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15.このままでは、まずい ※ガス視点

「ねぇ、ガス様! 確かにあれはお義姉様だったわよね!?」

「あ、ああ……そうだな」

「ほら! 本当に高そうなドレスとアクセサリーを身に付けて、すっごく素敵な方と踊っていたんだから!」

「まぁ、信じられないわ。一体どういうことかしら」


 夜会の翌日。

 ジーナを送り届けてそのままレイシー家に泊まっていった僕は、朝からジーナとその母親の甲高い声に頭を押さえた。


 昨夜は少し飲みすぎた。

 これまでで一番美しく着飾ったローナと、そのローナが僕を拒む瞳。

 一緒にいた背の高い男のあの、僕を牽制するような顔……。


 あー、今思い出してもイライラする。


「……そうか、ローナは楽しそうだったのか」

「そうよ、お義父様! なんでお義姉様が私よりいいものを身に付けていたのかしら! 次のパーティーには私にも高価なドレスとアクセサリーを買ってください!」

「そうね、ローナがこの子より高価なものを身に付けていたなんて、許せないわ!」


 それにしてもこの母娘は、この家の経済状況をわかっているのだろうか。

 懲りずにまた父親にせびるジーナも母親も、自分のことしか考えずに朝からギャーギャーうるさいったらない。


「ねぇ、お義父様! 聞いてるの? 新しいドレス、買ってくれるわよね!?」

「あなた、ジーナが聞いているのだから答えたらどうですか」

「……」

「ねぇ、お義父様!」

「あなた!!」

「――――うるさい」

「え?」


 部屋に響いた言葉に、一瞬僕の心の声が漏れたのかと思った。


 しかし、違う。今『うるさい』と言ったのは、レイシー子爵だ。


「は、はぁ? あなた、今なんと……」

「うるさいと言ったんだ。そんなに高いドレスが欲しいなら、少しは自分で金を稼いでみたらどうだ」

「まぁ!! なんて意地悪なことを言うの!? お金を稼ぐのはあなたの役目でしょう!?」

「私が必死に稼いだ金はおまえたちのせいであっという間に消えていく。もう、いい加減にしてくれ」

「……っ!」


 ついに言った。子爵が、ついに言った……!


 これまでこの二人にどんな我儘を言われても、何も言い返せずに小さくなって従っていた子爵が。


 二人の顔色がみるみるうちに青くなっていくというのに、僕は少し清々しい気すらした。


「お義父様、酷い……!」

「そうよ、どうしてそんなことを言うのよ!? 私たちはあなたの家族でしょう!?」

「血の繋がりを抜きにしても、私の本当の家族はローナだけだった。それなのに私は、そのローナを……」


 ジーナはわっと泣き出し、母親は頭に血を上らせたように一瞬で顔を真っ赤にして激怒した。

 とても悔しそうに呟いて拳を握りしめる子爵は、これまでで一番大きく見えた。


「持参金に釣られてしまったが、おまえとは再婚しなければよかった」

「なんですって!?」

「自分が持参金以上の金を使っているという自覚はあるか?」

「……何よ、私はあなたを支えてきたじゃない!!」

「笑わせるな。私を支えてくれたのはローナだけだ。あの子がいなくなって、ようやく目が覚めた。私はおまえと離婚する」

「はぁ!? うちの持参金がなければ事業を立て直すこともできなかったくせに……! 感謝しなさいよ!!」

「もう、終わりにしよう」

「何よ……っ! いいわ、あんたみたいな中年男、こっちから離婚してやるわよ!!」

「お、お母様……」


 離婚するって?

 おいおい、とんでもない話になってきたぞ……。

 二人が離婚したら、僕とジーナはどうなる? 僕はこの家を継げるのか……?


