28.親衛隊がいるなんて
今日は週に一度の、ホーエンマギーの定休日。
師匠に予定がないかぎり、この日は魔法を教えてもらったり、一緒に美味しいものを食べに出かけたりしている。
師匠に予定がある日はお店のお掃除をしたり、一人で魔法の練習をしたりするのだけど、今日は王宮に行き、騎士様たちの様子を見てくる予定。
またグレン様が迎えに行くと言ってくれたけど、毎度仕事中に抜け出してきてもらうのは申し訳ないので、丁重にお断りした。
一度一緒に行ってもらったから、もう一人でも大丈夫だし。
それに、王宮に行けばグレン様はいるからね。
そういうわけで、一人王宮へ向かうため、馬車に乗り込んだ。
「えーっと、騎士団の訓練場は確かあっちよね……」
「ちょっとあなた」
「はい?」
王宮に到着し、広場へ向かって歩いていた私に、誰かが声をかけてきた。
振り返ると、知らない女性が三人。私より少し年上に見えるけど、皆さん怖い顔をして私にじろじろと視線を向けている。
「あなた、最近よく見かけるわね」
「……そうですか?」
私は知らない人たちだけど、会ったことがあったかしら?
「騎士団の訓練場に向かうの?」
「はい。あ、こっちで合っていますでしょうか?」
「騎士団になんの用よ」
「ええっと……」
騎士団の訓練を見学するのに、この人たちの許可が必要なのかしら?
ううん、そんなことないと思う。グレン様はそんなこと一言も言っていなかったし、そもそもグレン様の許可は得ているもの。
「だいたいあなた、一体誰なのよ!」
「あ、初めまして。私王都西側で魔導具店をやっている――」
「以前夜会でグレン様と踊ってらしたわよね!?」
「え……はい」
これはホーエンマギーを宣伝するチャンスだわ! そう思い名乗ろうとしたけれど、被せるように続けて質問してきたので、私の話を聞く気はないのだと悟り口を噤む。
「グレン様とはどういうご関係かしら」
「どういう……」
ただの店員とお客様ですけど。
そうとしか答えようがないけれど、私はまだホーエンマギーの店員だと名乗っていない。
でも、名乗る隙はまったく与えてもらえない。
「あの方はハッセル侯爵のご子息なのよ!? とっても高位なお方なの! あなた、それをわかってる!?」
「……はい、存じ上げております」
「知っているなら、これ以上グレン様に近づかないでちょうだい!」
「そうよ、グレン様の周りをうろうろして! 迷惑なのよ!」
「そう言われましても……グレン様はうちの大切な常連様なので」
「まぁ! 口答えするのね!?」
「…………」
口答えじゃなくて、事実を言っただけなんですけどね?
あまりに大きな声に、耳が痛くなる。
困ったわ。ここは適当に頷いて誤魔化しておいたほうがいいかしら?
『わかりましたー! 以後気をつけますね! それでは~!』
なんて言って、後でグレン様と話しているところを目撃されたら、かえって逆上されてしまうかしら。
この方たちはグレン様のことを慕っているようだし。
……もしかして、グレン様のファン? すごいわ、さすがグレン様。
あれだけ素敵な方なのだから納得できるけど、なぜだか胸の辺りがもやもやする。
「ちょっと、聞いてるの!?」
「……はい!」
「とにかくこれ以上グレン様に近づかないでちょうだい!」
「失礼ですが、あなたたちはどなたでしょうか」
「……え?」
「グレン様のご友人ですか?」
「友人というか……」
にっこりと笑みを浮かべながら今度はこちらから尋ねてみたら、彼女たちは途端に口ごもってしまった。
「今度グレン様にお会いしたら、『ご友人の方にグレン様に近づかないよう言われた』と、お伝えしてもよろしいですか? 突然避けたら、グレン様が驚いてしまうと思うので」
「はぁ!? あ、あんた何言ってんのよ……!! グレン様にそんなこと言ったら許さないわよ――!」
おかしなことを言っているのはそちらだと思うんですけどね?
私の言葉に、変なものでも見るように顔をしかめる女性たち。
まぁ、この方たちはご友人ではなさそう。
友人だとしても、本人のいないところで彼の知人に勝手にこんな態度を取って、いいわけはないけど。
「ローナじゃない」
この重苦しい空気をどう切り抜けようか頭を悩ませていたとき。
その場に響いた美しい声に、私たちは一斉にそちらに顔を向けた。
「アルマ王女……!?」
「どうしたのよ、ローナ。騎士団の訓練場はこっちよ。迷子になったの?」
「えっと……?」
アルマ様が、まるで私と約束をしていたかのように話しかけてきたけれど……もちろん私は王女様と約束なんてしていない。
「なぜ、アルマ王女が……」
「どうしたの? 何か問題かしら?」
「……っ、酷いんですのよ! この子ったら、私たちが話しかけているのに無視をして、うるさいと怒鳴りつけてきたんです!」
「え?」
ちょっと待って、そんなこと言ってないわ。
それに無視もしていないし、そもそも名乗らせてくれなかったのはあなたたちじゃないですか。
「あらそうなの。でも彼女は私の客よ」
「え? アルマ王女の……?」
アルマ様が表情を変えずに一言そう言うと、彼女たちはギクリと肩を揺らしてもう一度私に視線を向けた。
「嘘……、グレン様だけではなく、王女様とも……?」
「本当に、何者なのよ……あんた」
「私は王都西側にあるホーエンマギーという魔導具店で店員をしております、ローナ・レイシーと申します。ご入り用の際はこのローナになんなりとお申し付けください!」
アルマ様と約束はしていなかった。というか、お客様になるのは私ではなくてアルマ様だけど、やっと名乗る隙ができたのでしっかりお店の宣伝をさせてもらう。
「……魔導具店?」
「はい! グレン様は常連様です!」
「常連……」
「行くわよ、ローナ」
「あ、はい……!」
本当に今日はアルマ様とお約束はしていなかったけど、王女様の言葉に逆らえるはずもない。
だからおとなしくついていくけど、まだアルマ様が求めている、〝発育をよくする薬〟はできていない。
さすがにこんなに早くは無理ですと説明しなければ。でもアルマ様が十八歳になるまでには、なんとか完成しなくちゃ!
「ローナ! ……アルマ様とご一緒でしたか」
そんなことを頭の中で考えていると、今度はグレン様の声が聞こえた。
慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。
「グレン様、こんにちは」
「そこであなたの親衛隊に絡まれていたわよ」
「えっ……、そうでしたか。ありがとうございます」
「?」
親衛隊?
彼女たちはグレン様の親衛隊だったのね。
というか、グレン様には親衛隊がいるの……? すごい。
「ローナ、すまない。やはり俺が迎えに行けばよかったな」
「いいえ、あの方たちはグレン様の親衛隊だったのですね。とても仕事熱心な方たちでしたが、アルマ様のおかげでホーエンマギーの店員だと名乗れました。これで安心してもらえるといいのですが」
「……いや、彼女たちが勝手に親衛隊を名乗っているだけで、俺にはそんなもの存在しない」
「え?」
はぁ、と困ったように溜め息をつくグレン様。
勝手に親衛隊を名乗っているだけとは……一体?
「それより、ローナは今日騎士たちの訓練を見学しに来たんでしょう?」
「はい、そうです」
「だったら私と一緒に、こっちに来なさい」
「え? アルマ様と一緒に? ……よろしいのですか?」
「いいわ。あなた面白いから」
「……? ありがとうございます」
面白いことを言った覚えはないけれど、アルマ様がそう言ってくれるなら。
そう思い、王女様のあとを付いていくことにした。