18.あの日のやり直し?
混乱しているような顔から、次第に不愉快そうな、悔しそうな顔になっていくガス様。
「たとえ家のためであっても、僕と結婚したいと思っていたんじゃなかったのか……?」
「どちらかというと、嫌でした」
「……っ!? それじゃあやっぱり君も僕のことは金づるとしてしか見ていなかったのか!?」
「金づるとも思っていませんでしたが――」
「僕にあんなに優しくしてくれた日々は、やはり嘘だったのか……!? あの笑顔は……! 酷いじゃないか!! やっぱりおまえは腹黒悪女だ!!」
「…………」
涙ぐみながら一方的に言いたいことを叫ぶガス様に、あの日のことを思い出す。
……なんなのかしら、これは。あの日のやり直し?
隣にジーナはいないけど、その言葉はもう聞きましたよ。とだけ言って、帰ってもらいたい。
彼はそんなことを言うためにわざわざ来たの? ご苦労様です。
「先ほどから聞いていれば、随分勝手なことを言いますね」
「……おまえは! 夜会でローナと踊っていた男だな!?」
興奮して私のことばかり見ていたガス様だけど、ようやくグレン様の存在に気づいたようにはっとする。
本当に視野が狭い方ね。
「呆れ果てて言葉も出ない」
「なんなんだ、おまえは! 誰だ!!」
「この店の客ですよ」
「客? 関係ない奴は黙ってろ!!」
私を優しく見守ってくれていたグレン様だけど、ついに耐えられないというように息を吐いて、口を開いた。
グレン様がいるというのに、こんなところをお見せしてしまった。
「ガス様。この通り、まだ営業中ですので、お引き取りください」
「まだ話は終わっていないだろう! ……それとも何か? やっぱりこの男とできているのか!? 二人きりでこんな時間に、一体何をしていたんだ!」
「何って、接客ですが」
この人は、熱くなると頭に血が上って、冷静に物事を考えられなくなるのね。
そのせいで後悔したのでしょうけど、全然反省していないみたい。
この性格はきっともう、直らないわ。
「――一体なんの騒ぎだ。私の店で無礼は許さんぞ」
そんなことを考えていたら、溜め息をつきながら師匠が裏から出てきてしまった。
ああ……師匠にまで、迷惑を……。
「おまえが店主か」
「そうだ。うちの大切な従業員に話があるなら私が聞こう」
「……っ、どいつもこいつも……! おまえらはこの女に騙されているんだぞ!? この女は自分の得のために人に優しくする偽善者だ! 可愛い顔の裏であくどいことを考え、男をたぶらかす、悪女なんだ!!」
「なに?」
興奮して私を指さすガス様に、師匠は顔をしかめる。
確かに私は、自分のために人に優しくしてきた。
好きでもないガス様にも、父のため家のため――そして自分自身のために、ご機嫌を取ろうと優しくした。
その気があると勘違いされていてもおかしくなかったかもしれない。でもそれも、結婚する相手だから。
もしかしたら、いずれ本物の愛になっていた可能性だってあったけど……ガス様とでは、無理だったわね。
だから偽善だと言われても、私は否定できない。
でも、師匠にそれをばらされてしまったら……私はもうここにいられなくなってしまう。
「何を言っている。あなたはローナのことを何もわかっていないんだな」
「……は?」
そう思って口を閉ざしたとき。
グレン様の静かな声が優しく私の耳に届いた。
「俺にはわかる。彼女の優しさは本物だ。たとえそれが父や家……自分の生活のためだったとしても、彼女は追い込まれたときでも変わらぬ優しさを貫ける人なのだから」
「それは……」
「あなたは自分が追い詰められたとき、自分より相手を労る言葉をかけられるか? 自分の気持ちを押し殺して、相手を思いやることができるか? それができる彼女の優しさは、行動は、本物だ」
「そうだ。私はローナのことを学生の頃からよく知っている。彼女は昔から人が困っているのを放っておけない、本当に優しい子だった」
「グレン様……師匠……」
私は、二人が言ってくれるような、心優しい人間ではない。
私の行動は、自分のためにしていることだったのだから。
「しかし、僕のことは……。そうだ、それが騙されていると言っているんだ! いいように利用されているだけなんだぞ!?」
「あなたはご自分が彼女に何をしたか理解していますか?」
「え……?」
「彼女はもう新しい人生を手に入れた。今更後ろは振り返らないだけだ」
「しかし……!」
「彼女を信じてやれないのならもう放っておいてやれ。俺たちはローナの優しさを信じている」
「……っ」
グレン様の言葉に、師匠も迷いなく頷いた。
それを見てほっとする私だけど、本当にそれでいいのかしら……?
