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14.素敵な時間

「素敵なダンスをありがとうございます」

「こちらこそ。君のおかげでとても楽しかったよ」


 ダンスを終えた私たちは、少し休むことにした。


「飲み物をもらってくるから、待ってて」

「はい、ありがとうございます」


 まだドキドキする。

 グレン様のリードは力強くも優しくて、とても踊りやすかった。

 私のことを気遣ってくださっているのが、よくわかった。


「……来てよかったわ」


 緊張したけれど、王女様ともご縁ができたし、とても素敵な経験をした。


 こんなこと、もう二度とないだろうから、今夜の思い出を胸に、明日からまたお仕事を頑張ろう。


 そう思いながらグレン様を待っている私に、聞き覚えのある声が届く。


「――ローナ」

「……ガス様?」

「やっぱり、ローナか! こんなところで何をしているんだ」

「何って……知り合いの付き合いで……」


 声をかけてきたのは、元婚約者のガス・マレー伯爵令息。

 ガス様も参加していたのね。ジーナと一緒に来たのかしら?

 彼女の姿は近くにないようだけど……。


 でもどうして私に話しかけてきたの?

 彼はもう二度と私の顔を見たくないと言っていたのに。


「家を出てから、今までどうしていたんだ?」

「……知人のところでお世話になっています」

「知人のところ? 使用人でもしているのか?」

「……」


 この人に、詳しいことを教える義理はない。ましてやホーエンマギーで働いているなんて、絶対に教えたくない。悪い噂を流されたら嫌だし。

 だからそれ以上答えずに黙り込んだ私に、ガス様は苛ついた口調で続けた。


「さっき一緒に踊っていた相手は誰だ? あいつの家で働いているのか?」

「違います」

「じゃあ誰なんだ、随分親しそうにしていたな」

「はい、それなりに親しくさせていただいています」

「……」


 あなたには関係ありません。そう思いながら淡々と答える私に、ガス様がぎゅっと拳を握りしめたのがわかった。


 というか、いつまでここにいるつもりかしら? 早く追い払わないと、グレン様が戻ってきてしまう。


「もしかして、新しい男か? もう違う男ができたのか。さすが腹黒悪女は違うな」

「ガス様はお一人ですか?」

「……ジーナと一緒だ」

「でしたら、早く戻ったほうがよいのでは?」

「言われなくてもわかってる」

「そうでしたか、失礼しました」


 ガス様の嫌味をさらりと受け流して、貼り付けた笑みを浮かべる。

 やっぱりジーナと一緒なのね。上手くいっているようで何よりです。


 それから、もう話すことはないと言うようにガス様から視線を外して背中を向けた、次の瞬間。

 突然彼に手首を掴まれた。


「っ、なんですか?」

「ローナ、君は今、困っているのではないのか?」

「え?」

「僕に婚約を破棄されて、家まで追い出されて……どこで働いているのか知らないが、どうせ酷い待遇なんだろ?」

「いいえ、まったくそんなことはありませんので、お気になさらず」

「強がるな! なんの取り柄もない、性格の悪いおまえに、いい働き口があるとは思えない」


 ……そうですか。

 何もわかっていないこの人に勝手なことを言われて、腹が立つ。今の生活が以前よりどれほどいいか、事細かに教えてあげたくなる。


 でも、落ち着くのよ、ローナ。


「あなたにはもうなんと思われても構いませんが、ご心配なさらなくても私は今とっても楽しい毎日を送っていますよ」


 ここで揉めたら、グレン様にも迷惑がかかる。

 そう思って、なんとか笑顔を浮かべた。

 半分は営業スマイル。半分は嫌味のつもりでにっこりと笑ったのだけど、ガス様の手に力が込められた。


「痛……っ」

「まさかおまえ、あの男の妾になるつもりか!? あの男は誰だ!」

「は……?」


 何を言い出すのかと思えば……。

 この人は本当にどうしようもない人ね。


「違います! あの人はそういう方ではありません。いい加減にしてください!」

「君がどうしてもと言うのなら、僕のところに戻ってきたっていいんだぞ!?」

「……――っ」


 あなたのところに戻る?

