第21話 カーニバル・ナイト
その日、対エフェス戦争の空気を盛り上げるために、自分達は決して負けないと内外に知らしめるという理由も含めて、宮殿では親マーシャ、反マーシャを問わず、貴族や官僚を集めた舞踏会が開かれていた。
その中央、最奥の絢爛たる玉座には、メフィウス・ソーリアが物憂げな顔をして座っている。そばには文官、武官達が並び立ち、互いにグラスを傾け合って、今後の事や、近況など、それぞれが話し合っている。
そして、その少し外れた場所で、ドレスの中に銃を隠したニナと、アレサが立っていた。
旧ヨシュア派に属していた者達は、玉座どころか、広間の中央より手前にしか着席、移動が許されておらず、警備もそちら側が集中しており、ルアドの派閥が固める現在の有力者達が詰めかけている玉座周辺は、ほとんど警備の兵が置かれていない。ただ、玉座の両脇を銃兵が二人固めているだけだ。
だが、その銃兵も形だけ、メフィウスの警護をしているに過ぎず、ルアドは適当にそこらを歩き回っては、貴族達に戦争に対する一致団結を促す挨拶をして回っている。
「ニナ、警備はそれほどでもない。やれるか」
「ルアドを殺すのはそれほど問題ではありません。ただ、出入り口の警備が厳重なのが気になります」
「もしもの時は、私も腕の一本や足の一本は覚悟している。だから、全力でやってやれ」
そう言うと、ニナはこくりと頷き、私の上着の裾を引っ張り、移動を促した。
そのままゆっくりと、ルアドの方に近付いていく。
「本日はこのような場にご招待いただき、誠にありがとうございます。こんな時世にも関わらず、かように豪勢な夜会を開くなど、さすがはルアド様といったところですね」
その言葉に、頭の禿げ上がったひげの濃い男が、酒臭い息を吐きながら振り返る。
「これはこれは、アレサ様もお楽しみいただいておりますか?」
「はい、私としても故郷を離れて以来のご馳走に、とても感謝しております」
「そうでしょう! 我が国の総力を挙げて、山海の珍味を取りそろえました。かつてない規模の舞踏会ですからね! きっとラシケントの歴史に残るに違いありません!」
けたけたと下品な笑い声を上げるその姿は、まさに欲望の権化といった様子だ。
愚かで、嫉妬深く、小狡くて小心者。国を傾けるためだけに生まれてきたような、救いようのない生物。前宰相のヨシュアとは、比べるべくもない。
「あの、ルアド様」
「えっと君は、そうそう、従者のニナさんだね。何かな?」
「死んでください」
軽く床を蹴って飛び上がると、片方の手で少ない髪の毛を掴み、もう片方の手で小刀を取り出すと、そのまま首を切り裂く。
ごごりと嫌な音がして、骨がまだ切れない。辺りに赤い雨を飛び散らせながら、醜い死体となり果てたルアドの首に、最後の一刀を入れる。その瞬間、初めて悲鳴が響き渡る。
メフィウスのそばにいた銃兵の二人が、何事かとこちらに走り出そうとした瞬間、二発の銃声が広間に響き渡る。
心臓と額を撃ち抜かれ、さらに死体が二つ増える。
「たっ、助けてくれえええええええ!」
「死にたくない! 死にたくない!」
「何をしている! 私を誰だと思っている! 押すな! 私が先だ!」
華麗で荘厳な広間は、一転して沈没寸前の船の様相を呈している。
誰もが外に逃げようとして、押し合いへし合い、子供も女も関係なく、出入り口に殺到する。
「ニナ、警備の者だけを始末しろ。他の貴族共は捨ておけ」
「メフィウス様を人質に取るのはいかがですか?」
「逃げるのに手間が増える。それこそ銃兵に狙撃されて終わりだ。今は逃げる事だけ考えろ」
「かしこまりました」
まだ長細い旧式の銃しか持っていない兵達は、次々にニナの標的となって、息絶えていく。
背も低く、すばしこい動きをする彼女に対して、上手く照準を合わせる前に、自分達が逆に殺されてしまうのだ。
運良く発射できたとしても、当たらなければ意味がない。彼女は背中に回り込み、首の隙間にナイフを突き立てる。
「アレサ様、こちらです!」
下に噴水がある窓を割り、テラスから飛び降りる。高さとしては三階よりは低く、噴水がそれなりに深さがあることは既に調べてあった。濡れて衣装が重くなるが、それはすぐに脱ぎ去り、下に着ていた軽装で森に走る。
「こっちだ! こっちに逃げたぞ!」
警備兵が声を出す方にニナが銃を撃ち込むと、軽い悲鳴と共に声が途絶えた。
森の中の逃走ルートも、既に調べてある。月が照らすか細い光を頼りに、獣のように駆け抜ける。
たいまつを持った兵隊達の群。だが、怯えている暇など無い。木の枝が、小石が、あらゆる自然が自分を傷付ける障害物となって迫り来る。だが、足を止める事などできはしない。
「ニナ、居るか?」
「ここに」
「このまま突き進むぞ」
「かしこまりました」
ああ、生きている。私は生きている。いや、生きたい。
自分のため、ニナのため、マーシャのため、金のため、私は生きたい。
こんな事で生を実感するとは、まったく愚かにもほどがある。だが、悪い気分ではない。
本物の修羅場だ。食うか食われるか。殺すか殺されるか。
「うおっ!」
不意に大きな木の根につまずき、斜面を転がり落ちていく。小枝や草花にもみくちゃにされ、ぱきぱきと音を立て、やがて石畳の道に滑り落ちる。全身が傷だらけになっているに違いない。鈍い痛みが、体中を包み込んでいる。そのせいか、まだ肌寒いはずの夜なのに、焼けるように体が熱い。
「アレサ様! 大丈夫ですか!」
「ああ……心配ないぞニナ……見ろ……私は生きている……ルアドは死んでる……はははっ、あははははははっ!
