも知れない、そんな世の中で、男といちゃいちゃするような余裕などあるものか。

 父としては宰相である自分の地位をより強固にするためにも、商務相か法務相、或いは武装神官のトップ辺りの息子と縁談を組みたいようだが、私が嫌がっているので、全ての話は流れている。

「ねえカル、好きな子とかいるの?」

「いますよ」

「なにい!」

「え、何をそんなに驚いて……」

「おおお、驚いてなんていないわよ。バカね」

 うーむ。カル君が先に色気づいてしまうとは思わなかった。これは意外だ。相手はいったい誰だろう。使用人のケイちゃんかな。それとも同じ文書省勤めだから、司書のレイクさんか? 何にしても、私一人が乙女の干物状態とは、これはショックだ。ううむ。

「ねえ、カル君が好きな人って誰?」

「ひみつです」

「む! カル君が私に秘密を持つのか!」

「だって、これは僕の私的な事情ですよ?」

「確かに……ねえ、ヒントだけでも教えて?」

「だめですよ」

 そう言って、彼は小さく舌を出す。まあ、予想通りの答えだ。

 かわいこぶって私を困らせるところなど、五年前から何も変わっちゃいない。ああ、でも、少しだけ変わった事もある。それは、彼がよく笑うようになったことだ。

「ところでマーシャの商務省より、アレサ・ウィルトさんがいらっしゃる時間ですよ」

「あー、そう言えばそうだっけ。こんな文書省の下働きなんかに、いったい何の用かしらね」

「僕に聞かれても困りますよ。正装に着替えて下さい。宮殿の奥にある、三番応接で会う予定になってます」

「正装嫌いなのよねー。何か肩が凝るしさ、汚すとお父様がうるさいし」

「はいはい、分かりましたから。お茶受けとして僕の手作り焼き菓子を出しますので、気分良く仕事して下さいね」

「はーい」

 カル君の焼き菓子が出るとなれば、まあ仕方ない。マーシャだろうがエフェスだろうが、どうせろくでもない用件に違いないのだ。或いは父である宰相のヨシュアに取り次いでもらえないような、三下の官僚や商人が賄賂を持ってくる事もある。もちろん、たいていの場合は用件を父には伝えるが、会う必要も無いと却下されるし、あまりにも多額の賄賂は風紀の乱れに繋がるということで、禁止されている。つまり、どちらにしろ気が進まない事である可能性が、ほぼ一〇〇%となっている。

 ちらりと窓の外を見る。基本的に雨の多いはずのラシケントだが、まるであの日のエフェスのように、空は青く澄み渡っている。

 通りを行き交う人々の顔も平和そのもの。五年前まで、あれほど荒廃していたとは思えないほどに、豊かさが国の隅々にまで行き渡るようになった。

 このまま戦争なんてしなければいいのに。

 エフェス最長老のロランは、神のために戦争をしていると父から聞いたが、そんなものを捧げなければいけないような神など、いなくてもいいと思わないのかな。



 三番応接、別名を花の間と言われるそれは、ラシケント王宮の中でも、特に大切な要人が来る際などに利用される、特別あつらえの部屋となっている。壁や柱はもちろん、天井の円蓋に至るまで、ラシケントの宗教芸術の粋を集めたその場所は、一年を通じて春を連想させるような場所だ。

 いつもは父のヨシュアが使っているのだが、今日はなぜか、この場所で応接をするように命じられた。たかが三下官僚や商人の為にこの部屋を使うというのは、あまり気が向かないが、おそらくここしか空いていないのだろう。

「ねえカル君、天気もいいし、お散歩に行かない?」

「だめですよ」

「あーっ、裸のお姉さん!」

「いません」

「ぶーぶー、付き合いが悪い従者だな君は」

「気持ちは分かりますが、仕事なんですから、ね」

 少し気持ち悪い程に深く沈む長椅子に腰を下ろし、カルが入れてくれた紅茶に口を付ける。

 豪華すぎる装飾は、よく女の子の憧れとして名前は挙がるけれど、こんなにごてごてとした部屋に住んだりする奴の気が知れない。むしろ、こんな飾りを入れる金があるなら、福祉政策や今後の軍事費にでも回すべきだろう。

