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「……つまり、トマス・ウォールはわたしの持参金にまで手を付けたのね?」


 ヴィオラはそれを知らせてくれたウォール家の家令に礼を告げた。花婿のいない結婚式は誓の口づけが行われなかった以外は予定通り行われ、憤慨するヴィオラの両親をなんとか宥めながら披露宴、屋敷の庭を使用しての二次会まで無事に終了した。なぜ中止しなかったのかと言えば、今日この日の為にすでに大量の食糧や臨時の日雇いが用意されており、これを中止することは多くの人間にとって不利益になった。


 たとえ祝われる人間が一人欠けたところでなんだっていうの?


 ヴィオラは食材が無駄になること。今日の稼ぎを見込んでいた使用人たち、遠方から遥々やってきて、屋敷に滞在予定だったウォール家の親類たちの予定を台無しにする方が問題だと判断した。たとえ初夜のはずの寝室に一人きりで過ごす事になっても、披露宴の場で誰もが遠巻きにし、料理を食べる事のできない状態が何時間も続こうが、そんなのは「わたし一人が耐えればいいこと」であり、自分がそれらを「耐えられない!」と拒絶すれば、自分以外の多くの人間が辛い思いをするのだと天秤にかけた。


 そうして迎えた朝。

 ヴィオラは昨日寝る前に、家令のスティーブン氏にこの家の財産の調査をしてほしいと依頼していた。結婚前からわかっていた巨額の借金はヴィオラの実家が負担し完済できていたが、新たに200万の借金と、そしてヴィオラの持参金が消えていた。犯人はトマスである。


 ヴィオラは寝不足でぼんやりした頭をなんとか働かせ、法的な問題として扱えないか誰に相談すべきかスティーブンに相談した。まず家令はウォール家の当主であるロバード様と、顧問弁護士にお話しすべきだと助言し、ヴィオラもその通りだと判断した。


「……今回の事は、本当にすまなかった。貴方には何一つ非がないことは私がわかっている」

「伯爵様、どうかお顔を上げてください」


 ヴィオラが伯爵の部屋を訪問すると、昨日の息子の失態に怒鳴り散らし、興奮して倒れたロバート・ウォールはベッドの中で深々とヴィオラに頭を下げた。かりにも貴族家の当主が、嫁いできたとはいえ平民の若い娘に頭を下げるなど考えられないことだ。ヴィオラは驚き、慌てる。


「貴方があの場で、式を続けると宣言してくれたおかげで、当家は没落を免れた。貴方はあの場で立ち去ることもできたというのに」


 確かに、それも可能だった。だが、ヴィオラはこの結婚が「契約」であると納得していて、ヴィオラの家は娘を念願の貴族社会に送り込むことができる。それは花婿がその場にいなくても達成できることだったのだ。それを考えれば、結婚証明書にサインをしてバックレたトマスは契約上の責任は果たしたと言えるかもしれない。まぁ、女と逃げるなど最低の糞野郎に変わりはないが。


 ヴィオラは色々な感情を飲み込み、伯爵の手を握った。


「お約束しましたでしょう?ウォール家を再び、国王陛下の晩餐会に招かれるだけの立場に復活させる、と」


 父は国一番の商人として成功した。おそらくあと十年後には国のみではなく、大陸中どこを探しても匹敵する者のいないほどの商会に成長するだろう。そのためには貴族家との繋がりが必要だった。貴族の娘を商人の妻にはできない。そのため父は、三人いる娘の中で「最も自分に似ている」ヴィオラを売りに出した。持参金の額はこっそりと社交界に伝えられ、誰もがヴィオラの金額に目を見開き、貴族でなくても富裕層であれば参加できる夜会では、ヴィオラのダンスカードは常にラストダンスまで名前が書かれた。


 その中で父とヴィオラが選んだのは、親が息子の結婚相手を探すことに熱心で、そして最も古い家門のウォール家だった。

 先代が事業に失敗し、かつての栄光がすっかり落ちぶれ、借金に借金がかさむばかりの伯爵家だった。ロバート・ウォールは自分の代で立て直すことができないことを悟り、息子にも才覚がないことに絶望していた。そんな時に、大商人の娘であり、父の手腕を受け継いだと有名なヴィオラの存在を知り、ウォール伯爵は何としても、息子の花嫁にしようと決意していた。


 そうして利害が一致し、自身の才能が最も望む形で買われたことを理解したヴィオラは、ウォール伯爵に上記の台詞を告げ、伯爵もなんと素晴らしい花嫁を得られるのだろうと大満足した。


 その結果がこれである。


 伯爵は何度も何度も馬鹿息子のトマスを罵り、昔から甘やかされてきたばっかりにと自分に商才だけでなく、子育ての才能もなかったことを嘆いた。なお、伯爵夫人はあまりのショックに寝込んでいる。


 激高する伯爵に、その場にいることを放棄した伯爵夫人。つまり、あの地獄のような結婚式場でヴィオラは一人耐えたのである。その事も、一晩たって冷静になった伯爵は謝罪すべき内容だと触れた。


「……貴方はまだ、私たちを見捨てないでくれるのか」

「……」


 弱々しい老人に見つめられ、ヴィオラは困ったような笑みを浮かべる。


 この潰れる寸前の家門を立て直すという契約はしたが、それはヴィオラの持参金があっての見込みを立てていたし、ヴィオラはトマスを共同経営者として見るつもりだった。ヴィオラは自分の才能に疑問を抱いたことなど一度もなかったが、貴族の世界については彼らを「顧客」としてしか知ることができなかった。つまりヴィオラは生粋の貴族のパートナーが必要で、夫であるトマスはその役目を全うしてくれるはずだと信じていたのだ。


 だがその目論見は外れてしまい、正直な所、ここからどう自分ひとりだけで立て直すか、今のヴィオラには全くプランが浮かばない。伯爵は協力的だろうが……先代からの借金を返すどころか増やした人物である。ついでに今回息子に逃げられ、平民に助けを求めるために貴族の身分を売り渡したという評判までついている。当初ヴィオラはそうした悪評も自分とトマスの協力的な姿で払しょくできるものだと思っていたが……これはどう考えても無理だろう。


「……伯爵様、今後の事を考える前に……まずはわたしとトマスの婚姻が、本当に法的に問題がないのか、専門家のご意見伺いたいのですが。どういった方が適任でしょうか?」


 花嫁に見捨てられる場合、伯爵家は明日の麦を買う金も工面できない現実を伯爵は理解している。その瞳には怯えが浮かんでいたが、彼はこの勇敢な女性に誠実でいることが今できることだともわかっていた。それで自分の知り合いの中から、もっとも法律に長けた人間をリストアップして、ヴィオラに渡した。



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