17話 勇者と転生者。
「はい、ストップ!!!」
ごごん!!
「かはっ」
「のあああぁぁ…」
「まず、アッシュは俺の後ろに下がる!」
「はい!!」
「で、君はふっとばしたドアを直して店長に謝罪する!! あそこまで豪快にぶち壊したってことは、直すアテがあるんだろうね……?!」
「は、はいぃ!!」
「七神大工!!」
がたがた…
……ゴキゴキゴキペキパキポキ…
きらりーん。
という、効果音が一番的確だろう。
真新しい、蝶番をはさむ壁とつりあわないキレーなぴかぴかのドアが完成した。
新品という以外は完璧に元通り。
「大変申し訳ございませんでした…」
「いいいい、いえいえいえいえ、勇者様に店内を直していただいただけで、感無量です!悪酔いした無法者も退治していただきましたし!」
「そうですか…いえ、私は気に食わなかったから追い出しただけなのですが、そういっていただけると安心します。それでは…」
「勇者っていうのは本当みたいだな…」
「あんな魔法、見たことないわ。神様に直接力をお借りする方法があるのね…」
「私にしか使えませんよ。 それよりも…自己紹介が遅れました。申し訳ありません。」
すっと体を90度に折り曲げ、にっこりと微笑む。
「はじめまして、異世界より神々から召喚されました… 炭菓・滝 と申します。 どうぞお見知りおきを…わが兄の新しいご兄妹様。」
「「新しい…兄妹…?」」
「私は、そこにいる少年の前世の妹です。」
「「!!!???」」
「アッシュの、妹…?」
「主殿…?」
「いったん、家に帰ろう。父さんも呼ぼう。 いつかちゃんと話さなきゃって思ってたんだ…こんなに早く、その日が来るとは思ってなかった…」
兄ちゃんと姉ちゃんの顔・・・
見れない・・・
ざっざっと、石畳を歩く6人の足音だけを聞いていた。
「みんな、お帰りなさーい!! ガン様も一緒だったの…ね…? まぁ、お友達?いらっしゃい!母のノリエールです。よろしくね。 んもー、アッシュったらどうやってこんなきれいな女の子たちとお友達になってるの? 将来心配だわぁ、女ったらしになちゃったりしたらどうしましょ。 すぐに飲み物用意するからねー。」
ニコニコしているうれしそうな母さんの顔を悲しげに変えてしまうのがつらい。
[お兄ちゃんが言い出せなかった理由わかったよ。 こんなに優しいお母さんとお父さん…望んで手に入るものじゃないよ…]
[……うん… ごめんな、炭菓… 僕、一人だけで、こんなに優しい生活して…]
[…いいんだよ。 お兄ちゃんのほうがひどい目にあってたんだから。私がお兄ちゃんをかばうべきだった。 守られてたのは私だったんだから…]
[おじいちゃんとおばあちゃんは?]
[二人とも元気よ。 お兄ちゃんがいなくなったことも、悲しんでたけど、私は生きてるんだから。]
[そっか・・・]
ひさしぶりの日本語。
もう、使うことなんてないと思ってた。
「さ、どうぞスミカさん。まさか勇者様だったなんて…本当にごめんなさい、アッシュ達のお友達扱いしてしまって。」
「いえ、勇者といっても、まだまだ駆け出しですから。どうぞさきほどまでどおりにお願いします。いただ…じゃなくて…えーっと…」
[イキタレア。食べ物系にたいして、頂戴します、の意味。]
「い、イキタレア。」
「どうぞどうぞ。ほら、みんなも。」
「「イキタ…」」
「……うーん…、どうしちゃったの?ちょっとガン様…」
「…少しまってやってくれ。」
「………はい…?」
大好きな、牛乳に砕いてひたしたココベリーミルク。
でも、飲めそうに無い…
かたん。
「………ごめん、なさい…」
「アッシュ…?」
「…言えなかった……父さんに、バレた時、に、言えばよかったのに…怖くて……家族でいたくて…ライやルーナンと出会って、ますます…このままでいたいって思っちゃって…」
「………?」
「僕、転生者なんです。それも異世界からの。」
「ええええ!!大変じゃないの!い、何時から!?」
「…多分、生まれてすぐです。三歳位までの記憶はあやふやだけど…前世の記憶をはっきり思い出し始めたのは三歳位からだから……多分、『アッシュ・マルタ』として生まれて来た時点で、すでに……」
「……」
「た、たたた大変よ、これ…!!ガン様、あなたどうしてだまってたの!! 前世の記憶を保持した転生者を見つけた場合は、お城に連絡しなくちゃいけないのに!!」
「悪かった、言い出しずらそうだったからよ…黙っててやろう、って俺が勝手に決めたんだ。」
「あー!どうしましょ!!子供達の礼服用意してないわ!?」
「清潔な格好なら大丈夫だよ。」
バンッ!!
