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カイには夢があった。この村から飛び出して、広い世界をこの身で旅してやるという夢が。
そして魔物を狩り、お金を貯め、母親に楽をさせてやろうという夢があったのだ。
「でもこの剣じゃ無理だよな……」
だけど、旅に出る為の準備すら出来ないほど彼には金が無かった。
「……やっぱ、新しいの買う金とかないんだろ」
「……っ、聞いてたのか」
「まあな……。オイラ守るせいで壊しちまったんだろ、それ」
「それは違う。この剣はもう限界だった。このまま旅をしても、俺は途中で魔物に殺されていただろうさ」
男にはかける言葉が無かった。空気が悪くなったことを察したのか、カイは話題を変えようとする。
「……ああ、そういえば何か思い出したことは無いのか?」
「うんにゃ、何にも」
男はお手上げ、と言わんばかりに両腕を上げる。
「そうか。とは言っても何か呼び名があった方が良いだろ。だいぶ不便そうだし」
「でも自分の名前すら分かんねーんだよなあ」
「仮の呼び名なんだからこの際何でもいい。好きだったものとか思い出せないのか?」
「うーん、好きだったもの……ねえ」
男は考え込む。自分がニホン出身だということは思い出せたのだ。何か他に思い出せることもある筈だろう。
「……ミルフィーユ」
「ん?」
「ミルフィーユが、好きだった……ような気がする」
その時、男の頭にぽつんと浮かんだ単語が "ミルフィーユ" だった。男はそれを口にする。
「ミルフィーユだと長いな。ミルフィーはどうだ?」
「えー!何か響きが可愛すぎねえかい!?」
「それでも呼び名が無いよりマシだろ。何か思い出すまではお前の名前はミルフィーな」
「み、ミルフィー……ならせめて、苗字ってことにするぜ」
男は不服そうに呟く。こうなったら一刻も早く自分の名前を思い出さなくてはならない、そう心に誓った。