「ガス様! 二人を止めてください! このままでは本当に離婚してしまいます!」

「あ、ああ……。子爵、落ち着いてください。ローナに支えられていたというのは気のせいです。あの女は腹黒悪女で、昨夜だって優しく声をかけた僕のことを拒んで――」

「!? ちょっと待ってくださいガス様、お義姉様と話したんですか!?」

「え? ああ……、少しだけ」

「いつの間にそんなことを……! 私に内緒で話すなんて、浮気だわ! 酷い!!」

「えええ……?」


 話が逸れるから、黙っていてくれないだろうか。

 そう思いつつも、またわーっと泣き出してしまったジーナに溜め息をついた僕の横で、子爵が冷静に口を開く。


「いい加減君もわかっただろう。本当の腹黒悪女が誰なのか。確かにローナは愛のない結婚をしようとしていた。君を愛してはいなかった。しかし、それもすべて私の……我が家のためだったのだ」

「え?」


 子爵に視線を向けると、とても鋭い眼差しを返された。そんな子爵は初めてで、一瞬たじろいでしまう。

 いつも弱気でおどおどしているだけの子爵が、こんな顔をするなんて……。


「あの子が我慢しているのを知っていたのに……ローナを守ってやれなかった私が愚かだった。ああ、ローナ……本当にすまないことをした」

「子爵、何を言って――」

「この女とジーナがローナを陥れるために、君にでたらめを吹き込んだんだ。あの子は腹黒悪女なんかではない。本当は辛いことを我慢して呑み込んでいただけの、いい子だ」

「でたらめを……? そうなのか、ジーナ!」


 はっきりとそう言い切る子爵に、僕からも大きな声が漏れる。


「ち、違います……、私がそんなことするはずないじゃないですか! お義姉様はガス様のことを本当に悪く言ってたんですよ? 取り柄はお金だけだとか、実家が太いだけの能なしだとか……!」

「だいたい合っているじゃないか」

「えっ!?」

「だが、ローナがそんなことを言うはずないだろう? 君も本当にローナのことが好きだったのなら、なぜそれがわからないんだ」

「……」


 今になって冷静に考えてみれば、確かにローナの口からそのような言葉が出てくるのは想像できない。


 しかしあのときは、義理とはいえ妹であるジーナが嘘を言うとは思わなかったし、ショックと怒りをローナにぶつけてしまった。


「こんな男と結婚せずに済むなら、ローナの婚約を白紙にしてもいいと思ったが……まさか家まで追い出すとは思っていなかった。しかし、それを阻止できなかった私が悪い」

「し、子爵、落ち着いてください……!」

「とにかく私は離婚する」

「ふん! 結構ですわ! 私の美貌があれば、もっといい男なんてすぐに見つかりますもの!」

「お義母様……」


 ああ、大変だ……! このままでは本当に二人は離婚してしまう!


「……僕とジーナの結婚は、どうなるんですか?」

「好きにしろ。だがジーナはもう私の娘ではなくなる。この家はやらんぞ。もう一度、私の手で立て直してみせる」

「そんな……!」


 子爵は、僕の家の金がなければ困るはずだろう!?

 僕だって、裕福ではないとはいえ、子爵を継げると思っていたのに……!

 父上にはなんと言おう。

 怒りに任せて、父の反対を押し切ってローナとの婚約を破棄したんだ、子爵家を継げないと言ったら、父になんと言われるか――。


「ガス様……、嫌です、私はガス様と結婚したいです……! ねぇ、結婚してくれますよね!?」

「……っうるさい、僕だって今考えているんだ!!」

「怒鳴るなんて、酷い……っ! うえ~~ん!!」


 ああ、うるさい……っ!

 自分のことしか考えていない、なんて我儘な女なんだ!!


 たとえ腹の中で考えていることは違ったとしても、我慢しているだけだったとしても、僕の前で我儘を一つも言ったことのないローナのほうがいい女だったではないか……!!


「この家を立て直したら、私はもう一度ローナに会いに行く。そして、心から謝罪する」

「ふん! こんな家、荷物を纏めたらすぐに出ていくわよ、ジーナ!」

「うう……っ、そんな……、そんなぁ……っ」


 子爵の決意は堅いし、夫人はプライドが高すぎるから自分から謝ることはしないだろう。


 くそ……っ仕方ない、こうなったらジーナとの婚約は破棄だ!


 僕ももう一度ローナと婚約を結び直して、子爵家を継ぐしかない……!


「子爵! 僕が必ずローナを捜し出し、連れ戻します!!」



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