老害を痛めつけるのになんの躊躇がある
「いったい何を考えてるんだ!」
厳かに空絵師の一団を見送ったあと、シンは早々に祖母を怒鳴りつけていた。
「何を考えているかだって?孫の幸せ以外に何がある。」
シンの剣幕にも祖母は動じることなく茶をすすっている。
「空絵師が婚姻を結びたいなんて明らかにきな臭いだろうが。」
「お前の考え過ぎだ。あの娘の器量を見たろ。嘘でも結婚しちまいな。」
そんな乱暴なことがあるか。
「何か別の目的があるに決まってる。」
「だったら何だって言うんだ。助けて欲しいなら助けておやり。」
「そんな義理がどこにある。」
「夫婦になればあるさ。」
またこれだ。祖母はすぐにこういうことを言って煙に巻こうとしてくる。
相手の論調に合わせていては、話がこじれる一方だ。
「もういい加減にしろ。これは俺のことだ。これ以上意見するな。」
「おやおや、空絵師殿には家中で検討すると言っていたじゃないか。私の意見だけじゃなくてみんなの気持ちをちゃんと聞いてから返事をするんだろ?」
そう言うと、祖母はにんまり笑った。
こいつ、また面倒なことにしようとしているな。
「全員の意見なんて聞く必要ないだろ。」
「じゃあ、私の意見だけでいいだろ。」
これは本格的に面倒になりそうだ。
「分かった。婆さん表に出ろ。口で言って分からないなら、力で教えてやる。」
「ほう、ずいぶんと自信をつけたもんだ。勝てると思ってる。孫の成長は喜ばしいねえ。」
祖母は持っていた茶を飲み干し、茶碗をことり、と置いた。
そうして、シンを禍々しい殺気に満ちた視線で突き刺した。
それは当主をシンに譲る前となんら遜色がない戦闘的な視線だった。
シンは祖母との模擬戦を稽古の中で何度もやってきたが、一度たりとも勝てたことはなかった。だが、最後にやりあったのはもう何年前になるかも分からないほど前のことだ。
シンは家業を手伝うようになってから、また当主を継いでからも幾度も死線を超えてきた。
両者の実力は以前よりはるかに拮抗している。今やりあえば、どちらが勝つかはっきりしない。
シンは利き手に仕込んだ主力のからくりを指でなぞった。
今なら勝てるか?
殺気は現役そのままでも、からくり繰りはそうはいかない。一日サボれば精度は一ミリずれる。
だからシンは今でも毎日からくりを操っている。そうしなければ、腕は鈍るとシンに教えたのは他でもない祖母なのだ。
毎日、茶をすすっては煙を飲んでばかりの祖母は、からくりに触っている気配がない。
まだ現役のつもりなら分からせてやる必要があるな。
「もうろくして現実がよく分かっていないみたいだな。」
そう言ってシンは祖母が置いた茶碗を持ち上げて、祖母の目の前で握りつぶして見せた。
指の間から茶碗の欠片がこぼれ落ちる。
その瞬間、床に落ちたかと思った欠片たちは、幾つもの細かい触手によって空中でつかみ取られた。
精密機械のような動きを刹那の中で見せた触手は祖母のからくりだった。
「腕が鈍っているから勝てると思っているなら、さっさと謝っちまいな。」
これほどまでに正確にからくりを操れる者は、家中で他にいるだろうか。
欠片を掴み取ったからくりをシンの後ろで見ていたゲンは息を飲んだ。
とても隠居した老人とは思えない精度。
化け物だ。
同じくその場にいたセンは一瞬で悟った。
二人が本気でやり合えば、両者ただでは済まない。
二人とも無言のまま、一定の距離を取りながら裸足のまま庭に躍り出た。
もはや言葉は不要。