形の話
それは一つの形
「これ、猫さんで可愛いね!」
「なんで犬とか猫とか人なんだ…?」
天気の良い昼下がり。紫月さんが洗濯物を畳む傍で、俺と蛍は妖怪の図鑑をペラペラと捲っていた。元々興味はあったのだが、こっちに来てから体験した不思議なことや、時折紫月さんが話す不思議話によって、知識として入れておいてよさそうだと判断した。
知っているものから聞いたこともないものまで様々なそれらは、人に益を与えたりするものもいて結構面白い。何より俺達の両親はそういったものには興味もなく、どちらかと言うと信じないし馬鹿にするタイプの人間であった為、こうやって他愛もない会話をしながら図鑑を眺めるのはなんだか新鮮だった。
「こっちは雀さん!」
「だからなんで動物なんだ……?」
動物じゃなくても、付喪神なら物だったり、なんだか身近な物すぎて怖さがない。
「なぁ紫月さん。これはなんで…って何持ってんの?」
「暁くんのモヤモヤを解消しようと思いまして」
洗濯物を畳み終えた彼の手には、いつのまにか三人分の画材と紙。それを俺達の前に一組ずつ置くと、「さ、自由に描いてみましょうか」と言って笑う。
ニコニコとしているのはいいが、いきなり紙と画材を渡されても何を描いたらいいのか分からない。
「え、何描けばいいの…」
「じゃあ神様を描いてみてください」
なんで神様なのかと聞く前に、蛍は「はーい」と元気に返事をして描き始めた。
これはもう俺も描く流れだなと思い、仕方なく言われた通り神様とやらを描き始める。
見たこともないものをどう描けばいいか分からなかったが、暫く紙と睨めっこして出来上がったのは腕を組んだ偉そうな男の神様だった。
「蛍神様描けたー!」
「俺も」
「ふふふ、個性的な神様が描けましたね」
俺のは人型。対して蛍はカラフルな鳥を描いていた。
明らかに神ではない気がしたが、蛍は自信満々に絵を見せている。
「で?これはなんの意味があるの?」
自分と蛍の絵を見比べながら考える。一体これがどうモヤモヤを解消する役に立つのか。
「お二人は神様を見たことがありますか?」
「ないけど」
「蛍もない!」
「では、お二人の描いたこの神様。これは実在すると思いますか?」
それぞれの神様が並ぶ。その二つを見て、俺達は互いに首を傾げる。
何故ならこれは俺達の想像の神様だからだ。
そして俺達はそれぞれ、「分からない」、「いると思う」と答える。
紫月さんはその答えを聞いて、満足げに頷いた。
「お二人とも正解です」
「は?」
「だって見たことありませんですから。誰も見たことないから、どちらの答えも正解です」
「それ答えになってないんじゃ……」
余計に分からなくなったと言うと、「そうですか?」という言葉が返ってくる。
だが、隣にいる蛍は分かったようで、また新しい紙に何かを描き始めた。
「これも神様で、こっちも神様!だよねお兄さん!」
「えぇそうです。蛍さんの描く神様はどれも楽しそうでいいですね」
どうやら完全に取り残されてしまったようだ。
というか覗いた中には熊みたいなのとか、猫、コップみたいなものが描かれている。明らかに神じゃないだろってものまで混ざっている。
なんとなく輪に入れないのに腹が立って、紫月さんのことをギロリと睨みつける。
すると俺の視線に気付いた紫月さんは、段々笑いを堪えるように肩を震わせる。
「ぷっ…くく…そんなに悩まずとも、単純でいいんですよ」
「……単純」
「はい。つまりは見たことがないから人はイメージするんです」
見たことがないからイメージする。その言葉に俺は改めて自分が描いた神様像を見てみる。とりあえず神様って偉そうだからと腕を組ませ、強そうだからと大人の男で描いた。
「見たことがないから、見たことのあるものに置き換えるってこと?」
肯定の代わりに微笑まれる。
なるほど。そう考えると、妖怪やらなんやらが、どこか見たことのあるものになっているのは説明がつく。
じゃあ、実在する動物でも物でも人でもないものはなんなのだろうか。
「人は想像する生き物です。未知を恐れ、未知に惹かれるそういう生き物……」
紫月さんが持った紙に描かれたものは、一匹の龍だった。
さらさらと別の紙に描き始めたものは、確か麒麟とかいう生き物。
その二つはどちらも実在する動物とは程遠いものだ。
「未知というものを恐れぬように、形を作ってしまうのです。正体が分かれば怖くなくなるでしょう?」
「だから妖怪達が出来たってこと?」
「えぇ、疫病や災害。時には人同士のいざこざまで。あらゆるものに人は理由を求めるのですよ」
なんだか複雑な話になってきた気がするけど、ようは全部人間の作り話だよね。
でも中には害のない変なものもあったりするけど、それは作る意味があったのだろうか?
