30.俺も本気で動かなければ ※グレン視点
「はっはっはっ、そうか、ローナはおまえの気持ちにまったく気づいていないか」
「笑い事じゃないですよ……」
その日、俺はジョセフ殿と二人で酒場に繰り出ていた。
ホーエンマギーの営業後にそのままこうしてジョセフ殿と酒を飲みに行くことは、以前から時々あった。
俺にとってジョセフ殿は、魔法の腕も人柄も、とても尊敬できる存在。
「俺は結構アピールしているつもりなんですけど……彼女はまだ恋愛には踏み込めないようです」
「おまえほどの権力があれば、強引に自分のものにすることも可能だろう?」
「そんなことをする気はありませんよ。……というか、もし俺がそんなことをしたら、一番怒るのはあなたでしょう?」
「まぁな」
軽く肯定して蒸留酒を舐めるように口にするジョセフ殿に、内心で溜め息を一つ。
本当にこの人は……。
俺がそんなことをする気はないと知っていて言ったのだと思うが。
というか、ジョセフ殿には俺が以前から彼女を捜していることを、話していた。
名前はわからなかったが、特徴は話していたというのに……。
自分の教え子が、俺がいつも話していたその少女だと、本当に気づいていなかったのだろうか……?
「……」
「なんだ? 何か言いたげだな」
「正直なところ、俺とローナのことを、あなたはどう思っているんですか」
「ん? 応援しているよ、グレンの気持ちがローナに伝わり、想い合える日がくることを」
「本当ですか? もし俺とローナが結婚したら、ローナはホーエンマギーを辞めるかもしれないのに?」
「そんなことはないさ! ローナは結婚後もうちで働くことを望むよ」
「すごい自信ですね」
「私はあの子のことをおまえよりよく知っているからな」
「……」
ジョセフ殿は、本当にローナに対して恋愛感情はないのだろう。
それはわかるが、娘のように大切に想っているのは本当だろうな。
時々俺に対して、ジョセフ殿から父親のような独占欲を感じる。
「俺からすると、あなたが羨ましいですよ。ローナにとって、今一番特別な存在はあなたでしょうからね」
「はっはっはっ! そうだろう、私とローナには本当の家族よりも強い絆がある!」
「…………」
否定しないんだな。
とても嬉しそうに笑って肯定するジョセフ殿に、俺の頰もつい緩む。
俺も早くローナと特別な絆で結ばれたい。
しかし、焦って想いを伝えても、きっと振られる。
ローナはまだ恋愛をする気がない。
俺への恋心を芽生えさせ、それを自覚させてから想いを伝えなければ、振られてしまうのは目に見えている。
「おまえほどの男が振り回されるとは、ローナはさすがだな」
「そこが可愛いんですけどね」
「普通に惚気るな」
「いいじゃないですか、それくらい」
俺はこんなに恋い焦がれているというのに……。ローナは少しでも、俺のことを考えてくれたりするのだろうか。
魔法やホーエンマギーのことでいっぱいか?
