23.治癒ガーゼが完成した
――それから、三日後。
「ローナ、ちょっといいかな」
「はい、師匠」
お客様がいなくなったタイミングで、師匠が魔法部屋に私を呼んだ。
「これは……?」
「特別な方法で魔石を砕いたものだ」
「え……? これが魔石ですか!?」
「ああ、魔砂とでも呼ぼうか」
「魔砂……」
魔砂か……そのまんまだけど、わかりやすくていいかもしれない。
デスク上のトレーの中に入っていたのは、キラキラと輝く美しい砂。
でもこれが魔石を砕いたものだなんて。
魔石は小さくなればなるほど、魔力を伝達する力も弱まってしまう。質のいい上級魔石なら小さくても効果は高いけど、こんなに細かい砂になっているのは初めて見た。
「……こんなに細かくなっても、魔石の力はなくなっていないのですか?」
「ああ。私が砕いたからな」
「さすが、師匠……」
当然のように言ってしまう師匠に、唖然としてしまう。
これは本当にすごいことだと思うんですけどね。一体どうやったのかしら?
「早速だが、これに君の魔力を付与してみてくれ」
「はい」
言われて、トレーの中の砂に両手を置き、魔力を送り込む。
……魔石を握って魔力を流すのとは違い、砂一粒一粒に触れるのは難しいから、すべてに付与するのは無理かもしれない。
「んん……」
「やはり触れずに魔法付与できるようになるよう、練習したほうがいいな」
「そうですね……」
結局私が直接手を触れた部分にしか付与できなかった。
……ん? だからあのとき、最初に魔石を握らずに付与させようとしたの?
でも、魔石を砕いて砂にするなんて方法、最初から考えていたとは思えないけど……。
「どんなことも、あらゆる可能性を考慮しておくことが大切だぞ」
「はい……」
まるで私の心の中を読んだかのように付け足されて、ドキリと鼓動が跳ねる。
顔に出ていたのかしら。いけないいけない、しゃんとしないと!
「さて、君が治癒魔法を付与してくれた魔砂を、このガーゼに付着させる」
「はい」
「それを怪我を負った部位に当てれば……傷が癒えるというわけだ」
「……! なるほど!」
薬を塗る要領で、ガーゼに魔砂を挟んで当てる!
それはいい考えだわ。
魔石を細かく砕いたおかげで、一つの魔石からたくさんの治癒ガーゼを作ることができる。
師匠の魔法技術と私の治癒魔法が合わさってできる魔導具ね。
ホーエンマギーでしか作れない、素晴らしいものになるはず……!
「師匠は本当にすごいです! さすがです!」
「いやいや、私はほとんど何もしていないよ」
「いいえ! 魔石の性能を保ったままこんなに綺麗に細かく砕けるのは、師匠の魔法技術がなければ不可能ですから!」
「はっはっはっ、ローナも練習すればきっとできるようになるよ」
「本当ですか? では私一人でも作れるようになるよう、頑張りますね!」
「ああ。でもまずは触れずに魔法付与できるようになることからだな」
「……そうですね」
ふふふっ、でも練習すればきっとできるようになるわ!
こんなに素晴らしいものが完成すれば、たくさんの人の役に立てるに違いないのだから、頑張らなければ……!!
それからお店が暇なときは、店番をしながら、魔石に触れずに魔法付与できるようになるための練習をすることにした。
「……集中して、集中するのよ、ローナ……。手のひらに集めた魔力を、空間を伝って魔石に送り込むの……」
「こんにちは、ローナ」
「――あ、グレン様。いらっしゃいませ」
ゆっくりとなら、触れなくてもなんとか魔力を送り込めるようになってきたその日。
閉店間際に、グレン様がやってきた。
あれからも、グレン様は変わらずホーエンマギーを訪れてくれる。
グレン様はアルマ王女の護衛騎士で、名家ハッセル侯爵家の嫡男という、とんでもなく高位な方だった。
それでも私のことを『命の恩人』だと言ってくれて、これまで通り親しく接してくれる。
命の恩人だなんて、大袈裟ですよとも思うけど、グレン様がこれまで通りにしてほしいと言ってくれたので、そうさせてもらっている。
「随分真剣だったね。何をしていたんだい?」
「ふふふ、魔石に魔法付与する練習です」
こちらまで歩み寄ると、グレン様は私の手元の魔石に目を向けた。
「治癒魔法を魔石に付与して、魔導具を作るのかい?」
「そうなんです! 楽しみにしていてくださいね!」
「ああ。ぜひ俺を、君が作った魔導具を買う最初の客にしてくれ」
にっこりと営業スマイルを向けたら、グレン様からはそんな言葉が返ってきて。
「まぁ……嬉しいです。それでは、そのときはぜひ」
「ああ!」
価格も何もまだ決まっていないけど。
でもグレン様ほどの方なら、痛くはない出費なのでしょうね。
ふふふ……グレン様は騎士だし、上手くできたら同僚の方たちも紹介してもらいましょう!
きっと治癒ガーゼは騎士団に必要になるはずだもの……!!
そうなると、大量に作れるようになっておいたほうがいいわね。
これから忙しくなるわ……!!
「おお、グレン。ちょうどいいところに来たな」
「こんにちは、ジョセフ殿」
「これはローナが作った治癒ガーゼの試作品だ」
「治癒ガーゼ?」
「完成したんですか!」
「ああ、ちょうど今な」
魔法部屋から出てきた師匠の手には、完成したらしい治癒ガーゼ。
私の魔法付与が成功した魔砂をガーゼの中に織り込んで、すぐに使えるよう整えてくれていたのだ。
「グレン、どこか怪我をしていないか?」
「いえ、どこも」
「そうか。ではこれを騎士団に持っていって、怪我をしている者に使ってみてもらってほしい」
「え? これを?」
「騎士団には稽古で怪我をする者がいるだろう?」
「それはいますが……、これは?」
「ローナが治癒魔法を付与した、傷の治る治癒ガーゼだ。患部に直接当てると、傷が癒える」
「それはすごいな……」
ふふふ、そうなんです。私と師匠が力を合わせればすごいんです!
と言いたいけれど、笑顔を浮かべてその言葉は呑み込んでおく。
「まだ試作品だが、成功しているはずだ。怪我をした者がいたら使用してみて、使い心地を教えてほしい」
「わかりました。……本当は俺が使ってみたかったですけど」
「え?」
「効果はまた知らせに来ますね」
「ああ、頼んだ」
グレン様が気になることを呟いた気がするけれど……。気にしないでおこう。
とにかく、上手くいくといいな!