うどんを食っているのになにやら騒がしい
賑やかな祭囃子が遠くで聞こえる。
今日は何かの祭りだっただろうか。
シンは生まれた時からこの地に住んでいるが、思い当たる行事がない。
屋台のうどんをすすりながら、となりで爪楊枝をくわえた男に話しかけた。
「今日はなんか祭りでもあったかな。」
男は目だけをシンの方へ向けて意外そうな顔をした。
「なんだ、あんた知らないのか?なんでも空絵師が来てるらしいよ。」
「空絵師って、あの何にもないところに絵を描くとかいう空絵師かい?」
「ああ、その空絵師だ。それも歴代最高の才能と謳われたサイ様がわざわざいらっしゃったってんで、皆んな大騒ぎしてんだよ。」
「空絵師がそんな珍しいかね。どこに描こうが絵は絵だろ。」
理由が分かり、すぐに興味を失ったシンはひとりごとに近い声量でぼんやりと言った。
「あんた空絵を見たことないのか、ありゃただの絵じゃない。」
再びうどんをすすりはじめたシンに男が顔を近づけて言った。
「どういう意味だ、そりゃ。」
「なんと動くんだぜ。」
ちらと男を見たが、真剣な目でこちらを見ている。
「まさか。」
シンが驚いた様子に男は満足したのか、にんまり笑った。
「本当さ、俺はちゃんと自分の目で見たんだ。ありゃまさに奇跡さ。まったく驚きだよなあんな技がこの世にあるなんて。びっくりして腰抜かすところだったぜ」
「へえ、そりゃあ見てみたいもんだな。」
シンは言葉とは裏腹に興味はなさそうだ。
男はそんなシンの様子に構わず話続けた。
「あんたも見れば驚くぜ。人を描けば本物の人みたいに動き出すんだからな。」
「そいつは凄いな。だったら今こうしてここで話してるあんたもひょっとしたら空絵師が描いた空絵かもしれないよな」
「なかなか面白いことを言うな。でも絵は絵だ。本物とは明らかに違うから見ればすぐに分かるんだよこれが」
なるほど、言われてみればそうかと納得して汁を飲もうとすると
「でもな、サイ様の空絵なら分からねえ。噂じゃ本物そっくりの絵を描けるらしいぞ、どうだ、見たくないか?」
「そりゃあ、見れるなら一度ぐらいは見たいかな。」
そう言いながら、シンは自分が空絵師をきっと見に行かないだろうということに気づいていた。
「それでその素晴らしいサイ様はなんだってこんなところにやってきたんだ?」
「さあなあ、本当のところは分からないが、噂じゃ縁を探しに来たそうだ。」
「縁?」
「ああ、空絵師は何かと命を狙われやすかったり、戦場に駆り出されたりする。ほれ、偽物の兵隊を描いたりして敵を騙したりできるからな。戦争に使えるだろ。」
「それと縁となんの関係がある。だいたいなんの縁だよ」
「だから身を守るために武家と縁を結びたかってるって話だよ」
要するに婚姻相手を探しているということだろうか
「武家なんかと縁を結ぶと余計に戦場に呼ばれるぞ」
「だから本当のところは分からねえって話さ」
確かにそういう意味では眉唾な話だ。
「ふーん、まあ武家だったら有名なとこだと花火屋とかかな」
「花火屋の火は派手ですげえけど、強いかって言われたら疑問があるな」
そんなものか。
「じゃあ、由緒正しき氷鏡家かね。」
「あそこは強いは強いんだろうけど、あんまり目立った武勇も聞かないね。武家らしさで言ったらあそこなんだろうがね」
「なんだよ、じゃあ強いのはどこだよ」
「こんな東まで来たんだ。まず間違いなく目的は人形使いだろうな。今はあそこが天下無敵よ。そんなことも知らないのか?」
「いや、人形使いは武家かな。どっちかって言うと暗殺とか裏で仕事する印象だけど。それに頭数で言ったら他の武家の方が多いだろ。」
「なんだ、ちゃんと知ってんじゃねえか」