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暗黒騎士に「あなたの匂いが好き」とか言う阿呆②

 なんで私がこんな思いをしなきゃいけないのよ!あなたが言ったんだから責任はあなたが取りなさいよ!


 と心の中で叫んだはいいものの、私の声は彼女には届かない。思考とか記憶とかそういう共有は全くなしに、一方的に身体を操作されるだけの関係だ。つくづく私になんの恨みがあるんだと思ってしまう。


「リリアナ?」


 ……けど、そんな事情はこの人には関係ないものね。


 確かに「いい匂い」と言ってくれた相手がいきなり人が変わったように距離を取ってきたら傷つくだろう。彼が戦場で大量の血を狩ってきた暗黒騎士であろうとも。


「レナルド、ちょっとこっちに来て」


「え、うん…」


 おずおずと近付いてきたレナルドの肩を掴んで私は背伸びをした。何を想像したのかレナルドは顔を赤くしながら目を瞑っている。そしてあろうことにか唇を突き出している。


 ……乙女か、お前は。


 キス待ちの表情を見せられて申し訳なさが消えかかっている私はそれが消滅しないうちにやるべきことをすることにした。ポケットに入れてあったハンカチを取り出し、彼の頬についた血を拭う。


「あ、リリアナ。これは返り血だから拭かなくても…」


「嘘つき。頬に傷跡がある」


「それは、すぐ治るし」


「今は治ってないってことよね」


「そ、そうだけど」


 戦場に行くとなるとこの手の小さな傷は傷として扱われない。そう過去に彼が話していたことを思い出した。彼は笑っていたが、私はどうも笑えそうにない。


「無理なのは承知だけど、あまり怪我はしないようにね。大事な身体に傷がついたらもったいないわ」


「前は『名誉の負傷』って言ってなかった?」


「……あ」


 そういえばそんなことを言った気がする。正確に言えばもう1人の私である『彼女』が。


 レナルドから打ち明けられた戦いによる傷を見て彼女は「名誉の負傷だね!」とか意味の分からないことを言っていた。私はなんだそれはと首を傾げるだけで特に深くは捉えなかったのだが、レナルドにとってはそうではなかったらしい。


 本当にあの子は余計なことばっかりしてくれる…!


「た、確かに言ったけど、勲章よりもレナルドの身体の方が大事だから…やっぱり大切にして欲しい。あの時の言葉は訂正するわ」


「僕の身体、か。たくさんの人を殺してきて罪悪感も湧かなくなってきた怪物のような僕を大切にしても、何にもならないよ」


「そう?」


 私はレナルドの元を離れ、近くにある水場へと足を進める。ハンカチを濡らし、少しでも彼の血を拭えるようにする。


「殺すってただ1面を見ればそう思ってしまうかもしれないけど、その背景を、レナルドが沢山のことを抱えて戦ってくれてることを私は知ってるからそうは思わないわ」


 暗黒騎士の凱旋で「人殺し!」「悪魔め」と叫ぶ街の人々の姿を見て、私はなんて人達だと感じていた。その人殺しはあなた方の生活を守るために血を流しているのに。相手が血を流すのと同じくらいこちらも血を流していることを彼らは知らない。だからそんなことを言えるのだ。


 綺麗事で世界は救えない。だから私はこんな汚い世界でも決死の思いで戦っている彼のことを心から尊敬していた。まあ、怪物と言われんとするのもわからなくはないけど…。


「リリアナは僕が怖くないの?」


「あなた、まさか私が怖がると思ってるの?」


 舐めてもらっちゃ困る…と言いたいところだが、レナルドが私のことを舐めているからそう言ったわけではないのはわかっていた。


 見かけによらず、彼は人から離れられるのを怖がっている嫌いがあると感じてた。私でなかったにしろ、一度自分を受け入れてくれた相手が離れるのが怖くてそう言っているのだろう。


 本当に……。


「いい、レナルド。私が一番怖がっているものを教えてあげる」


「……?」


「私が一番怖いのは『私自身』よ」


「……ん?」


「本当に怖いったらありゃしないわ。目を離した隙に何をしでかすかわからないもの」


 私は人生に怖いもの無しだと思っていた。魔術だって勉強だって。教養だって人と比べるまでもなく自分の実力に絶対の自信を持っていたし、私が令嬢の華よという自負もあった。それなのにこの子は私が積み上げてきたものをいとも簡単に打ち砕く。まるで天災だ。


