05.助けに行かなきゃ!
「――本当に美味しそうなアップルパイで、食べるのが楽しみです!」
「ああ、この店のアップルパイはとても美味しいと評判だから、期待して」
「はい!」
優しく微笑むグレン様に、私は目を輝かせて力一杯頷いた。
最後にデザートで、黄金色に焼き上げられたアップルパイが出された。
外側の生地がパリッとしていて、ほんのりと甘く香ばしい香りが広がる。その上に美しいキャラメル色のシナモンが見えて、美味しさが目に浮かぶようだった。
けれど、お腹いっぱいになってしまったため、店員さんにお願いして包んでもらうことにした。少し寂しい気持ちが残ったけれど、持ち帰れることでほっとした。
甘いもの……特に果物に目がない私は、アップルパイを残して帰ることなんてできなかったから、本当に嬉しい。
心の中で幸せな気持ちを噛みしめた。
ふふふ、明日の朝食にしようかしら。
そうだわ、この間お客様からいただいた、とっておきの紅茶を淹れましょう!
想像するだけで、明日の朝が待ち遠しくなる。
「……それより師匠、起きてください。帰りますよ?」
「ううん……まだまだ……」
「だめだな。俺が送っていこう」
「本当にすみません」
「いや、よくあることだから」
「……よくあるんですね」
結局酔いつぶれて起きようとしない師匠を、グレン様がなんとか立ち上がらせて『ホーエンマギー』まで送り届けてくれることになった。
グレン様はさすが、王宮騎士様。力強くて頼りになるわ。
師匠とグレン様は何度か一緒にお酒を飲んだことがあるらしく、師匠がこうして酔いつぶれてしまうことはしょっちゅうなのだとか。
もう、お酒が強くないのにたくさん飲むからですよ?
師匠はとても優秀な魔法使いだけど、こうした隙がある。
まぁ、こういうところが親しみやすくて師匠のいいところでもあるんだけど。
とにかく、グレン様がいて助かったわ。
私一人では師匠の身体を支えることはできなかったもの。
グレン様は、三十代後半の師匠を難なく支え、全然平気そうだった。その姿を見て、私は感心しながらも安心した。
私も反対側から師匠を支えたけど、グレン様一人で大丈夫そうね。
……でも一応、このまま支えているふりはしておきましょう。
「ああ、大変! もう、師匠ったら重いんだから! ふふふふ」
「……ところでローナは、ジョセフ殿の店で寝泊まりしているんだろう?」
「はい、そうですよ。二階の空き部屋を借りています」
グレン様がふと何か言いたげな視線を私に向けたから、慌てて大変なふりをしたけれど、彼はそんなことを尋ねてきた。
師匠を支えて歩くことに、私が手を抜いているのがばれたのかと思ったけど、そうじゃないみたいね。よかった。
「何か困ったことはないか?」
「いいえ……今のところありません。師匠がとてもよくしてくれていますので」
「そうか」
師匠は『ホーエンマギー』の他に、邸宅を別で構えている。
ホーエンマギーは完全に師匠の趣味で営んでいるお店で、基本的には使用人は常駐していない。
お客様から預かっている大切なものや高級な魔導具など、貴重な品も置いているので、不特定多数の者の出入りはしないようにしているようだ。
時々掃除のために、信頼している数人の使用人を呼ぶことはあるようだけど。
それなのに私を置いてくれているということは、私のことはとっても信頼してくれているということよね!
ふふふ、せっかく師匠の信頼をしっかり勝ち取ったんだから、このままいい子でいなければ。
「ジョゼフ殿も、店で寝泊まりしているのかい?」
「今はそういう日も多いですね」
「……ふーん、そうなんだ」
「?」
意味深に頷くグレン様だけど、私が首を傾げると「なんでもないよ」と言って笑みを浮かべた。
なんだか誤魔化されたような気もするけれど……まぁ、気のせいね!
師匠は、以前は営業が終わればちゃんと邸宅に帰って食事をとっていたようだけど、私が来てからは一緒に食事をして、そのままお店に泊まっていくことが多い。
二階には空き部屋がいくつかあるから、なんの問題もない。
師匠はきっと、私が一人で寂しくないように泊まっていくのだと思う。
お店には師匠の結界が張られているので、強盗に入られることはまずないのだけど。
……いいえ、もしかしたら師匠が私と離れるのが寂しいのかしら?
師匠は昔結婚しているけれど、奥様は数年前に他界し、子供もいない。
だからもしかしたら、私を娘のように思っているのかもしれないわね。
ふふふ、私も師匠は優しくて頼りになる父……いえ、兄のように思っていますよ。
「ジョセフ殿と本当に仲がいいんだね」
「ふふ、とても可愛がってもらっています」
「……そうなのか」
「?」
グレン様は何か言いたげな顔をして、私から目を逸らした。
どうしたのかしら?
そんなことを思いながら、ホーエンマギーに向かって歩いていたとき。
「このガキ――! パンを盗みやがって!!」
裏通りのほうからそんな怒鳴り声が聞こえて、私たちは思わず足を止めた。
見ると、子供がパン屋の店主に蹴られていた。店主の怒鳴り声と、子供の涙ぐんだ顔に胸が締めつけられる。
「なんてことを……!」
「孤児だね。この辺りにもああいう子供がいるなんて……」
「……」
そうか……。お金がなくてパンが買えず、盗ってしまったのね。
「かわいそうだが、この国にもまだまだああいう子がたくさんい――」
「……助けに行かなくちゃ!!」
「え?」
あの子も困っているのだろうけど、パン屋の店主も困っている!
そう思った私の身体は条件反射で動いていた。