「親父!お袋…!!」
「ど、どうしたの、メッシュ?」
「………俺、許せないよ!!」
「お兄ちゃん…」
「兄ちゃん…」
「ずっと家族だと、当たり前だと思ってたのに、騙してたんだろ!!兄ちゃん兄ちゃんって、馬鹿にして呼んでたんだろ…おまえのほうが年上だろうからな……!」
「ちが、違うよ…!」
「黙れ!!お前なんか大嫌いだ!!!」
「……………!」
「お兄ちゃん!!」
「…に、い…ちゃ……」
「発言を許していただけるなら…兄を庇わせてください。」
「…勇者……」
「間違いなく、ここにいるアッシュ少年は私の兄… 灰十・滝の転生後の姿です。『転視瞳』を神々から借り受け、兄を探すことが目的でしたので、すぐ返却しますが…この左目に映るのは最愛の兄の姿です。…泣きじゃくる兄なんて、見たくなかった…」
「「…………」」
「……ごめん、母さん、兄ちゃん、姉ちゃん、ライ、ルーナン…父さん…」
「アッシュ…」
母さんの寂しそうな顔…
父さんは頭を押さえてため息をついてる。
ライとルーナンは、オロオロと家族みんなを見ていて…
兄ちゃんと姉ちゃんは、すごく怒った顔をしている。
「……私と兄は、あちらの世界で、必要の無い子供でした。」
「…なんだよ、それ…?」
「私が生まれてすぐに、兄は両親から虐待をうけておりました。しばらくして、私も同じように…」
「炭菓!!」
「私が四歳になるまで…ずっと…母と父はすでに心を病んでいたのです。煙草の火を押し付けられたり、熱湯を浴びせられたり、冷水につからされて鍵をかけられて一日中放置されたり、食事は残飯やドックフード…」
「やめろ、炭菓っ!炭菓ぁ!!」
「これらは私たちを保護した祖父母から教わりました。」
「頼むから、それ以上言うな!!!」
「だから、なんだ…」
「兄にとって…あなたたちは、必死に望んだ家族なんです。二度と帰れない、二度と会えない家族しかなかった世界から、急に……なんの見返もなく愛してくれる家族がいるこちらの世界にやってきた。……兄が望んだ、大切な場所なんです……どうか、そんなこと言わないで……」
「………っ!!」
……い、たい……
痛い…
いたい……
「私は構わないんです。背中に残るナイフの痕も、こちらの世界なら怪我は普通のことですしごまかせます。第一幼過ぎて虐待を覚えてないんです。私は、祖父母に大切に育てられて来た記憶しかありません。兄は、両親から受けた傷の全てを、覚えているんです。」
「やめ、やめろ…せっかく、せっかく忘れてたのに……!!」
出ていくなんて嫌だ。
炭菓には悪いけど…
知ってしまったんだ。
あったかい家族。
おじいちゃんとおばあちゃんも、優しかったけど…
二人も育てられないって嘆いてたの、知ってるんだ。
ずっと肩身が狭くて…
まだ小さかった炭菓ばかりかわいがられてたのも、僕はお兄ちゃんだから我慢した。
唯一使わせてもらってたパソコン。
それだけでよかった…
はずだったんだ。
あの時は、それで幸せだった。
でも、無理だよ…
僕の家族がいる。
僕を迎えてくれた家族。
知っちゃったんだ。
嫌われるなんて、もう嫌だ………!!
