12.せっかくだから
「――グレン!」
「ご機嫌麗しく、アルマ様」
「もう、遅いじゃない!」
「申し訳ありません」
「で、そっちの女が――?」
「はい、彼女が――」
「お初にお目にかかります、アルマ様。ローナ・レイシーと申します」
グレン様に気づいた瞬間、アルマ様が先に声をかけて、飛びつくような勢いでやってきた。彼のことを慕っているのがわかる。
そんなグレン様の隣で、背筋を伸ばして顎を引き、貴族令嬢として、ホーエンマギーの店員として、しっかりとご挨拶する。
「王都西側にあるホーエンマギーという魔導具店で店員をしております。ご入り用の際はこのローナになんなりとお申し付けください」
「顔を上げなさい」
「はい」
顔を上げ、改めて姿勢を正す私を、アルマ様はじろじろじろじろと、頭の上から足の先まで見つめてきた。
噂通り、とても愛らしい王女様だわ。
まだ私より頭一つ分ほど背が低いけど、大きな瞳で見上げられると緊張してしまう。
「……ふーん。この女がね」
「?」
「まぁ、悪くないけど、そこまででもないわね」
「え?」
「アルマ様――!」
「あなた、今いくつ?」
「十八でございます」
「十八? それでその程度の色気なの?」
「色気?」
「私が十八になったら、もっとボン、キュッ、ボン、の色っぽ~~い王女になるのよ!!」
「アルマ様、どうかその辺に……」
可愛らしい身体で、胸を張ってそう口にしたアルマ様に、グレン様とエディ様はなんだか焦っているようだけど……私にはピン! ときた。
「わかりました!! お任せください!!」
「――は?」
「今はまだ発育をよくする魔法薬はありませんが、アルマ様が十八歳を迎えられる頃にはなんとしても開発してみせます!!」
「はぁ? ……何言ってんの、あんた」
「ご安心ください、私の師、ジョセフ・ウィッターはこの国一の魔法使いです! 私も伸び代のある新人魔導具師。今から研究すればきっと間に合います! ご期待くださいませ!!」
「…………」
「ローナ……」
アルマ様は将来、ボン、キュッ、ボンの、豊満な身体を手に入れたいのね。
だから男性であるグレン様とエディ様は焦っていたのね。照れていたんですよね?
ふふふ、皆まで言わなくても大丈夫ですよ、私は理解しましたので。
「……プッ、何よ、この女。面白い人ね」
「え?」
「ローナって言ったわね? 気に入ったわ。また来なさい」
「はい! ありがとうございます!!」
「アルマ様、それでは本日はこの辺で失礼いたします」
「ええ、グレンとエディもまたね」
王女様に気に入られた……!
やっぱり発育をよくする秘薬を求めていたのね!
これは、お店に帰ったら研究を頑張らなければ……!
そうだわ、以前師匠がくれた〝願いが叶う魔法の石〟はどういう原理でできているのか聞いてみましょう。何かヒントになるかもしれない!
「――ははははは、いや~、笑いを堪えるのが大変だった。さすがローナちゃんだよ」
「エディ、いい加減笑いすぎだ」
アルマ様の前から辞した後、私たちはワインをもらって三人で少し休むことにしたのだけど、エディ様はずっと思い出し笑いをしている。
「アルマ様にあんなことを言えるのは、ローナちゃんくらいだよ」
「ふふふ、そうでしょうか?」
「そうだよ、アルマ様の嫉妬をあんなにあっさりスルーして……」
「え? 嫉妬とは――」
「とにかく今日は本当に助かった。一緒に来てくれてありがとう」
「……いいえ」
エディ様がまた意味深なことを言ったけど、グレン様が私に真剣な眼差しを向けたから気が逸れた。
「それじゃあ、邪魔者はここで退散するから、あとは二人で楽しんで」
そんな私たちを見て、エディ様はあっさりとその場を離れていった。
「邪魔者だなんて……そんなことないのに。ねぇ、グレン様」
「俺は君と二人きりになれて嬉しいよ」
「え?」
会場内にはたくさんの人がいるから、二人きりという感じでもないけれど……。
「……ふふ、ありがとうございます」
「本気で言ってるんだよ? 君があまりにも美しいから、先ほどから他の男たちの視線に俺は嫉妬しているよ」
「そんな……」
ご令嬢たちの視線を集めているのはグレン様ですよね?
……あ、わかったわ。これも貴族の嗜みね?
グレン様は本当にお世辞がお上手だから、こういう言葉にも上手く返せるようにならないと!
「……ねぇ、ローナ。せっかくのパーティーなんだ、俺と一曲踊ってくれないかな」
「グレン様と、ダンスですか?」
「そう」
「……」
ダンス……一応踊れるけれど、こんなところでグレン様と踊ったらそれこそ嫉妬を集めてしまうのでは?
「私は、あまりダンスが得意ではないので……」
「大丈夫、俺に任せて。どうか、ぜひ」
「グレン様……!」
謙遜ではなく、本気でご遠慮したのに。グレン様は私の手を取ると、その甲に口づけを落としてしまった。
その姿があまりにも美しくて、格好よくて――。
心を鷲掴みにされる。
なんだか周りから黄色い悲鳴が上がったような気もするし……。
「……では、一曲だけ」
「ありがとう」
そんなグレン様のお誘いを断れるはずがない。
それでつい頷いてしまった私に嬉しそうに微笑むと、彼の手が腰に添えられた。
「……」
「大丈夫だから、俺の目を見てて?」
「はい」
ダンス自体とても久しぶりだから、本当に上手く踊れるかわからない。
それでもグレン様となら、大丈夫だと思えた。
体感のしっかりした彼のリードに身を委ねていれば、きっと――。
『――見て、あれ』
『まぁ……なんて美しいのかしら』
『グレン様よ。お相手の女性は――?』
『知らない子ね。でもとてもお似合いだわ……』
私の耳に、時折そんな声が聞こえた。
ここに到着したばかりのときのような、嫌な感じはしない。
きっとみんな、グレン様の美しさにうっとりしているのね。
私は人形、私は人形……。
心の中でそんなことを唱えながらも、目の前にいるグレン様の優しい眼差しに、胸がドキドキと高鳴るのを感じた。