29.わかっています、もう少しお待ちください!
そういうわけで、王女様のために用意されたと思しきテーブルに着き、侍女が用意してくれた紅茶とお菓子をいただきながら、優雅に騎士様たちの訓練を見学させてもらえることになった。
グレン様も訓練に参加している。
グレン様は騎士の中でもまだ若いほうだけど、立場は上なのかしら。
部下らしき騎士様たちに稽古をつけているように見える。
向かってくる部下に剣で応えているグレン様の表情は真剣で、それでも部下たちに比べて余裕があって、身のこなしも剣捌きも、素人の私から見ても超一流であることがわかる。
さすが、王女様の護衛を務める方なだけあって、とても強いんだわ。
訓練とはいえ、剣を抜いているグレン様を見るのは初めて。
『きゃ~! グレン様、本当に素敵……!』
『格好いいわぁ……はぁ、惚れ惚れしちゃう』
『ああ……一度でいいからあの方の力強い腕で守ってもらいたい……』
先ほどから、訓練を見学しているご令嬢たちからの黄色い声援が聞こえてくる。
さすが、グレン様。やっぱり相当モテるのね。
あれで婚約者を決めていないのだから、世の独身女性たちが〝もしかしたら自分と……〟と、期待してしまうのも無理はない。
少し離れたところに先ほどの親衛隊(自称)の方たちもいて、時折ちらちらと視線を感じる。
……あまり好意的な視線ではないけれど。
「格好いいでしょう、グレン」
「えっ、ええ、はい。そうですね」
「……それで、いつ頃になりそうなの?」
「え?」
唐突に問われたアルマ様からの質問に、私は一瞬言葉を詰まらせる。
「聞いてもグレンは教えてくれないのよね」
「は、はぁ……」
……何をですか??
「焦る必要はないのでしょうけど、だいたいの時期くらいわかってるんじゃないの?」
「……あ!」
なんのことを言っているのか考えて、ピンときた。
そうよね、アルマ様はまだ十三歳とはいえお年頃。
例の薬がいつできるのか気になるのね!!
「申し訳ありません、その話でしたら、まだこれからでして」
「え? これから?」
「私は全力を尽くしたいと思っています。ですが、私はまだまだ駆け出しの魔導具師。今日も新製品の試作にご協力いただいている騎士様たちの訓練を見学に参りました。あ、よろしければアルマ様にもお一つ……もちろん、王女様がお怪我をされるなんてことはないでしょうけど!」
遅いと怒られないよう、そして私の熱意が伝わるように、身を乗り出す勢いでこの想いを必死に伝える。
「……何? これ」
「治癒ガーゼでございます! 怪我をした部位に直接当てていただくと、綺麗さっぱり治ります!」
「治癒ガーゼ? あなたが作ったの?」
そうすると、アルマ様は少し身を引きながらも治癒ガーゼを受け取り質問してくれた。
興味を持ってくれているんだわ!
「私の師匠、ジョセフ・ウィッター伯爵とともに作りました! これはホーエンマギーでしか作れない優れものです!」
「……ふーん、そう。すごいわね」
……!!
王女様に、褒められた!!
師匠、やりましたよ! 王女様が「すごい」と言ってくれました!
「……要するに、今は魔導具師として修行中だから、もう少し先になりそうということね?」
「はい、その通りでございます」
「グレンがそれでいいと言うならいいけど……でも、あまり待たせて他に取られないよう、気をつけなさいよ」
「……?」
なぜ、ここでグレン様が出てくるのです?
それは謎だけど、その後に続いた「他に取られる」という言葉のほうが気になって、つい身を乗り出してしまう。
「お任せください、アルマ様!! 私が必ず、必ずやアルマ様のご期待に応えてみせます……!! ですからどうか、どうかそのときまでお待ちいただけますと――」
「わ、わかったわよ! あなたの気持ちは本物なのね」
「もちろんです!!」
「……まぁ、グレンもあれだけ本気なのだから、どっちみち私や他の女が付け入る隙なんてないのでしょうけど」
「え?」
また、グレン様の名前が出たわ。
今は関係ないはずなのに、どういうことかしら??
「……あなた、本当にわかっているわよね?」
「は、はい! もちろんです!!」
思わず疑問の声を漏らしてしまった私に、アルマ様が疑うような視線を向けてきたけれど。
にっこりと、得意の営業スマイルを浮かべてなんとか誤魔化せた。




