美し過ぎると不気味なんだよ
突然、横から伸びてきた手が金を食台に叩きつけた。
「おあいそ!こちらの客はお帰りだ。」
シンが伸びてきた手の元を視線でたどる。そこにはよく知った顔がこちらを睨んでいた。
「なんだ、ゲンか。お前は食っていかないのか?」
ゲンはシンの脇に手を入れて力強く屋台のイスから立たせた。
「どんだけ探したと思ってるんだ、お前は。」
「お前に探される用事はなかったと思うけど。」
シンはわざと呆けた顔をしてゲンをからかっている。
その顔をみたゲンもため息をついて、顔を耳に寄せた。
「先代がお呼びだ。用事は分かってるだろ。」
「冗談だ。」
そう言って、ゲンの手を振り解く。
「でも、お前もこの騒ぎを直に見ておきたいだろ?」
「そんな理由で抜け出したのか」
そんなわけはないが、どうもきな臭い。
「さっきこちらのおっさんに聞いたら、空絵師というのはたいそう素晴らしいそうだ。チラッと見てからでも怒られないさ」
そう言いながら、シンはもう祭囃子が聞こえる方に向かって歩きはじめている。
「盗み見するつもりか?」
「お前と違って俺は不真面目なんだよ。」
路地を抜けるとたくさんの人が街道に沿って見物している。
見物人の頭の向こうに赤い傘がゆらゆら揺れるのが見える。
あれかもしれない。
シンは背伸びして、街道を進む行列を覗こうとした。
行列は両脇で傘を持つ踊り手と様々な楽器を鳴らす演奏者に囲まれて、真っ白な衣装に派手な髪飾りをつけた者を中心にしてゆっくりと進行している。
「あれか。」
いつの間にか隣にきたゲンがささやく。
「どうやらそうみたいだ。」
二人は白い衣装の人物を注視した。
服だけじゃなくて全部白いな。
それがシンの第一印象だった。
透き通るように白い顔は頬だけが赤味を帯び、うつむたままわずかに微笑んでいるように見える。
髪は陽の光に反射してまるで輝いているかのようだった。
「恐ろしく美しいな。」
ゲンが言葉とは裏腹に眉を寄せる。
「ああ、まるで妖だ。」
ー空絵師サイ
卓越した画力と独創性を併せ持ちながら、とても強い空絵の力が顕現したために若くして空絵師の筆頭として名前が上がるようになった。その評判は遠くシンの街にまで聞こえるほどだ。
きっと空絵師の家では宝物のように扱われていることは想像に難くない。
シンが知っている情報は、先ほど屋台で聞いた巷の情報と大差なかった。
おもむろにゆっくりと顔を上げたサイは笑顔を見せて、両手を広げ優雅に舞い始めた。
広げた両手すべての指先が空中に光の線を引いていく。
あまりの美しさに見物人から歓声が上がる。
「すげえ。」
ゲンが横でつぶやく。
「帰るぞ。」