「語り繋ぐ中で段々とそれらは形を持ちます。人は大変おしゃべりですからね」
「まぁ、みんな好きだよね噂話」
「尾ひれが付いたりもありますけどね」
じゃあ、変なものはその尾ひれが付いたりして変わってしまったものなのかなと勝手に納得する。妖怪や神様にも色々あるんだなと、なんだか身近に感じてしまう。
そこまで考えて、俺の中にとある疑問が浮かんだ。
「あのさ…よく神が世界を作ったとかって言うけど、その理論だと人が神を作ることになるからなんかおかしくない?」
まさに卵が先か鶏が先かの問題。自分で言っておいてややこしくなってきた。
紫月さんも回答に迷っているのか、悩むように顎に手を当てる。
「そうですね…それはとても難しい問いですね。私もそれに明確な答えを出すことは出来ません」
「紫月さんでも駄目なのか」
「私も万能ではないですからねー…」
困ったように眉を下げるその姿は自信がなさそうで、紫月さんにしては珍しい。
まあでも絶対答えがほしい問いでもないし、別に気にしなくてもいいのに。
「じゃあみんなで考えよ!」
「「え?」」
「分からないこと、みんなで考えたらきっと分かるよ」
まだ絵を描き続けていた蛍は顔を上げる。
俺達はその言葉に顔を見合わせると、二人揃って頷く。
「それは名案ですね。三人寄れば文殊の知恵と言いますし」
「もんじゃ?」
「文殊ね。いいじゃん。てことでこれからは紫月さんも悩んだことがあったら要相談ね」
いつも少し身を引くような話し方をするし、一応釘を刺しておく。
確かに紫月さんは大人だけど、大人だからこその悩みだってあるはず。せっかくだいぶ打ち解けてきた感じなのに、全く相談されないとそれはそれでなんだか複雑な気持ちになる。
「分かりました。では、お二人にも相談しますね」
「うん。俺達も色々聞くからよろしく」
照れくさくて顔を背けながら言えば、妹の姿が目に入る。再び画用紙に向かっている蛍は、熱心にその手を動かしている。
いったい何を描いているんだと覗き込めば、そこには笑顔で並ぶ人の姿。
「蛍それ…」
「蛍とお兄ちゃんと、それにお兄さん!」
確かに紫月さんと思われる人の服は着物っぽい。それにしても珍しい。
まさか人見知りの妹がここまで気を許しているとは思わなかった。
最初は怪しい人物なのかと疑ったが、妹の様子を見るにもう疑う必要はないかもしれない。
「蛍はすっかり紫月さんに懐いたんだな」
「お兄さん優しいから大好き!でもね、蛍お兄ちゃんが一番好き!」
「あら、やっぱり暁くんには勝てませんか」
「そりゃ…俺の妹だからね」
微笑ましいとばかりにニコニコと笑う紫月さんに、「笑うな」とツッコむが意味はない。むしろニコニコを通り越してニヤニヤにしてしまった。
溜め息を吐くが、ちらっとまた目に入った蛍の絵に思わず笑みが溢れる。
急に描くことになった絵だったが、それは俺達の距離を縮めるには十分なものだった。
「さ、天気もいいですし、散歩にでも行きましょうか」
「いいね」
「蛍帽子取ってくるー!」
パタパタと駆けてった妹を見送ると、紫月さんは立ち上がった。
「今日は甘味屋にでも行きましょうかね」
「俺羊羹がいい」
「いいですね。あ、でもそろそろ水饅頭も並ぶ時期ですね」
「じゃあそれも」
「暁くん…だいぶ遠慮がなくなりましたね」
「悪い?」
「いいえ。ただその…
…なんだか家族のようですね」
それだけ言うと、「私も準備してきますね」と去っていく。
「家族か……」
血も繋がっていなければ、つい最近出会った俺達。
他者から見れば歪なそれも、考え方を変えれば家族の形に似ているのかもしれない。
「ま、なんでもいいか」
誰がなんと言おうと関係ない。蛍は紫月さんを信用しているし、俺もそこそこ気は許している。紫月さんはまあ…分からないけど、俺達を可愛がってくれている。
なら形はなんでもいい。俺達の関係を尋ねる者がいたら、家族と答えてしまうのもいいかもしれない。
「お兄ちゃんいくよー」
「今行く」
段々と暑くなっていく外気を感じながら二人の後を追う。
まだ長い夏は始まったばかりだ。
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