「アッシュ、俺は…」
「…黙っててごめんなさい。許してもらえるとは思ってない。でも…… もし、騙して育ててもらったことを、弱いふりをし続けたことを、本来家族になるはずだった弟に成り済ましていたことを…… こんなに、騙し続けた僕を許してもらえるなら……家族でいたいです…っ……僕を、一番下の弟に、アッシュ・マルタにしてください! お゛願い゛じま゛ず…………!!!」
べしっっ
「うぎっ!?」
「泣くぐらいなら、早く言え、この馬鹿!」
「お兄ちゃんが怒った理由、わかる?アッシュ。」
「……騙したから…」
「うん、そうだね。…けど、それだけじゃないんだよ」
「……?」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、寂しかったの。 そんなに頼れないのかって、家族なのに心を開けないのかって…ショックだったんだよ。わかる?」
「あ……」
「アッシュはいい子だから…心配とか迷惑をかけたくないのはわかるわ。でも、こうやって怒ったり泣いたりするほうが、よっぽど時間かかるでしょ?」
「…うん……ごめんなさい…」
「よし。許す!」
「けっ! どーせ頭の悪い兄ちゃんは頼りないですよーだ!」
「お兄ちゃんったら…いい加減許してあげようよ!」
「ふん!」
「メッシュ兄ちゃん…」
「…?」
「……僕は、何度も助けられてるよね。何も返せない、弱い弟なのに…」
「そ、それは…!」
「………もう、助けてくれないの…?兄ちゃん…」
「う、ぐ……」
「確かに、僕の中身は兄ちゃん達の2倍以上年上だよ?でも…外身は一人じゃ何も出来ない子供だから…頼るしかなくて… でも、頼ってばかりじゃダメだし、でも言い出せなくて…本当にごめんなさい…」
「う、ぅぅ……」
「ごめんなさい…」
「…わかったよ……」
「! ありがとう、兄ちゃん………!!」
「だ、!………!?抱き着くなーーーー?!!!」
「兄ちゃーん!!」
「やめれーーっっ?!!」
「やってることは、スミさんとかわらないじゃない。流石兄妹…」
「あははは…」
「ライ、ルーナン。お前らはなんか言うことないのか?」
「え、わ、わたしは別に…そーにゃんだーくらいにしか思わにゃかったから…」
「小生は、主殿に忠誠を誓う身。何事があろうとも、かわりませぬ。…転生者だということには確かに驚きましたが……アッシュ殿は父上と母上の末子で、兄様と妹様の弟君。それは現実です。」
「妹にゃんが勇者でー、アッシュが元お兄ちゃんでも、このお家ではミリーとメッシュの弟にゃ。んで、ライの大事な友達にゃぁ。」
「そっか……ありがとうな。」
「いえ、我々は素直に述べただけですので…。」
「にゃん。」
「で、少しは落ち着いたか、ノリエール?」
「………えぇ…」
「母さん…」
「ごめんね、気がついてあげられなくて…」
「ごめんなさい…」
「スミカさんも、辛かったのね…こっちいらっしゃい。」
「…?」
ぎゅっ!
「わ!?」
「母さん!!」
「……私は、お母さんだから。ちゃんと守ってあげるからね。」
「え…」
「なら、俺もお父さんだ。お前らみんなのために、盾になる。」
「父さん…?」
「ノリエールさん、ガンキッシュさん…??」
なでなで。
「お父さんって呼んでいいぞ!」
「私もお母さんって呼んでいいわよ。」
「……………!!」
「くすん、くすん…」
「しかしまー、どんどん家族増えるな…いいんだけどさ…」
「お兄ちゃぁん……」
「よしよし。…はぁ……なんか、すげーつかれた…」
「お母さん、お父さん…!」
「母さん、父さん…!!」
「何にも、心配ねーよ、家族なんだからな。」