立てる。大丈夫だ! さあ、走るぞ! 逃げるぞ! ロラン達の元にこいつを届けて、私達はもう一度やり直すんだ!」
「はいっ!」
その日見た月は、生涯忘れないだろう。
死の狭間に立たされた時、私はその美しさにしばし見とれた。
見とれながら、無我夢中で走り続けた。
ブルーノの方角に向かって、夜が明けて、気を失うまでずっと。
*
その日、私はいつも通りに小鳥のさえずる歌で目を覚ます。戦争続きの中で、久々に手に入れた平和な日々。だけれども、今日の昼まででそれは終わり。アレサ達との約束の期限だ。
「んーっ、お腹空いたなぁ。カル君、ご飯作って!」
「はいはい、今作ろうとしてますよ」
「その前に、今日は私が気分がいいので、散歩に付き合ってくれたまえ!」
「気まぐれですねえ。まあいいですよ、付き合います」
外出着に袖を通して、銃を持つと、カルは軽装で歩く私を心配そうに見ながら歩く。
だいぶ温かい季節になったし、ブルーノ城塞陥落してから人もあまり居ないし、それほど心配は要らないと思うんだけどね。と言ったら、もう少し指揮官っぽい服装をしてくださいと、怒られてしまった。
まあ、帰ったらそういうの見繕うよ、うん。
「あれ、何か倒れてない?」
「行き倒れですかね……あ、子供も居ますよ」
急いで近寄ってみると、どこかで見たような顔の男と少女だった。それに、子供の方は何かを抱きかかえたまま眠りこけている。少女の目には眼帯。えーっと、誰だっけ。
考えていたその時、少女の目がくわっと開き、後ろに飛びすさる。
ただならぬ気配を感じたのか、カルは銃を構えた。
「渡さない! この首は渡さない!」
「首……?」
「アレサ様の命を守るために、私が殺した!」
「あなた、ニナ?」
「なぜ私の名前を……え? ここは……」
「エンド・ガーウィンよ。それに彼はカル・サルード。覚えてない?」
その名前を聞いて、曇ったような彼女の瞳に、人としての光が戻る。
「エンド! エンド・ガーウィン! 我が主人、アレサは約束を守った! だからロランに! 最長老のロラン・スタント様にお目通りをお願いしたい!」
「じゃあ、その横に倒れてる薄汚いのは……」
「薄汚いとか言わないでください。アレサ様です」
ニナが彼を揺らすと、やっとアレサも目を覚ましたらしい。ゆっくりと体を起こすと、辺りを見渡して、私の顔をぼんやりと見る。
「エンド……ガーウィン……それにカル……サルード……」
「あらあら、男前になっちゃったわねえアレサ?」
「何か食べさせてくれ……ニナだけでもいい……」
「アレサ様! しっかり!」
弱ってるせいかも知れないけれど、アレサがなんだか、以前よりも普通に見える。
まあ、ルアドの首を持ったままで、よほどの包囲網をくぐり抜けて来ただろうし、ここは素直に歓迎をしてあげよう。
「それにしても……ルアド、ただでさえ不細工なのが、死んだら余計に醜くなったわね……」
「約束は守っただろう。これで私の命と、ニナの命は助けてもらうぞ」
「債権放棄も、ダムの破壊費用も払うの?」
「ああ、約束通りだ」
「分かったわ。ご苦労様アレサ、後はあなたが献金をしていた貴族と官僚共の事、洗いざらい喋ってもらうからね」
「ふん……任せておくがいい……それよりも、腹が減ってるんだ……」
「朝食、これから一緒に食べる?」
「お呼ばれしても良いなら、是非」
「カル君、今日は四人分ね」
私が言うと、カルは銃を下ろして、何とも言えない苦笑を浮かべた。
戦争はこれで終結に向かうだろう。
ただし、最後までマーシャに振り回されるような形での終焉。
結局世の中は、そう言う風にできている。




