狐の窓
あちらもまたこちらを覗いている。
「狐の窓?」
首を傾げた蛍と茜ちゃんに、その男の子は自慢げに腰に手を当てた。
事の発端は茜ちゃんの元気がない事だった。
あれから何日か経ったが、依然として茜ちゃんの笑顔は戻らなかった。
まぁ、大好きな姉が急にいなくなったのだから当然なのだが…
ともあれそれを他の子供達が気にしないわけもなく、そわそわとなんとも言えない空気の中、以前転んで命の世話になっていた“ゆず”と呼ばれた少年は「面白いことを聞いた」と声を上げた。
「兄貴に教えてもらったんだよ、狐の窓!」
「だからそれってなんなの?」
「見えるんだ…怪物ってやつがな!」
「怪物?」
その子が聞いた話をまとめると、どうやら狐の窓というのは指で決まった形を組んで覗くと、人に紛れた妖怪が見えるということだ。
それが子供特有のうろ覚え知識によって、怪物になってしまったみたいだった。
これは狐の窓とやらも上手くいくか分からないなと、俺は少し苦笑する。
「このポーズからこう組んで…で、次はこうで……んでここから覗くんだって!」
だが小学生にも満たない彼らの好奇心を刺激するものとしてはお誂え向きのものだったのだろう。
少し複雑なその手の組み方をみんな必死に真似ようとしている。
そうして練習した彼らは、みんなで色んな人を覗きに行こうと繰り出したのだ。
「でも本当に怪物が見えたらどうするの?」
「そりゃ倒すに決まってるだろ!怪物は悪い奴なんだって兄貴言ってたし」
「えー蛍達悪い怪物さんなんて見てないよ?」
「だーかーらー!人間に化けてるんだって!」
そう言い合いながら、彼らは八百屋の前に辿り着くと物陰に隠れ出す。
「いいか?まずは八百屋のおっちゃんからだ。人間かどうか確かめるんだ!」
どうやらいつも紫月さんと長話をしている八百屋のおじさんが最初のターゲットのようだ。
みんな多少ぎこちないながらも組んだ窓からおじさんを覗きだす。
「よし、おっちゃんは怪物じゃないな」
妙な緊張感の中、言い出しっぺの少年はそう言う。
数秒程覗いていた彼らは、窓から目線を上げてホッと胸を撫で下ろした。
話が長いという点では怪物かもしれないが、人に紛れた妖怪なんてそうそういるとは思えない。
「ねぇお兄ちゃん」
「どうした?」
「これ…雪お姉さんを覗いたら猫さんに見えるのかな?」
こっそりと聞いてきた蛍に、俺はうーんと唸る。
あの時俺は彼女が猫だということを否定したけど、蛍は未だに雪さんが猫であるものだと思って疑わない。
聞いてみても紫月さんは笑顔で流すから確信に繋がるものもない。
「…隠れているんだったら、バレたらマズいんじゃないか?」
「あ、そっか」
悩んだ末に俺は無難に返すことにした。
我ながらなんとも苦しい返答だったが、蛍はあっさり納得してくれたようで安心した。
それでも蛍の言う通り、仮に覗いてみて雪さんが猫だったらと思うと、並の人なら気味が悪くなるんじゃないだろうか。
俺は猫だと信じないけど、優しい雪さんがそれで傷付くのは嫌なので、喫茶化け猫へ行くのは防いでおこうかなとぼんやりと思う。
「おっし!次行くぞ!」
「まだ行くのー?!」
「オレたちがここの平和を守るんだよ!」
そうこうしている内に、彼らはまた別の店へと走っていく。
その後を蛍は少し悩んだ末に着いていく。
俺も溜め息を一つ吐いてから歩き出した。
結果としては、おかしなところがある人はいなかった。
段々と他の子は飽きてきたのか、お昼時になって家に帰る子が増えていく。
結局残ったのは言い出しっぺの少年、ゆず君。
まだ家に帰りたくないのか、半信半疑のまま彼を見る茜ちゃん。
そしてなんとなく放置して帰れないままの俺達だった。
本当は帰ってもよかったのだが、狐の窓を性能を立証したいゆず君が意地になっているのを放って置けなかったのだ。
「ぜってーいるんだって!」
「魚屋のおばさんも、文房具屋のおじさんだって普通だったじゃない」
「た、たまたまだろ!?バレねーように隠れてるだけだって!」
大きな声で言い返すゆず君を宥めるか迷っていると、ふと見慣れた人影が近づいてくる。
「やっほー!少年達!」
「大きな声が聞こえましたよ?何があったんですか」
「紫月さんに雪さん」
「もうお昼ご飯の時間ですよ。お家に帰りましょうね」
買い出しに来ていたのか雪さんの手には袋が下げられていて、紫月さんも同じように重そうな袋を持っている。
お昼の時間だからと告げる紫月さんに、蛍はパッと目を輝かせるが、ゆず君は閃いたとばかりに紫月さんを指差す。
「コイツ!コイツは絶対怪物だって!」
「何言ってるの?蛍ちゃんの所の家の人だよ!」
「だって父ちゃんでもねぇのにおかしいじゃん!蛍のことを食おうとしてるんだよ!」
「…あのなぁ」
言って良いことと悪い事の区別も付かないのかと、俺は口を挟む。
だが興奮した様子のゆず君は、「オレが証明してやる」と言って、狐の窓を作ろうと指を動かす。
そして、慣れたその手で作った窓から覗こうとしたその時、紫月さんの手がその子の手を包んで隠した。
「いけませんよ。それは覗かれる覚悟がなければやらない方がいい」
決して声を荒げたわけでもない。
ただただ静かにそう言った紫月さんに、ゆず君は口を噤んで頷くと素直に組んでいた窓を崩す。
そんなゆず君に目線を合わせると、紫月さんはその手でゆず君の頭を撫でる。
「好奇心が旺盛なのは良い事ですが、誰かを傷つけるために使うものでもありません。それに、仮に私が怪物だとしたら君のことをバリバリ食べちゃうかもしれませんよ?」
さらりと笑顔で告げる紫月さんに、ゆず君の顔が少し引き攣る。
ちなみに、「冗談です」と言った後でも少し警戒されていた。
「っていけない!お店に戻らないと!」
「お雪の荷物をお店に届けがてら、私達も帰りましょうか」
「あたしもお腹空いちゃったから帰る。蛍ちゃんじゃーねー!」
「…オレも帰る」
「茜ちゃんゆず君じゃーねー!」
茜ちゃんとゆず君と別れると、唐突に雪さんが「びっくりしたー」と呟いた。
「最近の子ってなんか過激なんだねー」
「過激というか…やりすぎだろ」
「好奇心は猫をも殺すと言いますし、情報が得やすいというのは良くも悪くもありますね」
溜め息混じりのその言葉に、心の中で同意する。
あの子のお兄さんがどこで狐の窓を知ったのか分からないが、仮にそれが本物で、覗いた窓から人間ではない何かと目が合ったらどうするつもりなのだろうか。
正体がバレたソレは、こちらを放っておいてくれるだろうか。
「覗いていいのは覗かれる覚悟があるものだけ。それがないなら、何をされても文句なんて言えませんからね」
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