番外 明日を紡ぐ君へ ロリ神様の祝福を
ロリ神様から幼狐先生に続く間のお話です。
えっちな要素は殆どありません、そちらは本編で補いますのでご容赦くださいませ!
私が皆と力を合わせて魔王を打倒した翌月、突然魔王達から私達神族に連絡が入った。
まさか魔王の一角を打ち崩した事で全面戦争でも始める気かと思ったら、なんと和平交渉の申し出であったのだ。
やった私が言うのもなんだけど、あの時放った終焉の明星はこの地表で使っていい魔法の域を超えていた。
恒星を作り出すという天地創造規模の大魔法は数億度という熱で空を焼き、一時はこの世界の大気成分をも変化させ修復には多大な魔力と労力を消費することになってしまった。
あんなものを自分達の暮らす魔界に撃ち込まれるくらいなら、喧嘩を止めて仲良く生きようっていうのが実に魔族らしい打算的な考え方だなと正直私は感心した。
おかげでこの世界は人類が待ち望んでいた平和を手に入れ、今では神と魔族は過去のわだかまりを捨て、のどかに暮らしているのだった。
それから約七百年――、世界はすっかり装いを変えていた。
私の暮らすシーディアス神聖国はローティスが主神の座を私に譲り、今では創星神なんて大層な名前まで付けられ崇められている。
創星なんて、あの魔法が使えたのは皆の力があってこそなんだから変な呼び方しないで欲しいんだけど、人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものだ。いつの間にやら世間にそれが広まって、今では誰でも知ってる御伽噺になってしまった。
ヴァルトとゼーリエは他国に旅立ち、それぞれ別の国で人々を導いている。
彼らのことだから上手く国を纏め、人類は益々の発展を遂げる事だろう。
だけど最近、少し気になる事があるのだ。
その様子を確かめるために、神の力を使い過ぎて老いから逃れられなくなってしまった大事な彼を置いて、私は今日も国を出る。
「なんだ、また散歩に行くのか? 相変わらず元気な奴だ」
「ローティスが老け込み過ぎなんだよ、まだ若いんだから少しは運動したらどう?」
「お前と一緒にするな、いくら竜が長寿とはいえ老いは避けられんのだ。最近では腰も痛いし、そろそろ引退かのぉ……」
「――バカ言ってないで体操ぐらいしなよ! ……今度はもう探しに行かないからね」
「……ふん、ワシのほうから願い下げだ。いい加減、お前は次の幸せを見つけろ」
『次の幸せ』か――。
この八百年、私は大勢の人達から一杯幸せをもらった。
クレアやグレン、他のみんな――。関わってきた人達から目一杯の幸福を分けてもらって、私は今こうして存在出来ているんだ。
――あの子達は既に旅立ち、最後はみんな笑顔で別れる事ができた。
今度生まれ変わったらもっと幸せになれるよう、私も精一杯頑張るからさ。
そんな気持ちに浸りながら私は聖都シードを離れ、夜の空へと駆けだした。
私が向かった先は月。空に浮かぶ星で暇を持て余し、下界を眺めてお菓子を食べている変わり者の神に少しおせっかいを焼きにきたのだ。
「――うわっ! もう……、相変わらずここは埃が多いな、少しは掃除したらどうなんだ?」
「……うるっさいわねぇ、また来たの? あんた、ほんとヒマねぇ」
床に積もった埃を舞い上がらせないよう慎重に足を這わせ、だらしない下着姿でソファーに寝転がる駄目神へ差入のクッキーを渡してやると、ようやく身を起こして寝ぐせの付いた髪をかき上げた。
「きゃ~♪ 今度の新作? あんた、料理の腕だけはいいから毎月期待してんのよね♪」
「あのねぇ、別に私はお前にクッキーを届けるためにここへ来てるわけじゃないんだからね」
「はいはい、解ってますって♪ ん……んんっ♡ なにこれ、うまぁっ♡」
