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10、そうだ肉を焼こう


「なっ……な、何を、何をしてるんだ君はッ!!!!!!!!!!!!!」


 青い空、白い雲。美しく華やかだったウォール家の見事な庭の一角で、バチバヂと燃えるファイアー。そしていい感じに香ばしいにおいを漂わせる……焼けた肉。


「記憶の情報のコメというものがないのが不満なんだけれど、仕方ないわね。商売を広げてコメを探しに行くのも悪くないかしらねぇ」


 朝から「食堂を使えるのはウォール家の一員だけだ!」とトマスに締め出されたヴィオラは「わかりました。肉を焼こう」と、ヴィオラを慕う厨房の使用人たちとキャッキャと楽しみながら用意をした。バーベキューの。

 もちろんこの世界にバーベキュー文化はない。だが鉄板があれば肉は焼けるし、屋外でも薪や石を積めばいい感じの準備ができる。


「はい、エミールくんもどうぞ」

「わぁ、ありがとうございます、奥様……!」

「エミール!」


 ワイワイと、庭はバーベキュー大会が開催されている。育ち盛り、食べ盛りのエミール少年にヴィオラは丁寧に接した。いかに父親がクズであれ子供に罪はない。その上、エミールはとても素直で可愛らしい子供だった。父が何を吹き込もうがヴィオラを「奥様」と呼び、自分がこの家の一時の客人であるという風に振る舞えている。十歳の子供がだ。


「父と母の意見が違うのです。奥様」


 トマスのいないところでこそっと、エミール少年は耳打ちした。なるほど、これは使えるな、とヴィオラはその情報を頭の中に大切にしまい込む。


「ヴィオラ!この屋敷で勝手な真似は……!」

「戦いに備えて体力をつけるのは当然では?」

「た、戦い……?」


 トマスは喚き散らしている。自分が昨日ヴィオラに何をしようとしたのか、おそらく酒に酔って忘れてしまったのだろう。都合よく、ヴィオラを抱いたとでも勘違いしているのかもしれない。亭主面をするトマスにヴィオラは鬱陶しいという視線を隠さなかった。


 ヴィオラは長い髪をかき上げて、真っすぐにトマスを見上げた。この男が自分より優れている点があるとすれば背の高さくらいだろうな、と思いながら口を開く。


「決まっているでしょう、わたし、貴方を訴えて勝つのよ」

「は、はぁ!?ふ、ふざけ……!!」

「ふざけてなんかないわ。トマス・ウォール。わたしは貴方に離婚を要求するわ」


 トマスは怒りで顔を真っ赤にした。思い通りに行かないことに苛々している。ヴィオラが自分に歯向かっていることがとにかく気に入らないらしい。ヴィオラは清々しかった。ヴィオラは別にトマスに全て譲ってあげてもよかったのだ。事業は最初から始めればいいし、ヴィオラの事業を引き継いだトマスが何もかも上手くいかずに落ちぶれるのを眺めているのも楽しそうだった。だが、顧客の人生や財産を預かった責任があり、彼らを自分の報復に巻き込むのは本位ではない。


 トマスは最悪ヴィオラが去っても、彼女の持つものを自分が奪い取れるという打算があったのだろうが、ヴィオラは根こそぎ何もかも、逆にトマスの持つものを慰謝料として徴収しようと考えているのだ。


「ふ、ふん!馬鹿な女だ……!女が離婚を要求できないことを知らないのか!」

「貴方の知識は十年前で停止しているようですな。トマス・ウォール伯爵」


 コツコツ、と、石畳が鳴った。

 黒い髪に赤い瞳、褐色の肌に黒衣の偉丈夫が立っている。ヴィオラが「バーベキューにいらしてくださいな」と招待したケプラー公爵だ。


「こ、公爵……!!」

「法廷で会う予定だったが、貴方には私の依頼人より紹介していただく機会も必要だろう」

「……依頼人?」

「もちろんわたしのに決まっているでしょう?」


 ヴィオラはケプラー公爵の隣に行く。公爵はヴィオラに手を差し伸べ、ヴィオラはそれを当然のように受けた。トマスはそれを見て自分の所有物が他人の手に渡る惜しさからヴィオラに掴みかかるように手を伸ばすが、公爵が背に庇った。


