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02.師匠は甘いわ!

「――さぁ、どうしようかしら」


 家を出て行けと言われたときから考えていた、これからの生き方。


 私の結婚はなくなった。

 つまり、これからは自由ということよね?

 せっかくなら、楽しい仕事がしたい。


「となると、やっぱりあそこ(・・・)ね!」



 そうして向かった先は、魔法学園時代に知り合った、恩師が経営している魔導具店。

 その名は『ホーエンマギー』。



「――師匠!」


 魔導具店の扉を開けた瞬間、懐かしい香りが鼻をくすぐった。

 ああ、師匠の店だわ。

 心が少しだけ軽くなった気がして、自然と笑顔がこぼれる。


「ローナ? どうしたんだ、こんな時間に」


 ぎりぎり閉店時間に間に合い、勢いよく扉を開けたら、師匠は私を見て驚いたように目を見開いた。

 どうやらまだお客様が一人いたらしく、師匠と話をしていたその男性も私を振り返る。


「あ……接客中にすみません」

「いや、構わないよ。彼はうちの常連で、世間話をしていただけだから」

「……君は」

「え?」

「いや……、初めまして、グレンです」

「初めまして、ローナです」


 見上げるほどに背の高いその男性は、私を見て一瞬目を見開いたような気がしたけれど、すぐに爽やかな笑顔を浮かべてくれた。


 濃紺の髪に、紫色の瞳。

 カジュアルな服装だけど、品があって高級そうな生地。

 どこかの貴族の、ご子息かしら?


「私ったら、はしたなく大声を出してしまって……」

「大した話はしていなかったから、大丈夫だよ」

「ありがとうございます」


 念のため、彼にもにっこりと笑顔を浮かべておく。心の中で少しだけ不安が和らいだ気がした。


「それで、一体どうしたんだ」

「そうだわ、師匠。お願いがあります! どうか私をこのお店で雇ってくれませんか?」

「……何?」


 銀色の髪を後ろで束ねたこの方、ジョセフ・ウィッター伯爵は、私が学生の頃、外部講師として時々魔法を教えにきてくれていたとても優秀な方。


 私はこの方にとても可愛がってもらっていた。

 今でも師匠として慕っており、どうしてもお腹が空いて我慢できないときはこうして尋ねて師匠の仕事を手伝い、食事をごちそうしてもらっていた。


「君のような子がうちで働いてくれるなんて、願ってもいないことだが……君はもうじき結婚するのではなかったかな?」

「それが、婚約は破棄されてしまって」

「なんだって?」

「それに、家も追い出されてしまって……住み込みで働けるところを探しているのです」

「家を追い出された!?」


 涙ぐむ素振りを見せた私の言葉を聞いて、師匠もグレン様も丸く目を剥く。


「どうしてだ!? 一体何があったんだ!」

「うちの事情で……致し方なく。ですが、せっかく自由になったのですから、私は師匠のもとでもっと魔法を学びたいと思っています!」

「そうか……」


 師匠は、私の家の事情を少しだけ知っている。

 だからグレン様の前でそれ以上深く聞いてくることはなかった。


「わかった。もちろん私は大歓迎だよ。二階の空き部屋を好きに使うといい」

「本当ですか? 嬉しいです! 師匠、ありがとうございます!」

「いやぁ、君が困っているのなら、もちろん助けるよ」


 その言葉に、私はほっと胸を撫で下ろす。

 師匠がだめなら、あとは学生時代の友人の家で使用人をすることしか思いつかなかった。


「大変だったみたいだね。俺はよくこの店に来るから、これからよろしくね」

「はい、グレン様。よろしくお願いいたします」


 そうして本日最後のお客様――グレン様を見送ると、師匠は私を部屋へと案内してくれた。




     *




 翌日から、私は師匠に魔法を教えてもらいながら魔導具店の店員として働き始めた。

 このお店には、師匠が魔法付与した便利な魔導具がたくさん置いてある。


 他にも、具体的に〝こういう付与を頼む〟と依頼しにくるお客様や、世間話をしに寄る常連さんたちがいて、私は新しい生活に充実を感じていた。


 以前の、息苦しい生活よりずっといい。

 師匠もお客様も優しいし、魔法を教えてもらうのはとても楽しい!

 それに、毎日ちゃんと具材が入った出来立てのあたたかい料理を食べることができるし!


「ローナ、君の作る食事は本当に美味しいな。とてもありがたいが、毎食作るのは大変じゃないか?」


 師匠が私の作る料理を口に運ぶたび、その言葉から真剣さが伝わってくる。


「いいえ、師匠。ただで住まわせてもらっているのですから当然ですよ。他にも必要なものがあったらなんでも言ってくださいね! すぐに買いに行きますから!」

「ローナ……。そうだ、今夜は外食をしようか。近くに美味しいと評判のレストランができたんだよ」

「本当ですか? 嬉しいです!」


 二人分の食事を作るくらい、私にとっては全然苦ではないというのに。


 実家にいた頃は、具材が残っていない、残りものの冷めたスープや古くて堅くなったパンを食べていた。

 それすら残っていないときは、野菜の切れ端を使って自分で料理をしていた。


 それに比べて、ここでは食べたい食材を使って料理ができる!

 しかも、お腹いっぱい食べられるくらいたくさん作っても、師匠も喜んで食べてくれるし、怒られるどころか感謝してくれる。


 ……そう、師匠は気づいていないでしょうけど、いつも私の好きな食材を買ってきて、私が食べたいものを作っている。


 お肉を買うときは今でもまだドキドキするし、初めて鶏肉を買ってきてソテーにした日は、私は遠慮してほんの少しだけいただくことにしたのに、師匠は――。


「ローナはそんな少しでいいのかい? 遠慮せず、もっとたくさんお食べ」


 そう言って自分の分を私にくれた。

 そのあたたかい言葉と行動に、私は思わず涙が溢れそうになった。


 更に師匠は、食材を買いにいくついでに「好きなものを買っておいで」と言ってくれるから、りんごやぶどうなどの果物も買っている。

 果物は甘くて大好き!

 だからとっても嬉しいのだけど、師匠はお金持ちだからか、


「果物でいいのかい? もっと高いお菓子やケーキを買ってきてもいいのに。ローナは謙虚だね」


 そう言ってくれる。

 師匠は本当に私に優しいわ。でも、ここで調子に乗ってはだめ。


「私は果物が大好きなんです。だから、とても嬉しいです! そうだわ、今度フルーツタルトを作ってもいいでしょうか?」

「もちろんだよ。しかし、わざわざ自分で作らずとも、フルーツタルトを買ってきてもいいんだよ?」

「ふふ、自分で作ったほうが費用が抑えられるので。それに私のフルーツタルトを、師匠にぜひ食べてほしくて」


 そう言ってにっこり微笑むと、師匠は感動したように目を細め、また次も果物を買うお金をくれる。


「ローナ……君は本当に謙虚で優しい子だね」

「ふふふ、そんなことないですよ」


 ふふふふふ……本当は、自分で作ったほうが好きな果物を好きなだけ乗せられるからなんだけど……師匠は気づいていないわね。


 ああ、こんな贅沢ができるなんて、私はとっても幸せ!!


 ここを追い出されないよう、これからもうまくやらないと……!

 そうだわ、後で倉庫の掃除をしに行こう。しばらく掃除していないのか、結構埃が溜まっていたから。


 ふふふ、きっと師匠はまた喜んで、お礼に美味しいものをご馳走してくれるわね!



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