 そんなことを考えていると、扉を叩く音がする。私は立ち上がり、軽く深呼吸をして、どうぞと相手を促した。

「失礼いたします。私、マーシャの商務相に勤めておりますアレサ・ウィルトです」

「従者のニナ・エルウェイです」

 一人は背の高く、いかにも高級そうな紫の薄衣に身を包んだ、上品な顔立ちの男。だが、連れている従者はどこか不釣り合いなほど歳の離れた、カルよりも年下のように見える少女だ。それに、眼帯を着けた彼女は、なぜか布にくるまれた杖を突いている。足でも悪いのだろうか。

 だが、それにしては普通に歩いているようにも見える。武器は出入り口でチェックされるから、おそらく刀剣、或いは仕込み杖などではないだろう。

「本日はご多忙の中お時間を頂き、誠にありがとうございます」

「あ、いえ。ところで、私は用件を伺っておりません。いったいどんなご用でしょう?」

「はははっ、ご用件も何も、近々エフェスに派遣される大使同士、親睦を深めておこうと思い、ご挨拶にうかがっただけですよ」

「エフェスに派遣される大使……?」

「おや、お父上のヨシュア様からお聞きになっておられなかったのですか?」

「聞いてないんですけど。詳しくお聞かせ願えますか」

「ええ、結構ですよ」

 にっこりと笑うその男の笑顔が、作り物っぽくて嫌な気持ちになる。商人に特有の、良くある面構え。ちらりとカルの方を見るが、彼も知らなかったらしい。

 とにかく気持ちを落ち着けるため、カルが用意してくれた焼き菓子を、来客の前だというのに口一杯にほおばり、不機嫌な顔を浮かべる。

 隣でカルははらはらしているようだが、こんなどこの馬の骨とも知らないマーシャの人間に、いきなりよく分からない話を持ちかけられて、冷静でいられるほど大人じゃない。

「マーシャ、ラシケント、エフェスの三国協定がこの前樹立され、互いの国に大使館を置くことになったんですよ。五年後に控えた、ラシケントとエフェスの休戦協定が切れる前に、何らかの手段でそれを継続させる為にも、互いの国で親善を図ったり、交流を活発化しようという理由でしてね」

「で、それが表向きの理由でしょう? あなたみたいな小狡そうな商人が、わざわざ本当に、こんなところまで行きがけの駄賃にもならないような話をしに、私に会うとは思えないわ」

「はははっ、これは手厳しい」

「何が目的ですか」

「我がマーシャは商業国家として、大商人達による市民投票により、共和制が敷かれているのは、すでにご存知の事かと思います。また、我が国は良質の金貨を鋳造し、それによって経済的にも成功している」

 ニヤリと笑い、こちらの知識量を探っている。私が若いので、相手も勘ぐっているのだろう。鬼が出るか蛇が出るか。何にしても、馬鹿にされる事はない。

「ええ、よく存じています」

「我が国としては、どちらかと言えば政策的に穏健派である、ラシケントと友好を深めたいと思っております」

「そう言って、我が国とエフェスの両方に、武器を売って成長をしてきた、コウモリのようなあなた方を信じろと?」

「むしろ、私達のような小さな都市国家など、あなた方やエフェスが本気を出せば、一ひねりだったのではないですか? そうであれば、私共が生き残る術はただ一つ、どちらのご機嫌をも損ねない事です」

 アレサもまた、エフェス産の葉巻を取り出すと、先端を切り、火を着ける。余裕を持った笑みは、あなたと私は対等の立場にある。そう言っている。ああ、上等だよ狸商人。

「で、あなたの要求は何? 見返りは? 条件は? さっさと美味しい話を出して下さる?」

「これはこれは、お察しが早い。さすがは辣腕で名高い、ヨシュア様のご令嬢だ」

「お世辞はいいから、仕事をしましょう」

「分かりました。ニナ、あれを」

 アレサに促された少女は、布にくるまれていた杖のようなものの覆いを取る。すると、そこから現れたのは、見たことも無い鉄で出来た、筒状のものだ。金属製の杖だろうか。

「年寄りに優しい社会でも目指せ、とおっしゃるのですか」

「はははっ、やはり杖に見えますか。しかし、これはそんな優しいものじゃありません。そうですね、いわば、魔法のようなものです」

 アレサは意味ありげに笑う。だが、魔法などもちろん存在しない。神さえいるのか危ういこのご時世、錬金術さえ魔法とは違うというのは、もはや誰もが認識している事だ。

 最近になって発明されたのは羅針盤、それに火薬、そして活版印刷だ。火薬については東洋の国からもたらされたものだが、それ以外は我が国で作られた。どれも便利で、ある種不思議とも思える部分はあるが、魔法とはほど遠い。