「お、女に離婚の権利などない!帝国法では、夫が望まなければ妻から離婚を要求することはできないはずだ!」

「帝国法第52条に関して触れているつもりなら、それは改正されている」

「は!?」

「正しく伝えるとすれば、七年前に法律案の原案作成を私が行い、法制局による審査が行われ、法律案の決定と審議が終わり、法律の成立がなされた。そして昨日、法律の公布されることとなった」


 淡々とケプラー公爵は説明するが、これは公爵にとって長い仕事だった。帝国の長年の法を変えることは難しく、その上男に権利や権力が集中することは「当然」のことだった。結婚についても、女性というのは所有物として法的に考えられており、公爵の原案書は女性に男性と同じ権利があると主張するものと同じだった。


「これは法的に、ヴィオラ殿に当然の権利の主張だ。配偶者の不貞、暴力、または長期間の家棄は妻側からの離婚請求を可能にする。帝国法第5条改正案に基づき、トマス・ウォール伯爵が夫人に対し十年間放棄したこと、身体的・精神的な暴力を振るったことは、離婚事由として十分に認められる」


 公布されたのだから施行できると、ゲルトは繰り返した。


「そ、そんな馬鹿な法があるか!ヴィオラに……こいつに都合のいいものを……!!」


 都合が良すぎるのは当たり前だ。

 この法律はゲルトがヴィオラの為に改正させているのである。当初反発していた貴族たちも、トマスが愚かな振る舞いをして貴族たちに「挨拶」をして回ってくれたおかげで賛成に回ってくれた。

 これは少しゲルトにも意外だったのだが、貴族たちは貴族の血を持って生まれたトマスより、この十年間、自分たちの世界で真っすぐに生きたヴィオラの方を「仲間」だと感じているようだった。


『我々は皆、ヴィオラ様が好きなのですよ』


 改正が公布されることになった時、ある侯爵がゲルトにそう告げた。


 どんな小物でも、悪党貴族でも、他人を妬む性根を持っている人間でも、一欠けらの良心というものを持ち合わせている。そして彼らは、まだ十六歳だった、本来なら親か夫の庇護を必要としている守られるべき存在である少女が必死に必死に、貴族社会で戦っていた姿を見てきた。


 あの一生懸命な彼女が少しだけ助かるのならと、署名をするくらいの善行はどんな人間でも、やって惜しくないと思えるほど、ヴィオラは貴族社会で受け入れられていたのだ。


「嘘だ!でたらめだ!そんなバカげた法を、貴族や王室が認めるわけがない!」

「法廷で会うという約束を忘れているのか?トマス・ウォール伯爵。貴方も早急に弁護人を探すといい。尤も、私以上にこの帝国の法に詳しい法律家がいるとは思えないのだが」


 法の下に捻り潰させて頂こうと、ゲルトは容赦なく言い放った。


 そして、ヴィオラ・ウォールもただひたすら、ケプラー公爵に離婚訴訟を丸投げしたわけではない。ヴィオラは前世の知識の中でとても興味深い事例を思い出していたので、それを取り入れてみた。


 すなわち、帝国第一新聞という公器を使い、ヴィオラ・ウォールの名で、夫のトマス・ウォール伯爵宛に「離婚要求」の宣言を出したのである。


『わたくしは今、貴方の妻として最初で最後の手紙を差し上げるのです』


 と、ヴィオラの記憶ではどこかで見た覚えのある出だしから始まるトマスの自分への不当な仕打ちを訴える文章は、本日この晴天の元、新聞を読むすべての人間の目に晒され、帝国初の「離婚訴訟」は注目されることとなった。


某侯爵「よし!!やった!!傍聴席の最前列を抑えろーーーーー!!!!!!!!!!!」

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某侯爵に激しく同意(๑•̀ㅂ•́)و✧イイネ!!
作者さんの最後のコメントがスカッとします!
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