「今年取れたアプリコットをジャムにして使ってみた。下界は過ごしやすい季節だよ、いい加減引き籠りやめたら?」
「うっさいわねぇ、またそれ? 下に降りると兄貴がうっさいんだもん、私を下界に連れて行きたいなら先にそっちをなんとかしてよね」
「兄弟喧嘩の仲裁なんて御免だよ、そもそもの問題はお前が下界で人間との間に子供を作ったからだろ。しかも半妖怪の獣人なんかと……、危険性を考えたらソルが怒るのは当然だろ」
不貞腐れた様子で頬を膨らます彼女は月の神ルナリア。
キラキラと月の灯りのように煌めく白金色の長い髪を揺らしながらポリポリとクッキーを食べる様子は子供のよう。
背丈も私と大差がなくぱっと見は幼女なのだが、胸にぶら下げている駄肉が私達とは別の存在だと声高々に主張してくるのが妬ましい。
実際、彼女は私なんかより遥かに年上で人間の年齢で換算すると数万歳。無限の時を生きる神の中では若いほうだが、ルナリアからしてみれば私なんて生まれたての赤ちゃんと同じだ。
「あの時は興が乗っただけよ……。たまたま相手が私を求めてきて、私もちょっと遊んでみたかっただけ。まさか子供が出来るなんて思ってなかったし、仕方ないでしょ……」
「行為に及べば確率は低くても子供が出来るなんて解るだろう普通。神族の血を引いて生まれた子達を残して、お前はこんなとこで高みの見物か? まったくいい趣味してるよ」
そう言った途端、ルナリアの眉がピクリと震えた。なんだよ、気にしてるんじゃないか……。
「私だって別に見捨てたわけじゃないわよ……。あの子達が本当に困ってたら幾らでも力を貸してあげるわ、ただそれが今じゃないってだけ」
「今じゃない……ねぇ」
最近、私がよくここを訪れるのはルナリアが言ってる彼女の子孫たちの事があるからだ。
神の血を引くその子達は原初の民の私と同じように魔力の親和性が極めて高く、神を降ろすのには理想的な器だった。
あの子達はそれを生まれもって知っているのか、他種族と関わろうはせずに大陸の外れへ隠れ里を作りひっそりと生活をしていた。交易の為に他の村へ訪れても争いを起こすようなことはせず、ただひたすらに自分達の心を押し殺し目立たぬよう必死に耐え忍ぶ姿はあまりに辛そうで見るに耐えなかった。
そんな子供達に始めて目を付けたのは近隣に潜む山賊だった。
大した実力もないならず者集団が神の血を引くあの子達に叶うわけがない。私も最初はそう思っていたのだ。
だけど、あいつらは一切の抵抗をせず彼等に捕らえられた。
眉目秀麗なあの子達には当然破格の値が付けられた。何をされても文句一つ言わないあの子達はあっと言う間に人気の奴隷となり、歪んだ形で世間に流通し始めたのである。
「自分の子等が滅んでいくのを眺めて満足か?」
「うるさいわねっ! あんたに関係ないでしょっ!」
ついに声を荒げるルナリア、その顔には悲しみと怒りの表情が浮かんでいる。
「――あの子達が望まないのよ。助けてくれって誰も言わないの……、このまま滅びる事を望んでるのよ」
「……ごめん、言い過ぎた」
知らない訳ないよな、自分が産んだ子達なんだもの。
彼女の兄は子供たちの危険性を一早く察知していた。神の器となれる存在を放置しておくことの危険性、それは嘗ての人造神の悲劇を知っている者なら誰もが理解しているはずだ。
幸い、奴隷として世界に広がった子達を神の器として使おうとする馬鹿は誰一人現れなかった。その発想に至れる者がこの世界にいないのは、平和が保たれている証拠なのかもしれない。だけど――。
「あの娘、早く止めないといつか大変な事になるかもしれないぞ」
「――解ってる。解ってるけど……」
たまたま村が襲われた時、交易に出ていた幼い少女。一族の長である母の面影を残す彼女は自分達がどれ程危険な存在なのかを熟知していた。
だからこそ彼女が取った行動は一族を救い出す事ではなく、関わった者達全てを滅ぼすと言う悍ましく呪われた道だった。
