つまりは何も分からない夕刻だ
当主を継いでからというもの祖母は何かとシンを突き放すようになった。
どんな相談だろうとまともに取り合うことすらなくなってしまった。
そうして少しずつ二人の間に会話はほとんどなくなっていたが、空絵師のことで久しぶりに話したことに気づく。
「なあ、もう家のことはどうでもいいのか?」
祖母はまたゆっくり煙を吐き出した。
「そう言う見方は良くないね。良いも悪いも全部お前のもんなんだから。」
シンはもう祖母と話すのは諦めることにした。
夕刻が来た。
その日に限ってやたらと空は赤く、雲を怖いくらいに際立たせていた。
そうしてもうあと半刻もすれば、闇があたりを覆うだろう。
空絵師を迎えるにはちょうどいい雰囲気だ。
シンは自嘲気味に空を眺めていた。
遠くからわずかに笛の音が聴こえてくる。
おいでなすったらしい。
人形使いの家では、家業の時と正装時は仮面をつける。
そのためにシンは人形使いという名の知れた家の当主でありながら、素の顔はほとんど知られていない。
当主を継いだ際に当主の仮面だけに彫られる紋様が入った仮面を祖母から受け継いだ。
その仮面を付けて、正装を整える。
「まもなくご到着するとのことです。」
背後から唐突にセンの声がした。
「あの笛だろ。そうだろうと思って準備してる。先代は同席するのか?」
「いえ、聞いておりませんが、ご到着は別の者が伝えてはいます。おそらくご同席されるかと。」
気楽なもんだ。
「セン、いつも通り裏はお前が仕切れ。脇はゲンに入らせる。」
「空絵師に警戒は必要でしょうか。」
「さあな、得体の知れない連中だ。」
わざわざ笛を吹いて到着を知らせるようなやつに警戒するのも馬鹿らしいが、目的は未だに不明だ。
「ゲンはどこだ。」
「すでに会合の間で待機しています。」
「ずいぶん早いな。」
「さて。懐にも何か入れているようでしたが。」
センはとぼけたように視線を逸らす。
どいつもこいつも好きなようにやりやがる。おそらくセンが言っているのは、暗殺用のからくりだろう。
「余計なことをさせるな、ただの会合だ。そういうものはお前が持て。」
「そうおっしゃると思い、取り上げました。」
センはそう言うと薄く笑った。
出来過ぎるのも腹が立つ。が、逆にシンは自分が浮き足だっているのではないかという疑いを持つほどには冷静さを取り戻した。
「お前は空絵師が何を言って来ると思う?」
「さて。想像もつきませんが、案外当主に面会することそのものが目的かもしれませんな。」
こいつは巷の噂を間に受けているのか。いや、違うな。
すぐにシンは、センが何を言っているか察した。
「ふざけて聞いたんじゃない。」
面白がってからかっているのだ。
「サイ様は、たいそうお美しいと評判のようで。」
「昼間に見た。評判通りだ。」
「それはそれは。あるいは我が家の秘術に興味がおありなのかも。」
「かもな。」
「空絵師の家では力の強い者は少なくなっていると聞きます。」
傘下に入るとでも言うつもりか。あまりにも違う文化を持つ家にそんな提案はあり得ないように思える。
さてはて、鬼が出るか蛇が出るか…。