婚約者が病弱な幼馴染を優先しますが 、私も病弱です
名前を借りました
今日は婚約者ヘンリーとのデートである。
邸で迎えを待っていると、ヘンリーが来た。
「ごめん。クーロンが熱を出したから行ってくる」
ヘンリーが言った。
「そうですか」
ヘンリーは、私の返事を聞くやいなや、さっさと馬車に乗り込み去っていった。
…良いとは言ってないけどね。
ヘンリー婚約して半年、約束したデートも、婚約者としての交流のお茶会も、全てキャンセル。
理由は、病弱な幼馴染クーロンが熱を出して、心細い思いをしているから、そばにいたい、から。
いくら幼馴染とはいえ、赤の他人の見舞いに、婚約者との約束をキャンセルしてまで行くものか?
まぁ、良い。私も今日はめまいがして断りたかったくらいだ。
無理して約束を守ろうとしたが、そもそも相手からキャンセルしてきた。
前回行けなかったお詫びに絶対に行くから、と、無理矢理に約束を取り付けたくせに。
私は、またキャンセルだろうと、準備だけはしていたが、行くつもりは無かった。
ドレスを脱いでベッドに潜り込む。
私は、見た目は健康そうに見えるが、貧血でめまいがする。
その事は学園の先生達以外には、誰にも言っていないので、誰も私が、大抵の日は、めまいでフラフラしている、とは知らない。
少しフラフラする位なら、座っていればおさまる。
病弱(?)には見えないし、クーロンに張り合って…と言われたくないから、婚約者にも知らせていない。
どうせ、私が具合悪くても、クーロンを優先するのだろうし。
…婚約者って何だっけ?
私は両親に、ヘンリーはクーロンが大切で、我が家は蔑ろにして良いと思っているようです、と伝えている。
家同士の契約を無視して、無関係の幼馴染を大切にするなら、最初から婚約なんてしなければ良いのに。
学園の廊下を歩いていると、ヘンリーとクーロンが腕を組んで歩いていた。
昨日、熱を出したとは思えないくらい、元気な足取りだ。
まぁ、本当に熱が出ていたかは分からないんだけどね。
「あら婚約者さん、昨日はごめんなさいね。ヘンリーを独り占めしちゃって」
クーロンは男爵令嬢。伯爵家の娘の私ファラドに声を掛けてきた。
さすがマナーを知らない病弱の男爵令嬢。
下位の貴族は、上位の貴族に馴れ馴れしく声を掛けてはいけない。
友人ですらない。いつも向こうから話し掛けてくるが、名前すら名乗っていない。
だから、私には知らない人だ。
知らない人は無視する。
私は、ヘンリーに向かって
「幼馴染さんの熱は下がったのですか?」
と言った。
「お前はいつもクーロンを無視して!最低だな!それに比べてクーロンはなんて純真で優しくて可憐なんだ」
「ヘンリー様」
2人は手を握り、見つめ合った。
…はいはい分かったから他所でやってくれ。
お前が幼馴染の紹介をしないから、知らない人なんだって。分からないのね。すごいな。
無視されたから純真って、凄い理論だなぁ…
あと、まともな令嬢は、婚約者がいる男とベタベタしないと思う。
私は2人を無視して歩き出した。
ヘンリーとクーロンはイチャイチャしている。
私は医務室へ向かった。
消毒の匂いがするが、慣れたものだ。
「あら、大丈夫?」
学校医のルルコ先生が、肩を貸しベッドに寝かせてくれた。
「いつもすみません」
私はお礼を言った。
「良いのよ。これが私の仕事だもの」
ルルコ先生は、そう言うと
「ゆっくり休んで」
と言ってくれた。
それから、イスに座っている男子生徒の包帯を巻き始めた。
「すみません、治療の邪魔をして」
男子生徒に謝ると
「私は大丈夫です。貴女は、具合が悪いのでしょう?優先して当たり前です。私の事は気にせず休んでください」
「ありがとうございます」
遠慮なく休む事にした。
次の日。学園の廊下を歩いていると。
「婚約者に相手にされないのって、可哀想」
ヘンリーはどこをほっつき歩いているのか、クーロンが放し飼いだった。
私はいつも通り無視した。
「婚約者から愛されている私に嫉妬して私をいじめるなんて酷いわ!」
クーロンが金切り声をあげた。
頭に響くからやめてほしい。
あと、知らない人とは話さない。
せめて、自己紹介してほしい。
…って言うか、今は話せる状態じゃないけど。
「どうしたんだ!」
飼い主…じゃなかった、ヘンリーが走って来た。見てたのかな?放し飼いはやめてくれ。
あと、廊下は走ってはいけません。
「ファラドがいじめるの!」
上位貴族を呼び捨てだと?
