03 迷創断裂 ミサキ
私たちは、とある人物と会うために待ち合わせ場所である市内の喫茶店にいた。
その人物の到着が遅れてるので、たわいのない話に花を咲かせてるわけだ。
「ここで、速報です」
店内に設置されたモニターにニュースが流れる。
「6月中旬に予定されていた、10年前、多くの命を奪ったあの事件の追悼式典が、急遽5月28日に繰り上げられることが発表されました」
ニュースキャスターが、やや困惑した表情を浮かべながら報道を続ける。
「追悼式典は、6月に発表される最新AI『エピテリシー』の完成記念式典と同日程となることを避けるため、当初予定されていた日付から前倒しされることになりました。このAIエピテリシーの式典には、日本政府も協賛し、情報省を筆頭に複数の省庁が参加する式典となる予定で、海外の企業や研究者も注目しています」
背景には、政府と日本の民間AI企業が連携して進める大規模なAI開発プロジェクトのロゴと、華やかな発表会のイメージ映像が映し出されている。
「一部遺族団体からは『追悼式典の日程変更が遺族の感情を軽視している』、『事件の風化を助長する行いだ』といった批判も出ていますが、政府関係者は『双方の重要性を考慮した結果』と説明しています」
画面に切り替わると、記者に囲まれた内閣府の担当者が冷静に発言する様子が映る。用意された台本をただ読んでるだけだろうと思いつつ、私は黙ってその映像をみる。
「AIエピテリシーの発表は、我が国の技術力を世界に示す重要な機会であり、追悼式典もまた国民の記憶に残る行事であります。双方が円滑に行われるためにこのような措置を取りーーー」
ニュースキャスターの声が挟む。
「政府は、2031年からAI技術およびコンテンツ制作を国家生存戦略の柱として推進してきました。今回の技術革新の発表が優先されることにネット上では賛否が分かれています。最新AIエピテリシーは、海外でも注目が集まっています。このプロジェクトには、アメリカの有力研究機関とも連携しており、今回の日程調整もその配慮もあったと取り沙汰されています」
「ミ・サ・キ!ミサキってば!」
ニュースを見てたことにツバキはご立腹のようだった。
むくれた顔でこちらをみている。
「あっごめん!何?」
「もうー」
私はツバキに謝る。最近、考え事をすることが普段にも増して多い。
注文したトーストを一欠けらちぎって、紅茶に浸して、口に運んだ。
ハーブの香りが鼻と口全体を包む。
AIが台頭してない時代。まだ、人が人として、作品を生んでた時代。人類がまだ自分を越える種がいなかった時代。私たちがその時代にいたら、今よりも創作活動を充実して楽しめてただろうか?
「それにしても、ミサキの待ち合わせ相手ーーもう、1時間たったのに遅くない?」
「確かにね。約束の時間15分過ぎてるし」
時計は正午を指していた。
「今、連絡がきたんだけど、あと10分でつくらしいよ」
「そう、なら10分待つけど、来なかったら、ぶっ飛ばす」
「ぶっ飛ばすって、そこまでしなくても、相手も事情があるのかもだし」
「冗談だって。ミサキはお人好しだな。そこがいいところなんだけどね」
トマトジュースの入ったグラスを手に持ち、一口飲むと、満足げな顔をしていった。
「でっ?ミサキーーー」
ツバキはどう切り出せば良いか、うーんと唸りながらも迷いつつ答えた。
「ミサキ、その、体の調子どう?」
「えっ?あっうん、今は大丈夫」
ツバキはホッとした顔になった。
「力の暴走は抑えられてるけど、また、ツバキやお母さんたちに迷惑をかけるかわからない」
「別に迷惑なんて。こういうのって本人でも体がいうことを効かないっていうパターンじゃん。責めてもどうにもならないってね。」
「ありがとう。ツバキ」
私はツバキに礼を言うと、それに関連する悩みを話すことにした。
「でも、それ以外にも最近、連続で変な夢を見るの」
「夢って?」
「私が、刀を持った男の子?女の子?にきり殺される夢」
「その日から、連続で。切られる夢」
「ミサキが気になってるその夢。ただの普通の夢とかじゃないの?」
「いいえ、これを」
すると、私は膝の上に隠していた包帯を巻いた左手を見せた。
「起きた時、左手の甲から出血してたの。何か鋭いもので切られたような跡があって」
「あっそれで3日前、病院いってたの?」
「うん。念のためにね。刀の傷かと思ってたけど違ったみたい。寝返りか何かしてどこかを切ったのだろうって言われて、てっきり私もそうかと思った」
「でも・・・その日からマガンレンズを一日中つけてないと、力を抑えられなくなったの」
「予知夢ってやつ、たぶん関係してるよね?」
「うん、その可能性が高いかも。予知夢というよりも、私の能力が原因で結果的に起こることがビジョンとして、再現されるって感じなんだけど」
その実体化現象は、これまで、形は違えど実現することが多かったから深刻に考えてしまう。夢の中で見た女とも男とも言えない容姿をした人物。
人形のような顔立ちで同じ人間なのかと疑ったほど凄く綺麗な人だった。それもあってか、自分が殺される恐怖よりもその人物が現実に存在するのかという疑問の方が強かった。
しかし今は、恐怖心を抱きつつも会ってみたいという好奇心の方が勝っている。私はツバキにその夢の内容を話すと、私を心配しつつも同じ所に食いついてきた。
「ちょーがつくほど美人?」
「女か男かは見分けがつかない。ただーー」
ただ、悪い人には見えなかった。だけど、いい人ともいえない。
「強くて怖い印象があるけど、存在そのものが何か…こう、空虚で儚いというか、本当にそこにいるのかわからないみたいな・・・」