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07.美味しそうなフルーツケーキ

 翌日から、グレン様は毎日ホーエンマギーに訪れるようになった。それも、三回に一回は何か手土産を持参してくれるようになった。


「今日はローナにこれを」

「グレン様……本当に、そんなにしょっちゅういただけません」

「今日は先日行ったあのレストランのアップルパイを持ってきたんだよ」

「えっ! あのアップルパイですか……?」


 こんなに頻繁に贈り物をもらうのはおかしいと思いつつ、そのアップルパイが目の前にあると、どうしても嬉しさが抑えきれない。


 でも、グレン様はお客様なのに、申し訳ないわ……。


 そう思っていたけれど、その日彼が持ってきたのは、あの日食べ損なったアップルパイだった。


「わぁ……これは本当に美味しそう……」

「美味しいよ。やっぱりどうしても君に食べてほしくて。受け取ってくれる?」


 グレン様は少し不安そうに私を見つめた。その目に、どこか切なさを感じる。私が受け取らないと、彼の心が傷ついてしまうのではないかと思わされた。


「……では、本当にこれが最後ですよ?」


 せっかくだし、もったいない。

 これからは何も買ってこなくていいですよと伝えて、このアップルパイはしっかり受け取ろうと思ったら、グレン様は私を見て小さく笑った。


「はは、君は素直で可愛いね」

「えっ、かわ……!?」


 しかも、可愛いだなんて……。

 そんなことを言われたのは初めてで、驚きと戸惑いが入り混じる。


「グレン。ローナを口説くつもりなら店の外でしてくれ」

「すみません。では、今度の休みに俺とデートしてくれない?」

「デート!?」

「そうだな、それがいい。ローナの次の休みはグレンに合わせていいぞ」

「し、師匠まで、何を……!」


 最近、なんだかグレン様の態度が最初の頃と違う気がするのは、気のせいではなかったのかしら……?


 グレン様に腹黒悪女であることがばれてしまったのかと思い、彼の前では一層気をつけて笑顔を作っていた。

 それは、グレン様とどうこうなりたいと思っていたからではない。


 それなのに師匠ったら、私がグレン様に気があると、勘違いしてしまったのかしら?


 彼はお客様だから。

 愛想をよくするのも、親切にするのも、当然のことなのに。


 それにもう、婚約だの恋愛だのは懲り懲り。

 私はこのまま師匠に魔法を教わりながらホーエンマギーで働いて、いずれはこのお店を継ぐくらいの気持ちでいる。


「はは、そんなに困った顔をしないで? デートなんて冗談だよ。実は俺が行きたいカフェがあるんだけど、男一人では入りにくくてね。君が付き合ってくれたら助かるんだけど……どうかな?」

「カフェですか」

「ああ。そこのフルーツケーキが美味しくて、王都の女性たちに人気らしい」

「へぇ……」


 フルーツケーキ。それはぜひ、食べてみたい。


 確かに女性に人気のカフェに、グレン様のようなたくましい騎士様が一人では入りにくいだろう。わかるわ。

 それに、デートというのは冗談だったのね。私ったら、色恋沙汰には慣れていないから、真に受けて動揺してしまったわ。私もまだまだね。


 ふふふ……仕方ない。それではここはぜひ、私が付き合ってあげましょう。


「私なんかでよければ、喜んで」

「そうか、助かるよ。ありがとう」

「いいえ」


 にっこりと営業スマイルを向けて承諾すると、グレン様はほっとしたように胸を撫で下ろした。


 グレン様は男らしいその見た目に反して、甘いものが好きなのね。

 仲良くしておけば、これからもいいお店を紹介してくれるかもしれない。




     *




 それから三日後、グレン様がお休みの日に私たちは約束をしたカフェに出かけることになった。


「それでは行ってきます、師匠」

「ああ、店のことは気にしなくていいから、楽しんでおいで」

「はい」


 師匠が優しく送り出してくれるその言葉に、私の心は少しだけ軽くなった。

 その後、馬車で迎えにきてくれたグレン様と一緒にカフェへ向かう。


「今日は時間を作ってくれてありがとう」

「いいえ。フルーツケーキ、私もとても楽しみです」

「よかった」


 グレン様のやわらかい笑みが、安心感をもたらしてくれる。



 目的のカフェに到着すると、聞いていた通り既にたくさんの女性客で賑わっていた。目の前に広がる光景に、私の胸が少し高鳴る。

 空いている席に通されたけど、周りの女性たちがグレン様を見てざわついたような気がする。

 彼の存在感が際立っているからだろう。グレン様のような男性がここにいるのは珍しいのかもしれない。


『――そうよね』

『ええ、間違いないわ』

『でも、一緒にいる女性はどなたかしら』

『さぁ……』


 一瞬、〝一緒にいる女性〟というワードが聞こえて、私も視線を感じたような気がした。


「……?」

「ローナはどれにする?」

「あっ、はい。えーっと……」


 けれど、すぐにグレン様にメニューを渡されて気が逸れる。


「一番人気はスペシャルフルーツケーキだよ」

「わぁ……」


 グレン様が指さすそのケーキには、色とりどりのフルーツがたっぷりと使われていた。フルーツが宝石のように輝いていて、その美しさに思わず息を呑む。


 とっても美味しそう! ぜひ食べてみたい!


 ……でも、高い。


 こんなケーキが食べられたら、どれほど幸せだろう。せっかくならこれが食べたいけど、こんな贅沢はしたことがないから尻込みしてしまう。

 高価なものは私の手にはあまる気がして、師匠からいただいたお給料も大切に使わなければと思っていた。


「俺はこれにするけど、ローナもこれでいいかな?」

「私は……こっちのベリータルトにしようかしら、お安いし」


 うん、これならお財布にも優しい値段だし、私はこっちにしよう。


 そう思い、ちょうど目が合った店員さんを呼んでそれぞれケーキとハーブティーを注文した。


「……本当にスペシャルフルーツケーキじゃなくてよかったの?」

「はい、いちごも好きなので」

「そうか」


 本当はオレンジやぶどうも乗ったフルーツケーキが食べたかったけど、仕方ないわ。

 ベリータルトだってきっと美味しいに違いないし!



「――お待たせいたしました」


 そう思ったけど、運ばれてきたスペシャルフルーツケーキを見て、思わず「わ……っ!」と、感嘆の声が漏れてしまった私。


 ケーキの上には、ぶどう、いちご、オレンジ、それからメロンやパインまでが華やかに乗っていて、まるで宝石のような輝きだ。美味しそうで、私の心が躍りそうになる。


 なんて贅沢なケーキなの……!


 ……って、だめよ! 私のベリータルトだって、いちごとブルーベリーが乗っていて、可愛いし美味しそうじゃない!


「女性に人気なのがわかります。見た目もとっても美しいですね!」

「……あー、しまった。メロンが乗っているとは思わなかった。すまないが、君のベリータルトと交換してもらえないだろうか?」

「え?」

「ローナも苦手なフルーツがあるかい?」

「いいえ、フルーツはなんでも好きですが……」

「では、俺のフルーツケーキと交換してくれるかい?」

「構いませんが……でも、メロンといちごだけ交換しても――」

「ありがとう。では、こっちのフルーツケーキは君が食べてくれ」

「あ……」


 私の提案を最後まで聞く前に、グレン様はさっとお皿ごと交換してしまった。


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