「なんて酷い女だ!こんなのが婚約者だなんて最悪だ!行こう!」
ヘンリーは、クーロンを連れて行った。
良かった…もう立っていられない…
しゃがみ込もうとする私を、誰かが支えた。
「大丈夫か?」
男子生徒のようだ。
「医務室へ運ぶからな」
言うが早いか、お姫様抱っこで運ばれた。
抵抗する気力もない。
頭がクラクラする…
医務室のベッドに寝転がされた。
「…ありがとう…」
どうにか、それだけ言った。
「ゆっくり休んで」
男子生徒は、優しく言って、頭を撫でた。
気付いたら、授業が終わっていた。
「良かった。大丈夫?」
男子生徒が小さな声で言った。
「…」
ぼんやりと男子生徒の顔を見た。
「家族が向かえに来ているよ」
先日、包帯を巻かれていた男子生徒だった。
「ありがとう」
「馬車まで運ぶよ。ルルコ先生に頼まれたんだ。会議あるからって」
私は黙って頷いた。
お姫様抱っこで、医務室から馬車まで運んでもらった。
メイドが男子生徒にお礼を言った。
「お大事に」
男子生徒が手を振るのを、動き出した馬車から見た。
「優しい方ですね」
メイドが男子生徒の方を見ながら言う。
「ヘンリーと同じ、男子生徒とは思えないわ」
私は、ぼんやりとしながら言った。
部屋で休んでいると、両親がやってきた。
「大丈夫かい?」
「はい」
「何か話があるって?」
帰ってから、両親に話があると伝えてもらっていたのだ。
「今日はクーロンが私にいじめられたと言ったから『こんなのが婚約者だなんて最悪だ』とヘンリーが言いました」
「む…」
父は眉間に皺を寄せた。
「本当に、婚約をなんだと思っているのかしら」
母はため息をついた。
「それより、医務室へ運んでくれた男子生徒にお礼を」
「馬車まで運んでくれたんだろう?」
メイドからも報告が行ったようだ。
「名前は分からなくて」
私は困ったように言った。
名前も知らないのに、親切な人だ。
「医務室の先生に聞けば分かる。それより、婚約は白紙に戻そう。本当に病弱な婚約者より、仮病の幼馴染を大事にするなら、一生大事にしていれば良い」
父が悪役のように笑った。
次の日私は、さすがに学園を休んだ。
クラスの違うヘンリーとクーロンは、たぶん気付かないだろう。
私は成績優秀クラス、真ん中のクラスが3つあり、2人は成績最低クラス。
クラスメイトは、私がよく体調崩して医務室へ行くのを見ているので、知っているが、ヘンリーとクーロンは、それすらも知らない。
医務室へ向かおうとするとクーロンに絡まれるのは、何の因果だろう。
父の言葉通り、婚約は白紙になった。
婚約白紙は、元々無かったものとして扱われる。
つまり、婚約した事で知り合った元婚約者も、知らない人だ。
ヘンリーの両親は、土下座で謝罪したが、父は許さなかった。
「娘より幼馴染を選んだんだ。幼馴染と結婚させろ」
と、クーロンの両親を呼び出し、2人を婚約させた。
我が家からの援助は打ち切り。今まで援助した額は返却。
両家から慰謝料をもらう。
「幼馴染とは縁を切れと何度も注意をしたな。放置をしたお前らが悪い」
「婚約者がいる男を呼び出し遊びほうける娘に育てた、お前らが悪い」
正論でボコボコにされた両家の親達は、子を絶縁しようと決めた。
だが、放置して、また問題を起こされたらたまらない。
平民にして、さっさと結婚させて、ヘンリーの家の領地に閉じ込めよう、となった。
体調が回復し、学園に行く。
廊下を歩いていると、やっぱり声が掛かる。
私が通るのを張り込みしているのかな!?
病弱設定はどうしたんだ?
「あら、負け犬のくせに、まだ学園に来るのね」
知らない人が話し掛けてきた。
周りには大勢生徒がいる。
返り討ちにしても良いよね。
判決地獄行きだもの。
「貴女は名乗りもせずに私に話し掛けてくるけど、本当にマナーを知らないのね。身分が上の私に無礼に話し掛けるなら、処罰するけど」
「ヘンリーが私を大事にするからって嫉妬して!私に意地悪するのね!」
悲恋の主人公気取りのクーロン。
「お前はまたクーロンをいじめたのか!最低だな!早く婚約破棄したいよこんな女!」
あら、婚約白紙になった事を知らないのかしら?