 冗談じゃないわ。


「それだけは絶対にありません」

「だから、強がるな」

「そんなことより、手を離してください!」


 こんなところ、グレン様に見られたくない。

 そう思って手を振り払おうとしたら、ちょうどグレン様が戻ってきてしまった。


「何をしている!」

「……っ」

「グレン様、なんでもありませんよ」


 彼の鋭いひと声に、ガス様は怖じ気づいたのか一瞬にして手を離してくれた。

 さすがは王宮騎士様ね。気迫が違う。


「飲み物、ありがとうございます! 向こうに行きましょう」

「ローナ……っ!」


 ガス様がもう一度私の名前を呼んだけど、グレン様が睨みを利かせるとやっぱり黙り込んだ。

 気が小さいんだから。もう本当に放っておいてほしい。



「――大丈夫か?」

「はい、大したことではありませんので」


 落ち着いて話せるよう、私たちはバルコニーに出た。

 他には誰もいない。


「先ほどの彼は……」

「私の、元婚約者です」

「元婚約者……ということは、君に一方的に婚約破棄を告げて、家を追い出したという男か」

「はい」


 グレン様にこんなことを話すのは少し恥ずかしいけれど、見られてしまったのだからこのまま何も話さないわけにはいかない。

 そもそも私がホーエンマギーを訪れたあの日もグレン様はいたし、別に隠したいわけではないし。


「彼に何を言われたんだ?」

「……今の生活が辛いなら、戻ってきてもいいと」

「なに?」

「もちろんお断りしましたよ。あんな人のところ、もう絶対戻りたくありません」

「そうか……」


 私の言葉を聞いて、グレン様がほっとしたように見えた。

 きっと心配してくれているのね。


「大丈夫ですよ。私はホーエンマギーで働くのがとても楽しいので! ずっとあのお店にいたいと思っているくらいです」

「……ずっと?」

「はい、ずっと」


 そう答えたら、今度は複雑そうな表情を浮かべるグレン様。

 ……どうしたのかしら?


「君は、もう一度誰かと婚約して、結婚する気はあるか?」

「いいえ、今のところありません。私はもっともっと魔法を勉強して、いつか師匠のような立派な魔法使いになりたいです」

「そうか……ない、のか」

「どうかしましたか?」

「いや、君ならきっとなれるよ」

「ふふふ、ありがとうございます」

「……俺ももっと頑張らなければな」

「?」


 張り切って答えた私に、グレン様は小さく息を吐きながら独り言のように呟いた。


 グレン様にも夢があるのかしら。

 騎士として、もっと精進したいということね?

 立派だわ。


「お互い頑張りましょうね!」

「……ああ」




 それから、あまり遅くならないうちに帰ることにした私は、グレン様に馬車で送っていただいた。


「おかえりローナ。楽しかったかい?」

「はい、とっても! あ、これお土産のマドレーヌです」

「ありがとう。明日一緒に食べようか」

「はい」


 やっぱり師匠は寝ずに待っていてくれた。


〝おかえり〟と言ってあたたかく迎えてくれる、帰る家があるのってとても素敵ね。


 父が元気にしているかは少し気になるけれど、やっぱりあの家に戻ることはもうないわ。

 私の家は、ここだもの!



 それにしても今日のグレン様は、本当に格好よかったなぁ……。


 とても素敵な経験をした直後で、興奮が冷めやらない。

 今でもまだ、グレン様と繋いだ手の感触や、ダンスをしたときに背中に回された彼の手の温もりが残っているような気がする。


「……本当に、夢のような夜だったわ」


 初めて感じたこの胸のときめきがなんなのかは、このときはまだよくわからなかった。



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