#15 タニグチと暴れ竜(後)
前回のあらすじ。
逆鱗!触れた!やばい!
20**年1月5日(日)PM0:03
セグトが逆鱗を壊してから約20分。ギリギリで自我を保ちながら魔物領の中心、最奥地の人気の無い方へ向かってる。なんとかしてやりたいけど…
「なあ、セグトからある程度の話は聞いたけど、火炎竜の逆鱗状態ってなにを起こすんだ?」
走ってるリルに聞く。
『そこら中に火を噴く。火事になろうがお構い無しじゃ。』
「その跡がまだ無い…ってことはまだ自我保ててるのかな…それなら今のうちに追いついて対処しないと。逆鱗状態を終わらせるにはどうすれば良いんだ?」
『気絶させて無理矢理止めるか、死ぬかじゃな…大抵の場合は……死ぬのを待つ感じじゃ…』
「死……って…リルママ!どうにか止めれないの!?雷落として気絶させるとか!」
〖もっと近くまで行かないと…闇雲に撃っても意味がないわ。それにドラゴンって変にタフだから普通に雷撃つだけじゃ足りないわ〗
「………リルもっと急いで!」
『これでも全速力じゃ!!』
ーーー
《(あの時なんでくしゃみなんてしたんだよ…)》
《(タニグチに悪いことしちまったな…俺居なくてもあの家使ってくれいいぞ…って今思ったって意味ないよな…)》
《(あーヤバイそろそろ持ってかれそうだ…)》
《(もっト…少し…でモ……ヒト…いナイとコ………………)》
《ギ゛ャ゛ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ウ゛ア゛オ゛ウ゛! ! ! ! !》
ーーー
「今の…」
『奴じゃな』
目指してる方向の空が明るくなったと思った次の瞬間
「『〖!?〗』」
炎が地を這った。
「危な…てか結界張っても熱いもんは熱いんだな…当たり前か。」
覚えたての結界を発動するタニグチ。間一髪のところでなんとか間に合った。
『お主いつの間にちゃんとした魔法使えるようになったんじゃ?』
「さっき。サクのお母さんに知識植え付けられて、どうやって魔法使うのかだけ教えてもらった。今出来るのは結界だけだよ。」
『植え付けられて?……ちょっとなに言ってるかわからないが助かったぞ。』
〖そしたら防御はあなたに任せていいかしらね?〗
冗談交じりにリルママが言う。
「え、戦闘経験なんて無いからそんな信頼されても困ります」
それを真に受けて答える渓口。冗談が通じない。相当緊張してる。
〖冗談よ、私は大丈夫だからリルに飛んできたのだけなんとか防いで!〗
そう言って一足先にセグトの元へ向かうリルママ。
「冗談言ってる場合じゃないですよ…わかりました。リル、極力守ろうとは思うけど、自分の魔力量どんだけあるか知らないし、攻撃防げなくても許してね(笑)」
『なんじゃ、タニグチも冗談言うくらい余裕なんじゃな。』
「そんなわけ無いだろ!冗談言っとかないとどうにかなりそうなくらい怖いんだよ!」
すごい剣幕で叫ぶ。
『…すまぬ少し茶化しすぎた。』
《グ゛ギ゛ャ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ォ゛ォ゛ア゛》
再び声にもならない叫びのような"なにか"がこだますると再び炎の海が襲いかかってくる。
「……リルこのタイミングでなんだけど"やりたい事"見つけた。セグト助ける…助けて店でこき使ってやる。」
渓口は真剣な眼差しでニヤリと笑う。
『おうおう…そりゃ良いのう!絶対やるしかないのう!』
「そのためにも頼みますよリルさん。」
『わかったのじゃ!』
1人と1匹は先行するリルママを追うように、炎の発射源へ向かう。
ーーー
セグトの姿が見えた。地面に降りてきてる…違う。飛べなくなったのだろうか。背中が割けて炎が溢れている。申し訳ないが…生きてるのかこれ…?