少しでも、俺のことが彼女の頭の中にあればいい。
「他の男にやるくらいなら、おまえがいいとは本気で思っている」
突然真剣味を帯びた声でそう呟いたジョセフ殿に、この人は本当に父親のつもりでいるのだなと思いながら口を開く。
「……では、もしものときは惚れ薬を作ってください」
「何を言ってる。そんなもの、私に作れるはずがないだろう?」
「いいや、あなたほど優秀な魔法使いになら作れますよね?」
「無理だ、無理。馬鹿なことを考えず、地道に頑張るんだな」
「…………」
もちろん俺も薬に頼る気はないから、(ほぼ)冗談だが。今の反応……。
やはりこの人ほどの魔力があれば、その気になればそのような薬も作れるのだろう。
ジョセフ殿は妻を亡くし宮廷魔導師を辞めてしまったが、王宮に仕える身の俺としては本当にもったいないと思う。
「ローナに治癒魔法の素質があることは、いつから見抜いていたのですか?」
「なんのことだ」
「あなたほどの方が、あんな貴重な力を放っておくとは思えない。まさかそれで学生の頃からローナを?」
「いやいや、あの子が本当にいい子で努力家だったから、目をかけていただけだ」
本当だろうか。
この人は、何を考えているのか時々わからない。
やはり本当の腹黒は、ローナではなく彼ではないだろうか……。
「――ローナ~! 帰ったぞ~!」
「ジョセフ殿、声が大きいですよ」
結局酔いつぶれてしまったジョセフ殿を、俺はホーエンマギーまで送り届けてきた。
「まぁ、師匠ったら、また飲み過ぎたのね?」
「そうみたいだ。ベッドに寝かせてやろう」
「はい、いつもすみません、グレン様」
「構わないよ」
ジョセフ殿を部屋に運んでベッドに寝かせたら、俺はすぐに帰ろうと思った。
しかし、
「グレン様、よかったらお茶をどうぞ」
「……ありがとう」
ローナがお茶を淹れてくれた。
せっかくだから一杯ごちそうになることにして、ローナと向き合って席に着く。
「本当にいつもありがとうございます。師匠ももう少し加減して飲めばいいのに……」
「いいんだ、楽しい時間だったから」
「グレン様はお優しいですね」
「そんなこと……それに、こうしてローナと二人きりでお茶もできたし」
「え?」
「ジョセフ殿に感謝したいくらいだよ」
「もう……グレン様ったら」
俺は本気で言っているのに、ローナは貴族の嗜みとして受け取り、流してしまう。
だが、そのなめらかで白い頰がほんのり赤く染まったことは、見逃さない。
「ローナは最近、調子はどうだい?」
「はい、グレン様や騎士団の皆様のおかげで、治癒ガーゼの効果もわかってきましたし、もう少しで正式に商品として販売できそうです」
「そうか、それはよかった」
「本当にグレン様のおかげです。ありがとうございます」
「俺は何もしていないよ。むしろ騎士団のみんなも本当に喜んでいた。販売されたら、必ず買いに来る」
「はい、ぜひ!」
にこにこと、本当に嬉しそうに笑っているこの笑顔が本物なのか、はたまた営業スマイルなのか。
俺にはわからないが、どちらでも構わない。
ローナがホーエンマギーのため、そして人のために治癒ガーゼを作ったことはわかっている。
彼女が純粋すぎて、俺たち騎士を利用したと思っているのだろうが、俺たちにとっては本当にありがたいことだったのだから。
むしろそんな純粋な彼女が今後誰かに騙されないか、心配になるくらいだ。
まぁ、俺がローナから目を離す気はないけどな。
「……プライベートでは、最近どう?」
「プライベートですか?」
「ああ、気になる相手とかは、できた?」
「……え」
核心に迫る問いに、ローナはわかりやすく視線を彷徨わせ、動揺を見せた。
「えっと……どうでしょう? ふふふ、特にはいないです……」
「……そうか」
もじもじとしているローナは、本当に可愛い。
少しは俺のことを意識してくれているような気もするが……もう一押し必要だな。
「今度、またカフェに付き合ってくれないかな」
「以前行ったお店ですか?」
「いや、今度は違う店だ。とても美味いフルーツタルトがあると評判なんだが、俺一人では入りづらくて」
「……わかりました! ご一緒します。あ、でも今度は私が自分で払いますからね!」
「ははっ、わかったよ」
ローナが果物好きだということは調査済みだ。
〝美味いフルーツタルト〟と聞いて目の色を変えるのが、可愛くてたまらない。
ローナには好きなものを好きなだけ食べさせてやりたい。
彼女の笑っている顔をずっと見ていたい。
――そのためにも、そろそろ俺も本気で動こうと思う。
お読みくださりありがとうございます!
面白いと思っていただけましたら、どうかブックマークや評価☆☆☆☆☆を押していただけますと励みになります〜!




