プロローグ 砂漠の都、デトラの大使館より
私の名前はエンド・ガーウィン。最初はラシケント王国の文書省で雑用をしていたが、その後は駐エフェス大使としての仕事をしている。厳格な一神教による祭政一致を敷いたこの国に於ける外交活動は、決して楽な仕事とは言えないが、それなりにやりがいはあると思っている。
それは無論、私の右腕として活躍している従者であり、書記官のカル・サルードのおかげだ。
感謝はしているが、いつも上手く伝えられない。つい、意地悪をしてしまいたくなる。
「エンドさん、僕の顔に何か付いてますか?」
「別に。いつも通りの間抜けヅラだなあと思って」
「あはは……今日も手厳しいですね……」
黒檀の机にほおづえを突いて、わざとつまらなそうな顔をする。簡単に私の笑顔を拝めると思うな? 心の中でそっと呟く。
いつもいつもそう。彼は私の笑顔の為という、そんなくだらない理由の為だけに、命を賭ける事さえ厭わない。例え火の中水の中、伝説のドラゴンと一騎打ちをすることだって、彼はやってのけることだろう。
もちろん、そんなのはたとえ話、言葉のあやというものだ。
「ねえカル、私の従者で幸せだった?」
「ええ、とっても」
とんとんと書類を揃えながら、彼はこちらを向いて笑った。
ああ、本当にいい笑顔で笑うよね君。ぞくぞくしちゃうよ、私の胸の奥の奥までかき乱してくれる。今なら素直に好きと言えそうな気がして、けれどもそのまま黙っている。
だめ。言ってあげない。似合わない。素直じゃないんだもの、私。
そのうち二人で天国に着いた時には、言ってあげてもいいかな。考えておくよ。
くすくすと笑い、立ち上がると木でできた鎧戸に手を掛けた。
飴色になるほど使い込まれたそれは、がたがたと何度か音をさせながら、一向に開く様子がない。少し力を入れると勢い良く左右に開く。
外は恨めしいくらいにいい天気。吸い込まれそうな蒼穹には、雲一つ見当たらない。少し身を乗り出して、鼻をひくひくさせてみれば、砂と人いきれが混じった独特の異国の匂いがする。
ここはエフェスの大都市、デトラ。砂漠に囲まれた悠久の都。そして、これから私が死にゆく場所。
視線を窓の外に向ければ、辺りを取り囲んでいるのは千人に及ぶ重装備をした兵達が、今にも飛びかかって来そうな雰囲気だ。欲しいか、この首が? まだくれてやらないよ、バァーカ。
舌を出して窓の鎧戸を閉めてやる。もうすぐ正式な宣戦布告が下されるだろう。そうすれば、私とカルは一環の終わり。さよなら人類。こんにちはあの世。
「ねえエンドさん、僕ら出会ってどれくらいになるんでしょう」
「ちょうど五年、君と私が出会ったのは、五年前の今日だよ」
「五年か。短いようで長い付き合いになりますね」
「過ぎればまるで昨日の事よ」
エフェス特産の葉巻の中でも、とっておきのものを箱から取り出す。
かぐわしい甘い香りは、まさに砂漠の宝石と呼ばれるに相応しい。
「煙草、やめたんじゃないんですか」
「死ぬ前くらいケチなこと言わないでいいでしょう」
先端を切り落とし、蝋燭の火に葉巻を近付けると、じじと焦げる音がして赤くなる。
ゆっくりと辺りに漂い始める紫煙は、まるでこれから私達を送り出す線香の煙のようだ。
笑えてくる。これは喜劇だ。悲劇という名の傑作喜劇だ。
むせ返るように暑く、薄暗い部屋の中。若い男女が二人きり。なのに始まるのは恋物語ではなく、鉄と血煙にまみれた戦争という名の猿芝居。
乙女のロマンもムードも無い。赤くなって青くなって、砂にまみれてのたうって、死にそうだよ痛ぇ痛ぇ、畜生畜生って言いながら息絶える。
虚しいねえ、本当に。
お父様、私を産んでくれてありがとう。こんな素敵な死をありがとう。
神様、あなたを信じなくて良かった。最高のペテン師だったね。
「楽しそうですね」
「君と一緒に死ぬのも、それほど悪いとは思わないからね」
「まだ死なないですよ」
「ん? どういうこと?」
「僕がエンドさんを死なせませんから」
机の下から、大きな最新式のマーシャ銃を取り出すと、鎧戸の隙間から射し込む逆光を受けながら、カルはにやりと笑った。
ああなるほど、そういうことか。ならば少しは寿命が延びるかも知れない。
千人でも一万人でも、彼は戦おうとするのだろう。ならば私もそれに付き合う。
いいね、男の子って。君のそんな馬鹿なところ、好きだよ。