大きさ自体は恐らく変わってない。が、明らかに筋肉質になってる。
口は閉じてるが隙間からは炎が漏れ出てる。
チーズを焦がすのに適していた手周辺からも、炎が漏れてる…と言うより吹き出ている。
目は白目を剥いて…泣いてる。自我が残ってるのだろうか?そう言えばさっきから攻撃が止まってる?涙は瞳から出ると途端に蒸発する。
まだ10mくらい距離があるけど熱すぎて近寄れない。
「リル。助けたい。だから動かない今の内に飛び切りデカイ雷落として気絶させてくれないか?」
リルに相談する。
『そう言われてものう。ワシの雷じゃ多分気絶せんぞ。』
「大丈夫。策はある。半分博打だけど。」
そう言って目を閉じて"イメージ"する。リルに自分が持ってる魔力を全て渡すイメージ。
『むむ、なんか力溢れるぞ。タニグチなにをした?』
「おお、成功したっぽい?自分の魔力をほぼ全部?リルに渡した。」
ヘロヘロになった渓口が言う。
『お主…なにしたのかわかっとんのか!?魔力が完全に0になったら回復しない…もう魔法は使えないぞ!?』
「それで良いんだよ!!!早くしないとセグトの命が危ないだろ!」
一瞬の静寂が訪れる。焚き火のようなパチパチ音を残して。
「サクママからもらった知識にあったよ。だから知ってた。でもね、目の前の死ぬか生きるかの狭間にいる友達になにも出来ずに終わるのだけは嫌なんだよね。だからしょうがないよね。それに"ほぼ"って言ったろ。まだ使えるかもしれないだろ。」
『だとしても今攻撃とかされたら結界張ってその残りも無くなるじゃろ。』
「まあ…そうかもね。またそれも人生ってことで!それにさっきまでまともに使えなかったんだ。あぶく銭みたいにパーっと使っちゃおうと思ってね。魔法は"やりたい事"には含まれてないしね。」
『……お主の気持ち無下にはせんぞ。』
そう言いセグトに向き合う。
『母ーーー!!!!セグトの気を引いてほしいんじゃ!!!タニグチー!雷撃つタイミングカウントしてほしいのだ!!』
大声で叫ぶ。
「わかった!」
『詠唱中は動けないのじゃ。その残りカスの魔力で結界張って頑張るのじゃ。』
「あいよ。」
直後詠唱を始めるリル。
『*◎#●◇△▼□☆……』
リルが詠唱を始めるとセグトが再び活発に動き出し当たり構わず炎を吐く。
「(リル早くしてくれ…こっちだって残りカスだけなんだからそんなに持たないぞ…!)」
『準備できたぞ。』
そう言うリルの方を見ると帯電して光り輝く神々しいフェンリルがそこにいた。
「攻撃が止んだら打て。ママさん!気を剃らすなにかお願いします!」
〖狼使いが荒いわね~こんなのどうかしら〗
そう言ってセグトの周囲に上部だけを開けた結界を展開する。
セグトの気に触れたのかより一層炎を噴き暴れる。
が、結界のお陰で上に逸れる。火を噴き終わった所に瞳の前でスパークを起こす。
セグトが一瞬仰け反った。チャンス到来。
「今!」
『ワオォォォォォン!!!!!』
空から降り落ちる無数の雷がセグトに吸い寄せられるように落ちる。
次第に体から溢れてる炎が収まっていく。黒く焦げたセグトだけが結界内に残る。しかしまだ立っている。まだ足りなかったのか?と思ったが。
《…がと》
ボソッとなにかを言い残し倒れるセグト。
まだまだ周囲は熱いが、渓口はそんなのお構いなしにセグトに駆け寄る。
「セグト!生きてるか!おい!返事しrあっつ!!!」
『落ち着くのじゃ、胸を見ろ。ちゃんと動いとる。それより離れるのじゃ火傷するぞ…って聞こえてるのか?』
そう言い口で服をつまみ引き離す。
どうやら気絶させることに成功したようだ。死んでない。生きてる。
「…よ゛か゛っ゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
涙なのか汗なのかわからないけど、水滴でグシャグシャになりながら泣いてる。
〖フフ、今はこれで良いんじゃないかしら?〗
PM3:00頃、逆鱗状態終了。
ーーー
20**年1月10日(金)
正月早々の大災害から5日。家裏の魔物領、その中心に位置する最奥地は半径200mに渡り、焼け野原と化した。
幸い言葉を喋るもの…上級魔物の被害は確認されなかった。
セグトが人のいない奥地へ自我を保ち頑張って進んだからだ。偉いぞ。絶対に本竜には言わないけど。
あのあとセグトは病院に運ばれたが、3日間意識が戻らなかったらしい。昨日…9日の朝に目が覚めたらしい。
《ここから入れる保険ってありますか…》
そう言っていろんな所が包帯でグルグル巻きでうつ伏せで病院のベッドに寝てるのは背中の割けた生々しい傷が残ってる火炎竜、セグト。
「そこに無ければ無いっすね~」
雑誌を読みながら返事するのは渓口。
「お前本当に大変だったんだからな~めちゃくちゃ怖かった。」
《本当面目ねーや。》
「でもねー。あのフォルムかっこよかったな~厨二心をくすぐると言うかね~」
