06.大丈夫?ばれてない…?
「待ってください! お金は私が払いますので、もうやめてください!」
私は声を震わせながら叫んだ。周囲の冷たい視線が私の背中に突き刺さる中、必死に店主に向かって手を伸ばした。
店主は驚きの表情で私を見つめたけれど、私の瞳に込められた真剣さに気づいたのか、少しだけ態度を緩めた。
「あ? なんだ、あんた」
「この子はお腹を空かせていたのでしょう……それで、あなたのお店から香るいい匂いに勝てなかったのね。だってあなたのお店のパンって、とても美味しいから!」
食べたことないけど。
でも、客の顔なんていちいち覚えていないだろうし、大丈夫。
だからキラキラと精一杯の眼差しを店主に向けて、子供を庇う。
「……そ、そうかな? まぁ、俺は金さえ払ってくれればいいんだよ」
「まぁ、なんて優しい方。ありがとうございます!」
ふっふっふっ、私には先日出たばかりのお給料がある。
師匠のお店には住み込みで働いているし、もともと浪費癖はないのでお金の使い道には困っていたくらい。
「おつりはいりませんよ」
「ああ、そう? ……ちょうどだけど、毎度あり」
だから強い気持ちでお財布からパンの代金を支払うと、店主は納得した様子で帰っていった。
「大丈夫? 怪我をしているわね」
「……」
パンを盗んだのは、十歳くらいの男の子だった。
優しく声をかけたけど、膝や腕に擦り傷を作っているのが見えて、心が痛んだ。蹴られたところも痛むはずだわ。
「今、治してあげるからね」
「……?」
男の子は私に警戒するような視線を向けたけど、私は先ほど師匠にもらった〝願いが叶う魔法の石〟をポケットから取り出した。
小さな石がやわらかな光を放ち、私の手の中でほんのりとあたたかくなるのが感じられる。
私は心の中で「この子の傷が治りますように」と節に願いを込め、魔石に託した。
直後、魔石から強い光が放たれると、男の子は驚いたように目を見開いた。
「……すごい、痛くない」
「よかった、治ったみたいね」
私は安堵しながら微笑んだ。半信半疑だったけど、本当に願いが叶うなんて。
やっぱり師匠はすごいわ。
「お姉ちゃん、魔法が使えるの?」
「そうよ。いい子にだけ使える魔法なの。だから、もうパンを盗んだりしてはだめよ? お腹が空いたら、西の外れにある教会に行ってみて? きっと助けになってくれるわ」
「……わかった。ごめんなさい、今日は妹の誕生日だったんだ。それで、焼きたてのやわらかいパンを食べさせてやりたくて」
「そうだったの……それじゃあ、これをあげる。とっても美味しいアップルパイよ。よかったら妹と一緒に食べて」
「いいの?」
「ええ」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
本当は私も楽しみにしていたけど、つい癖でいい人ぶって渡してしまった。
でも、ぱぁっと嬉しそうに笑う男の子の笑顔を見たら、私の心もあたたかくなった。これでよかったのよ。
それに、きっと神様が見ていて、私にもまたいいことがあるに違いないわ!
「ふふふ」
「ローナ……君は――」
「あ……っ、すみません! 勝手に離れてしまって」
「いや、それはいいんだが……」
今はグレン様と師匠と一緒なのを忘れていた。つい身体が動いてしまったわ!
師匠は相変わらず眠っているけれど、グレン様一人に師匠を任せてしまった。
……でも悪いことをしたわけではないし、元々一人でも支えられていたから、大丈夫よね?
そんなことを考えながら、グレン様からの視線を愛想笑いで誤魔化す。
「あの子の擦り傷を治すのに、願い事を使ったのか?」
「え? あ、はい。本当に傷が治ってよかったです。師匠はすごいですね」
「願いは一度しか叶えられないのに、本当によかったのか?」
「いいんです。元々私ももらったものですし」
「……そうか。君は本当に優しい人なんだな」
「ふふふ、そんなことないですよ。それより帰りましょうか」
「……ああ」
思いがけず、グレン様にもいい人だと思われてしまった。
でもグレン様は常連様だから、もしかしたらこれからもっとたくさんうちのお店で買い物をしてくれるようになるかもしれないし、評判を広めてくれるかも。
ぜひホーエンマギーを宣伝してくださいね?
とにかく、悪いようにはならないわよね!
そう思いながらもう一度師匠の身体を支えてホーエンマギーに向かった私たちだけど、グレン様から感じるなんとも言えない視線が、とても気になった。
……もしかして、師匠の身体を支えているのはふりだけだということが、ばれてしまったのかも。
私がいなくなったのに、師匠の重みが変わらなかったからだわ……!
それにグレン様は王宮騎士だものね、悪人を見抜く目を持っていてもおかしくない。
私が腹黒悪女だと、師匠にばらされでもしたら大変――!
「グレン様、ここまでで大丈夫ですよ。今日は本当にありがとうございました」
「いや、最後まで送っていくよ」
「でも、もう遅いですし……」
「俺は平気だ。それに、遅いからこそちゃんと店まで送っていく」
「…………」
にこりと、得意の営業スマイルを作って言ったけど、グレン様は一切引かない。
「それとも、俺に店まで来られるのは迷惑だろうか?」
「いいえ、そういうわけではなく――!」
突然、じっと鋭い視線を向けてきたグレン様に、ひやりとしたものが身体を伝う。
いつも爽やかで優しい雰囲気の方だけど、こういう目をするのね……さすが、王宮騎士様。
「グレン様は明日もお仕事でしょうし、お店まで送っていただいていたら遅くなってしまうと思って……」
「ありがとう。だが本当に気にしないでくれ。ここで帰るほうが君たちのことが気になって、明日の仕事に支障をきたす」
「……わかりました。では、お願いします」
「ああ」
なんとなく、グレン様には見透かされている気がしてしまう……。
だから今度は本当に一生懸命師匠の身体を支えて、ホーエンマギーまでの道のりを歩いた。
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