「一体……なにやってんのよ、あんたは……」
「馬鹿げた決断だが、一族に関わる愚かさを世間へ知ら締める最も効率的な方法は間違いなくあれだろうさ……。こんな世界を創る為に人を救った訳じゃないんだけどな」
顔色一つ変えず友人達を手にかけるあの子は最早人と呼べる存在ではなくなっている。血統と生まれついての才能が相まって、魂は既に精霊の領域にまで昇りつめてしまっている。このまま力を使い続ければ、彼女は程なくして神の力に目覚めるだろう。だが、そんな状態で目覚めた力が真っ当なもののはずがない。もしそんな事になるのなら、覚醒する前に絶対止めなければならない。それが今の平和を生み出してしまった私の責任だから。
「――もしもの時は、止めるなよ」
「嫌よ、そんなこと私がさせない」
お互いの意思が交わる事なんてない。
解りきってる事だけど、こんな悲しい争いしたくないよ。
天空に浮かぶ白金の月の上で私達は彼女の行く末を見守ることにした。それが悲劇に繋がろうと、私はこの世界を守る義務があるのだから。
だが、そんな諦めにも似た感情に押しつぶされそうになっていた私達を救ったのは、とある冒険者の少女だった。
真白に澄んだ美しく長い髪、大海を思わせる蒼く澄んだ大きな瞳の可憐な乙女。
「僕はさ、君のような子を無くしたいんだ。もう一度でいい、僕を……いや、人間を信じてくれないかい?」
私達が彼女に伝えたかった言葉。よかった、人間が彼女を支えてくれた。
「もう、大丈夫そうだな」
「うん……。はぁぁ、これでようやく私もゆっくり眠れるわ」
そう言って再びソファーにごろんと寝転がるルナリア。良かったな、お母さん。
「それじゃ私も国に戻るとするかな、いい加減ローティスの仕事を手伝ってやらないと過労で早死にしそうだしな」
「あんた、まだあの竜神のジジイと付き合ってんの? 初恋の相手の転生体なんだっけ、生まれ変わっても追いかけてくる女とか重すぎでしょ」
「うるさいなぁ……、見送ったら別れるよ。もう充分幸せは貰ったからな」
「どうせもう勃たないから満足できないんでしょ? あんた、ヤリマンだからねぇ。あ、でも竜族ってアレが二本生えてるんでしょ?」
「う、うるさいなぁっ! ローティスだってまだ薬飲めば勃つしっ!」
「爺さんに無茶させるんじゃないわよ。あんたもさっさと次の相手見つけて、別の恋に生きてみなさいな」
「ずっと引き籠ってるお前に言われたくないんだけどっ! 相手もいないで一人で自分を慰めてるむっつり女神のくせにっ!」
「はぁ? はぁ? してませんけどっ? 意味解んないわっ!」
「ベッドのシーツ、洗ってないから渇いた汁でパリパリじゃないかっ! 恥ずかしいから洗濯くらいしろよ!」
「ジュース溢しただけですぅ! そんなこと考えるとか、あんた頭ピンク色過ぎるんだけど!」
「ジュース……ジュースねぇ……」
「ばっ! バカッ! さっさと帰れ、淫乱娘っ!」
はいはい、帰りますよ。
あとは若い者に任せて、お年寄りは去りましょうかね。
――幸せになるんだぞ、ここから先はお前たちの物語だ。私達はいつでも見守ってるから、困った時は頼ってくれよ。
服に付いた埃を払い、私は自分の居場所に戻るため神の衣を靡かせた。まだもう少しだけ、彼と一緒にいたいから……。
次にあの子達に会うのは半世紀後? それとももっと先かな。
生きているうちにもう一度会えればいいななんて思いつつ、私は夜の空へと駆けだす。
彼女の本当の気持ちを鏡越しに聞き、少しだけ初恋の日々を思い出して今日はおねだりしてみようかななんて考えてみたり。
あの娘もこれから恋に落ちて、一杯幸せになってくれるといいな。
幸せそうに笑う二人の心の隅にそっと赤い糸を結び付けて、私は神としての仕事を終えたのだった。