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03.恩を売っておけば

「おはよう」

「グレン様、おはようございます」


 その日の朝、開店前に店先を箒で掃いてお掃除していたら、グレン様がやってきた。

 隣にはグレン様と同い年くらいの、金髪碧眼の男性。


「君が新しく入ったローナちゃんかぁ」

「はい。……?」

「あ、俺はエディ。こいつの同僚で、俺も時々この店に世話になってるんだ」

「そうなのですね。初めまして、ローナです」

「よろしくね」


 愛想のいい笑顔でにっかり笑うエディ様の握手に応える。その笑顔は、まるで長年の友人のように親しみやすく、私の心を和ませた。


 グレン様の同僚……この方も太客かもしれないわね!!


 グレン様は王宮で騎士をされているらしい。

 剣やナイフなどの武器に魔法付与を頼んだり、魔物との戦いで役立つ魔導具を買っていったりするのだけど、仕事の後や休みの日に、こうして訪れてくれる。


 彼は騎士様だけど、ご自身も魔法の使い手で魔法がとてもお好きなようで、師匠と魔法の話で盛り上がったり、何気ない世間話をしたりもしている。


「君は今日も働き者だね」

「いいえ。住み込みで雇ってもらっているのですから、当然ですよ」

「君が来てから、この店は綺麗になったし活気付いたよ」

「そうそう、ローナちゃんみたいに元気で明るくて一生懸命な子と毎日一緒にいられて、ジョセフ殿が羨ましいよ。な、グレン」

「あ、ああ……そうだな」

「ふふふ、もう、お二人ともお上手ですね」


 お二人は仲がいいのね。

 なんだかエディ様は含みを込めて言った気がするけど、お世辞を言ってくれたお二人に営業スマイルで微笑み返し、お店を開ける。


「さぁ、どうぞ」

「ありがとう」


 それにしても聞いていた通り、グレン様は本当によく来店してくれるわね。


「いらっしゃい、グレン、エディ。今日は随分早いな。仕事は休みか?」

「はい、俺は非番です。暇だったので、朝から来てしまいました」

「俺も今日は午後からなんで、噂の看板娘に会いにきましたよ!」

「それは構わないが、おまえたちはこんなにいい天気の日にデートをする相手もいないのか?」

「いませんよ、そういう相手は。それに俺はここに来たほうが楽しいので」

「ははは、本当にもったいないなぁ。この変わり者め」


 師匠とグレン様は、とても仲がいい。まるで親子のようにも見えてしまう。


 それにしても、グレン様は二十三歳という年頃で、王宮騎士様を務めているというのに婚約はしていないのかしら?

 エディ様も同い年? お二人とも見た目だって相当いいし、性格も爽やかで優しい方。


 社交の場に出たら、相当モテるに違いない……。

 


「――それじゃあ俺はそろそろ仕事に行くよ。またね、ローナちゃん」

「はい、またお待ちしております」


 エディ様はそう言うと、ひらりと片手を上げてお店を出ていった。

 本当に今日は私を見にきただけだったのかしら……?

 まぁ、何も買わずに帰るお客様は多いし、いいけど。


「私も魔法部屋で仕事をしてくるから、店番を頼むよ、ローナ」

「はい」


 グレン様はまだ残っているけれど、師匠は依頼されていた魔法付与の仕事に取りかかるため、店舗裏にある魔法部屋へ向かおうとした。


 私が店番をするようになったおかげで、営業中も魔法付与の仕事に集中できると、師匠はとても喜んでくれている。


 けれど。


「あ……! しまった、上級魔石を切らしていたのを忘れてた」

「え?」


 どうやら魔法付与に必要な上級魔石を仕入れ忘れていたようで、師匠ははっとして足を止めると、困ったように頭に手を置いた。


「困った、この依頼には上級魔石が必要だというのに……」


 魔導具に使用する魔石にはランクがあり、より性能の高い魔法を付与するためには、上級魔石が必要不可欠。

 そうでなければ、石が耐えられなくて壊れてしまうのだ。


「私が直接行って、仕入れてきましょうか」

「しかし、魔石店は遠いぞ?」

「大丈夫です。少し時間がかかってしまうかもしれませんが、急いで行ってくるので師匠はお店をお願いします」

「そうか……では、頼む」

「任せてください!」

「ありがとう、ローナ。君がいてくれて本当に助かった」

「これくらい、大したことではありませんよ!」


 ……ふふふ、これでまた師匠に恩を売れるわね!


 こういうときに役に立たなければ、私がここで働いている意味がないというものだ。


 それに、師匠には大きな恩があるのも事実だし、こういうときにしっかり返しておかなきゃね!


 ……私は知っている。

 恩着せがましくならないよう、でも恩を売っておけば、困ったときに助けてもらえるものだと。


 これまでの人生で、それは嫌と言うほど学んできた。

 憂さを晴らすように私に意地悪をする使用人もいたけれど、先輩にいじめられている使用人に優しく声をかけたら、その後彼女はこっそり私に優しくしてくれた。


『あなたって、奥様が言うような嫌な子じゃないのね……。逆にとっても優しいわ、ありがとう』

『……そんなことないわ、当然のことをしただけよ』


 ふふふ、もっと喜んで私に感謝して、食事にお肉を取っておいてね……?


 申し訳なさそうに謝罪する父のことも責めずに(いたわ)りの言葉をかけたら、継母に内緒で意地悪な使用人に注意してくれたこともあった。



 師匠は優れた魔法使いだけど、ちょっとうっかりしているところがある。

 実は学生時代にもよく、困っていた師匠の手助けをしていた。

 だから師匠は、私を〝いい子〟だと思って、こうして雇ってくれているのだ。


 こういうところがガス様に「腹黒い」と言われてしまった理由かもしれないけれど、口に出さなければ気づかれることもない。


 これは私が生きるための知恵なのだから。


 ……ジーナがガス様に盛って話してしまったようだけど、まぁ今となってはもういいわ。


「それでは俺の馬で送っていこう」

「おお、それは助かる。頼めるか、グレン」

「もちろんです」

「え……っ、ですが、グレン様にご迷惑をおかけしてしまいます……!」

「いいんだよ。俺はどうせ暇だし、ジョセフ殿にはいつも世話になっているから」

「ここはありがたくお願いしよう。少しでも早く魔石を買ってきてくれると、私も助かる」

「……わかりました。では、お願いします」


 グレン様のお手を煩わせる気はなかったけど。

 でも、確かに少しでも急いだほうがいいかもしれない。

 だから素直にグレン様のご厚意をお受けして、二人で魔石店へと馬を走らせたのだった。



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