 そういう意味を込めて私は自分が怖い。


「あはは!まさかそんな風に慰められるとは思ってなかったよ!」


「な、慰めたつもりは…」


「でも結果として僕の心は軽くなってるよ?」


 くすくすと笑うレナルドの顔には先程までの不安げな表情は消えてなくなっていた。結果論としてそうなったのならまあいいだろう。


「ちなみにね」


 私は濡らしたハンカチを彼の頬にあてて、固まってしまった血を拭う。冷やしたばかりなためにレナルドは冷たそうに右目を閉じた。


「私が二番目に怖いのは身近な人が傷つくこと」


 正直、他の人のことはどうでもいいの。こんなこと言ったらなんて奴だとか言われちゃうかもしれないけど、私は私が人生で少しでも関わりがあった人たちの方を大事にしたい。きっとみんなも言葉にしないだけでそうしているはず。


 世の中、綺麗事ばかりでは上手くいかない。みんなそれぞれ譲れないものを持ちながら生きているのだ。


「あなたがどれだけ敵の血で塗れても構わない。だけどあなた自身が傷つくのは許せない」


 なんかレナルドの顔が赤いんだけど…今になって血が上ってきたのかしら。ここで倒れられたりしたら困るなぁなんて思いながら私は彼の額と自身の額をくっつけた。


「熱は…ないみたいね」


「り、りりり、リリアナは、ぼっ…僕のことが好きなの!?」


「はい?」


「だってこんな…こんな…っ!」


 なんであの子と会話している時より照れているのよ。私は思っていることを言っただけに過ぎないのに。まあ、あの阿呆な子よりもいい印象を持ってくれているのなら気分は悪くないけど。


 とはいえ否定するものはしなくては。私は仮にも公爵令嬢。ならばそれらしい優雅な返事をしなければならない。


「レナルド、私は」


 ……まずい。ちょっとまって、今はだめ!流石に一言否定してからにして!でないとでないと…!


 突然黙り込んだ私を不思議に思ったのか、レナルドは小さく首を傾げた。「リリアナ?」その言葉と共に私は。否、彼女は顔を上げた。


「好きだっちゅーの!」



 きょ…

 共感性羞恥の極…!


 無理…もう消えたい。というか入れ替わり早々なんてこと言ってくれるのよ!好きですならまだしもだっちゅーのって何!?何語よそれ!!


「ふ、ははっ!リリアナって本当に面白いね」


 あなたもあなたで面白がってるんじゃないわよ!


「ねね、レナルドは私のこと好き?」


「うん、好き…いや、」


 彼は考える素振りをしながら首を傾げる。


「好きだっちゅーの?」


 いけない、イケメンのこの行動は。


「ぐはっ!!」


 彼女が暴れてしまう。



 ◇



「ぬあーっ!レナルドの『だっちゅーの』破壊力やっばい!!」


 私はゲーム機を放り出して枕をバンバンと叩く。こうでもしないと興奮が抑えられそうにない。「莉璃愛うるさい!」と下でお母さんが叫んでいるが今だけは許して欲しい。


「ほんとリリアナって最高…」


 攻略対象に推しはいるものの、私が一番推しているのはこのリリアナだったりする。俗に言う悪役令嬢のようなハッキリとした目元であったり、三つ編みをリングにした髪型であったり、容姿が魅力的であるのも間違いないが、何より彼女の中身が好き!


 さっきの会話見てた?彼女は決して見返りとか偽善とかでああいうことを言ってるんじゃないの。全部本心、全部本当。だからこそ心が動かされるの。


 もう大好き…!っと、ゲーム機ゲーム機。


 私は投げ飛ばしてしまったコントローラーを手に取る。いつの間にかオートモードのボタンを押していたらしく、私の知らない光景がテレビに広がっている。私は一度映像を止めてログを確認する。


「……は」


 待って、待って待って待って!!!!


「見てない時に限ってなんでこんな神イベが起こるの!?」


 ……落ち着け。こういう時のためにあの機能があるんじゃないか。私は間髪入れずにその動作を行った。


「巻き戻し!!」



 ◇



「それともう一つ言いたいことがあるの」


「うん、何?」


 私は鞄から携帯用のスプレーを出した。


「これは?」


「私が使っている香水よ。貴方にあげる」


「え?」


「運動の授業の後に使っていたものなの。今の匂いも素敵(?)かもしれないけど.....使ってくれると嬉しいわ」


 私が使っている香水はそこまで匂いのキツくないものだ。雰囲気を優しく彩るような、そんなものを選んでいるため、少なくとも今の彼のように刺々しい匂いを放つことはないだろう。


「リリアナは...この意味をわかってやってる?」

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