01 迷創断裂 ミサキ
私は悩んでいる。AIにだ。
クリエイターなら頭を抱える問題と言っていい。
特に、自分の手描きにこだわる者なら、なおさらだ。
損得感情や科学的視点をふまえて、効率と生産性を重視する人間が多い。
AIを使っている人間は特にだ。
作品作りの過程や道具などどうでもいいと思ってるのが透けて見える。
自分の頭の中で考えたテーマやメッセージそのものに
こだわりを持って作る作家も3年前に比べて減った。
1足す1は2という計算を永遠と繰り返し答えを出すのに
ご執心の機械人間には反吐が出る。
すでに存在する答えを求めて何が楽しいのだろうか。
「ミサキ、顔色悪いよ」
「うん、大丈夫。平気」
友人の入江ツバキは心配そうにこちらを見ていた。
私は震える手を押さえ、机の下に引っ込ませる。
そして、片手で誤魔化すように机の上に置かれたカフェラテを口に運ぶ。
「AIと人の部門の統合かあー」
ツバキはため息をついた。
「このニュースだよね」
私はニュース記事を空間上で横にスワイプさせて表示する。
「あっ共有オンにしたんだ。ありがとさん。そうよ、コレよコレ」
けだるそうに机に突っ伏したまま、ツバキは言った。
『東京のコミックイベント、手描き部門とA I部門との統合!
人間のクリエイティブは消えるのか?!AIと人の区別がついに消滅か!』
『手描きクリエイター最後の砦、堕ちる!』
『超知能!最新AI(ASI)ついに正式導入か?ーー』
どれもAIニュースで埋め尽くされている。
先日、1年に1度、東京で開催されるイベントで手描きとAI部門の統合が発表された。大騒ぎする必要もないのだが、ネットや電脳<metaverse>ではかなり荒れていた。
記事に関連したSNSや電脳のコメントも同時に表示される。
目にしたくないのに視界に入る。
『AIは神じゃん!AIで漫画と小説が誰でも作れる時代に、人間がやる意味あるの?』
誰かの書き込みを発端にAI派と反AI派、中立側で議論が展開されてた。
『AIが作った話ってどこか薄っぺらい。人が心をこめた作品のほうが好きだな~』
『AIだと人らしさ、魂?思想?が感じられないから嫌い』
『なんだよ魂ってwスぴるなよな。ラクしてつくれて手描きおもろけりゃいいんだよw』
『しそう?宗教かよw』
『売れてるのはAI作品だぜ。現実見ろよボケ!手描き=人間は時代遅れなんだよ!』
その中に混ざる一つのコメントに目が留まる。
『人とAIの作るもの、どちらも大切。面白ければどちらでもいいと思うよ』
冷静で理知的な意見だが、その言葉の軽さが画面越しに虚しく響いた。
『AIはあくまでツールだって、人間の感性がなきゃ何も生まれない。煽りすぎ』
『でたwツール中立信者w』
『すべてわかってますよ感だすのやめろよw』
私はそこでみるのをやめた。これ以上は毒でしかない。
「目が腐りそう」
「同感」
このコメント欄にいる全員、いい悪いも含めて同類のように感じた。まともな人間は、こんな自己主張の応酬に参加しないだろう。画面をスクロールさせると、他にもAI作家の最新作の映像が公開されている。
『AI禁止の世界で成り上がる!!これはあなたの物語――』 というキャッチコピーの下に、ベストセラーランキング1位を示す数字が輝いている。上位の全ての作品がAI作家が書いた小説とそれに関係するアニメと映画が並んでランクインしてる。
才能や技術がなくても、誰でも漫画や小説、アニメ、映画をAIで作れる時代になった。今では、手描き作品を作るのは、私たちみたいな物好きか自分の筋を通したい頑固者くらいだ。
何も言わず静かに記事を閉じる。
「ツバキはどう思っている?」
「アタシ?正直、イヤ。時代遅れだって言われそうだけどね。自分の漫画や小説を作るときにAIで出力した結果を使って表現してるってことでしょ?過程なら、まだ分からなくないよ。線画や着彩、陰影、下塗り、自分のできない作業をAIに一部任せるっていうならね」
ツバキは少し間をおくと、眉間にしわを寄せて言う。
「納得できないのが、アイデアや作品を最初からAIに全て委託して作ってる連中さ。自分の手で表現しているアタシからしたら、それと同列に扱われるのが気に入らないよ。AIに全てを任せてる人間って、自分の手で特別な思い入れや表現をしたいという意志が薄いってどうしても思ってしまうんだよね。他人任せにするのは利口っていうけど、裏を返すと、自分の手で作りたいだけの強い思い入れがない。そんな連中が正しかったとしても軽蔑するよ」
「エビデンスとかデーターとか置いといて、そいつらに、これといって自分の描きたいもの、やっていることへのこだわりが微塵も感じられない。例えでいうならーー」
「ロボットみたい」
「そう、それ!」
「人間が書くストーリーが世界を壊すとかいう人もいるけど、全部が全部そうじゃない。それを表現したり、見たりすることが生き甲斐で幸せな人もいるからね。人類が1万5000年近く存在し続けている中で、形として残っているものって何かしらの理由があるものじゃん。それが偶然の産物や無意味に等しいものであったとしてもね」
「偶然や無意味っていう意味もあるとも言えるしね」
私たちは人間だ。人間であるゆえに動物でもある。自分の中にある混沌を表現する手段の一つとして、小説と漫画がある。
AIにそれを代替し、全ての作業を委託するとしたら、クリエイターにとっての意義はなんなのか?
