映画世界へようこそ
映画館を訪れたカナは、数ある作品の中からどのストーリーを観ようかと悩んでいる。
当日公開されている映画のあらすじが綴られた何枚かあるチラシを品定めしていくと、気になるタイトルの作品が目に留まった。
『箱庭サイコロ』……そう綴られた映画のタイトルに、カナは強く惹かれるモノを感じた。
『サイコロ』というワードが気になり、その日観る映画は『箱庭サイコロ』に決まった。
発券機でチケットを購入する際、カナの頭の中でぼんやりした記憶が浮かんでいた。
もう何年にもなるだろう。
小学生だったカナはその頃
セキセイインコを家で飼っており、『テイル』と名付けた黄色いセキセイインコと、よく遊んでいた。
テイルはオモチャの中でもサイコロを追いかけるのが好きで、カナが転がすサイコロを尻尾を上下に揺らしながら追いかけていた。
姉妹のように仲が良かったテイルは、病気を患い息をひきとった。
横たわるテイルの傍らには、亡くなる寸前まで遊んでいたと思われるお気に入りだったサイコロが置かれていた。
テイルの埋葬を家族で行った後、カナはテイルのニオイガついているであろう、そのサイコロを小さな箱にしまい机の引き出しにいれてある。
上映時間まで館内にあるベンチに座り、映画のチラシに書かれてあるあらすじを黙読するカナ。
タイトルの通り、サイコロが作中には登場するらしい。
(人物よりも、サイコロがメインになってる感じ……舞台は小さな庭か)
日常にある風景が頭に浮かび、カナは空想で物語に出てくる庭をセキセイインコのテイルが遊ぶ光景を思い描いた。
テイルと再開して家の庭で仲良く遊びたい……カナの心があの日に戻りたいと願っている。
今日映画を観に訪れたのはテイルとの出来事で精神が弱り、気晴らしにと出掛けたのだった。
(余計に気持ちが沈んでいく。
テイル……)
映画鑑賞どころではない。
気持ちがあふれ、どうにも感情が揺れてしまう。
「……テイルくんと、会わせる事が出来ます」
「!」
カナの隣に、いつの間にか女性が座っているではないか。
ベンチに腰を落としている女性の方角を見ると、カナは小さく驚いた。
雑誌やテレビで目にした事がある映画監督、空野オトだ。
これから鑑賞する予定の『箱庭サイコロ』をも手掛けていて、数々のファンタジー映画作品を生み出してきた著名人!
そんな有名な映画監督が、カナに話しかけている。
「あの……映画監督の空野オトさん、ですよ、ね?」
自信はあるのに、違っていたらどうしようと思ってしまう。
「ご存じでしたか。
自己紹介が遅れました」
女性、空野オトは体をカナの方へ向け、不足している言葉を付け加える。
「大変失礼しました。
私、映画を作らせて頂いています、空野オト……と申します。
お嬢さん、カナさんが再会を望んでいる気配を悟り、映画の中でそれを実現させて頂こうとお声かけを致した所存です」
丁寧に語るオトの所作は、今時の女性のカナを驚かせる。
(確か私とそんなに年は変わらないはず。
言葉が雑な私とは偉い違い……)
「えと……それはつまり、第二弾があるっていう事ですか?
それでテイルに似てるタレントペットと共演……」
そこまで話して、カナは気付いた。
テイルの存在、一言だってカナからは云っていないのだ。
(テレパシー⁉)
非現実的なワードが浮かんだ。
「まあ、テレパシーの一種だと考えて下さいまし」
ゆとりのある話し方でオトが続ける。
「第二弾ではなく、今から公開する作品にです」
「え?
今から……でも、その映画、完結してますけど?」
「願う気持ちが強い方でしたら、どなたでもその世界にダイブ出来ます。
実は私……ファンタジーの女神です」
不可思議な答えを聞いた瞬間、カナは今いる場所が別世界のように思えた。
信じられないが、心を読まれたのだからオトがファンタジーの女神なのだと受け入れる。
「空野さんが女神様なら、本当に映画の中でテイルと会わせてくれるのですか?」
テイルと会いたい……カナの心にはテイルの存在でいっぱいになっていた。
「テイルくんもカナさんに会いたがっています。
先ほどテイルくんとも出演の交渉をしましたから」
「!」
驚くカナの視界に、サイコロを手にするオトが映る。
オトが手にしているサイコロは半透明の青をしている。
青いサイコロは淡く輝き、切なさを感じさせる。
「この青は、時間の色です」
「え……?
時間に色があるんですか?」
見えない物に色がある。
まるでおとぎ話の設定を耳にしているようだが、ファンタジーの女神が云うのだから、自然に受け入れられるから不思議だ。
「ありますとも。
過ぎた時間は取り戻せませんから、切ない存在となります。
切なさは心の涙を意味しますから、涙のイメージに近い青が時間の色となるわけです」
心の涙と云われると、青いサイコロは心を具現化したのかと感じてしまうぐらい切なく美しい。
「本当に綺麗ですね。
……ところで、そのサイコロをどうするんでしょうか?」
「カナさんがサイコロを振って、出た目の数だけの分単位、映画の中に入れると云うわけです」
サイコロの目の数……テイルと再会できる時間は、長い方がいい。
オトからサイコロを受けとると、カナは六の目が出るよう心から願った。
(六、出て!
お願い!)
強く思いを込めてサイコロを振った。
数分後、上映が開始した映画の中に、カナは入っていた。
オトから伝えられた役は、通行人Cで目立たないよう町を歩く役だった。
(役はどんなモノでも良い……テイルと会えるんなら、会えるんなら……!)
そろそろカナの出番だ。
物語の主人公が庭でサイコロ遊びをするシーン。
そのそばをカナが通るという役。
下町の通りを歩くカナの目に、見覚えのある影が映る。
(テイル……!)
テイルがいたのだ。
民家の縁側に置かれた鳥かごの中から、テイルがカナを見つめている。
走りよってかごから出したい。
そんな気持ちを押さえ、カナは役を演じる。
(出た目の数は、六……。
六分間を大事にして、テイルとの再会を噛み締めよう)
縁側に置かれた鳥かごの前を通りかかった時だった。
『カナちゃん、元気そうで良かった』
「!」
テイルが出した鳴き声に合わせて、そんな声が聞こえた。
(テイル!
会いたかった‼)
『ワタシも会いたかったよ』
(多分もう会えないと思うから、この時間を噛み締めようね)
『またいつか……会えるよ』
再会を果たしたカナとテイルは少しの間だったが、幸せな気持ちでいた。
「オトさん、ありがとうございました‼
この日の事は一生忘れません!」
「幸せを感じてくださり、こちらも幸せな気持ちになれました」
幸福に満たされたカナの表情には花が綻んでいた。
「私、オトさんのファンになりました‼
これからオトさんが作る映画、全部好きになりそうです」
喜びに満ちあふれたファンの目には、希望あふれる光が宿っていた。
オトの手の中あるサイコロには、一つ秘密がある。
そのサイコロには全部の面の目が六だという事。