「火薬を使った炸裂弾は戦争に使われ、花火は祭事を盛り上げる。なかなかに素晴らしいです。しかし、炸裂弾はかさばってしまうし、いちいち火を起こして、導火線に火を着けねばならないのも面倒です」

「ええ。それに炸裂弾は高い。火薬その物の値段のせいもあるでしょうけれど、費用と効果を考えれば、あまり大量に使えない」

「だったら、そんな炸裂弾の威力を、もっと手軽に、もっと安価に、使う事ができるならば、ラシケントとエフェスの間で戦争が再開したとしても、以前のように虚仮にされることは無いと思いませんか?」

「あなた……なぜその事を知ってるの……?」

「マーシャの軍にも、情報を扱う部門があったところでおかしくはないでしょう。そんなことよりも、大切なのは、今言った事です」

「炸裂弾をもっと手軽に、もっと安価に? できるなら、見せて欲しいですね」

「そこで、こちらをお持ちしたと言うわけですよ」

 アレサはニナから金属製の杖を受け取ると、その先端をこちらに向ける。どうやら真ん中に穴が空いているらしいが、別に凄いとも思わない。

「これは銃と言うものです。商業国家である我が国が生き残るため、どんな国にも無い武器を作ろう。そう思い、国中の鍛冶屋や発明家達に投資に投資を重ね、作らせたものです」

「銃? で、その銃とやらは何ができるのです?」

「弓矢よりも遥かに遠くに居る敵を、鎧もろとも貫き、殺す事ができます」

「ほうほう、そりゃあ面白い。お帰りはあちらです」

「信じておられないでしょう? この銃に使う弾を数発と、取り扱いの仕方を書いた羊皮紙をここに置いておきます。どうか威力をお確かめになった上で、私共に再び声を掛けて下さい。きっと、ラシケントの未来を明るいものにする事を、お約束致します」

 アレサはそう言い残すと、ニナを連れて部屋を出ていった。後に残されたのは、鉄の杖と、よく分からない紙に包まれた黒い塊だけだ。

「カル君、今の話どう思う?」

「さあて、この銃とやらを使ってみない事には分かりません」

 そう言って、彼は新しく手に入れた玩具を持ち上げ、まじまじと細部を観察し、羊皮紙の方と見比べる。

「弓矢よりも遠くに飛び、鎧を貫き相手を殺す。そんなものが本当にできるなら、我がラシケントはエフェスなんかに負けないわ。今頃陽の沈まぬ巨大帝国を築いている頃でしょう」

「そこの中庭で、少し試してみましょう。弓の練習場がありますから」

「そうね。それで何も起こらなかったら、それでよし、と」

 アレサの置き土産を持って部屋を出て、廊下を抜けて中庭へと入る。その片隅に、弓矢を練習するための、遊びの為にあるような的が、ボロボロになって置いてある。麦藁と布でくるまれたそれは、もはや原型を留めているのがやっと、といったところだ。

「えーっと、この弾を込めて、撃鉄部分を上げて、引き金を引くと撃てる……なるほど」

「ほら、さっさと終わらせて仕事に戻るわよ」

「待って下さい。狙いを定めて……」

 轟音が響き、一瞬何が起きたか分からず、呆然とする。小さな炸裂弾が破裂したような音と共に、少し離れた場所にあった、弓矢の練習用の人形の一部がえぐり取られ、その後ろの壁が砕けて、ヒビが入っている。

 そして、異常を感じたらしい警備兵達が駆け付けてきた。ああ、何かヤバいかも。

「エンド様、何事ですか!」

「あ、大丈夫だから。警備ご苦労様」

「しかし、大丈夫とおっしゃられましても、今炸裂弾か何かの音が!」

「大丈夫だって言ってるの!」

「は、はいっ!」

 なるほど、アレサとかいうあの商人。恐ろしいものを持ってきてくれたものだ。カルも何が起きたかわからず、呆然としている。わざわざ私のところに売りに来てくれた事は、感謝せねばなるまい。それに、彼の言うことが本当なら、私はこれから大使として、彼とも長い付き合いになるのだろう。

 はてさて、ラシケントの未来、私の未来、どうなることやら――

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