1 そして始まる狂想曲(ラプソディ)
「本能寺の変です」
「その通り。では舞羽、ついでにもうひとつ問題だ。寝ている男子の頭を教科書で叩くとどうなるかね」
「……痛いと思います」
「正解だ」
ばしっ!
「いてえっ!」
ゲラゲラ笑いの教室の中、教科書の一撃で飛び起きた少年は、最上最良。
幸福そうな寝顔から一転、涙目で頭を押さえる姿が笑いを誘う。
「最上、お前何度目だ?」
男性教師が腕を組み、厳しい顔つきで最良を見下ろした。
「五回目くらいです……多分……」
「十三回目だぞ。いい加減にしろ」
能力の弊害だった。
まるで相反する関係であるかのように、夢を制御することが上手になるのに比例して、眠気を制御することが下手になり、最近では「眠い」と思った瞬間には、ところ構わず夢の世界へダイブしているのだった。
そのうち外で眠りに落ちて、車にひかれて人生が終幕するんじゃなかろうか、と、最良は最近、割と本気で心配している。
「サイラ、あんた体大丈夫なの? 最近前にも増して寝すぎなんじゃない?」
舞羽翼は最良の幼稚園時代からの腐れ縁。言ってしまえば「幼馴染」だ。
休み時間。
廊下を歩く最良を追いかけてきて、声をかけた。
「サイラくんはいつもどーり、元気いっぱいおっぱいですよ」
「はぁ。いつもどーりのアホで心配して損したわ」
下ネタまじりの冗談も普通に言い合える。
性別さえ取り除いてしまえば、二人は仲の良い親友そのものだった。
だが悲しいことに、周囲がそれを許さなかった。二人が憧れの的となる容姿を備えていたことも影響しただろう。入学直後、すぐに付き合っているという噂が流れた。学校というのはそういう場所だ。
特に舞羽の努力により、一時に比べて誤解はだいぶ薄れていたが、二人の間には微妙な空気がしこりのように残されていた。
「なんかあったら、ちゃんとあたしに教えなさいよね」
長い茶髪をかき上げて、舞羽は窓からグラウンドを見下ろした。
「いつまで弟分扱いなんだよ……とっくに背も超えたってのに……」
「なんかいった?」
「なんも」
能力のことを舞羽に話したことはない。
誰にも……きっと誰に話しても、笑い話以上の相手にはされないだろう。
だいたい、夢を操れても現実に何かを起こせるわけじゃない。証拠を見せることも不可能だ。
「だいたいあんたは昔っから……」
振り返った舞羽の姿が影に覆われる。
いつもと変わらない日常が、目の前でいとも簡単に壊されるなんて、最良は思ってもみなかった。
でもどこかで気付いていたのかもしれない。
物語はきっと遠い昔に既に始まっていたのだ。
一瞬だった。
三階の窓を破って現れた異形の侵入者が、舞羽をがっしりと腕につかんだ。
乱れ飛び散るガラス片の中、ツバサ、そう叫びかけて、しかし恐怖が最良の声を殺した。
広げた漆黒の翼、隆々とした青い皮膚、毛髪のない肉体、にらみつける鮮血のように赤い眼光……
悪魔──!
魔の者と呼ぶに相応しい外見の大男が、何が起きたのか理解できないという表情のままの舞羽を奪い、飛び立つ。
「ツバサぁ──!」
遅れて出てきた叫び。伸ばした手はむなしく、空の向こうへぐんぐん遠ざかる影にはもう届かない。
「くっ──遅かったかッ!」
息をきらしてその場に現れ、悔しそうに唇を噛んだのは、銀髪の少女だった。
青い瞳がキッと最良を突き刺す。
「貴様……何をしていた!? 自らの『主君』が連れ去られるのを、ただ黙って見ていたのか!?」
主君? いったいこの少女は何を言って──
思考のまとまらない最良の目に問答無用で飛び込んできたものは、グーパンチ。
「『騎士』の風上にもおけない、この──愚か者がッ!」
どすっ!
火を吹くその痛みが、最上最良とクラベル・唯理・ランフォードの最初の出逢いだった。