34.あなたのいいところ
「ローナ、大丈夫だったか?」
「は、はい! 私は全然平気です」
「すまない。彼女たちを放っておいた俺が悪い」
「いいえ、そんな! 私が身の程をわきまえずにグレン様と親しくしてしまったのは事実ですし」
「俺がそうしたくてしているんだ! 君は何も悪くない!」
「……グレン様はお優しいのですね」
複雑な心境のまま、にっこりと微笑んでおく。
きっと、彼女たちは本当にグレン様のことが好きだったのでしょうね。
突然現れた私が気に食わないのも無理はないわ。
……グレン様の前であそこまで言ったのは、やっぱりちょっとかわいそうだったかしら?
まぁ、彼女たちと違って、私は事実しか言っていないのだけど。
「……ところでグレン様は、本当に甘いものが嫌いではないのですか?」
「ああ、本当に好きだよ」
「そうなのですね」
よかった。無理に付き合わせていたわけじゃないのね。
「……俺は酷い男だと思ったか?」
「酷い男?」
「嘘をつかずに、最初からはっきり言えばよかったな」
「そんな……」
ぎゅっと拳を握って凜々しい眉を寄せているグレン様は、とても悔やんでいるように見える。
そんな彼に、「本当に甘いものが好きでほっとしましたよ」なんて呑気なこと、言えないわよね……?
「グレン様はあの方たちが傷つかないようにそう言ったのですよね? はっきり『迷惑だ』と言うことが本当に正しいのかは、わかりませんよね」
「……ローナ」
わかるわ。私でも、たぶんそうするもの。
まぁ、私は腹黒悪女だから、優しいグレン様と一緒にされたら困るでしょうけど。
「それに、私も嘘を言いました」
「え?」
「彼女たちのことを『優しい』だなんて、本当はまったく思っていません。でも、彼女たちもグレン様に嘘を言ったので、仕返しです!」
腹黒なことをしたと白状した私に、グレン様は笑ってくれた。
「ローナ……君の嘘は、優しいな」
「グレン様の嘘も優しいです」
ふふっと小さく笑い合うと、穏やかな空気が流れた。
「それでも君にこんな思いをさせるくらいなら、最初からはっきり言っておくべきだったと思うよ。今後はそうする」
「私は平気ですよ。それよりグレン様は、本当に人気があるんですね」
いつまでも気にしているグレン様に、話題を変えようとそう言って、はっとする。
「あ……失礼しました。グレン様はハッセル侯爵家のご嫡男で、王女様の護衛騎士を務める優秀な方なのだから、当然ですよね! もちろん、グレン様のいいところはそれだけではありませんけど」
「……どこかな?」
「え?」
慌てて付け加えた私に、グレン様はにっこりと微笑んで問いかけてくる。
「俺のいいところって、他にどんなところがあるだろうか?」
「…………」
そこ、拾います?
爽やかな笑顔ではっきりとその質問を口にするグレン様に、私のほうがたじろいでしまう。
「えーっと、そうですね……いつも気遣ってくださるところとか」
「他には?」
「……話し方が優しいところとか!」
「あとは?」
「……部下や同僚にも慕われる、お人柄でしょうか」
「それから?」
「……酔った師匠を送ってくださる、面倒見のいいところ……」
「まだあるかな?」
「…………」
えええ……? 随分しつこいわね……。どうしたのかしら、グレン様。
自分にはいいところがないと落ち込んでいるようには見えない。
とても爽やかに、なんなら嬉しそうに笑顔を浮かべて追求してくるグレン様に、私は困惑してしまう。
でも、グレン様はホーエンマギーの大切な常連様。気を悪くさせてはだめよ!
そう思い、彼のことを改めてよく考えてみる。
グレン様のいいところは、たくさん知っているわ。
「グレン様は、強くて、たくましくて、優しくて、とても頼りになる、素敵な方です。それにすごく偉い方なのに全然偉そうじゃないし、とても義理堅くて、思いやりのある、あたたかい方です!」
もちろん、お顔もすごくハンサムだし、背も高くて、雰囲気も格好いいです。個人的には濃紺の髪と紫色の瞳もとても素敵だと思います――!
そこまでは口にしなかったけど、グレン様のいいところは、まだまだ出てくる。
「…………」
「あっ、私、変なことを言いました?」
「いや……まさかそんなに出てくるなんて驚いて……でも、とても嬉しいよ」
「ふふふふっ」
大きく目を見開いて固まってしまったグレン様に、はっとする。
私ったら、何を馬鹿正直に答えているのかしら……!
今のは、「もう、しつこいですよ!」とか言って、流していいところだったのね!? 恥ずかしい!!
「とにかく、グレン様はこんなに素敵な方なのですから、女性に人気があって当然ですね!」
恥ずかしさを誤魔化すように、努めて明るく笑った私の手に、グレン様が触れる。
「でも、俺が想っている女性はただ一人だよ」
「え……?」
優しい視線で、じっと私を見つめるグレン様。
ドキドキと鼓動が高鳴る。
グレン様には、想っている方がいるの?
……どなたかしら。
私……じゃないわよね? それこそ調子に乗りすぎ、自意識過剰よ、ローナ! 身の程をわきまえなさい!!
私はホーエンマギーの店員だから、グレン様にとってはある意味特別な女性なのかもしれない。
でも、グレン様が他の女性を想っているのだとしたら……。
なんだか胸の辺りがもやもやする。
私、それは嫌だと思っている……?
「でもその人は俺の気持ちにはまったく気づいてくれないんだ」
「そうなのですね……」
「どうしたら俺の気持ちに気づいてくれるのかな」
「……さ、さぁ?」
はぁ、と息と吐いて、私から手を離すグレン様。
私に聞かれましても……。
グレン様ほどの方なら、普通に想いを伝えればいいんじゃないですか?
と思うけど、簡単なことではないから悩んでいるのよね、きっと。
「グレン様ほどの方に想われているのに、もったいない人ですね!」
「……ははっ」
「なぜ笑うのですか?」
「いや……すまない。まったくだよ。でも、俺の気持ちを伝えられる日は、遠くないかもしれない」
「……そうですか」
悩んでいるようだったのに、なぜだか楽しそうに笑っているグレン様に私の頭は混乱するばかり。
グレン様に想われている方が羨ましい……。
……って、どうしてこんなにもやもやしているの!?
彼はホーエンマギーの大切な常連様。お客様に手を出してはだめよ、ローナ……!!
でも、グレン様に想いを告げられてお断りする女性なんていないと思う。
近々、本当にその日が来たら、グレン様はその方と――。
「ローナ? どうかした? 悲しそうな顔をしているね」
「……いいえ! なんでもありません!!」
いけないわ、グレン様の前で、私ったらなんて顔をしてしまったのかしら。
「うまくいくといいですね、その方と……」
「うん、ありがとう」
「ふふふふふ……」
なんとか作った営業スマイルは、いつもよりぎこちないものだったかもしれない。