《お?惚れたか?男に惚れられても困るぜ》
「張っ倒すぞ」
雑誌に目を落としたままセグトに突っ込む。
《ごめんなさい》
「それはそれとして、普通に気になったんだけどさー焦土になったところって損害賠償とかあるの?」
《ドラゴン特有の保険で"逆鱗保険"てのがあってなー。それで大抵は保証してくれるぞ。》
「へ~そんな保険があるのね~知らんかった。あとも1つ、逆鱗ってまた生えてくるのか?」
雑誌に目を通しながら再び質問する。
《うんにゃ、一般的には生えてこないらしいぞ。竜生1回きりだって言うな。稀に再生することもあるらしいが》
「えーもしかしたらまたあんなことあるかもしれんの?困るな~」
ケラケラ笑いながら冗談交じりに返す。
《…話は変わるがタニグチ、すまねぇ。俺のせいで魔法使えなくなったんだろ?》
「あー。その事なら別に良いよ。気にしてない。」
結局あの日を最後に魔法は使えない。どうやら魔力を使いきった様子。
本来なら使いきる前にシャットダウン…気絶するようにこの世界の生物は作られてるらしいが…火事場の馬鹿力みたいなので枯渇するまで使える人も稀にいるらしい。
《なんでだ?なんでもっと怒らないんだ?》
「なんでって…別に気にしてないからとしか言いようがない。だって魔法がちゃんと使えるようになったの、お前が暴走してからだからな?昔からあったのが使えなくなったならまだしも、なんの思い入れもないからな…」
頬をポリポリかいて答える渓口。
《…なぁ、タニグチ。ありがとなー》
「おう、別に気にしてないしいいぞ。」
《そうじゃなくてだな。》
「?」
《いやーリルから色々お話聞きましたぞ~?》
「なにが?」
《俺のために魔力全部リルに渡したんだって?極め付きは「目の前の死ぬか生きるかの狭間にいる友達になにも出来ずに終わるのだけは嫌なんだよね~」ですって。あらやだ惚れちゃいそう~》
「お?惚れたか?男に惚れられても困るぜー」
さっきセグトに言われたことをおうむ返ししてく。
《…あぁ、これ嫌だな。なんか言葉がキザすぎてゾワッとした。》
「そうだろ?張っ倒したくなる。てことで迷惑料もらって良いですか~」
《エエ~なんじゃそりゃ(笑)出店の場所貸しじゃダメか~?と言ってもあそこにこれからもいれるかわからんけどな。》
少し悲しそうな目をして窓の外を見る。
「あーそれなら多分大丈夫だ、謝罪行脚しといた。」
《は!?》
「いやーだってさーいくら事故だからってさー寒いのわかってて"逆鱗はどこにあるんだ~"なんて聞いた俺にも非があるしさー取り敢えず謝っといたよ。退院したらお前ともう一回行くぞー」
《………》
「どうした?って泣いてる…」
顔を覗き込むと号泣するトカゲがそこにいた。
《だってさ、だってさぁ…俺お前に一生ついてくよ…》
「えー舎弟は受け付けてないんだけどー………まあなにはともあれ……生きててよかったな。」
《う゛ん゛》
男泣きセグト。ついでに渓口もらい泣き。むさ苦しい。まあ死の淵から生還した1匹と救った立役者の内の1人。それも致し方なし。
ーーー
20**年1月**日(木)
《なあ、腹減ったんだが…これ終わったらなんか作ってくれんか?》
「えーーお粥で良いなら作るよ(笑)」
《お粥は嫌だっての!病人だろ?って昨日作ってくれたが、味はしないし食感もないし食べた気がしないんだよな~》
「あ~わかる。だから俺も嫌い(笑)」
そう言って2人と2匹はゆっくりとした足取りで街中を歩く。
《それにしても病み上がりからの謝罪行脚はなかなか厳しいものがあるな。》
「俺は現在進行形で病気だけどな。」
《なんだ?ヨワヨワ非力マウントか?男なら強さでマウント取れってんだ!》
そんなことを言いながら一件一件謝罪していく。
こうして飛べなくなった火炎竜、セグトの新たな日常が始まっていく。
1年経過まで
あと311日。
2年経過まで
あと676日。
16本目!
空気になってる自警団さんは避難誘導でいっぱいいっぱい。
なにかしらやってもおかしくなさそうな賢者の皆様は逆鱗状態が止まるまで一切手をつけません。空から被害が広がらないようにサポートするだけです。大事なのは現場で動く人の命ですからね。
だから逆鱗状態の末路の大半が死亡なんですね。その分、後片付けはちゃんとやってくれます。そういう方々です。
前回(15本目)と今回。台本?が中々に臭いです。なんか背筋がゾクゾクする臭さです。
でも友達が死ぬか生きるかの狭間に居て、そこから持ち堪えたとなったら自分は泣いちゃうと思います。更に言うと、人が泣いてるの見るとよく移っちゃいます。涙腺ヨワヨワ人間です。
タニグチさんは結局前回と今回だけ魔法使えるぜ~(防御魔法?は以前から使えてたけど)ってキャラになりました。
まあ使った魔法は結界と魔力譲渡だけなので魔法使い……?て感じでしたが。