答えはない。
彼らには、私たちのような手段と表現への強いこだわりはないように見える。ただ、面白いから。AIは便利だから。ラクだから。自分にできない表現ができるという理由もあるのだろう。だが、それだけだ。子供が核爆弾のスイッチを面白半分に押すのと理由は大差ない。私もAIを使ってみたが、何が楽しいのか分からなかった。
ボタンを押して、結果が出て、おしまい。
それだけだ。
何が面白いの?
そこに、その人の表現は存在しない。
代わりにそこにあるのは、自分が表現したと勘違いしてる道化<ピエロ>とAIが作り出したガラクタだけだ。
人が望んだものを代弁するゴーストクリエイターの表現が標準となるのだろう。といっても、AI以前にも似たものはあったし、別に珍しい話でもない。自分で考えて、手を動かし、作品を生み出すクリエイターは必要とされないのだろうか。
AIが人を助ける、便利になるとほざく人間もいる。
便利になれば誰もが幸せになると、本気で思っている。
なぜなら、富裕層、投資家、エンジニアを含めたロジカルなリアリストは便利さ、ラクさを求めてるからだ。私からしたら、迷惑な話だ。ラクさなどいらない。お前たちの世界だけで完結していろと言ってやりたい。
便利さを求める人間はいるだろうが、全員ではない。
私はボタン一つで、なんでもできる世界に何一つ魅力を感じない。
そんな世界、私には地獄そのものだ。
本当に迷惑だ。だからこそ、憎たらしいし嫌いだ。富裕層に位置する投資家やエンジニアなど理系の人間は特にだ。
数字とデータばかり見て、頭がおかしくなってるんじゃないか。
そんなつまんない世界で自分の生きがいを奪われるようなら、
老害として、動物として、生きた方がよっぽどマシだ。
「私はそんなもの望んでいない!おしつけないでよ!」とAIを使ってる連中や開発者、頭のいい人間に言いたい。データやエビデンス、数字を理由におしつけないで欲しい。
声に出すことは簡単だ。
だが、もし合理的な正しさが、世の中が、時代が、ハーモニクス<調和>のとれた世界を求めているのなら、私たちは何も言えない。
合理的に物事を考える人がこの世界にとって正義なのだ。
私は、それは、つまらないことだと思う。
ロボットのように効率化や生産性なんてものを追い求める。能力がなくても、チャンスがもらえる世界で、AIを使うことが普通であり、自由であり、幸福である。
私は、AIを使ってるのに、自分で描いたと偽るよりも、内から溢れ出る表現を自分の手で形にすることに生きがいを感じる。
私の楽しみや幸福を奪うものなどいらない。AIを作った人間には嫌悪感を抱く。
作った理由は好奇心やらとかで、それが生み出されることで犠牲になる命など考えもしない。
私は、そんな人間たちが一掃されてほしいと心の底から思っている。
心の中で思うには自由だ。唯一、自由が保証されたユートピア。
だが、それも、脳とAIを繋げる技術、ニューラリンクの実現で犯され始めている。
この世界で、たった1人でいるという自由と権利も侵食されつつあるのだ。