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関わり紡ぐ化けの縁  作者: 刀利 揺
12/13

白い蝶の君(後)

 数日が経った。

あれから子供達は毎日のように蛍を遊びに誘うために家に来た。

中でも白いワンピースの女の子——命の妹である茜ちゃんとは意気投合しているようで、蛍は毎回嬉しそうに誘いにのっている。

俺はそんな蛍のお目付け役みたいな感じでついて行くだけで、特にこれといった関わりはない。

命ともそんなに話すことはないが、なんとなく輪に入らない彼女のことが気掛かりで、適度に様子を伺っている。


「こんにちは。今日は暑いね」

「蛍ちゃん!今日はかくれんぼしよー!」


 今日は命と茜ちゃんが揃ってやって来た。

茜ちゃんは基本的にシャツに半ズボンの動きやすい服装だが、命はいつも白を基調としたワンピース姿だ。蝶が好きなのか、今日は髪に蝶をモチーフにした髪飾りをつけていた。


「熱中症には気をつけるんですよ」

「はいはい、紫月さんも気をつけてね。それじゃ行ってきます」


 トントンとつま先を叩いて靴を履く。

同じように靴を履き終わった蛍が俺の手を掴むと、俺を引っ張るようにして外に出た。


 公園に着くとすぐ、既に公園にいた子達が蛍と茜ちゃんを連れて走っていってしまった。

相変わらず嵐のようだなと思いながら、俺と命はいつものベンチに腰掛けた。

まだ蝉こそ鳴いていないものの、日の日差しを遮るものがないとじんわりと汗ばんでくる。

なので木陰にあるこのベンチには結構助けられている。


「こんなに暑いのにみんな元気だなぁ…」

「な。疲れ知らずで羨ましいよ」


 会話とも言えない会話をしながら、今日も今日とてぼんやりと遊ぶ姿を目で追いかける。

命も普段と変わらず遊ぶみんなの姿を見ているのだろうと思い、何気なく視線を横に向ける。

すると予想に反して、彼女の視線は前ではなく横…つまり俺に向けられていた。

声こそ出さなかったもののビックリして思わず仰け反ると、そんな俺の反応に彼女も驚いたのか黒い目を大きく開いている。


「ビックリした…」

「…それは俺も同じなんだけど」

「えーっと…ごめん?」

「…別にいい」


 なんとも言えない沈黙。

まさか見られているとは思わなかったため、どうしたものかと視線を逸らす。

正直会話がなかった時より気まずくなってしまった。


「…あのさ!」

「なに?」

「蝶…好きなのか?」


 居た堪れなくなって飛び出したのは迷った末の問い。

突然振られた話題に命もポカンと口を開けていて、話題を間違えたなと悟る。

でもその後に彼女はぷっと吹き出すと、口を押さえて笑い出した。


「あー面白かった。君ってもっと怖い子なのかと思ってたけど違うんだね」

「なんだそれ」

「なんでもないよ。でもうん、好きだよ。蝶はどこにでも飛んでいけるからね」

「へえーなるほどな」

「じゃあ君は?君は何が好きなの?」


 今度は命に問いかけられて頭を捻る。

好きなものを改めて考えると分からなくなってくる。

俺は別に拘りがあるものとかもないし、蛍のように思い出深い人形とかもない。

こっちにはこの身一つで来たようなものだし、好きなものは特に思い浮かばなかった。


「…特にないかも」

「えっ、それってなんか悲しくないかい?」

「いや別に…俺は妹が幸せならそれで良いし」


 俺の返しに命は大きな目を揺らすと、徐に髪留めを外す。長めの黒髪が揺れて、白いワンピースに影を落とす。

俺はそれをボーッと見ていると、目の前に髪留めが差し出される。


「じゃあそんな君に私の好きなものを分けてあげよう」

「いやいいよ。大切なものなんだろ?」

「いいからいいから!」


 握り込まれた髪飾り。触れた手は少し冷んやりしていて、俺は動揺を隠すように「分かったよ」と髪飾りを受け取った。

子供がするにしてはしっかりとした造りの髪飾りは、綺麗な蝶の形をしていて、その白銀の羽にはいくつかキラキラと輝く色付きの石がはめられている。


「…なぁこれやっぱり」

「お姉ちゃーん!ゆずくん転んじゃったー!」

「あらら、ちょっと行ってくるね」


 やっぱり返そうと思った矢先、蛍と一緒に遊んでいた子供の内の一人が視界の隅で派手に転けた。茜ちゃんに呼ばれた命は、下げていたポーチをしっかりと持って小走りで行ってしまう。