「なんなんだよ、ローナのことを知ったふうな口を利いて……! だいたい、さっきから偉そうに話しているが、おまえは誰なんだ!?」
苛ついた様子のガス様が、額に青筋を浮かべてグレン様を睨みつけた。
「僕はマレー伯爵の息子だぞ!? おまえが僕に無礼な口を利いたと、父上に報告してやる! 名を名乗れ!!」
ああ……、私のせいでグレン様にとばっちりが。
グレン様は王宮で騎士をされている方だけど、このことがマレー伯爵の耳に入ったらお咎めを受けるかもしれない。
「ガス様、この方は関係ありません! あなたが憎いのは私でしょう?」
「うるさい! 僕はこいつを許さ――」
「申し遅れました。俺の名はグレン・ハッセル。アルマ王女の護衛を務めておりますので、いつでも王宮でお待ちしてますよ」
「グレン・ハッセル……? 王女の、護衛? ……って、あの、ハッセル侯爵家の嫡男……!?」
「!」
その名を聞いた途端、ガス様の顔色はみるみるうちに青ざめていく。
「な、なぜそのような男がこんなところに……! なぜローナと夜会で踊ってなんていたんだ!?」
「そんなことより、ローナが婚約破棄されて家を追い出されたと聞き、あなたのことを調べさせてもらった。伯爵の金をちらつかせて、随分好き勝手やっていたようだな」
「いや、それは……」
「確かに二人の婚約は親が決めた政略結婚だったんだろう。愛がないのも当然だ。しかしそれでも彼女はあなたに優しくしていた。たとえ表面上だけの優しさだったとしても、彼女はあなたに笑顔を向けていた。それなのに、あなたはローナの義妹に手を出した。最低だな」
「それは……!」
「それでもローナを〝金目当て〟だと責めるのか? そんなこと、最初からわかったうえでの婚約だったろうに」
「……っ」
グレン様の表情は、かつて見たことがないほど鋭かった。
いつも爽やかで優しい人だから少し意外だけど、そのギャップにドキドキしてしまう。
それに、ガス様は私との婚約中にジーナに手を出していたの……?
さすがにそこまでは知らなかったけど、本当に最低な人ね。
今となってはそんなことはどうでもいいけれど。
そんなことより、グレン様が侯爵家のご嫡男だったなんて、そっちのほうが驚いた。
しかもハッセル侯爵家はこの国でかなり力のある家で、現ハッセル侯爵――つまりグレン様のお父様は、宰相を務めているはず。
そういえば家の話は聞いたことがなかったわね。
師匠は知っていたのかしら?
教えてくれてもよかったのに。
「このことをどうぞ父上にお伝えください。こちらも、あなたのことは父に伝えさせてもらう」
「ま、待ってくれ……! ハッセル侯爵家に目を付けられたらうちは終わりだ……! しかもそれが僕のせいだとしたら……!!」
「自業自得でしょう?」
「……っ」
涙を流してグレン様にすがりついたガス様だけど、グレン様の冷静な一言に言葉もないようだった。
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新作短編書きました!
軽く読めるお話ですのでよろしければぜひ!!(*^^*)
『私にベタ惚れだった婚約者が結婚式前日に記憶喪失になって「君を愛することはできない」と言い出しました。……本当にいいの?』
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