17.本当に勝手な人ね
今日も、お仕事を終えたグレン様が閉店時間前にホーエンマギーにやってきた。
部下の昇進祝いに魔導具を贈りたいと言って、何がいいか師匠と話をしている。
グレン様は、優しい方なのね。きっと部下にも慕われているんだろうなぁ……。
あの夜会から、一週間。
グレン様は以前と変わらず毎日お店にやってくるけれど、彼と顔を合わせる私の心境は以前と違う。
グレン様を見ると、ドキドキする。
でも、彼のことをつい目で追ってしまう。
濃紺の髪も紫色の瞳も美しいし、本当に整った顔立ちをしている。
夜会の日は、どの貴族男性よりも素敵だった。
普段は爽やかな好青年のイメージだけど、時折騎士として相応しい表情を見せることがある。
そんな顔も凜々しくて素敵だし、ダンスをして以来、グレン様の男らしく骨張った大きな手と長い指を意識してしまう。
私、どうしたのかしら……。
「ローナはどっちがいいと思う?」
「……」
グレン様は、声も素敵なのよね。甘くて澄んだ声に、男らしさも感じられて――。
「……ローナ?」
「え――っ、ごめんなさい! 何がでしょうか」
「どうした? ぼーっとして。疲れているのかな」
「いいえ、大丈夫です! ちょっと考え事をしていて……。でも今度はちゃんと聞きます!」
いけない、まだ仕事中なんだから、しっかりしなくちゃ!
師匠と話しているグレン様を、思わずぽーっと見つめてしまっていた。
「部下に贈る魔導具だよ。耐熱効果のある魔石のリングと、風魔法強化の腕輪。どちらを贈ろうか」
「そうですねぇ……」
騎士様は魔物討伐に行くこともある。
炎を放つ魔物もいるから、耐熱効果のある魔導具はとても役立つはず。
でも、風魔法を強化できる魔導具も便利。たとえば雨に打たれたり湖に落ちたりして服が濡れても、一瞬で乾かすことができる。
「いっそ、どちらも贈ろうかな」
「え? でも、高いですよ?」
「ははは、そうだね。……よし、じゃあ今回は腕輪のほうにしようかな。すぐに使えるし」
「そうですね、私もそっちがいいと思います」
師匠が作る魔導具は本当に優れているけれど、その分とても高価。
どちらを選んでも部下の方はすごく喜んでくれるはずだけど……グレン様って、そんなに高額のお給料をもらっているのかしら?
まぁ、王宮勤めの騎士様だものね。
「では包んでこよう」
「あ、師匠。私がやりますよ」
「いや、ローナは接客を頼む」
「はい。……?」
接客って、グレン様と話をしてろということ?
店内にはもう他のお客様はいない。
「……部下の方、喜んでくれるといいですね!」
「きっと喜んでくれるよ。ジョセフ殿の魔導具は本当に一流品だからな」
「ふふふ、そうですね」
これを機に、その方もうちの常連になってくれるといいな。
「そういえば、ローナ。最近変わったことは起きていないかい?」
「え? 変わったこと? ……特にないですけど」
「そうか、ならいいんだ」
「……?」
意味深に問われたけれど、何かしら。
「あの、グレン様――」
追求しようと思い口を開いた、そのときだった。
「――ローナはいるか!?」
突然、勢いよくお店の扉が開いたと思ったら、血相を変えた元婚約者――ガス様がやってきた。
「ガス様!? ど、どうされたのですか?」
「ローナ! 捜したよ。こんなところで働いているというのは本当だったのか……!」
私がここで働いていることをどこからか聞きつけてしまったのね。
内緒にしておきたかったのに、ばれてしまった。
それにしても、なんだかとても焦っているように見えるガス様。
今日は一人? わざわざ来るなんて、一体なんの用?
「……何かご用でしょうか?」
「迎えに来たよ、僕のローナ!」
「…………は?」
警戒しつつ問いかけたら、ガス様は胸に手を当てて熱い眼差しを向けながら、とんでもない言葉を口にした。
「……な、何を言ってるんです?」
「聞いたよ、ローナ。君は父上――レイシー子爵をずっと支えていたんだってね」
「え?」
「妻が亡くなり、失意の底に落ちていた子爵に優しく寄り添い、いつも天使のような笑顔で支えていたのは君だったと、子爵から聞いたんだ」
「……お父様から?」
「そうだ。君がいなくなって、子爵はようやく目が覚めたらしい。あの女とは離婚するそうだ」
「お父様が、離婚……?」
母が亡くなってから、父はいつもめそめそしていて、継母の言いなりだった。
もっとしっかりしてほしいと思っていたけど……。
そんな父が、まさかあの継母と離婚するなんて――。
「それは本当ですか?」
「本当だよ。自分の力であの家を立て直したら、君を迎えに行くと言っていた。だから僕が代わりに君を迎えに来たんだよ、ローナ! 僕とやり直して、一緒に子爵を支えよう!」
意味がわからない。この人は私のことが嫌いになったんじゃないの? だから私との婚約を破棄して、家を追い出したのでしょう?
「……私に愛はないとわかったから、あなたはジーナと結婚するのでは?」
「ああ……、君が父上のために僕との結婚を決めたのはわかった。しかし、君のその優しさを僕は誤解していたらしい」
「誤解?」
「本当に僕の金が目当てだったのはあの再婚相手の母親と、ジーナだったんだな! 僕を騙すなんて本当に酷い奴らだ。だから僕はジーナとの婚約を破棄した! もう一度やり直そう、ローナ! 今度こそ僕のことを本当に愛してくれ!」
「…………」
なんとまぁ……。
本当に勝手なことを言う方ね。
呆れ果てて言葉も出ない。
私が『わかりました!』と言うと思っているのかしら?
「ん? なんだい、その顔は。僕が迎えに来て嬉しくないのかい?」
「ええ……ちっとも」
「なに!?」
だって彼はあんなに興奮して私を追い出し、二度と顔を見たくないと言ったのに。
謝罪の言葉もないなんて。
「なぜだ、君を陥れたジーナと母親はあの家から出ていったんだぞ!? もう一度、僕と子爵と三人でやり直そう!」
「私はもう自由の身になったので、放っといてもらえます? 今の生活に満足していますし、今更そんなことを言われても戻りたくありません」
「……なんだって? こんな店で働かされているというのに、満足している!?」
「はい。以前の生活よりずぅっっっと楽しいです」
「……っ」
ガス様にはもう、気を遣う必要はない。
だからはっきり言い切ると、彼はみるみる表情を変えていった。