家に住むもの
「暁くん。荷物の整理は済みましたか?」
「…だいぶ…荷物は少ないから」
「そうですか。何か手伝うことがあったら言ってくださいね」
夕飯の準備をしにいくと言って階段を降りていった紫月さんを見送る。すると、軽い足音と共に蛍が泣きそうな顔で駆け寄ってきた。さっきまでは部屋も決まって、ご機嫌で猫のぬいぐるみを荷物から出していたというのにどうしたのだろうか。
「何かあったのか?」
コクリと頷いた蛍に詳細を聞くと、どうやら部屋の中で足音がして驚いたらしい。
「聞き間違いとかじゃないのか?」
「違うもん…蛍の後ろを誰か通ったもん」
通ったと言っても、この家には紫月さんと俺達しかいないし…どうせ何かの音を聞き間違えたのだろうと指摘したが、妹は誰かいたと譲らない。
そこでふと祖父の言っていた物の怪のことが脳裏によぎったが、ぶんぶんと頭を振って非定する。面倒だが、いると言って聞かない蛍に付き合って、部屋を覗いてみるしかない。
「何もいないぞ?」
襖を開けるが案の定部屋には誰もいない。後ろから覗き込んだ蛍は首を傾げる。
「な?やっぱり聞き間違いだよ」
「本当にいたもん……」
口を尖らせた蛍の手を引き、一緒に部屋の中に入ってみる。フローリングとは違う畳の感触と、良い匂いになんとなく落ち着きを覚える。二人部屋にしてもらったこの部屋は、真ん中を襖で仕切ることが出来ると教えてもらったが、蛍のこの様子を見る限りその必要はなさそうだ。
「ほら、あるのは蛍お気に入りの猫だけだぞ」
落ちていたぬいぐるみを拾い上げる。隣には鞠が落ちていたが、妹はこんな物を持っていただろうか。何気なくそちらも拾い上げると、中からはチリンという鈴の音がした。
「なぁ蛍、こんなの持ってたっけ?」
「ううん…知らないよ?」
見覚えがなかったのは蛍も同じだったようで、鞠を見て首を振る。元々この部屋にあった物かもとも考えたが、そもそも家を案内された時にはなかった気がする。とにかくこれは紫月さんに聞かなければいけないかもしれない。
そう思っていると、
トットットットッ
と軽い足音が後ろから聞こえた。
「こら蛍、部屋の中で走ったらダメだろ?」
「蛍走ってないよ?」
「え?」
首を傾げた蛍は嘘を言っているようには見えない。何より、目の前にいたのだから後ろから足音が聞こえるはずない。
トットットットッ
再び聞こえた足音に振り返るが、やはり何もいない。
「お兄ちゃん…!やっぱり誰かいるよ!」
蛍も聞こえていたようで、怯えたように俺の手を握る。その拍子に鞠が落ちて、トンッと軽く弾んだ。
「笑い声?」
「お兄ちゃん…!」
チリンと鳴った鈴の音、それに混じって女の子の笑い声が聞こえたような気がして、周りを見るが、足音の時同様誰もいない。
流石に蛍が涙目になって来たので、繋いだ手はそのままに紫月さんの元へと向かう。
階段を降りてすぐの台所からは良い匂いがして、鍋の前には紫月さんがいた。その姿にホッとしていると、俺達に気付いた紫月さんが鍋の火を切ってこちらにやって来た。
「お二人ともどうかなさったんですか?」
「…上のお部屋…誰かいるの!」
泣きそうな蛍の訴えに、俺が補足をする。足音が聞こえたが誰もいない。見慣れない鞠もあって、笑い声もしたのだと伝えると、納得したように紫月さんが頷いた。
「大丈夫ですよ。それは座敷童子ですから」
「座敷童子?」
「はい。一般的に、座敷童子は悪戯はすれど、危害を加えるようなことはしません」
「そうなの?」
「えぇ、この家に久しぶりに子どもがやって来ましたから、彼女達もはしゃいでいるのでしょう」
彼女“達”というのが引っかかったが、紫月さんが大丈夫と言うのなら危険性はないのかもしれない。とはいえ蛍はすっかり怯えてしまっているわけだが。
「お化けじゃないの…?」
「はい。むしろ人間にとってはありがたいものと言われていますからね」
そう言いながら、紫月さんは蛍のことを抱きかかえると、「もう一度お部屋を見てみましょうか」と階段を登っていく。
襖を開けると、変わらず鞠はそこにあった。しかし、先程とは異なり、その隣には赤い着物の女の子が座っている。
「誰かいるよ!?」
「もしかして…」
「えぇ、彼女達がこの家に住んでいる座敷童子です」
紫月さん紹介にニコッと笑った彼女。肩口くらいで切り揃えられた髪は、前髪も綺麗に均等な長さで揃っている。前に爺ちゃんの家で見た日本人形のような出立ちをした少女は、蛍よりも少し歳が上に見える。
「もう、貴方達がはしゃぐからこの子達が驚いてしまったでしょう」
「ごめんなさい。つい可愛い子達が来たから…ね」
コロコロと鈴を転がすように笑ったその子は、俺達を順番に見ると、またにこりと笑う。
「大丈夫よ。この家の子である限り、私達も貴方達を守るわ」
「だから、ちょっとはしゃぐくらい許してね」と彼女が言うと、周りに気配が一気に増える。
というのも、何かに見られているという感じがし、笑い声や足音がそこら中からしたからだ。
しかしそれは決して気持ち悪いものではない。
むしろ紫月さん達の言い方に納得がいった。
「はい、盛り上がるのはほどほどにね。二人とも、お夕飯にしましょうか」
いつのまにか蛍を降ろしていた紫月さんが、パンッと一回手を叩けば笑い声や一斉に足音がなくなる。急に静かになった室内には、先程の少女はいなかった。
なんだか狐に化かされた気分だ。
「お兄ちゃんはやくー」
紫月さんと手を繋いだ蛍は、足音の正体が分かってもう怖くなくなったのか、とても機嫌がいい。
二人を待たせるのも悪いと思い、俺も足早に部屋を出る。
襖を閉めようとした時、トントンという音と共に鈴の音が聞こえた気がして手を止めるが、すぐに痺れを切らした蛍に呼ばれて襖を閉める。
鞠の音はもう聞こえなかった。
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