「婚約は白紙になりましたよ」
「「は?」」
「浮気って、背徳感があって盛り上がるんでしょ?楽しかったでしょうね。悲恋の主人公にでもなったつもりかしら?どうぞ悲恋を全うして」
私は赤の他人の2人に言った。
「現実はどうなるか知らないけどね」
だって、平民決定なのだもの。
私は笑いが込み上げるのを我慢した。
呆然とする2人と、ざわつく生徒達を放置。
急いで医務室へ向かう。
男子生徒の名前を聞かなくては。
医務室には、ルルコ先生と一緒に、男子生徒もいた。
「先日は、ありがとうございました」
お辞儀をした。
「もう大丈夫なのか?あまり無理をしない方が良い」
そう言いながら、私をエスコートして椅子に座らせた男子生徒。紳士である。
「あの、名前をお伺いしても?」
「え?あ、名乗ってなかったね。ラジアンだよ」
「ラジアン様、ありがとうございました。家からもお礼に伺います」
「え?良いよお礼なんて。ただ通りすがっただけなのに」
「すぐに医務室へ運んでくださって。お陰で倒れて怪我をする事はありませんでした」
「倒れて…怪我?」
ラジアン様が怪訝な顔をした。
「医務室まで間に合わないと、倒れてしまって」
「そうそう。受け身が取れなくて、あちこち痣だらけ」
ルルコ先生も言う。
「…間に合って良かった」
ラジアン様は神妙な顔をした。
学園では、噂が広まっていた。
「あの男爵令嬢、仮病でヘンリーを呼び出して、婚約者との約束を破らせていたんですって」
「あの人と友だちになったら、私の婚約者も奪われるのかしら」
「嫌だわ~」
「あの伯爵子息、赤の他人を優先して、婚約者が体調悪いのに気付かなかったんですって」
「倒れたのに気付かなかったのよ」
「まぁ最低」
「しかも、その赤の他人は仮病で」
「いじめられた振りをして」
「しかも、赤の他人の言葉だけ聞いて、婚約者の話は何一つ聞かなかったんでしょ」
「最低同士お似合いじゃない!」
聞えよがしに言われて、身の置き場がなくなる2人。
いじめられた可哀想な病弱の幼馴染と、幼馴染を守った勇敢で優しい男…の筈が、全く反対の悪人になってしまった。
そして、噂のせいで婚約白紙の事が宇宙の彼方に飛んでいたヘンリーだったが、現実に引き戻された。
「手続きができたぞ」
両親に言われた。我が邸の応接室に、何故か、クーロンの両親とクーロンもいる。
クーロンと並んで座らされた。
「ファラド嬢との婚約は白紙になった」
2人は、これで悲恋が成就できると喜んだ。
「お前達とは絶縁する」
婚約者の父の言葉で止まった。
「「は!?」」
「せっかく結んだ婚約を、お前達はぶち壊した」
「あの家から援助してもらっていたのに、援助は打ち切り、今までの分は返却だ。もうこの家も終わりだ」
「しかも、慰謝料を払わないといけないのよ」
「こんなバカ女に騙されて」
「お前達は平民になり、結婚して鉱山送りだ」
「「え!?」」
「私達が慰謝料を建て替えるから、鉱山での賃金で私達に返せよ」
「全く何でこんな事に…」
両家とも、父は頭を抱え、母はさめざめ泣いている。
従僕に連れられ、着の身着のまま、2人は鉱山に連れて行かれた。
思ったより高かった慰謝料を払わないといけない為に、鉱山送りになったのだ。
「今日は体調はどうかな?」
一学年上なので、関わりの無いラジアン様だったが、気に掛けてくれているのか、廊下で会う度に聞いてくる。
「ありがとうございます」
「無理しないようにね」
「悩みの種が消えたので、いつもより調子が良いです」
「それは…良かった…のかな」
「はい」
私は満面の笑顔だ。
浮気男と浮気相手がいなくなったのだ。スッキリサッパリだ。
「そろそろ新しい婚約者を探さないといけません」
「それなら私はどうだろうか?」
ラジアン様が言った。
「え?」
「貴女は以前、ケガをした私にハンカチを差し出してくれた。ずっと気になっていた」
「え?」
首を傾げた。そんな事あったかな?
「覚えていないだろう。君が入学したばかりの頃だ」
入学したばかりの頃?
「剣の稽古をしてケガをして、医務室へ行こうとしていた時、君に出会った。血が出ている、とハンカチをくれた」
そうだっけ?
「君には婚約者がいると聞いたから、身を引こうと思った。だが、君の婚約者は幼馴染と一緒にいた。だから諦めきれなかった」
何ですと?
「君はよく体調が悪くなるから、医務室に行けば君に会えると思って。何度かベッドで休む君を見ている。君は気付いていなかったけど…ずっと君を見ていた」
…え?見ていた?
「婚約白紙になった今、口説くのは今しかないと思って…」
「父に言ってください」
私は、ラジアン様を止めた。
「え?」
「私の意思では決められないので…」
「そうだね。当主に言わないといけないね。父に頼んだから、我が家から婚約の申し込みがあると思う。ただ、私の気持ちを君に知っていてもらいたかったんだ」
判断が早い。
「他の男に取られたくないからね」
婚約の申し込みなんて来ないと思うけど。
邸に帰ると、父に呼ばれた。
「第3王子殿下から、婚約の申し込みが来ている」
ん?第3王子?
ラジアン様じゃないのか?
「誰ですって?」
「第3王子殿下だ」
聞き間違いじゃない。
「私は今日学園で、婚約の申し込みをしたとラジアン様に言われたのですが、そちらからは?」
「ラジアン様が第3王子殿下だ」
「?????」
ラジアン様が第3王子殿下?
私は、優しいイケメン先輩から婚約を申し込まれたと思っていたら、第3王子殿下から婚約を申し込まれていた。
何を言っているのか分からないだろう。
私も、何を言っているのか分からない。
それから、第3王子殿下だった優しいイケメン先輩のラジアン様から溺愛されるが、それはまた別の話。
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