晴天の霹靂なんて言ってもしょうがない
翌日、シンは午前中から出かけようとしていた。
「どこ行くんだい、センから聞いたよ。空絵師殿がいらっしゃるんだろう?」
背後から祖母が刺々しい言葉を投げてくる。
「知らん。断ったはずだ。」
「断る理由がどこにある。」
祖母の声を無視して、シンは屋敷を飛び出した。
「まったく世話の焼ける。」
特に行くあてがあるわけではなかった。
ただ屋敷の周りで待ち構えられては外に出られなくなる。そこまでするとも思えないが、念のため外出しておくことにした。
とりあえずいつもの屋台でうどんでも食べるか。
目的もなくぶらぶら歩くショウゴクの街は、空絵師騒ぎからだいぶ落ち着いてきたように見えた。
「いつもの。」
ほとんど注文すると同時にシンの前に置かれたうどんは、何一つ変わらない穏やかさの象徴のようだった。
「こっちにも同じものお願い。」
突然隣から若い女の声がして、ついシンは目をやった。
横からだと黒い髪が垂れて顔が見えない。
このうどん屋では若い女は目立つ。
だが店主は気にする様子もなく、すぐに女の前にもシンと同じうどんが置かれた。
シンも気にすることをやめて自分のうどんをすすることにした。
「良い香り、美味しそうですね。」
シンは、女が自分に話しかけていると気づくまで少し時間がかかった。
うどん屋で話しかけてくるやつがいるとは。
「うまいかどうか、食えば分かるだろ。」
「うどんが好きなんですか?」
「うどん屋に来ているやつにそんなこと聞くか。あんたは嫌いなのか?」
「さあ?食べたことがないので。でも美味しそうだなと思ってつい注文してしまいました。」
恰好はどこにでもいるような町娘の雰囲気だが、何かおかしい。
こんな上品な町娘がいるわけがない。しかもうどんを食べたことがないとは、自分から違うと言っているようなものだ。
箸の持ち方一つ見ても何が違う。
「あんた何者だよ。」
「あら、気づいていなかったのですね。私はすぐに分かりました。」
そう言ってこちらを見た女の瞳を見てシンは思わず箸を取り落とした。
その瞳は、まばたきするごとに色を変える玉虫色だった。
変装しているが、見間違えるはずがない。つい先日見た空絵師サイの瞳以外にあり得なかった。
「な、なんでここに…」
全身からいやな汗が出る。
「褒めて頂けますか?」
「褒める?」
「ええ、たった一人でシン様のところまで無事に辿り着けたのですから。」
シンはなんと言っていいか分からず呆然とした。
「聞きたいことが山程ある。」
ようやくその言葉だけを絞り出した。
「もちろんです。私も問いただしたいことがいくつかあります。」
シンは身構えた。
それが目的か。
「ですが、今はそれよりもこのうどんをいただいてもよろしいでしょうか。」
まだサイは出されたうどんを一口も食べていない。シンのうどんも温かそうに湯気をあげている。
食べずに話してばかりいる二人を店主は睨みつけていた。




