19.君の優しさは本物だよ
「――本当にありがとうございました」
失意の底に落ちたガス様になんとかお帰りいただいた後、師匠とグレン様に改めてお礼を伝えた。
「あいつは客ではないようだったし、ローナを守るのは当然のことだ」
「ああ、本当に失礼な男だったな」
二人はそう言ってくれるけど、私にはもう一つ、伝えなければならないことがある。
「……申し訳ありませんでした」
「なぜローナが謝るんだ?」
「彼の言った通り、私は悪女です。笑顔の裏で、自分にとって得になることを考えて動いている、腹黒い女です」
正直に言って、謝ろう。
ここからも追い出されてしまうだろうけど、仕方ないわ。また新しい働き場所を探せばいいのよ。
……本当は、ここから出ていきたくないけど。
もっと師匠から魔法を教わりたいし、グレン様のことだって、何も知らなかった。もっと、よく知りたかったわ……。
そう思い、視線を落として俯いたけど。
「はっはっはっ、何を言ってるんだ。先ほども言ったが、君の優しさは本物だよ」
「……え?」
「そうだよ、ローナ。たとえそれが巡り巡って自分のためになると思っての行動だとしても、相手は確かに君のその優しさに救われているんだ」
「……」
師匠もグレン様も、私にあたたかい笑顔を向けている。
「ですが、私はここに住まわせてもらうために、師匠を利用して……」
「利用されているなんて思っていないよ。君はその分しっかり働いてくれているじゃないか。私は本当に助かっているから、その対価を君に返しているだけだ」
「師匠……」
師匠はちょろいと思っていたのに。
そんなことを言ってくれるなんて、今までごめんなさい。私は師匠のことが大好きです。
「世の中とはそういうものだ。むしろ君が純粋すぎるからそう思ってしまうのだろう」
「まったくです」
「でも……」
「君は、本当は嫌なことでも相手にそれを悟られないよう笑顔を作っていたのだろう? なかなかできるものではない」
「……偽りの、笑顔でもですか?」
「そうだよ。でも俺は、できればその笑顔を本物にしたいと思っている」
「グレン様……」
困惑している私を置いて、二人は笑っている。本当に怒っていないようだわ。
「……っと、そうだ、私はグレンの贈り物を包んでいたのだった。続きをしてくるから、店を頼んだよ、ローナ」
「はい……」
師匠はいつもと変わらない態度でそう言って魔法部屋に戻っていったけど、本当にこのままここにいていいのかしら?
二人ともなんだかあまりにもあっさりしていない?
私は腹黒い女なのに……。もしかして、私のことを信用しすぎていてそれが本当だとわかっていないのかしら?
「グレン様にも、本当にご迷惑をおかけしました」
二人きりになったので、改めてグレン様に謝罪する。彼はお客様なのに、巻き込んでしまった。
「俺のほうこそ、君とあの男の事情を勝手に調べて、申し訳なかった」
「いいえ、隠すつもりはなかったので、構いません」
「……君の力になりたいと思って」
「え?」
調べたのだから、私がこれまで実家でどんな状況だったのかも、知っているかもしれない。
それを思うとちょっと恥ずかしいけれど、彼は一層真剣味を帯びた表情で私を見つめて、口を開いた。
「実は、俺は以前君に会ったことがある」
「……私とグレン様が?」
「ああ。やはり覚えていないか」
「申し訳ありません、グレン様ほど素敵な方を忘れてしまうなんて――」
「いや、いいんだ。会ったと言ってもほんの少しだけだし、名前も名乗っていない」
「……そうなのですね?」
言われて、思い出そうと考えてみたけれど、やっぱり思い出せない。
グレン様は背が高くて見目がいい。
一度お会いしたら忘れないような気がするんだけど……。
「あれはもう、六年ほど前だ」
「そんなに前ですか……」
「調べてわかったことだが、おそらく君が母を亡くしたばかりの頃だろう」
「え?」
「俺は騎士になったばかりで、心身ともに未熟だった。そんなとき、遠征に出た先で仲間とはぐれて怪我をしたことがあったのだが、動けずにいた俺の手当てをして、食べ物を持ってきてくれた少女がいた」
「あ――」
そこまで聞いて、ようやく思い出した。
六年前、母が亡くなり、数日間母の実家がある田舎町にいたことがあった。
そのとき、一人で散歩に出かけた森の中で、怪我をした騎士様を見つけた。
私の力では彼を家まで運ぶのは無理だったから、傷薬と包帯、それからお昼に食べる予定だったサンドイッチとミルクを持って、彼のもとに戻った。
傷を手当てして、サンドイッチとミルクを渡したら、騎士様は『もう平気だ、ありがとう』と言って微笑んでくれて、その後助けにきた仲間とともに帰っていった。
あのときはまだ、見返りのために行動したわけではなかった。
それに子供だったから、仲間の騎士が来たことに気づいて、名前を聞かれても答えずに逃げてしまった。