10.これは、もしかして…!
「こんにちは、ローナちゃん」
「グレン様、それからエディ様も。いらっしゃいませ」
私が『ホーエンマギー』で働くようになって、ふた月ほどが経ったその日の夜。
お仕事を終えたと思われる、グレン様とエディ様がやってきた。
「まだいいかな?」
「もちろんです。どうぞ」
閉店時間まではあと三十分ほどある。
他のお客様はもういないけど、もちろん大丈夫なので、二人を店内に招き入れた。
師匠は今、裏で魔法付与の仕事の最中。
「ちょっと欲しい魔導具があって、グレンに付き合ってもらったんだ」
「何をお探しですか?」
「最近昼間でも眠くてね。休憩中に仮眠を取ることがあるんだけど、そのまま寝坊しちゃって」
「まぁ、大変ですね。それでしたらこれがいいかもしれません。一定の時間になったら音が鳴って光るので、起きられると思います」
「いいね! それそれ、俺が欲しかったやつ!」
師匠が魔法付与した魔石が埋め込まれているこの時計は、時間を知らせてくれるとても便利な魔導具。
時間の長さは様々あって選べるけど、仮眠に使うのならそんなに長くなくていいので、値段も安価。
魔導具は、人が生まれながらに持っている魔力を少量流すことで使用することができる。
「一時間のものと、三十分のものがありますよ」
「じゃあ、一時間のほうで」
「はい、ありがとうございます!」
「よかったー! これで寝坊せずに済んで、団長に怒られることもなくなるな」
「そもそもいい大人なんだから、団長を怒らせるなよ」
「ははは、そうだな」
やっぱり、グレン様とエディ様は仲がいいのね。
二人のやり取りに思わず笑みがこぼれるわ。
「ところでローナちゃん、来週の夜会には参加するの?」
「いいえ。私は、お店もありますし」
「仕事が終わってからでも間に合うよね? こいつと参加してやってよ、一緒に行ってくれるご令嬢がいなくて、困ってるんだ」
「え?」
「エディ、いきなり失礼だろう!」
親指でグレン様を指しながら、エディ様は軽い口調で言った。
「とにかく、俺はお目当てのものが手に入ったから先に帰るわ。おまえもちゃんとゲットしろよ? じゃ、あとはごゆっくり~」
「ありがとうございました……」
お金を払って魔導具を受け取ると、エディさんはグレン様に何か言って先にお店を出ていった。
「はぁ……まったくあいつは……。突然すまない、気にしないでくれ」
「いいえ。それよりグレン様、お困りなのですか?」
「困っているというか……」
そこまで言って、言葉を詰まらせるグレン様。
来週、王宮で夜会が開かれる。
私程度の下位貴族なら不参加でも問題ないけれど、王宮騎士様となると参加せざるを得ないのかしら。
それも、パートナーを連れていなければ格好がつかないとか、色々あるのかもしれない。
でもグレン様ほどの方なら、一緒に参加したいと名乗り出るご令嬢が大勢いそうだけど。
そういえば先日も、アクセサリーを購入していたようだし。あれは誰にあげたのかしら。
……別に、誰でもいいんだけどね!
「ローナ、もしよかったら、俺と――」
そんなことを考えて一人小さく首を横に振った私に、グレン様が突然口を開いて何か言おうとした、そのとき。
「おお、グレン。来てたのか」
「……っ」
「師匠、お疲れ様です」
店舗裏へ繋がっている扉が開いて、師匠が戻ってきた。グレン様は師匠を見て言葉を詰まらせる。
「……ん? どうかしたのか?」
「ええっと……」
グレン様は今、何を言おうとしたのかしら?
もしかして、師匠の前では言いにくいこと?
「……ジョセフ殿、七日後の夜なんですけど、ローナをお借りしてもいいでしょうか」
「え?」
「七日後……? ああ、そうか。ローナがいいなら、私は構わないよ」
「ジョセフ殿の許可は取った」
「?」
何か呟いたグレン様に視線を向けた直後、私をまっすぐに見つめた彼が、思い切ったように口を開いた。
「ローナ、よかったら来週の夜会に、俺と一緒に参加してくれないだろうか?」
「私が、ですか……?」
先ほどエディ様が、『グレンが困ってる』と言っていたから、これはグレン様に借りを返すチャンス。
だから力になりたいけど……私は社交の場には不慣れ。
「ぜひ、君と一緒に行きたい」
「とても光栄ですが、私はあまり社交の場に出たことがなくて……。私よりも相応しい方が、グレン様にはたくさんいると思いますが」
「ローナ、君がいいんだ」
「……」
どうしてかしら?
グレン様には、あまり親しい貴族令嬢がいらっしゃらないの?
「せっかくなんだ、たまにはパーティーもいいじゃないか。行っておいで、ローナ」
「師匠……」
師匠も優しい視線を私たちに向けている。
……! そうか、社交の場には高位貴族がたくさん集まる。これはホーエンマギーを宣伝してくる、いい機会かもしれない。
ふふふ、わかりましたよ、師匠! 私に任せてください!
「グレン様、本当に私でよろしいのですか?」
「もちろん!」
「では、よろしくお願いいたします」
「ありがとう!」
それでも最後に一応確認してからお受けすると、グレン様はほっとしたように息を吐き、とても嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔に、なぜか胸の奥がきゅんと疼いたような気がした。