殺人(改)
NOVEL DAYS 、カクヨム、アルファポリスでも書いております。
「今日午前7時半頃にさいたま市の住宅で高齢男性の遺体が発見されました。男性は刃物のようなもので全身を刺されており―――」
テレビの向こうでアナウンサーが無機質な声でニュースを伝えている。俺はそれをぼんやりと見ながらいちごジャムをぬったトーストにかじりついた。外では、隣の家の鶏が朝を告げ、軽トラがうるさいエンジン音を立てている。いつも通りの、平和な田舎町の朝だ。
目を閉じると、あの夜の光景が目の奥によみがえってくる。抵抗する奴を押さえつけ、口をタオルで覆い、体のいたるところを刺しまくった。むせかえるような血の匂いも、あの男の表情も、結局のところ、ただの雑念でしかなかった。あの男を、この手で、殺す、その感情だけが俺を動かし、導いてくれた。
事前の計画通りに後始末をしたはずだが、細かいことは、あまりよく覚えていない。帰ってきた後に、慣れない酒を飲んで寝てしまったからだろうか。頭が少し重いのも、どこか吐き気がするのも、きっとそのせいだろう。
テレビの中では、元警察とはとても思えないほど、腹の出たコメンテーターが、犯人像を得意げに語る声が耳に入る。
「犯人はサイコパスで、殺人を好んでいるのでしょう。またほかの人が殺されるかもしれませんね」
スタジオがどよめきに包まれ、画面の中の男がますます得意げな表情をした。[page
この男は、別に犯人像を推理する気なんてさらさらないのだ。ただそれっぽいことを言って、周りが慌てふためくのを見て、面白がっているだけだ。こんなやつが胸を張ってテレビに出れるぐらいなら、警察の能力も高が知れている。俺にたどりつくことは絶対にない。
――それでも、人を殺した、その責任は取らなければならない。たとえ、あの男が呼吸することもおこがましいほどのゴミであり、殺されたことを全世界が喜ぶべきような男だったとしても、だ。
何より、もう俺に生きている意味はない。あの男を殺した後の人生のことなんて、考えたこともなかった。
トーストを食べ終え、歯を磨き、最低限の身支度をして外に出ると、途端に冷たい空気が、肌を刺す。いつもの黒のコートではなく、ベンチコートを着るべきだったかもしれないと、少し後悔した。
澄み渡るような青空が、無遠慮に広がっていた。いつもの散歩道、登校中の小学生、車の走る音。いつもと何も変わらない日常だ。そうだ、人が一人死んだからと言って、世界が変わるわけではない。当たり前だが、少し新鮮だった。
広大な畑を抜けると、交差点がある。そこを右に曲がって、ひたすらに歩いていく。山のふもとにある学校に向かっている小学生、中学生たち。眠そうな顔をしている者、友達と笑いながら歩いている者、みんなそれぞれの日常が、始まっている。
彼らと別れ、山に入った。昨日雪が降らなくてよかったと思った。いくら舗装された道があるとはいえ、雪の中を進むのは、骨が折れる。
2時間ほど歩いただろうか、ようやく橋についた。幽霊が出るとかで、地元の者が近寄らない場所だ。欄干に手をかけて下を覗くと、川面が黒くうねり、すべてを飲み込もうとする勢いで流れている。水深は昨日の雨の影響で、いつもより深い。ここなら、ありったけの事実を消せるだろう——誰かが見つけたとしても、特定は厳しい。
隠すための方法はいくらでもある。だが、自分が死ぬなら、ここで終わらせたかった。妻や娘との思い出の街ではなく、自分が生まれ、育ち、憎んだこの町で。
欄干に足をかける。恐怖はない。惜しい命など、もう残っていない。心残りは、妻と娘に言葉一つ残せなかったことくらいだ——殺人者になった今、それも叶わないが。
準備はできている。息を吸い込み、体を震わせずに一歩を踏み出した。
落下する間、世界がゆっくりになる。頭の中に、過去が流れ込んでくる。
娘が生まれた日、結局生まれる瞬間には間に合わなくて、しばらく落ち込んだ。
妻との出会い、彼女のおかげで、俺はここまでこれた。殺人者の夫で申し訳ない。どうか、娘をよろしく頼む。
『ありがとう』
そして、体は黒い水の中へと姿を消した。




