31.これからも末永くお願いしたい
次の定休日に、私とグレン様はカフェに行くことになった。
今日はたまたまグレン様もお休みだったらしい。
「本日も迎えにきてくださりありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
馬車で迎えにきてくれたグレン様は、紳士的な動作でエスコートしてくれる。
大きくて男らしいその手に触れるだけで、ドキドキする。
「……」
「どうかした?」
「いいえ、なんでもありません……!」
そんなグレン様をじっと見つめてしまった。
だって、なんだか今日のグレン様はいつもと雰囲気が違うから。
ホーエンマギーに来るときはいつも爽やかな好青年の印象で、仕事中のグレン様は騎士服をピシッと着こなした頼もしい雰囲気。
そして今日は、そのどちらとも違う、エレガントでスマートな大人の男性……。
グレン様は私より五つ年上だから、大人の男性であることは間違いないのだけど。
高位貴族として相応しい、その服装のせい?
それとも髪型がいつもと違う……?
いえ、表情かしら? 今日はいつもより引きしまったお顔をされているような――。
「そのネックレス、つけてきてくれたんだね」
「あっ、はい」
「嬉しいな。とても似合っているよ」
「ふふふ、ありがとうございます」
今日は私も、少し張り切って出かける支度をしてきた。
グレン様とカフェに行くのは二度目だけど、気持ち的に以前とは違う。
あのときよりグレン様のことがわかってきたし、こんなに素敵な贈り物までいただいたし。
そういうわけで、私が持っている中で一番新しいワンピースを着て、念入りに梳かして艶々させた髪を軽く結って、グレン様にいただいたこのストロベリーピンクの魔石のネックレスをつけてきた。
グレン様と並んでも恥をかかせることのないよう、少しでもおしゃれをしようと、私なりに頑張ってきた。
「……」
「……? グレン様?」
そんな私を、今度は向かいに座っているグレン様がじっと見つめている。
「ああ、すまない。ローナがあまりにも可愛いから、見とれてしまった」
「……っ! もう、グレン様ったら、お上手なんですから……ふふふふふ」
「お世辞ではないんだけどなぁ」
「?」
一瞬にして鼓動がバクバクと激しく脈打つのを悟られないように、なんとかいつも通りの笑顔を作った(つもりの)私に、グレン様は小さく息を吐いた。
お世辞ではない?
……でも、それなら一体どういう意味で言ったの??
「まぁいいや。今日は楽しもうね」
「は、はい……!」
それでもすぐににこりと微笑んでくれるグレン様に頷いて、今日はどんなフルーツタルトがいただけるのかしらと、期待を膨らませることにした。
「――わぁ! 美味しそう……!」
そのカフェの看板メニューは、高級いちご〝スイートキングベリー〟をふんだんに使ったタルトだった。
以前一緒に行ったカフェで食べた色々なフルーツが乗ったケーキも美味しかったけど、この店で使われているフルーツはどれも高級品らしい。
特にスイートキングベリーは王都でもなかなか食べることができない、稀少な品種のいちご。
死ぬ前に一度は食べてみたいと思っていただけに、見るだけでよだれが出そうになる。
でも、さすがに高い……!
「遠慮なく食べて。今日は俺がごちそうするから」
「え……、ですが!」
「騎士たちに治癒ガーゼを使わせてくれた礼だ」
「あれは、私も貴重なデータが取れて助かりました」
「それでも、君の力のおかげで彼らの傷はあっという間に完治したんだ。傷跡も残らずにね。皆とても感謝している。これでは足りないくらいだ」
「……そうですか?」
「そうだよ。それなのにタルト一つで手を打とうなんて、足りないよな? ……やはりもっと高級なものを贈ろうか。いや、あの価値に合った金銭を払わなければ――」
「ふふふ、そんなものいらないですよ! それでは、ありがたくいただきますね!」
「ああ、ぜひ」
わざと怪我をして試してみるという、痛い思いをせずに済んだのよ。
私は騎士団の皆さんに協力してもらえて本当に助かった。
そのおかげでこんなに早く製品化できるわけだし。
それなのに、こんなに感謝してもらえるなんて。
グレン様がいい人すぎて申し訳ないくらいだけど、試作品にお金を支払われても困るので、ありがたくタルトをごちそうになることにした。
もちろん師匠の力が大きいので、何かお土産を買っていこうと思う。
そういうわけで、私は遠慮なくスイートキングベリーのタルトを注文させてもらった。
「……っとっても美味しいです!!」
「それはよかった」
噂通り甘くて、瑞々しくて、いちごそのものが新種のスイーツみたい!
本当にすっごく美味しい。こんないちごは食べたことがない。
「ああ……こんなに美味しいいちごを食べられる日がくるなんて……生きててよかった」
「そんなに喜んでもらえるなら、毎日でもごちそうしたいよ」
「ふふふ……たまに食べるからいいのです。これまで頑張ってきたご褒美に」
「そうだね。しかし君は本当に謙虚で可愛らしい」
「……!? もう、グレン様ったら」
グレン様がまたお世辞を言ったけど、タルトが美味しすぎて私の頰は緩みっぱなし。
「……あ、ローナ。少しじっとしてて」
「?」
そんな私に手を伸ばしてくるグレン様。
どうしたのかと思っている間に、グレン様の長くてしなやかな指が私の唇のすぐ横に触れた。
「クリームがついているよ」
「…………!」
「甘いな」
「な、な……っ!?」
ドキリとしたのも束の間、グレン様はなんでもないことのように私の口元についていたクリームを指で拭うと、その指をペロリと舐めてしまった。
「ふ、拭いてください……! すぐに!!」
「はは、大丈夫だよ。そんなに擦らなくても」
「あ……っ、失礼しました……!」
慌ててグレン様の指をナプキンで拭き取る私に、グレン様は爽やかに笑う。
いやいやいや……! 今私の口元についていたクリームを舐めたんですよね!??
「……そんなに赤くならないで? 直接舐めたわけでもあるまいし」
「直接……?」
くすっと笑うグレン様がそんなことを言うものだから、ついそれを想像してしまった。
だ、だめです、そんなこと……!! 甘すぎます!!!
「あ、えーっと……こっちの紅茶もいい香りですね!」
「紅茶にもいちごが使われているんだよ」
「え! なんて贅沢な……!」
顔が熱い。きっと真っ赤になっているに違いないわ。
それを誤魔化すように紅茶を一口飲んで、気持ちを落ち着けようと深く息を吐く。
……この紅茶、確かにいちごの香りがする。
紅茶のほうには、ほどよい酸味のあるいちごが使われているんだわ。
「甘すぎない爽やかな風味がタルトによく合いますね!!」
「そうだね。気に入ってくれたようでよかったよ。また〝ご褒美に〟来ようね」
「はい、ぜひ……!」
大丈夫よ。私は腹黒悪女なんだもの……!
いつも通り、接客だと思って、笑顔、笑顔……!
それにしても、こんなに素敵なお店を知っているグレン様がホーエンマギーの常連様で、本当によかったわ。
どうかこれからも、末永くよろしくお願いします……。