あとで返せば良いかと思った俺は、移動し始めた木陰を追うように座る位置を変えると、ぼんやりと命達のことを眺めることにした。


***

「じゃあまたねー!」

「蛍ちゃんまたねー!」


 元気に手を振りあう蛍達とは対称的に俺は肩を落とす。

結局あの後命は怪我した子を手当てした後にかくれんぼに巻き込まれてしまい、髪飾りを返すことが出来なかった。

しょうがないからまた遊ぶ時に返すしかないと、諦めて髪飾りをポケットに入れる。

蛍と並んで歩きながら後ろを振り向くと、命は俺に向かってひらひらと手を振っていた。

照れくさいが俺も手を振りかえす。すると命は嬉しそうに目を細めて笑った。


それが命を見た最後だった。


 次の日、当然のように遊びに行く準備をしていた蛍だったが、いつまで経っても茜ちゃん達が来ることはなかった。

不思議に思った俺達は紫月さんを連れて公園に向かったのだが、そこにはいつも一緒に遊んでいる子供達の姿もなかった。

紫月さんに遊んでいた子供達の名を尋ねられ、茜ちゃん達の名前を告げる。

すると、命の名前を聞いた時に紫月さんは一瞬驚いたように目を開く。


「……の家の命さんでしたか」

「何か知ってるの?」


 問いただしてみれば、命は生まれつき体が弱く、ここから少し離れた病院に入院していたらしい。


「長く姿を見ていませんでしたから…あの日挨拶をされてからずっとどこの子だったかと考えていたんです」


体が弱いと言うなら、もしかしたら体調を崩したのかもしれない。

気になった俺達は、家を知っていると言う紫月さん案内のもと、彼女の家に行ってみることにした。

 しかし、ついた瞬間分かってしまった。

彼女の家の前には何台もの車が止まっていて、出入りする人は皆一様に黒い服に身を包んでいた。

蛍がギュっと俺の手を握る。

紫月さんは知っている人を見つけたのか、俺達に少し待つように告げると、奥にいた女の人に話しかけに行った。


「お兄ちゃん…」

「……」


 何も言うことが出来ずに握る手に力を入れる。もう片方の手は、ポケットの中に突っ込んで、持ってきた髪飾りを握りしめた。

蟻のように列を成す人達は不気味で、みんな一様に下を向いていてこちらに気付く様子はない。

数分も経っていなかったのにも関わらず、戻ってきた紫月さんの姿を見た時に俺達は揃ってホッと息をついた。


 命は俺達と別れて暫くして容体が悪化したらしい。


「元々こちらに戻って来たのも、その……」

「…もう時間がなかったってことか」

「でも…!お姉ちゃんは元気だったよ…?ニコニコ笑ってたもん!」


 俺はグッと唇を噛む。

何か応えなければいけないのに、こちらを見上げる蛍から顔を背けることしか出来ない。

元気に見えようが関係ない。たとえその時その影がなくとも、人は突然いなくなるものなのだ。

病気でも事故でも、関係なく突然に終わりは来る。そういうものなんだ。


「だって…だって……蛍達とかくれんぼしたよ?そ、そうだ!お姉ちゃんかくれんぼしてるのかも!探したら「蛍!」」


 そうめちゃくちゃなことを言って命達の家を覗き込もうとした蛍は、怒鳴るような俺の声にびくりと肩を揺らして俯いた。


「…ごめんな。でもな蛍、今一番悲しいのは誰だと思う?」

「……茜ちゃん達」

「そうだな。だけど、これは認めなくちゃいけないことだ。いないことから目を背けたら、その人が悲しむ」

「お姉ちゃんも…?」


 俺は静かに頷く。

別れは悲しい。でもそれは遺された者だけじゃなく、遺していった人も同じ。

テレビでそんなことを言っていたけど、俺もそうだと思う。

俺が言えた義理じゃないけど、死んだことから目を背ける事は、その人の遺した想いからも目を背けていることだと思うから。


「だからちゃんとお別れしよう」

「…うん」


 俺はよしよしと蛍の頭を撫でると、すぐ側で見守っていた紫月さんの元へと向かう。

蛍は茜ちゃんの姿を見つけたのか、グズグズと鼻を鳴らしながら駆けていく。


「…暁くんはお別れしなくていいのですか?」

「まだいいかな…それに俺これ貰っちゃったし」

「それは…髪飾りですか?」


 命から貰った髪飾りをだせば、羽についた石は日に当たってキラキラと輝いた。


「会ったら返そうと思ってたんだけど、気が変わったから」

「そうでしたか」


 目を細めた紫月さんに、俺はあらぬ誤解をされているんじゃないかと思い睨むが、それはニコニコと受け流される。

変に誤解を解くような真似をしても更に誤解を生むだけだろうから、ここは黙ってやり過ごす。

泣きながらもこちらに走って戻ってくる蛍の姿が目に入ると、俺はまたポケットに髪飾りをしまった。

きっと彼女の妹が持っておくべきなんだろう。

だからちゃんと返すつもりだ。ただ、命から分けてもらった好きなものを俺も好きになりたいから。


「今日はもう帰りましょうか」


 頷いた蛍を抱き上げた紫月さんは振り返ることなく歩き出す。

俺はその背を追いかけながら、僅かに視線を後ろへ向けた。


「え?」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない…」


 返事をしてからもう一度後ろを見るが、出入りする黒服が見えるだけだ。

さっき見たものはなんだったのだろうか。

家から飛び立って行った多くの白い蝶。それらは自由に飛び回ると、空を目掛けて一際高く上がっていった。

怖いとは感じなかった。

代わりに行ってしまうのかという喪失感に似た何かを感じて、俺は一人で納得した。


「色んな所に行けるといいな」


 当然返事は返ってこない。

俺は紫月さんの隣にまで小走りで寄ると、今度こそ振り返らずに歩き出した。

一部の地方では死んだ人が蝶になって飛び立った、蝶柄の服を好むものは短命だという言い伝えがあるらしいです。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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